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記事 4件
  • <菊地成孔の日記 2023年1月27日午前3時記す>

    2023-01-27 10:00  
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    20
     今日が一番寒いのだろうか?昔は2月になると、東京にも頻繁に雪が降った。「夜明け前が一番暗い」という、あれは文豪か何かの発言なのだろうか?それとも伝承、ことわざの類なのだろうか?僕は「雪は、降ってしまえば暖かい」と思っていて、要するに「雪は降る前が一番寒い」と言い換えることができるが、これは「夜明け前が一番暗い」と換喩でつながっているかと言えば言えない事もない、しかし、微妙に違う気がする。
     
     単純に僕は、雪が降ると暖かく感じていた。これは寒暖計的 / 実測的な話ではなく、気分の問題だろう。雪を見ると興奮する。
     
     僕の友人で「寒気がしたらセックスすればいいんだ」と言った奴がいて、諧謔としても威勢がいいなあと思っていたが、この歳になっても概ね賛成である。僕の場合は、頭痛とかが治る。アドレナリンの話だ。
     
     今、10年に一度と言われているが、「10年に一度」は、この歳になると大した希少価値はない。11年3月11日は1000年に一度と言われた。何度か話した事だが、僕が毛皮の帽子を愛用するきっかけになったのは、90年代にウイーン(オーストリア)に行った時、ロシアからの「観測史上、70年ぶりとなる」大寒波がやってきて、まだヒートテックなどはなかったが(というか、欧州のあの寒さにヒートテックなど無駄だが)貼るホカロンと最も厚いニットと毛皮のコートと、広げるとバスタオルぐらいある襟巻きでホテルの外に外出した瞬間、もの凄い頭痛がして、「このままでは頭が割れる」と思い、そのままホテルに入り直した。脳漿が瞬間凍結するところだったと思う。
     

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  • <菊地成孔の日記 2023年1月20日午前8時記す>

    2023-01-20 11:00  
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    10
    「誰が幸宏を継ぐのか?」 
     みなさん既にご存知だと思うけれども、高橋幸宏さんが逝去された。僕は、YMOがお一人づつ亡くなってゆく光景に、何の感情も動かない人々が、令和の人々だと思う。
     
     僕は「谷王」を、継がれてゆく名代にした方が良いと思うけれども、そういったことではなく、「誰が誰を継ぐのか?」は、実際問題、伝統芸能の世界以外にはシステムが残されていないので、勢い見立てになる(わかりずらいかもしれないが、伝統芸能の中で「名を継ぐ」のは基本的には血族なので、いわば、何も考えることもない。しかし、そうでないと見立ての嵐になる)。
     
     例えば僕は誰の後継者になるであろうか?見立ては無限だ。
     
     どうせ見立てなんで、どんどんえらい人がライナップされるが、「うーん、、、そうかも」とか「ぎゃははははは!それはねえよ!」とか楽しんでいただければそれで良いが、まず僕はマイルスの後継者だと見做されても仕方がないところがある。スクーラーが多く、ジャズミュージックの歴史の中で、画期をもたらすことがあるからである(もちろん、違う面の方が遥かに多いのだがーー当たり前だーーそれはいちいち書かない)。
     
     クインシージョーンズに見做されても、ドクタードレに見做されても、まあ仕方がないようにも思える。今年からどんどんその傾向が加速する気がする。僕は、2年前に「新音楽制作工房」立ち上げの際に明言したが、もう自分だけで音楽を作曲、制作するのは止めた。次のぺぺのアルバムは、全曲、委嘱共作曲になる(まあ、一人で作っていた時分の「色悪」カヴァーは僕一人の曲だが)。いわゆる偉いGPみたいな感じ?
     

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  • <菊地成孔の日記 2023年1月17日午前6時記す>

    2023-01-17 10:00  
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    14
    「パク・チャヌクに学ぶ」
      今年が始まって僅か17日間しか経っていないことが信じられない。「Q/N/K」のラップのレコーディングはやっと終わり、あとはこれをMFSさんに投げるだけだ。この一件だけでも抱腹絶倒のエピソード満載である。
     
     「岸辺露伴ルーブルへ行く」は、今だから時効だが、テレビシリーズよりも前から決まっていて、僕は周到にテレビ班と別班を作り、備えていた。「ホットサマーマーサ」と「ジャンケン小僧」のオネアが終わってから映画版のラフが届くという流れで、この大仕事が僕の中で、去年と今年をブリッジオーヴァーし、まだ年末感すらない。映画班は僕を含め、僅か3人である。僕は自分個人ではそんなこと考えたこともないが、映画祭で音楽賞を取りたい。受賞挨拶は20人全員で登壇する(結局それがしたいだけだが)。

     今年一年の大まかな流れを決める年頭会議が今日、行われた。ぺぺは今年どうするか、ラディ

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  • <菊地成孔の日記 2023年1月3日午前4時記す

    2023-01-03 10:00  
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    12
     大晦日、珠也とスガダイロー(僕が、名前をカタカナにしてもダサくないと思っている唯2名のスガの1人。もう1名はスガシカオ)さんとの、かなり激しいと言えるセッションが終わった。比較的、仲が良いと査定するに吝かではないトリオであり、セッションは大変白熱した。僕が珠也とスガさんが好きなのは、プレイはいうまでもなく、非常にジェントルで優しい人間性と、あと、お洒落である。ということだ。
     
     ちゃんと自分に似合うものを着ていて、それがちゃんとカッコいい。というのは、誰もがさほど金をかけずにお洒落になれるほど水準が上がった現代の中でも、ワンランク上のクラス感である。僕が強く惹かれるのはこういう人々か、或いは「なんで君、そんなに才能あるのにそれ着てんの笑」と思わせる人々で(これは、ダサいという意味ではない。文字通り「なんで君、そんなに才能あるのにそれ着てんの笑」という意味である)、例えば谷王なのだが、こういう人々が放つ魅力もすごい。特に谷王はオンステージも私服のままなのでかなりドキドキする。珠也とスガさんは安心してセッションできる。当然音楽的な成果は真逆の美を持つことになる。
     
     スガさんはバックヤードで「うわー、6本ぐらい突き指したあ笑」と豪快に笑っておられたが、僕も帰宅してから数えたら、これは指の関節数換算だが5箇所が打撲傷を負って紫色になっていた。全てサバールによるものだ(前歯も思いっきりーー手垢にまみれた表現だが「今日ここで前歯が抜けても良い」という覚悟笑で演奏したのでーーグラグラになっていたけれども)。
     
     皮面を持つ打楽器に共通するリスクだが、打面中央を打つのとリム(ヘリの部分)を打つのでは音色が変わる。指を打撲するのは強く叩きすぎるからではなく、早く叩くとき、リムを打つのとセンターを打つのを交差させるときに、打つ角度をーー大げさではなく、ミリ単位でーー誤ると一打でやってしまう。ほとんどのエスニックなパーカッションが、叩き方を習得したのち、まずはソンゴ(歌=パターン)を習得するのは、最初から自由に叩くと、この「打ち損じによる負傷」が激発するからで、僕はターンテーブルと打楽器は練習を一度もしたことがないから、指をやられるリスクヘッジが出来ない。
     

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