昨日ニコニコ動画の「孫崎享チャネル」で天木直人氏に来てもらって3時間話した。見ていた人は1259名、この種の放映では高い。
天木 直人氏は「対イラク政策を巡る駐レバノン日本国大使として意見を具申した2通の公電により外務省から外交官を“解雇”されたと主張、(外務省は人事の問題であって“勇退をお願いした”と説明)した」(ウィキペヂア)
外務省ではこの当時、通常60歳まで勤務することとなっているので、56歳位の時点で天木氏の退官を求めるのは異例であり、「解雇」の情況であったことはまちがいない。
問題は天木 直人氏の提言が間違っていたか。彼が正しい発言をしていたのである。イラク戦争で自衛隊の派遣に踏み切った外務省が間違っていたのである。
イラク戦争は大量破壊兵器をイラクが保有していること、アルカイダがサダム・フセイン政権と密接な関係にあることを理由に米国が攻撃を先導したものであ
コメント
コメントを書く今回のご投稿は、特に考えさせられます。
現状を無条件に受け入れ、何ら受け入れることに疑問を持たない人に人にとっては、疑問を持たないわけであるが、そんな人はほとんどいないといえます。長い人生の中で、必ず思い通りにいかず、挫折を覚えるときもあるはずである。
挫折をどのように受け入れ、どのように処理するかによって、その人の人生観が明確化するのであるが、先の見えすぎる人ほど、現状否定が大きくなる傾向があり、自己主張する。上司が己より同等か、より以上の見通しを持てる人であれば、肯定することはなくても、否定もしないでしょう。この世の中では、運が大きく左右するが、国の方向を見誤る決定は、間違いだという主張が無視ならまだしも、解雇につながるとしたら、国の意思決定が偏向して行くことが否定できない。民間企業であれば、倒産に結びつく可能性が強い。当時どなたが決定されたのか分かりませんが、米国従属一筋の人だったのでしょう。外務省は様々な人材をそろえることによって他国と同等の交渉ができるのに、度量の狭い方が多くなっているようで、残念なことです。
世界の各国でも、諸外国に大使や公使を派遣している最大の目的は、現地の情報を収集することのはずだ。ところが我が国の場合は、米国からの情報のみを信頼し、大使からの情報は無視している。特に中東などイスラム圏の国と、米国などのキリスト教国とは、考えの基準が違っている。例えば偶像崇拝を認めるか否かは、どちらが正しいとも言えないのではないか。それだけの理由で「テロリスト」と決めつけるキリスト教国に言い分が、必ずしも正しいとは言えないはずだ。キリスト教国ではない我が国が、一方の言い分だけを信じることが、「国益」になるとは思えない。
昨日のニコニコ動画を見ました。日本が米国、中国に対して外交を放棄している実情がよく分かりました。
天木さんが森田実氏のここに至っての不可解な変節に言葉少なに話され、日本のこれからに悲観的になっておられるのが伝わってきました。
これを書きながら、ブッシュ・ジュニアが日本を優秀国として褒め上げていたのを思い出しました。日本は米国にとって最も都合の良い国なんでしょう。小泉日本を西側メデイアを通じて世界に宣伝していました。その後、米国は着々と日本工作を進め、野田を経て安倍に至り日本を米国にとって美味しい国に仕上げる最終段階に入っていると私は観ています。この流れを今止めるのは非常に難しい。何故なら、日本人がまだ曲がりなりにも食えているからです。
日本の主権は今後益々溶解し、ハワイより遥か西に位置する合衆国の事実上の州として存するということになるでしょう。そうなれば、安倍首相たちにとって念願の毎日でも靖国神社にお参りすることが出来るのです。主権が溶解しているから、中国も韓国も批判してもしょうがないと思うようになっているからです。
その時、日本経済はどん底にあるでしょう。国民の大半が食べて行けなくなっているでしょう。そこが、日本の再再生の出発点だと思います。日本人はその為の哲学を今構築しなければ、又、同じ過ちを犯すことになるでしょう。
人間食べて生きることが第一です。自分の志のために死をも恐れぬ決断ができる人は立派ですが、それができないからといってその人間が卑劣なわけではありません。どの選択肢が現実的に最も良いのか、難しい判断を一人一人がしていかなければなりません。回りの要請に従ってばかりで自分の人生を全く生きてこなかった人生なんか僕にとっては最悪です。想像力があれば、それが如何に難しい判断かはわかる。日々の暮らしの中自分にだってそういう難しい選択を切り抜けないといけない問いはあるけれどそれとは比べ物にならないだろう。潮時を見極める鼻、鳥が飛び立つタイミング、それは微妙ものだろうが、きっと本人にはわかる。そしてそのときはもう一度必ず来る。まるでたちの悪い占い師のようだ。でも僕はそう信じている。
孫崎氏曰く、
「問題は天木 直人氏の提言が間違っていたか。彼が正しい発言をしていたのである。イラク戦争で自衛隊の派遣に踏み切った外務省が間違っていたのである」
-だが、天木が正しく、外務省が間違っていたと判断する理由は述べていない。外務省の方針に反した天木が首になるのは当然だろう。
同様に、孫崎氏は外務省の主流からは外された人間ではないか。問題は権威に反対することが自動的に正しいと決めつけることである。孫崎氏の行動を支持している者も、単に日本政府を批判することが正しいことだと信じているだけのことであり、必ずしも正しいとは言えない。一体、「正しい」とはどういう判断基準に基づいているのか、それを議論する方が意味がある。
>>5
「フセインが大量破壊兵器を保有しているから危なくて仕方ないのでフセインを殺そう」という嘘の呼びかけに小泉が従い戦争に参加した。その結果、100万人のイラク人を殺した。これは普通の人間なら正しい行為とは言わない。OLDJAPは正しいと言うのか?
「孫崎氏は主流から外された人間」とは何だか品性を欠く下世話な表現だな。OLDJAPは明らかに正しくない。孫崎氏は外務省の局長まで上り詰め防衛大学(昔でいうなら海軍大学、陸軍大学、武人の俊秀が集まる)の教授になった。OLDJAPのいう”主流”とは次官レースで勝利する”ゴマスリ”男をいうのか?もしそうなら俺の美学にそぐわない。
「現在文字化けして見えない状況になっている」ことについて、文字エンコードを「日本語(Shift-Jis)」に変更すればご覧になれます。
米のイラク攻撃支持 勇気ある小泉発言 岡崎久彦(読売新聞「地球を読む」2003年3月30日掲載)
http://www.okazaki-inst.jp/iraqkoizumijp.html
フレディ タン氏に座布団。
当然だけど、ただしい、とはファクトにより即していることです。
ウソだけどただしい、なんてことは常人の神経ではありえない。
でも、ただしい、という言葉にべつの定義を与えるひともいます。
たとえウソでもそっちがただしいと言いはったほうが得だ、とかね。
政治家になったり、なりたがったりするような人種はたいていそうです。
だから小学生の読解力があれば憲法違反と容易に知れる自衛隊が堂々と
存在していられる。
>>6
「『フセインが大量破壊兵器を保有しているから危なくて仕方ないのでフセインを殺そう』という嘘の呼びかけ」というが、実はイラクでは生物化学兵器が見つかっていたという、米国政府の最近の発表もある。(10/15/2014 NYT)
フレディ曰く「100万人のイラク人を殺した。これは普通の人間なら正しい行為とは言わない」というが、人類社会における殺人行為は人類の誕生以来延々と続いている常套的行為であり、人類の繁殖再生行為と同じくらい当たり前の行為であり、正しい、正しくないというような道徳的判定の対象にはなり難い。人類が増殖することはなぜ正しいのか。例えば、人類が豚や牛を殺して食用とすることはなぜ正しいのか。あるいは正しくないのか答えを考えてみるがよい。
正義というnotionにどれだけの有意性を認めることができるか。私に理解できるのは、唯一、私に痛みを与える行為、私を殺す行為は「私にとって悪である」というに過ぎず、フレディが殺されることが私にとって悪であるかどうかは、俄かには判定しがたい。フレディは私にとって、無に過ぎない存在だから。但し、私という存在が人類にとって有意義であると言っているわけではなく、もちろん、私が殺されることが人類社会にとって悪であると言っているわけでもない。私という個の存在も人類社会全体からみればほとんど無であり、また、人類社会そのものも宇宙から見れば無に等しい。
フレディ曰く、「『孫崎氏は主流から外された人間』とは何だか品性を欠く下世話な表現だな。OLDJAPは明らかに正しくない」
『孫崎氏は主流から外された人間』と言うことがなぜ品性を欠く下世話な表現なのかな。下世話とはなにか。品性を欠いたら、なぜ正しくないのか。フレディの言う正しさとはなにか。フレディの言葉は全く論理性を欠いている、情緒的な、無価値な言葉の羅列にものに過ぎない。彼の言葉は全般的に彼の名前とは無関係な、日本情緒的、趣味的なものである。