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記事 7件
  • 田原総一朗 「常識を疑え!」僕の原点となった69年前の終戦のできごと

    2014-08-28 20:00  
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    また8月がやってきた。69年前、僕は11歳だった。学校の教師は、あの戦争を「聖戦」だといった。「お前たちはお国のために死ぬのだ」ともいっていた。もちろん僕もそう信じていた。将来は海軍に入って、みごとお国のために死ぬのだと思っていた。だが、それは「夢」だった。69年前の8月のあの日。正午から天皇陛下のラジオ放送があるという。当時は、すべての家庭にラジオがあるわけではなかった。だから、ラジオのあるわが家に近所の人たちが集まり、あの放送を聞いたのだ。あのころのラジオは性能が悪く、雑音が多かった。それでも、ときどき明瞭になる陛下の声を必死で聞いた。意味はよくわからなかった。放送が終えると、みんなの間で意見が分かれた。「まだがんばって戦え」ということだろうという人もいた。「戦争は終わった。日本は負けたんだ」という人もいた。その後、役所から連絡がきた。そこで、よくやく日本が負けたのだ、ということがはっきりした。僕は悲しくなって、自分の部屋にこもって泣きに泣いた。海軍に入って、日本のために死ぬという、「夢」がかなえられなくなったからだ。いつの間にか、寝てしまっていたようだ。気がつくと、すっかり暗くなっていた。窓から外を見た僕は、とても驚いた。家々に灯がともっているのである。それまでは、灯火管制のため、夜は真っ暗になっていた。空襲に備えなければならなかったからだ。そのときになってやっと、僕は何か開放されたような、不思議な高揚感を覚えた。9月になり新学期が始まると、あらゆることが逆転していた。「この戦争は聖戦だ」といっていた先生が、「間違った戦争だった」といい始めたのだ。「鬼畜米英」といっていたアメリカが、「いい国」となっていた。総理大臣だった東条英機などは、一転して大悪人になった。教科書を墨で塗りつぶす作業も続いた。いったい何なのだ、と僕は思った。あの日を境に、自分が正しいと信じていたことが、すべてひっくり返されたのだ。それから僕は、「国、そして偉い人というのは嘘をつく」と肝に銘じ、疑うようになった。 

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  • 長谷川幸洋コラム【第61回】宮家邦彦氏と語った集団的自衛権の核心

    2014-08-28 20:00  
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    マスコミはついこの間まで集団的自衛権をめぐって大騒ぎしていたが、安倍晋三政権が肝心の法改正を来年の通常国会に先送りしたら、とたんに熱も冷めてしまった。それはマスコミの常である。マスコミの硬派報道というのは「天下国家、国のあり方を論じるもの」と思われがちだが、そうではない。基本的には「永田町や霞が関で起きていること」を報じ、論評しているのだ。言い換えれば、政治家や官僚が議論していることを「ああだ、こうだ」と言っているにすぎない。つまり問題設定をしているのは、あくまで政治家や官僚である。ときどき政治家や官僚が語らず「外に出る」とは思ってもみなかった話が特ダネとして報じられることもあるが、それはまれだ。最近では、福島第一原発の故・吉田昌郎所長が政府事故調査委員会に証言した「吉田調書」報道がそうだろう。朝日新聞が報じた後、産経新聞が先日、朝日報道に対する批判を交えつつ、後追いした。そのせいか、最近では「政府は吉田調書を公開すべきだ」という声も高まってきた。マスコミの側が問題を設定した数少ない好例である。こういう報道がもっと盛んにならなければならない。核心を外した議論ばかりだった集団的自衛権問題
    いきなり脱線した。今回の本題は集団的自衛権だ。私はこれまであちこちで何度も書いたり発言してきたとおり、日本は少なくとも1960年に日米安保条約を改定したときから事実上、集団的自衛権の行使を容認してきた、と考えている(5月2日公開コラム、http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39149、『週刊ポスト』の「長谷川幸洋の反主流派宣言」2014年5月23日号、http://snn.getnews.jp/archives/313705など)。それは、日米安保条約が日本と並んで極東(具体的には韓国と台湾、フィリピン+ベトナム)の平和と安全の確保も視野に入れて、日本に米軍基地を設け、かつ有事の際に日本は事実上、米軍に基地使用を認めてきたからだ。基地使用を認めなければ、沖縄は返還されなかっただろう。これは「日本の安全保障がどういう構造の下で成り立っているか」を考える際に基本中の基本問題である。にもかかわらず、安保条約と米軍基地、集団的自衛権の問題は今回の行使容認をめぐる論争でも、ほとんど議論されなかった。少なくとも、私は新聞の解説記事やテレビ番組で見たり聞いたりしたことはない。なぜかといえば、まず第一に、政府がそういう議論を持ち出さなかったからだ。それから、野党もそうした視点から政府を追及しなかった。議論はもっぱら日本海やペルシャ湾の15事例のような「たとえ話」を中心に展開された。それは、まったく核心を外している。たとえば、日本海で米軍艦船が第3国に攻撃されたら、日本が一緒になって戦うのは是か非か。もっぱら、そんな議論が中心だった。反対派は、もしも戦うなら米国の戦闘行為と一体になるから「戦争に巻き込まれるじゃないか」というような論理を展開した。いわゆる「武力行使一体化論」である。歴代政府は基本的に「米軍の武力行使と一体になる行為はしない」という前提に立っていたから、野党もそういう前提を基に政府攻撃のロジックを組み立てたのである。政府が安保と米軍基地に深入りしなかった
    ところが、事の本質はどうかといえば、日本が領土を米軍に提供して、米軍がそこを基地に朝鮮半島有事で戦闘行為に入れば、日本は事実上、米軍と一体になる。敵から見れば、当たり前である。この点は、反対派も実は同じ認識に立っている。彼らは「有事になれば、沖縄の基地が真っ先に狙われる。したがって普天間飛行場の辺野古移転は反対だ」と言っているのだから。極東有事に備えた基地の存在自体が「日本は米国と一体になって戦う」という姿勢を示しているのだ。それは、集団的自衛権以外の何物でもない。「日本海で米軍のために戦えば集団的自衛権で、米軍に基地を提供するのは集団的自衛権ではない」というのは、安全保障と自衛の本質を無視した倒錯論である。あえて反対派のために言えば、もしも「日本は絶対に米国の戦争に巻き込まれたくない」というなら「極東有事では米軍に基地を使わせない」と主張しないと、首尾一貫しない。だが、そういう議論をしそうなのは日米安保条約破棄を唱えている日本共産党くらいである。つまり、極東有事のための基地使用を認める一方で、集団的自衛権に反対するのは原理的に矛盾しているのだ。こう言うと「いや、極東有事で基地使用を認めるかどうかは、日米の事前協議次第である」という反論があるかもしれない。建前はそのとおりだ。だからこそ、そこから議論が初めて核心に入る。残念ながら、議論は核心に迫らなかった。「私たちは集団的自衛権に反対だ。極東有事で米軍の基地使用も認めない。だから、日米安保条約を再改定しなければならない」という主張があったか。なかった。なぜ、なかったのか。それは、なにより政府が日米安保条約と米軍基地の問題に深入りしなかったからだ。加えて野党も結局のところ、政府が設定した議論の枠組みに乗っかっているだけだった。政府も野党も議論しないから、マスコミも報じず、論評しない。この国の安保論議はそういうカラクリになっている。一言で言えば、建前だけの虚構である。ここからが本題だ。では、政府は本音でどう考えているのか。その点を私は折にふれて、当局者や元当局者たちに尋ねてきた。その一端を今回、宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹へのインタビューとして伝えたい。宮家は外務省の日米安全保障条約課長を務めたプロ中のプロである。私は宮家に『現代ビジネスブレイブイノベーションマガジン』の連載としてインタビューしたが、マガジン配信後に編集部の許可を得て、ここで集団的自衛権に関わる部分のみを抜粋して紹介する。この宮家発言こそが本質を物語っている、と考えるからだ。インタビューの一部はこれまでも3回に分けて、一部抜粋版を紹介してきた(第1回はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/39858、第2回はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/39948、第3回はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/40091)。宮家の分析は他の論点でも秀逸だ。全容はぜひマガジン本体をお読みいただきたい。 
  • 田原総一朗 オイシックスの社長の話から日本の「食の安全」について考える

    2014-08-26 20:00  
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    中国の上海にある食品加工会社が使用期限の過ぎた鶏肉を出荷していたことが発覚した。その告発内容が、ビデオ映像として流れたのだ。期限が切れているのはあたり前、床に落ちてもそのまま使う、カビた鶏肉も平気で混ぜる・・・・・・。それだけでも十分に衝撃的なニュースだが、この会社が大手飲食チェーン店の仕入れ先であったことも、日本の消費者にとっていっそう衝撃的だった。「食の安全」の問題は、生産者と消費者との間に、「流通」「加工」という、いくつもの段階があることから、起きているといっていい。「食の安全」を真剣に考えるなら、なるべく加工品を食べないという努力も必要だろう。以前、食物の流れはもっと単純だった。近所の畑で採れた野菜や、近海で水揚げされた魚を食べていた。このようなサイクルでは、食の問題も起こりようがなかったわけだ。もちろん僕も傷んだものを食べて、腹をこわしたりしたこともあった。だが、それはあくまでも食べた側の責任だった。そして、流通技術が発達し、加工食品が次々と開発されている現在、日本の食卓には実に多様なものが並ぶようになったが、しかし、その多様さと「豊かさ」とは別物なのかもしれない。食品が「工業品」と化し、生産地から食卓までの距離が、離れすぎてしまったのだ。 

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  • 長谷川幸洋コラム【第60回】日中首脳会談が実現しそうな習近平の5つの事情

    2014-08-26 20:00  
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    日本と事を構えている場合ではない?〔PHOTO〕gettyimages
    中国・北京で11月に開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて、途絶えたままになっている日中首脳会談が開かれそうな気運が出てきた。ポイントは中国を取り巻く内外情勢の変化だ。はたして、安倍晋三首相と習近平国家主席の会談は実現するのか。7月下旬に訪中した福田康夫元首相が習氏と極秘に会談し、膠着状態に陥っている日中関係を前進させるために首脳会談をもちかけたのは、各紙が報じたとおりだ。そのうえで、産経新聞は習氏が「現在の日中関係を打開しなければならないとの考えを伝えた」と中国側の前向き姿勢を報じている(8月7日付)。中国はこれまで、尖閣諸島の領有権をめぐって争いがあることを認めない限り、日中首脳会談に応じない姿勢を示してきた。頑なな姿勢に変化が出てきた背景として次の5点を指摘できるだろう。
    南シナ海では中国は守勢に回る
    まず南シナ海である。中国の巡視船は5月以来、西沙諸島でベトナムの船に体当たりや放水を繰り返して緊張を高めていた(http://ch.nicovideo.jp/gendai/blomaga/ar532420、を参照)。それは石油探査作業をベトナムに邪魔させないためだった。現場はベトナムの排他的経済水域(EEZ)の中だったが、中国は「自国の水域」と主張して深海探査リグを稼働させていた。これに対して、ベトナムのグエン・フー・チョン総書記は「戦争に突入したらどうするか、と多くの人に聞かれる。われわれはすべての可能性を想定して準備をしなければならない」と語り、いざとなったら戦争も辞さない強硬姿勢を示した。米国も対中姿勢を修正した。昨年6月の米中首脳会談では中国が提唱する「新型大国関係」に理解を示していたが、7月に北京で開かれた米中戦略・経済対話では、ケリー国務長官が「大国」の2文字を削除して語り、オバマ大統領も「新しい型とは意見の違いを建設的にコントロールすることだ」という声明を出している。すると中国は7月15日に突如として石油探査の中止を発表し、探査リグを現場から撤収した。それまでの強硬姿勢からみれば、大きな方針転換だ。タイミングからみて、ベトナムの抵抗と米国の圧力が功を奏した形である。南シナ海で中国はあきらかに守勢に立たされている。 
  • 田原総一朗 忘れていたものを思い起こさせてくれる映画『ワレサ 連帯の男』は必見だ

    2014-08-07 20:00  
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    『>ワレサ 連帯の男』のwebサイトより
    『ワレサ 連帯の男』という映画を見た。ポーランドの政治的なテーマを撮り続けているアンジェイ・ワイダ監督の作品だ。主人公のワレサは、1980年、ポーランドの労組「連帯」を組織し、その初代委員長を務めた人物だ。70~80年代、ポーランドを含む東欧諸国はソビエト連邦によって実質支配されていた。検閲、思想統制があたり前という社会状況のなか、「連帯」は結成された。それまでは政府系組合しかなかった。だが「連帯」は、はじめて労働者によって組織されたのだ。はじめての自主的かつ全国規模の労働組合だったのである。だが81年、政府は戒厳令を公布、多くの関係者を拘束する。「連帯」を率いるワレサは、一労働者から指導者となり、労働者のため、民衆のために闘うことになる。そして、この「連帯」の闘いが口火となって、東欧の民主化が実現したのだ。自由な議論や思想を禁じられた社会とはいかなるものか。その恐ろしさを改めて感じるとともに、民衆の力によって、社会を変革できるのだということに、震えるような感動を僕は覚えた。ワレサがいなければ、ポーランドの民主化、ひいては東欧の民主化はなかったかもしれない。しかし、この映画は、ワレサを「英雄」としてではなく、きわめて人間的に描いているのがとても興味深かった。 
  • 長谷川幸洋コラム第59回 「圏子(チェンツ)」の概念で読み解く、前政治局常務委員・周永康の摘発事件

    2014-08-07 20:00  
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    「重大な規律違反」で摘発された周永康・前政治局常務委員 〔PHOTO〕gettyimages
    中国の最高指導部メンバーだった周永康・前政治局常務委員が「重大な規律違反」に問われて摘発された。汚職で築いた資産は1兆5000億円
    新聞紙面には習近平指導部による「反腐敗」闘争といった文字が踊っているが、それを真に受けて「清廉潔白な権力者が腐敗勢力の退治に乗り出した」などと理解すると、本質を見誤ってしまう。そもそも中国に「法による統治」があるのか。まず簡単に事態を整理する。今回の事件に先立って、2013年3月に四川省の企業グループ「四川漢龍集団」のトップだった劉漢が逮捕された。この男は文字通りマフィアの親分だ。商売敵を何人も殺してのし上がり、約400億元(約6,700億円)の資産を築いていた。劉には死刑判決が下っている。劉の後ろ盾になっていたのが、今回摘発された周永康である。だから、劉漢逮捕のころから「やがて周永康も摘発される」という見方が広がっていた。周永康が汚職で築いた資産は900億元(約1兆5,000億円)という、気が遠くなるような額だ。周の摘発とともに約300人もの一族郎党が拘束された、と報じられている。劉漢や周の親族らも摘発された、という点は後で述べるように重要だ。一方、偶然だろうが事件と時を同じくして、新疆ウイグル自治区のカシュガル地区ヤルカンド県で数百人から千人規模の騒乱が起きた。死傷者は100人にも上る、といわれている。警察当局は「組織的で計画的なテロ」としているが、一部には「前夜、警察に子どもや老人など一家が殺される事件があり、それに反発した騒乱」という説もある。真相は不明だ。新疆ウイグル自治区では、これまでテロや騒乱事件が多発している。昨年10月には北京の天安門広場でも暴走車両が歩行者をはねて突入、炎上する自爆事件が起きた。ウイグル人の間では、習指導部に対する不満が鬱積している。ウイグルだけではない。中国当局は各地で農地の強制収容を繰り返し、それに抗議する農民たちが役所や請願所の前で座り込みする姿が何度も報じられている。
    中国は海でも空でも法やルールを無視
    一方、国内から国外に目を転じれば、中国は他国を相手に国際ルールを無視した行為を繰り返している。南シナ海では、1992年に独自の領海法を制定して「九段線」と呼ばれる線の内側を「中国の領海」と主張している。これは南シナ海のほぼ9割を占める。中国にとって、周辺の「公海」はなきも同然だ。中国も調印している国際海洋法条約では、沿岸から200海里(約370キロ)は排他的経済水域(EEZ)とされ、領海(12海里)とは異なり、自由な航行を認められている。ところが、中国の海軍艦船は昨年9月、EEZ内で偵察行動をしていた米ミサイル巡洋艦、カウペンスにあわや衝突寸前の事件を引き起こした。EEZを領海同様にみなしているのだ。そうかと思えば、中国はことし5月、ベトナムのEEZ内で石油掘削リグを稼働させ、掘削活動を妨害させないために、巡視船がベトナムの船に体当たりや放水を繰り返した。一方では「自国のEEZは自国の領海」であるかのようにふるまいながら、他方で「他国のEEZで自国の行動は制限されない」というのだ。まったく自分勝手というほかない。海だけでなく空も同じである。中国は昨年11月に突然、防空識別圏(ADIZ)を設定した。ADIZは領空とは異なり、あくまで事前通報がない航空機に対して領空を侵犯する可能性を警告するための空域だ。ところが、中国はADIZの設定に際して、国防省の指示に従わない場合「武力で防御的な緊急措置をとる」と表明している。つまり「いざとなったら撃墜するぞ」と脅したのだ。これもADIZに関する国際ルール無視である。こうしてみると、中国は国内でも国外でも、根本的な政治姿勢として「法やルールに基づく統治」を目指しているとは言えない。逆に、法を無視したふるまいを繰り返し、そうした行動を反省したり改める気配はない。 
  • 田原総一朗 安倍自民党、滋賀県知事選敗北で、秋の福島、沖縄県知事選はどうなる?

    2014-08-01 20:00  
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    7月13日、僕の故郷の滋賀県で知事選挙が行われた。三日月大造さんが、小鑓隆史さんを破って新知事となったのだ。とはいえ、三日月さんと小鑓さんの得票差はわずか1万3000票あまり。僅差であった。ともに無所属だが、小鑓さんは自公推薦、三日月さんはもともと民主党の所属。事実上、自公対民主という構図といってよいだろう。新知事になった三日月さんは、前知事の嘉田由紀子さんが応援した。いわば「後継者」である。前知事の嘉田さんは、もともと政治家ではなく、環境社会学者だった。2006年の知事選で、新幹線新駅の建設凍結、ダム建設計画の凍結見直し、廃棄物処分場の中止などを主張。「もったいない」を合言葉に初当選したのだ。これまで政治家は、選挙では道路や空港など何かを「作る」ことを打ち出すのが一般的だった。ところが嘉田さんは、「作らない」と宣言した。琵琶湖を中心とする滋賀県の環境を守る姿勢を貫いたのだ。震災後には、「脱原発」ではなく、ゆるやかになくしていこうという、「卒原発」を打ち出した。こうした「嘉田路線」継続を、滋賀県民は支持したのだろう。そして、もうひとつ三日月さんが勝利した大きな要因がある。7月1日に、集団的自衛権行使容認を閣議決定したことだ。この決定が選挙結果に大きく影響した、と僕はみている。滋賀県民の行使容認への拒否反応の表れもあるだろう。だが、それだけではないのだ。集団的自衛権行使容認に対して、公明党の支持母体である創価学会、とくに婦人部は、最後まで反対だった。そのため、今回の滋賀県知事選では、創価学会の動きが鈍かったと言われている。自民党本部は、事前調査で劣勢を伝えられていた。そこで安倍首相はじめ、菅官房長官、石破幹事長、小泉進次郎さん、野田聖子さんなど、錚々たる顔ぶれを現地に送り込み、小鑓さんを応援した。だが、「自民党カラー」を全面に出したことが仇になり、小鑓さんの票はかえって伸び悩んだようだ。対して三日月陣営は、民主党カラーを一切出さなかった。それで勝利を掴んだのだ。きわめて対照的である。 

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