「日韓首脳会談で、「安倍首相の韓国語挨拶も握手も無視」、「朴大統領の子供の対応」等のテレビ、新聞の報道が満ちている。
26日付「zakuzaku by夕刊フジ」は「安倍晋三首相と、朴槿恵大統領が就任以来、初めて正式会談に臨んだ。冷え込んだ日韓関係を改善しようと、安倍首相は韓国語も交えて接近を図ったが、朴氏は視線も合わさない無礼な態度で応じた。「反日」で凝り固まった隣国首脳の子供じみた態度が際立った。」と報じた。
あまりに表層的な報道でないかと思う。
この会談の本質は極めて冷たいものである。
今、日韓関係の最大の課題は従軍慰安婦を含む歴史問題であり、今回その最大の懸案が「議題に取り上げることすら出来なかった」という面が最も重要である。
最も重要な懸案を討議すら出来ない中で、笑い方が少ないとか、握手の意思が低いとか論じても意味はない。
従軍慰安婦の問題は2月中旬までは安倍政権は、これまで
コメント
コメントを書く日韓関係が改善しないのは、日韓双方が独自の努力で解決しようという意思と行動が見られないからだ。双方とも米国の顔色をうかがい、米国の意向を我が方に手繰り寄せようと懸命になっている。属国同士が宗主国の意向を我がものにしようと懸命になったいるようにしか思えない。
日中と同じように日韓も長い歴史があり、文化も共通の文化があり、近隣であり仲よくすればよいのであるが、近親憎悪に近いいやらしさが顕在している。憎悪ということであれば、日本人は敗戦を認めたくなくて終戦など言っているし、東京裁判の戦犯を戦犯として認めず英雄と評価したい気持ちを持っています。一方、韓国は日本の植民地として日本の属国として甘んじなければならなかった時代があったのも事実です。日本は米国に対しての被害者意識はぬぐえないし、韓国は日本に対しての被害者意識はぬぐえない。日本に心の余裕があればまだしも、どんどん経済的にも韓国が日本を脅かしかねない力を持ち始めているのは、若い人たちはよく理解しているといえます。このような状況で、お互いに他を認め合うというコンセンサスを得るのはなかなかできない.安倍政権になってから、ナショナリズムに火をつけてしまった責任は大きいといえます。
孫崎さんのご発言はいつもなるほどと思うものばかりです。夕刊フジの見出しを昨日みかけて、ひどい新聞だなと思っていましたが、それをうまく表現して下さいました。
ちょっと内容がわかりかねるコメントもありますが、推測するしかないですね。僕としては悪い印象はないのですが、やはり日韓関係は計り知れない憎悪の溝があるのでしょうか?この場合も具体的にどことどこの対立なのかよくわかりません。
朴正煕大統領は、人気も高くまた親日家で知られていました。そんな家庭で育った朴槿恵大統領は心底日本を憎んでいるというよりは、国民感情を背景にしたパフォーマンスという面は大きい気がします。韓国が経済発展しているといいますが、韓国こそ日本が絶対にたどってはいけない道を先にたどった国であり、経済はほぼ外資に握られ日本以上の格差社会が出現しています。米韓FTAも打撃だったようですね。日韓の憎み合いは、実はお互いの国に余裕が持てない精神状態の現れです。ではそういう状態に追いつめているものは、言うまでもなく真ん中にいる国に拠点を置く大資本です。憎むべきものを取り違えているのです。
そんなことよりね、だまし討ちみたいなことはやりたくないんですよ。それが向かい合うべき人間ならいいですよ。ちょっと考えてくださいね。
安倍さんがパククネ大統領に”韓国語”で挨拶した、それが何か?あの黄色い甲高い声で、いかにもわざとらしい、心根が透けて見える、いや気持ち悪い。誠意など全く感じられない。過去、今まで多くの雑誌で、テレビで、いろんな人(特に右派言論人)との対談集で安倍さんが語ってきたこと。遺憾婦問題にからめて「売春は韓国の文化」みたいな事を語ったこともある、皆知っている、韓国人も知っている。この様な人格の持ち主の言う事を温かい笑顔で応える人はいまい。過去の過ちを忘れてもらうのはそう簡単ではない。
>>5
「遺憾婦問題 → 慰安婦問題」 の間違い、失礼しました。
とにかく日本の外交はなってない。内政もめちゃくちゃ。韓国の感情を逆撫でして何の利益があるのだろうか。
ちょっと考えただけでも分かことです。日本の主産業がこれまでの工業から観光に移っていかなければ、日本は食べていけません。子供でも分かることです。今後、韓国人、中国人、台湾人が日本の美しい自然と人情を求めてやってきて金をふんだんに落とすだろうということは最もfeasibleな見通しです。
そんな重要な隣人たちに対して失礼な言葉を吐いても自責の念に駆られないならば、狂ったとしか言いようがないですよ。
アジアと末永い友好関係を構築していこうというアイデアには全面的に賛成します。それが相互利益であり、もっといえば淘汰されずに生き残る唯一のすべだからです。言葉だけれど信じます。けれど打算にはせずに心がそれを望むような形になるといいですね。成り行き次第ということで、でも粘り強くありたいですね。
いくつか言っておきたいけれど、基本今の方向でいいと思うけど、ゼロにはできないからバランスはとっていく必要はあると思います。そしてもちろんわかっているだろうけれど、時間とともに失われていくものがあり、それを失う覚悟のもとでやっていくということです。二度とは戻らない。そして人生と同じで役割を終われば隠居生活が始まります。それでいいですかね?
前回と同じで時間差で聞いてくる傾向はあるようです。前回より感覚がはっきりしているような気がします。