セルゲイ・エセーニン(1895年- 1925年)、(1923?)、この時期、エセーニンはソ連体制に批判的な詩を発表し体制側から強く批判されている。訳:孫崎享
粗暴な者には喜びがある。
優しい者には悲しみがある。
私には何もいらない、
私には何にも哀れみはない。
私には自分がちょっぴり哀れみ、
家なき犬がかわいそう。
この真直ぐな道は
私を飲み屋に連れていく。
君達、何を罵っている、ろくでなしどもよ?
私がもう祖国の息子じゃない?
俺たち皆が質入れしたじゃないか
一杯のために自分のズボンまで。
ぼんやりと窓を見る。
胸に悲哀と熱。
走りゆく、太陽に浸り
私の前の街道が。
街道に鼻水たらしの小僧、
空気は焼け、からから。
小僧はなんと幸せか
鼻をほじくってる。
ほじくれ、ほじくれ、かわいいやつ
指をみんなつっこみな
だがどえらい力で
自分の心にはつっこむな
私は準備済み、私
コメント
コメントを書く理解しがたい詩です。
「ロシア革命」という社会変革運動の中に身を投じたことは、ほかに選択肢がなかったのでしょう。しかし、批判精神はふつふつとしてわき起こり、押さえつけようとした心理の一端を見る気がします。
喜怒哀楽の感情は人間である限り、出てくるものであるが、対処方法論は、様々な人が打ち出している。私は循環する心を心としている。エセーニンは、人間の大きな心を,「小心」に小分けして無数の瓶に詰め込みコルク栓で封印しようというのであろうか。日常的に喜怒哀楽すると、即酒に走り、忘れようというのでなく、消し去ろうともがいていたというべきなのでしょうか。
「こころ」は本来ころころ変わるから心であり、封印し全ての映像消し去った「心」は、人間の心を離れることであり、理解を超えている。神経衰弱になり、自殺を企て、30さいで命を落としている。エセーニンの詩の中でも難解な詩の一つなのでしょう。正直私の理解を超えています。
エセーニンさんはロシア革命当時20歳前半。当時のヨーロッパの時代精神はプロレタリア革命です。特に暴政のロシア皇帝時代ではロシアのインテリと大衆は革命に燃えたのです。体制、反体制双方、粗暴極まりない状態になっていたでしょう。
ロシアだけでなくドイツも、無政府主義者が共産主義者に合流し、今にもプロレタリア革命が成就しそうな状態だったのです。
そのような時代に共産主義ではプロレタリアの救済は不可能だろうとエセーニンさんは見通していた。この詩はそういうメタフォーを持ったものだと感じてます。
現代社会をじっと眺めるに資本主義を謳歌しているのは米国だけでその水平展開に余念がありません。だが、笛吹けど踊らず。他国は悉く資本主義に大なり小なり歯止めをかけています。
エセーニンさんは、どういう世界を夢見ていらしゃったのかお聞きしたい。