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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 10
コメ3 キマイラ鬼骨変 134ヶ月前
10 九十九(つくも)の見ている前で、久鬼が静かになっていった。 騒いでいた顎(あぎと)たちの声がおさまってゆき、猫が喉を鳴らすような、低い唸り声のような、甘えるような、そういう声を発するようになった。 獣毛が抜け落ちてゆく。 久鬼の全身から生えていたものが、ゆっくりと、身体の中に消えてゆ...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 9 (2)
コメ5 キマイラ鬼骨変 134ヶ月前
啖(くら)えだと? 啖えだと? いいだろう、啖ってやろう。 おれは、噛みついた。 そいつの身体に牙をたててやった。 ぞぶり、 肉を噛みちぎってやった。 生あたたかい血の味が、口の中に広がる。 なつかしい味だ。 美味(うま)い。 呑み込む。 食道を通って、胃の中へ。 どこにある胃か。 すでに、おれの...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 9 (1)
コメ2 キマイラ鬼骨変 134ヶ月前
9 そいつは、見たことのある顔をしていた。 森の中から、ふたりで、ずっとおれに話しかけてきた、あの声を発していたやつらのかたわれだ。 説教師(マニパ)ツオギェル―― そう名のっていたっけ。 そいつが、話しかけてくるのである。 もう、やめろ――と。 もう、いいではないかと。 なんだか、うるさい...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (6)
コメ10 キマイラ鬼骨変 135ヶ月前
巫炎にとっては、あるいは、九十九や吐月は、敵側の人間と見られてもしかたのない関係にあった。 久鬼玄造(くきげんぞう)が、巫炎を保冷車の中に閉じ込め、九十九も吐月も、その久鬼玄造と一緒にこの現場に駆けつけているのである。 それにしても、どうして、巫炎はあの保冷車の中から抜け出すことができたのか。 ...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (5)
コメ5 キマイラ鬼骨変 135ヶ月前
しかし、久鬼は、そこに立ったが、すぐには動かなかった。 久鬼の本体――人間の久鬼の顔が、半分、もとにもどっていた。 吊りあがっていた眼尻の角度がわずかに緩やかになっている。 久鬼は、不思議そうな顔をしていた。 今、自分に何が起こったのか、それがわからないという顔だ。 九十九も、久鬼を見つめながら...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (4)
コメ15 キマイラ鬼骨変 135ヶ月前
「九十九くん……」 吐月(とげつ)が、何ごとかを察したように、一歩、退がる。 吐月に声をかけてはいられない。 今やろうとしていることに、全神経、全細胞、それこそ髪の毛一本ずつまで、使って集中しなければならない。 肉体が、別のものに化してゆくようだ。 大地になる。 地球になる。 重力になる。“石”をやっ...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (3)
コメ7 キマイラ鬼骨変 135ヶ月前
それに、久鬼(くき)が反応した。 いや、反応したのは、久鬼ではなく、久鬼の内部にいる獣であったのかもしれない。 跳んだ。 久鬼の身体が、宙へ跳んだのだ。 幾つもある脚の筋力が使用されたのか、異形の翼が利用されたのか、その両方であったのか。 翼はただ一度、 ばさり、 と、打ち振られた。 そして、久...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (2)
コメ5 キマイラ鬼骨変 136ヶ月前
「おれを、救う?」 久鬼が、つぶやく。 久鬼の眸に、さらに光が点る。「ああ……」 久鬼は、溜め息のような呼気を吐いた。 一度、二度、眸を閉じたり開いたりした。「夢を、見ていたようだ……」 視線を、周囲にめぐらせた。「長い、夢だ……」 腕を持ちあげる。 その腕を眺める。 左右の手を。 そして、指を。 指...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (1)
コメ5 キマイラ鬼骨変 136ヶ月前
8 九十九は、その獣の正面に立っていた。 無数の首が持ちあがり、無数の眼が九十九を見ていた。 しかし、同時に、同じくらいの無数の首と口が、 げええ、 がああ、 血肉の塊(かたま)りや、何かわからないどろどろとしたものを吐き出し続けていた。 幾つかの口が、体内に溜っている毒素を、赤黒い鶉(うずら)の...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 7
コメ9 キマイラ鬼骨変 136ヶ月前
7 何故、宇名月典善(うなづきてんぜん)がここにいるのか。 龍王院弘(りゅおういんひろし)はそう思った。 自分の方が、かつての師、典善にそう問いたかった。 自分が、典善のもとから去ったのは、このままでは、いつか自分はこの師と闘うことになると考えたからだ。 言い出したのは、典善からだ。 出てゆけと言...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 6
コメ4 キマイラ鬼骨変 136ヶ月前
6 (わたしの名は、ツオギェル) その声はそう言った。 中国語である。 巫炎(ふえん)の言葉のイントネーションから、中国語を母国語とする人間であると考えたのであろう。 ツオギェル!? あの、ツオギェルか。 巫炎は、その名を心の中で繰り返した。(あの狂仏(ニヨンパ)修行僧のツオギェルか) 巫炎もまた中...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 5
コメ8 キマイラ鬼骨変 136ヶ月前
5 それは、そこにいた。 上から、木洩れ陽(こもれび)のように注ぐ、青い月光の中だ。 幸いにも、こちらが風下(かざしも)だ。 音も、匂いも、向こうへは伝わりにくい。 草の中にうずくまり、一本の橅(ブナ)の幹に身体の一部を預けている巨大な獣。 グリズリーよりも、ホッキョクグマよりも、肉の量感...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (4)
コメ5 キマイラ鬼骨変 137ヶ月前
「人は、愚かだ」 吐月はまた、少し笑ったようであった。 「例外はない」 「ありませんか」 「ないね。人は皆、誰も愚かだ。人を好きになる、人を愛するというのは、その愚かさごと愛するということなのだよ」 わずかに沈黙があった。 風が、頭上で、葉を揺らす音、足が落葉を踏む音ばかりが、しばらく響いた。 「...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (3)
コメ93 キマイラ鬼骨変 137ヶ月前
吐月―― かつて、本気で覚者になろうとした男だ。 高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。 「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」 カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。 そこで見...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (2)
コメ17 キマイラ鬼骨変 137ヶ月前
落葉を、踏んで歩く。 紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。 九十九(つくも)の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。 枯れ葉の匂いではない。 落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみず...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (1)
コメ5 キマイラ鬼骨変 137ヶ月前
4 一瞬、九十九三蔵は、出遅れていた。 最初に、宇名月典善が疾(はし)り、それに、菊地良二が続いた。 身を潜めていた所から、ライフルを持った男たちが、宇名月典善の後を追った。「九十九くん、きみは、ここにいなさい」 久鬼玄造が、九十九の動きを制するように、そう言ったのだ。 玄造は、八津島長安(やつ...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 3 (2)
コメ23 キマイラ鬼骨変 138ヶ月前
どれだけ時間が過ぎたであろうか。 その時、銃声が聴こえた。 たあん…… という音。 近くはない。 しかし、それほど遠くというわけでもない。 だが、銃声とわかる。 間違いない。 そしてまた、 たあん、 たあん、 と、合わせて三発の銃声を、龍王院弘は聴いた。 どこかで、何かあったのか。 あの獣が、ど...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 3 (1)
コメ19 キマイラ鬼骨変 138ヶ月前
3 龍王院弘(りゅうおういんひろし)の身体は、まだ震えていた。 しでの幹に背を預けていなければ、その場にへたり込んでしまいそうだった。 膝が、がくがくとしている。 全身が細かく震えている。 全ての力を、あの一瞬で使いきってしまったようであった。 筋肉に、強い負荷がかかった後、その部位が震えること...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 2 (2)
コメ10 キマイラ鬼骨変 138ヶ月前
あの時、自分の肉と心は、憎しみで満たされていた。 憎悪。 哀しみ。 絶望。 怒り。 そういうものに身も心も支配された時、訓練したことの何もかもを、自分は忘れ果てていた。 愛する妻―― 久鬼千恵子。 そして、息子の麗(れい)。 妻の胎内にいる、子供。 それらの生命が、すでにこの世のものでないと思い...
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 2 (1)
コメ64 キマイラ鬼骨変 138ヶ月前
一章 獣王の贄(にえ)2 巫炎(ふえん)は、闇の中で腕を組み、胡坐(あぐら)をかいている。 保冷車の中だ。 いや、正確に言うのなら、保冷車の中に入れられた檻の中だ。 ジーンズをはき、Tシャツを着て、その上に綿のシャツをひっかけている。 闇の中だが、眼を開いている。 開いたその眸が、青く光っている...
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キマイラ鬼骨変 1 一章 獣王の贄 (1)
コメ37 キマイラ鬼骨変 139ヶ月前
菊地良二は、月を見あげていた。天にかかる歪(いび)つな月だ。その月の横を、銀色に光る雲が動いている。ずんぐりした、岩のような男だ。