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  • Thanks Mr.Jones.〜変化の風の話

    2020-01-23 02:05

    何度も何度もいろんなところで話してきた事だが
    文章にする事はあまりなかったので
    ここらで『ひろぐ』に書き記そうと思う!

    私がこの世界を目指したのは中学生の時だった!
    もともとは本気でレスラーになりたいと思っていた!
    英国が生んだ名レスラー
    ”爆弾小僧”「ダイナマイト・キッド」のような選手になりたかった!
    しかも私の妄想では
    現実には存在しない漫画の主人公
    『タイガーマスク』としてデビューしたかった!
    ところが!
    1981年のある日!
    あの腹立たしい事件が起こった!
    新日本プロレス中継でいきなり現れた
    とんでもなく粗末なマスクをかぶった
    「タイガーマスク」を名乗る私よりも小さな男が
    まさに憧れのダイナマイト・キッドを相手に
    100点満点の試合を見せた!
    あの試合だけは今見てもくやしくてならない!
    しかしその時点で私は
    「プロレス界に私の居場所はない!」
    と親にまで宣言した!
    私が将来に抱いていた2つの夢のうち
    1つがその日に消えた!

    今の私はそのもう1つの場所にいる!

    どうしてもコメディ関係の仕事に就きたい
    と両親にも語った!
    なので母親と共に受けた高校の三者面談では
    母親も真顔で
    「コメディの仕事ってどうやったら就けるんですか?」
    と尋ねてくれた!
    先生は郷土芸人「ビートきよし」の知り合いなら紹介できる
    とか
    「伴淳三郎」の親戚ならば知っているとか
    私の将来とはほぼ無関係なアドバイスをくれた!
    他に誰に相談しても
    もらえるアドバイスは似たようなものだった!
    私はコメディの未来を変えたいと願っているのに
    取り敢えずお笑い芸人の
    しかも本人ではなく知り合いを紹介しようとした!
    同時に「まずはいい大学にさえ入れば」と
    ”そのうちあきらめる方式”を私にあてがおうとした!
    私はとてもイライラした!
    誰か大人に相談する時間が完全に無駄なものだと察した!
    そんな時に
    ジェニファー・コネリー目当てで
    『ラビリンス 魔王の迷宮』
    というファンタジー映画を観た!
    その作品の脚本家として
    「テリー・ジョーンズ」の名前がクレジットされていた!
    その当時ビデオリリースされた
    イギリスのコメディ番組
    『空飛ぶモンティ・パイソン』を観るのは
    私の受験勉強前の日課だった!
    日清カレーヌードルを食べながら
    毎日必ず数本観て
    全てを観終えたら
    また最初から観た!
    テリー・ジョーンズは
    そんなコメディグループであるモンティ・パイソンの
    発起人的ポジションの人物だった!

    当時の
    『ロードショー』や『スクリーン』といった
    映画雑誌には
    たいていハリウッドスターへのファンレターの宛先や
    先方に喜ばれるファンレターの書き方などが載っていた!
    なので観た映画の製作会社へ手紙を送れば
    いずれはその関係者に届くという事を知っていた!
    私は『ラビリンス 魔王の迷宮』を製作した
    トライスター社に
    テリー・ジョーンズ宛の手紙を書いた!

     はじめまして!
     僕は日本の山形という田舎町に住む
     1969年生まれの高校生です!
     ビデオリリースされた『空飛ぶモンティ・パイソン』を
     毎日観ています!
     すごいテレビ番組だと思います!
     僕は今大学に進むための勉強をしていますが
     人生の目標はあなたのようなコメディの仕事をする事です!
     けどもどの大人に相談しても
     その夢をギブアップさせようとする言葉しかもらえません!
     僕は日本のコメディの未来を変える
     「The Wind of Change(変化の風)」になりたいと思っています!

    その頃聴いていた
    ロバート・ワイアットのシングルに
    ナミビア共和国の独立を支援する
    南西アフリカ人民機構「SWAPO」の応援歌
    『The Wind of Change』という歌があり
    つたない英語ながら
    そのタイトルを引用した!

     もしもよほど退屈だったら
     何か僕に言葉を下さい!
     この逆境の中で
     僕はどうしたら「The Wind of Change」になれるでしょうか?

    それをポストに投函した時点で
    私の心は既に晴れていた!
    ひとまず親や周囲の言う通り
    東京で”いい大学”と呼ばれるようなところに入学し
    できるだけの事をやってみよう!
    そのうち夢など消えてしまうのだろう!
    変化の風になどなる必要はない!
    みんなと一緒の風に乗って
    流れに任せて生きて行こう!
    テリー・ジョーンズに手紙で愚痴ったという
    その経験だけで充分だ!
    充分か?
    ああ!
    充分だよ!

    ところが・・・
    数カ月後!

    「ひろちゃん!
     なんかイギリスから手紙が来てるよ!」

    母親が私に一通の封筒を持って来た!
    差出人はテリー・ジョーンズだった!

    いやいや!
    これはきっと
    マネージャーが代筆したサインの入った
    ポストカードか何かだろう!

    しかし開封した瞬間
    私の全身に何か電流のようなものが走った!
    既に解散したモンティ・パイソンの便箋に
    私の人生を変える
    とんでもない文章が直筆で書かれていたのだ!

     はじめまして!
     テリーです!
     山形という場所がどういうところなのか僕は知らないよ!
     けども日本の高校生である君が
     僕らの番組を褒めてくれるのはとても嬉しいな!
     君の質問にできるだけ答えてみようと思う!
     君は僕らの『空飛ぶモンティ・パイソン』を
     とても褒めてくれたけどさ!
     もしも君が自分の未来としてあれを目指すのならば
     それは大きな間違いだ!
     だってあの番組は君が産まれた1969年にやってたものだよ!
     つまり君はあの番組を目指せば目指すほど
     自分が産まれた日に帰って行くんだ!
     僕らがやった事の要素をどれだけ盗んでもかまわない!
     けどできるだけ僕らから離れようと努力してごらん!
     それが君の未来だ!
     そしてそれをやろうとしたその時に!

    次に続く最後の一行が
    私の全てを変えた!

     Then,you can be THE WIND OF CHANGE!!
     (君は変化の風になれるんだ!)

    何度も読み返す必要はなかった!
    テリー・ジョーンズからの短い返信を一度読んだ瞬間に
    私がこの人生でするべき事がすべて見えた!
    流れに乗って集団就職のように東京に行ってどうする!
    もっと変わったところで自分を試そう!
    大阪だからってボケツッコミなど書くものか!
    私は変化の風を吹かせるために現れたのだ!
    コントと物語が行ったり来たりで何を見ていいかわからないだと?
    しょうがない!
    私は誰も見た事のない物を作るためにやって来たのだ!
    だって私は”The Wind of Change”でなければいけないのだ!
    Mr.Jonesが私にそう言ったのだ!
    私は自分が作ったものを真似られても盗まれても
    一度も文句を言った事はない!
    だってMr.Jonesも私にそう言ったのだから!
    私を頼って将来の悩みを相談する若者たちには
    真剣に返事をする!
    だってMr.Jonesがそれをしてくれたから
    私はここにいるのだ!

    私からなにかしらの影響を受けたという人は!
    毎年とは言わずせめて今日だけでいい!
    テリー・ジョーンズという偉大なコメディアンを
    追悼していただきたい!
    だって彼がいなければ
    私はこうしてあなたに知ってもらう事など
    あり得なかったのだから!

    テリー・ジョーンズ
    2020年1月21日没

    Thanks Mr.Jones!
    I’m still trying,
                fighting,
                  and enjoying
                    to be The Wind of Change!
    See you next life!!

                               Hirohito

  • 山形探検記2020〜なかたち石とケルアの謎

    2020-01-21 15:00

    まずは!
    オットセイ「ブロニー君」の墓の謎を追う
    前回の『ひろぐ』
    『山形探検記2020~ブロニー君埋葬の謎』
    に関してのお詫びだ!

    私の文章がつたないせいで
    一部の人々に
    山形の街を焼きブロニー君を殺したのが
    祖父「かいっつぁん」であるかのような
    勘違いをさせてしまったようである!
    とんでもない事だ!
    冒頭で記したかいっつぁんの「劇場全焼500円事件」は
    ”それぐらい山形の空気は乾燥している”
    という事を説明したかっただけで
    山形の大火とはまったくの無関係だ!
    祖父の名誉のためにも
    今後はさらなる文章力向上のため
    落ち着いて『ひろぐ』を記そうと思う!
    いや!
    うそだ!
    そもそも「落ち着いてひろぐ」という言葉が存在しない!
    私が猛烈に興奮した時にだけ
    この『ひろぐ』は記されるのだ!
    なので反省は言葉だけにしておく!

    よーく考えてみるとだ!
    毎年58日に始まる「千歳公園」での植木市において
    サーカスのテントが5月8日の植木市初日に焼失したのであれば
    オットセイ「ブロニー君」は
    1ステージもこなしていない可能性が高い!
    なのでその勇姿を見た者は
    山形には1人もいなかったのかもしれない!
    そう考えればブロニー君を「柏山寺」に埋葬したのは
    そもそも
    ”ブロニー君との別れを悲しんだ優しき山形市民”
    であろうはずがない!
    先日は勢い余ってほぼ浪曲のように書き記した
    興行師「森宮庄吉」と柏山寺の和尚によるやり取りだったが
    ”1人の人物が無茶を言って埋葬させた”
    という自説に関して
    なかなか信憑性の高い内容だったと
    我ながらうなずいたものである!

    そんな前後編の『ひろぐ』をプリントアウトした物を
    山形新聞の記者が「新関探検隊長」に届けてくれた!
    写真を見るとあまりにも神妙な表情なので
    何か気分を害する事でも書いてしまったかと
    少々気落ちしていたのだが
    どうやら打ち出した文字が小さかったためだそうだ!

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    ついでに同じ『ひろぐ』を読んでくれた
    「キッチュ」こと松尾貴史との
    LINEの私信をここに掲載する!

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    趣味と供養を両立させて私が作った
    「樹脂粘土」によるブロニー君は
    「オットセイに見えない!」
    「見るからにへんてこだ!」
    「ブロニーだから”ブ”というシャツは
     『ど根性ガエル』のゴリライモみたいで変だ!」
    との賛辞を各方面からいただいた!
    よってその仕返しとして
    粘土活劇『やめとけ!チキンマン』Facebookページにて
    ブロニー君の携帯電話待受画像を
    緊急配布する事にした!
    私が作る粘土活劇『やめとけ!チキンマン』には
    毎年5月8日にこのブロニー君を出演させようと考えているため
    デザインスタッフに番組ロゴをあしらってもらった次第だ!
    ページを訪れたついでにフォローまでしていただければ
    嬉しい限りである!

    はてさて!

    雪がまったくない
    よく晴れた
    まるで春のような山形市内を自転車で走り
    まずは新関隊長が教えてくれた
    「なかたち石」を探した!
    新関隊長から”なかたち石”という言葉を聞いた時
    私は直感的に
    「仲を断つ」
    という縁切りの願掛け石を想像した!
    『ひろぐ』にしばしば登場する
    笑いのパワースポット「高津(こうづ)神社」にも
    「縁切り坂」というのがあり
    その石段を下ると
    悪縁や病魔などと別れられると言われている!

    「なかたち石はそういう物じゃなく
     メディアの原点と言える石ですよ!」

    新関隊長の言葉に私は首をかしげた!

    「”仲を断つ”のではなく
     ”仲に立つ”という意味ですね!
     ある種のコミュニケーション・ツールなんです!」

    山形駅前の大通りをまっすぐ東に進めば
    やがて「諏訪神社(すわじんじゃ)」が左に見える!
    諏訪幼稚園のものすごく愉快なバスが走っていたら
    その辺りだ!
    私が子供の頃の繁栄からは
    ずいぶんとさびれてしまった山形市街なので
    なにしろ目印が少なく説明しにくいのだが
    そんな諏訪神社に行き着いたら
    少しだけ戻って1つ前の角を左(北)に曲がって欲しい!
    そのまままっすぐ進むと
    右(東)側の歩道に”なかたち石”は立っている!


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    そのまま真っすぐ行けば
    私の通った高校があるので
    そこはかつて私の通学路だったはずだ!
    しかし近年の頻繁な道路拡張で
    そこはまったく見覚えのない広い道になってしまった!
    なかたち石はその道沿いの「大日堂」入口にあった物らしいが
    やはり道路の拡張で大日堂の入り口が削られ
    なかたち石だけが歩道に取り残された状態にある!
    1861年に建てられた物だそうだが
    管理と手入れがよほど良かったのだろう!
    あたかも最近作られた物に見えるほど
    美しい状態だ!

    「片面には”たつぬる方”!
     もう片面には”をしへる方”と書かれています!
     つまり尋ねる人と教える人です!」

    そんな不思議な”なかたち石”のシステムを
    新関隊長に説明されて度肝を抜かれた!


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    例えばだ!
    行方不明になった人を探したい場合は
    尋ね人情報を紙に書き
    ”たつぬる方”の面に糊か何かで貼るのだそうだ!
    するとやがてそれを見た人の中に
    尋ね人を見かけたというような者があれば
    その情報をまた紙に書き
    今度は”をしへる方”の面に貼ると言うのだ!
    なんともシンプルながら
    たいそうよくできたシステムではないか!
    なんなら
    ”嫁が欲しい”
    ”働き手が欲しい”
    というような求人もここで行われた可能性があるらしい!
    つまりは婚活サイトやLINEバイトのような役割を
    たった1つの石が行っていたのである!
    ひょっとしたら
    息子が小さい頃に着ていた服を売りたい!
    子供が産まれたところなので是非譲って下さい!
    といったメルカリの役割も果たしていたかもしれない!
    携帯電話を失くしたら心臓が止まると信じている世代に告ぐ!
    スマートフォンでできる事の多くは
    道端の石1つで事足りるようだぞ!
    こんな面白い物が自分の通学路にあったとは驚きだ!

    普通に道端にある石なので
    触るなとも乗るなとも何とも書いていない!
    ならば次回帰郷した際には
    ”たつぬる方”の面に
    「この気になるビジュアルの郷土歌手は生きていますか?
     生きているならば今どこでどうしてますか?」
    と貼り紙をしてみようと思う!


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    「この”なかたち石”という物が
     全国にあった物なのか?
     もしあったとして
     それはやはり”なかたち石”と呼ばれていたのか?
     それを後藤さんに調べて欲しいんです!」

    なかなかの難題ではあるが
    これは「ラヂオ塔」と並び
    ”メディアの原点を探る”というテーマで
    おおいに調べる価値があると見た!
    もしもこれをお読みになって
    「わが町にも同じ役割
     もしくは同名の物がある!」
    という方は是非とも写真に撮って
    私宛にメールを送っていただきたい!

    lamprima2012@gmail.com

    というわけで
    こんなに珍しい物を歩道にほったらかしている山形を
    またしても寂しく思う私だ!
    この無関心の理由は
    一人一台という自動車文化圏によるものだと推測する!
    ほんの数10メートル先にゴミを捨てに行くのに
    つい車に乗ってしまう山形市民は
    こうした身近な珍物を一切見る事なく生活している!
    どうにも悲しい事だ!
    私ならば勢い余って山形駅の売店に
    こういうTシャツを置くだろうよ!


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    そんな与太話を心にひろぎながら
    その道をそのまま真っすぐ進む!
    じきにたどり着くのは
    今ではまったく映画館のなくなってしまった
    「シネマ通り」だ!
    かつて旭銀座(あさひぎんざ)と呼ばれたそこには
    いくつもの映画館が連立し
    私はそこで育ったと言ってもまったく過言ではない!
    旭銀座の角には
    その昔は山形日活という「ポルノ映画館」があり
    ネオンサインの中で激しいポスターが常に輝いていた!
    なのにそこは私の小学校のスクールバスの通り道だった!
    修学旅行で友達と大浴場に入る事を恐れる
    成長の早い5、6年生男子は
    山形日活の前を通ると急に読書などを始めたものだ!
    それでいい!
    そうやって子供時代に性衝動と格闘するのが
    理性ある人間として最も健全な成長だ!
    それを今ではみんなで見えないように隠すものだから
    大人になってから性衝動の抑制方法がわからず
    大変な事件を起こしても罪の意識を感じない輩が
    わさわさと生まれ出ているのだ!
    やがてそんな山形日活は山形駅前の地下に移転し
    その建物は山形シネマプラザという通常の洋画館になった!
    そこで観た
    『悪魔の毒々モンスター』
    『死霊のはらわた』
    私にとって生涯大切な映画である!
    さらにそこは
    私が高校を卒業し
    明日いよいよ大阪に旅立つというまさに前日!
    フランシス・フォード・コッポラ監督の
    『コットンクラブ』を観た映画館でもあった!
    そんな山形シネマプラザも
    現在はカラオケ屋さんになっている!
    さて!
    そのカラオケ屋さんの前に立って
    来た方向を振り返ってみよう!
    向かいにはなんという事のない古い建物がある!
    ところが!
    それを見上げると!

    「ビルの上がアーチ状になっていましてね!
     そこにカタカナで”ケルア”って書いてあります!」

    新関隊長が私に投げかけた新たな珍スポット!
    通称「ケルア遺跡」だ!


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    残念ながら三文字をうまく撮ろうとすると
    どうしても文字に電線がかかってしまう!
    一番右の文字が外れて落ちているが
    その接着痕から
    そこにあった文字が「ア」である事は推測できた!


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    それにしても「ケルア」の意味がまったくわからない!
    もしも書かれているのが「イロハ」や「アイウ」ならば
    なんらかの順番を示すものであり
    建物1つ1つの目印的な役割を果たしていたと推測できる!
    ところが書かれている文字は生涯聞いた事もない組み合わせ
    「ケルア」だ!
    私は高校通学時に毎日「ケルア遺跡」を通過していた!
    古さから見て
    私の高校時代どころか
    私が生まれる前からあったはずだ!
    なんなんだ「ケルア」は!

    「あれは確かにものすごく古い物です!
     つまり!
     左から読んじゃいけないんですよ!」

    なんと!
    そうか!
    このカタカナは昔式に右から読むのが正解なのだ!
    つまり・・・
    つまり・・・?
    「アルケ」・・・。

    まぁ・・・
    そう言うなら歩くが・・・
    だったら自動車や自転車
    走ったりスキップしたりする人に
    よく見える位置に書くべきじゃないか!
    真下から見上げなければいけないこの位置では
    誰にも見る事はできない!
    現に私はこれを一度も見上げた事がなかった!


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    ここでまた新関隊長の言葉に
    私のしりこ玉が飛んだ!

    「実はね!
     あれで終わりじゃないんです!
     あの三文字の後には”イ”と”ド”があったはずです!」

    「イ」と「ド」
    つまり・・・「アルケ・・・イド」
    アルケイド?
    歩け井戸?
    アルケイド・・・
    歩け緯度・・・
    アルケイド・・・
    ある経度・・・
    アルケイド?
    アルケイド!
    アルケイド!!
    Arcade!!
    アーケードだ!!!!

    三文字の左に「イ」と「ド」があったとすると
    そこは先程”なかたち石”からまっすぐ走って来た
    私の通学路にさしかかってしまう!
    しかし書かれていた文字が「アルケイド」だったとすれば
    どうやらかつてはその道路の上に
    屋根か門のような物があり
    これらの文字はその存在をアピールしていたというわけだ!
    古い絵葉書を販売しているサイトで
    それを証明する写真を発見した!

    絵葉書資料館「山形市 旭銀座と映画街」

    この写真の右側に写っているのが
    紛れもなく後に「ケルア遺跡」となる建物だ!
    しかし「ケ」よりも向こうにまだ建物が続いている!
    「イ」と「ド」が存在したのだ!
    そして山形日活になる前には
    10日から『我等の仲間』が上映される
    洋画館だった事も伺える!

    この道を更にまっすぐ行けば
    そこにはブロニー君の墓が立つ柏山寺がある!
    なんと驚くなかれ
    ”なかたち石”と”ケルア遺跡”と”ブロニー君の墓”は
    ほぼ1本の道上に存在するのだ!

    この道が特別に開発の遅れた道だとは思わない!
    山形にはまだまだ道路拡張不可能な細道や裏道が存在する!
    私はこの歳になって
    はるか30年以上も昔に離れてしまった山形に
    猛烈な興味を抱いているのだった!

    山形は観光客誘致として
    ものすごくピントのずれた投資をする事が多い!
    そんなのよその県にもあるよ
    という物に敢えて多額の資金を投じてみたりする!
    山形にしか存在しない世にも珍しい物は
    既にたくさんあるのに
    それが見えずに迷走している!
    稀に現れる新関隊長のような人物が
    それを正しい方角に向けようと努力している!
    大阪という遠方で暮らす私だが
    今後も新関隊長やその組織と連携し
    故郷がとんでもなく不思議で変わった街である事を
    アピールできたらと思う次第だ!

    以上が山形探検記2020の全貌である!
    あなたが住む街にも
    きっとあなたが見落としている
    世にも珍しい何かがあるはずだ!
    せめてこの『ひろぐ』を読んだ今日は
    車に轢かれない程度に
    いっぱいきょろきょろして歩いて欲しい!


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  • 山形探検記2020〜ブロニー君埋葬の謎

    2020-01-20 15:00

    今は亡き実父「ごんぼちゃん」の父
    つまりは私の祖父「後藤嘉一(ごとう・かいち)」
    作家であり山形の郷土史研究家だった!
    そんな祖父、通称「かいっつぁん」が晩年
    こたつを挟んで
    孫の私にずいぶん面白い話をしてくれた事がある!
    それは私が「大阪で演劇をやっている」
    と報告した流れで出て来たものだった!
    かいっつぁんは
    「俺も昔は役者として舞台に立っていた。」
    と言う!
    かいっつぁんが戯曲作家でもあった事は
    生前から知っていたので
    元々は舞台俳優だったと聞かされても
    何の驚きもなかった!
    しかしそこから先の話に腰が抜けた!
    「ある舞台での話だ。
     出演してたし脚本も演出も俺がやった。
     けども演出で本当の火を焚いたら
     本番中に舞台装置に引火し
     劇場を全焼させ
     当時一番利子の低かった第一銀行(現・みずほ銀行)から
     多額の借金をして弁償した。」
    1905年生まれのかいっつぁんが
    20歳ぐらいの頃と推測される!
    「その借金を全然返せなくて
     利子は何倍にも膨れ上がり
     やがては500円にまでなってしまった。」
    私は怯えた!
    このじいさんは我々家族に
    とんでもない借金を残して死ぬつもりなのか!
    私はおそるおそる尋ねた!
    「その借金は結局どうなったの?」
    その答えはどれだけ我慢しても
    しりこ玉が5つは飛ぶであろう衝撃的なものだった!

    「んん。
     こないだ500円玉で返してきた。」

    第二次大戦を経て
    先祖代々の土地や財産を没収された者もいれば
    貨幣価値の変動で
    せっせと貯めたお金が紙くずになってしまった人もいる!
    ところがうちのかいっつぁんは
    演劇で劇場一軒を全焼させておきながら
    その罪を500円玉1枚で!
    わずか牛丼の並に玉子をつけたぐらいの価格で済ませたという
    ある種のレジェンドなのである!

    山形市は乾燥地帯だ!
    そのため人口の割に火事件数が多い!
    しかも昔の建物は木造だ!
    一度燃えたら
    燃やす事に飽きるまで炎は燃え続けたに違いない!

    中国では辛亥革命が起こった1911年(明治44年)!
    その5月8日!
    その日は先日の『ひろぐ』
    『山形探検記2020〜オットセイ「ブロニー君」の墓』
    で私が「ラヂオ塔」を探した
    「千歳公園」別名「お薬師様」で
    盛大な植木市が開催されていた!
    これは今でも続く山形市の伝統行事で
    千歳公園周辺の道路に
    いくつもの植木露店や屋台が立ち並ぶ!
    一昨年にたまたま訪れた際にも
    千歳公園内は
    お化け屋敷に入るの入らないのと
    大騒ぎする子供達で賑わっていた!

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    (2018年の植木市)

    火元は山形市で一番の繁華街である七日町通りの
    現在で言う大沼デパート隣にあるマンション
    (かいっつぁんが残した古い資料では「現ジャスコ」)
    辺りにあったお蕎麦屋さんだったそうだ!
    火は次々と燃え移り
    乾燥の中で南西からの風に煽られ
    山形新聞社や山形県庁(現・文翔館)をも焼いた!
    この炎の進路は奇しくも花笠祭りのコースだ!
    察するに多くの木造建築を燃やした煙は
    その時点で千歳公園の植木市を包み
    賑わう祭りを真っ暗闇にしていたに違いない!
    その恐怖は平和に生きる私ごときでは想像できない!
    やがて布を屋根にしていたであろう粗末な屋台をたどって
    炎は千歳公園全体を焼いた!
    公園の北東には「芋煮会」で知られる
    「馬見ヶ崎(まみがさき)川」があるため
    炎はそこでようやく止まったようだ!
    (★この火事は先のかいっつぁんが起こした出火とはまったく関係がない!)

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    (2018年の植木市
     炎はこの道を走って
     奥に大木が見える千歳公園を焼いたと思われる)

    火元を現在のマンションと明示した事で
    今そこに住む人々に不安を与えたかもしれないが
    案ずる事なかれ!
    山形市の繁華街ほぼすべてを焼いたこの大火では
    後の2次的被害を除いて
    直接被害で死んだ人は1人もいなかったようである!

    直接被害で死んだ唯一は
    人ではなく
    一頭のオットセイだった・・・。

    私が子供の頃にも
    千歳公園の植木市には移動サーカスが来ていた!
    植木市の数日前には一座が現れ
    テントの設営が行われていたので
    公園内を通学路としていた後藤3兄弟は
    毎日その様子を見て植木市開催にわくわくしていた!
    薬師堂前に置かれた檻に入ったチンパンジーと
    つばのかけ合いをした事もある!
    飛距離と臭みに圧倒的な差があり
    惨敗した悔しさを覚えている!

    1911年に山形という僻地で芸を見せるオットセイは
    さぞや人々を驚かせ
    多くの人に愛されたに違いない!
    だが「ブロニー君」という名のスーパースターは
    檻から出される事なく
    大火唯一の犠牲者となった!
    長時間黒煙に包まれた後の猛烈な炎!
    ブロニー君の檻には近づこうにも近づけず
    檻を探そうにも探せず
    悲鳴の中の大混乱でやむを得ずの事だったのだろう!

    「僕も最初は
     それを悲しんだ人たちが
     善意で柏山寺(はくさんじ)に埋葬した
     と思ったんですけどね。」

    「丸八やたら漬」社長にして
    「城下町やまがた探検隊」隊長の
    新関芳則氏は語った!

    「どうやら違うんですよ。
     後藤さんはブロニー君の隣のお墓も見ました?」

    ブロニー君の隣の墓?
    いやいや!
    まったく眼中になかった!

    「昔の話ですからね。
     お薬師様の市を仕切るのは
     当然地元の興行師。
     つまりはヤクザさんですよ。
     巡業サーカスと交渉して誘致するのも
     そんなヤクザさんの仕事です。」

    なるほど確かに!
    当時に芸をするオットセイを有するサーカス団は
    なかなかに大きな団体だったに違いない!
    それを呼ぶとなれば
    今も昔も移動費・滞在費などずいぶんな費用がかかる!
    その費用をも捻出して
    更に利益を出して関係者に分配する!
    これはなかなか有能な興行師でなければできない事だ!

    「ブロニー君のお墓の隣に並んでるのが
     その興行師の墓と言われてます。
     どうやらその興行師が
     ブロニー君を自分の家の墓と同じ墓地に
     葬ったようなんです。」

    新関隊長からそこまで聞いたところで
    点が線になった!
    同時に作家特有の病気が発症した!
    私の全身を一本のドラマが電流のように走り巡った!
    つまりはこういう事だ!

    まずは三味線の音!

    「情けねぇ!
     俺は情けねぇよ!
     俺の顔で山形まで来てもらったってのによ!
     俺の町でサーカスのスターを!
     ブロニー君を死なせちまった!」

    清川虹子が演じる嫁は言う!

    「落ち着きなよお前さん!
     火事になったのは
     なにもお前さんのせいじゃないんだよ!
     あたしらだってこれからこの焼け野原で
     どうやって暮らしていいか困ってるんじゃないか!
     たかがオットセイでそんなにしょげるんじゃないよ!」

    「やいてめえ!
     なんて事言いやがんでぇ!
     子供も大人もみんなをしっくるめて笑顔にしてくれた
     あのブロニー君を”たかがオットセイ”だと?」

    「こいつぁあたしも口がすべっちまった。
     あやまるよ。
     悪かったね。
     あれは賢くてかわいいオットセイだった。」

    「おうよ!
     それにだ!
     あの団長は故郷(くに)に帰りゃこう言うぜ!
     山形にゃ行くな!
     行ったら最後
     みんな焼き殺されちまう!
     あの興行師たぁ金輪際手を切った方が身のためだ
     ってな!
     そしたらどうだ!
     俺は親分子分にも顔が立たねぇ上に
     俺たちゃ夫婦でのたれ死にだ!」

    「だからってどうするんのさ?」

    「ここで仁義を通さなきゃ
     腹を切っても死に切れねぇ!
     おい!
     俺はちょっと出てくるぜ!」

    「どこ行くんだいお前さん!」

    「・・・柏山寺よ!」

    鐘が鳴る!
    カラスが鳴く!
    場面は柏山寺のお堂だ!

    「和尚!
     こんだけ言ってもわかってもらえねぇのかい!」

    和尚は軽く茶をすすって答える!

    「そない強うに言わはったところで
     人様のお墓に動物を埋めろ言うんは
     聞いた事もない話。
     檀家の方々にも何を言われるかわからしまへんえ。」

    「やいやいやい!
     俺だってその檀家の1人じゃねぇかい!
     これまでお布施をケチった事だっていっぺんもねぇ!
     そんな俺の頼みが聞けねえってのかい!」

    「まぁまぁ落ち着きなはれや。
     だいたい死んだオットセイに
     どないなお経を上げたらよろしいのん?」

    「面倒言うんじゃねぇや!
     いっつもみてえになむなむ言ってりゃそんでいいんだ!」

    「戒名はどないしはりますのん?」

    「戒名だと?
     そんなもんいりやしねぇ!
     墓石にゃ石工に頼んでこう掘ってもらうのよ!
     ”オットセイのブロニー君の墓”ってな!」

    「カタカナが多すぎますえ!
     無茶を言いなはんな!」

    「頼むぜ住職!
     この通りだ!」

    はかまをひるがえして土下座する!
    ここからがこの芝居の見せ場だ!

    「これこれちょいとちょいと!
     頭を上げなはれ!」

    三味線の音!
    「待ってました」の声!

    「この俺が土下座までして頼んでんだ!
     俺は残る一生これ以上の無理は一切言わねぇ!
     住職よ!
     なんなら俺を地獄に落っことしてもらっても構わねぇ!
     なんとか!
     なんとかブロニー君をこの寺で供養してやってくれ!
     檀家に気持ちわりいって言われんなら
     俺の墓の横にぴったり離さず並べてやってくれ!
     オットセイが化けて出てきたら
     この俺が!
     この”鬼の庄吉”が
     がっちり抱き止めてやるからよ!
     だから住職!
     後生だ!
     ブロニー君をこの寺に入れてやってくれえええっ!」

    (浪曲『ブロニー君 男の玉乗り一代記』作・玉川ひろひと より)


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    優しい市民によるありがちな人情話ではなかった!
    「オットセイ”ブロニー君”の墓」は
    任侠道の話だったのだ!
    人間の墓地にオットセイを埋葬する!
    こんな珍事は
    みんなでわいわい楽しく進められたわけがない!
    みんなで何かをやる時ほど反対勢力が生まれるはずだ!
    となればこんな事は
    独断での強行以外にあり得ない!
    そこには1人のヤクザによる
    意地と仁義と押しの強さがあったのだと私は確信した!
    なぜ庄吉が江戸っ子で
    柏山寺の住職が京都弁なのか!
    そんなのはどうでもいい!
    これはいずれ何かの形で語り継ぎたい
    極めて稀なアメイジング・ストーリーなのである!
    興行師、宮森庄吉に関して
    もっと深く調べてみたいのだが
    あまり深入りすると
    昨年より弊社が殊の外ぴりぴりしている
    反社会的勢力と関わってしまう可能性が高いので
    浅く浅く探ってみようと思う!

    何にせよ
    ここまで珍しい物を有する町であるにも関わらず
    ほとんどの山形市民が
    その存在も所在も知らないという事が猛烈に寂しい!
    これから山形を訪れる方があれば
    是非とも柏山寺でブロニー君の墓を参拝して頂きたい!
    恐らくここ100年は一輪もたむけられた事のないであろう
    花などを供えてくれる人が現れたら
    なんだか素敵な事が起こる予感がする!
    そしてはっきりと命日がわかっている
    5月8日を「ブロニー君の日」として
    毎年このユニークな話を思い出してもらえたらいいな
    と願う私である!

    そんな想いを込めて
    供養のために
    私なりのブロニー君を作った!
    見るからに敵ではないので
    いつかへなちょこヒーロー「チキンマン」を助けに入る事だろう!


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    「ブロニー君に関してはそんなところです!
     ラヂオ塔?
     山形のラヂオ塔ですか・・・。
     ラヂオ塔自体聞いた事がないんでねぇ。
     わかりました!
     機会があれば調べてみます!
     けど!
     私からも後藤さんにお願いしたい調査があるんです!」

    新関隊長が更に奇妙な話を始めた!

    「”なかたち石”って知ってますか?」

    いや!
    聞いた事もない!

    「すぐ近くにあるんですけどね!
     あ!
     それと!
     ”ケルアの謎”です!」

    なんだなんだ!
    「ケルアの謎」とはなんだ!
    そもそも”ケルア”って何だ!
    なんとも面白い事になって来た!
    自転車で回れる山形市の繁華街に
    世にも奇妙な物がまだまだ存在すると言う!
    私は新関隊長からの情報を元に
    更に自転車を漕ぎ出したのであった!

    次回!
    ハリー・ポッター的タイトルとなる
    「なかたち石とケルアの謎」
    にどうぞご期待下さい!