今、睡眠導入剤を貰いに&ドクターと世間話をするために、精神科に来ており、順番待ちでこれを書いている。同じく順番待ちをしている患者さんたちは、街に出ても、全く目立たないだろう。
先日、コメ欄のアンサーに書いたが、それこそ4~50年前から日本は「平和ボケ」と云う言葉が一般語化している。そしてそれは、繰り返しになるが4~50年も使われながら、4~50年間、あまり効力(「平和ボケしている人々の蒙を啓く、といった意味では)を発揮できなかった。
理由はなんてことはない、実際に平和ボケていたからで、話者も受話者も、環境も世界も一律同じ状態で、その状態に客観的に言及し、客観視を促すのはかなり難しい(実行することはできるが)。
歓楽街を抜け、ある静かなバーにたどり着いて、席に着き、話者が受話者に「ここは、、、静かな店ですね」と云うのは容易い、さっきまで喧騒の中にいたのであろうから。
コメント
コメントを書く悪名シリーズは確かに関西プロパーの人じゃないとキツいかもしれませんね。自分は基本的にアレは勝新と田宮二郎の漫才映画として見ています。
>>3
竹岡さん頼もしいですよね。僕も脇坂チェックにシビレ節です笑。エンブレムとメーカー名が先に入るというのはちょっと面白いですね。僕は名前と形がどんどん入ってきて、エンブレム忘れたりします笑。あの番組、スタジオトークと試車でコースに出るシーン、まとめ撮りですよね笑。
>>4
悪名は、というか、東宝以外の会社のDVDには「日本語字幕」が付いてないんですよ。逆にいうと、東宝DVDの「日本語字幕」は画期的なんですけど(東京弁も下町弁も、60年台の言い回しもある程度わかる僕でも、聞き取りきれないんで)、もう、戦前設定の河内弁(?)の応酬なんて、現代関西人にもキツいんじゃないですかね?字幕つけてくれるとありがたいです笑。
にも関わらず「悪名」は公開時に全国的にヒットしたんで、今東光の原作がすでにベストセラーになっていた。という事も、主演2人のキャラクターの魅力もあったと思いますが、やはり、「当時の日本人は、当時の言葉は聞こえた」という事実に驚かされますね笑。昨日、「エノケンの孫悟空」っていう、1940年(太平洋戦争突入時)の映画見たんですが、字幕がなかったら、当社比で、現代韓国映画を字幕なしで見るのと、ヒアリング度変わりませんでした笑。
菊地さんが仰っている「アルター・ウォー」とはどのような戦争状態をイメージされていらっしゃるのでしょうか?大きな括りで考えると未だに資本主義vs社会主義、宗教対立、人種対立などがあります。個人的にはそうした社会状況下でどう仕事や子育て音楽を自分なりに全うするか(しかも超楽しみながら)いう、ある意味で戦いがあったりします。
>>7
僕的には「戦争」は基本的に、個人的な闘争ではなく、小は集団的闘争、中は国家間戦争、大は世界大戦の事を指しています。国家間戦争は古代より現代まで、いろいろ形を変えて続いていますが、20世紀に核兵器が使用されて以来、方法論的には最終戦争(極大戦争)の形が決定しているので、語義の範疇を最大に取れば、二次大戦以降の全ての戦争はオルタナだということになりますが、ご指摘の、経済形式的な対立、宗教的対立、人種的対立等々は、戦争のオルタナティヴというよりは、戦争の原因なので、戦争視はしていません。
僕がアルターウォーと考えるのは、新種の実質的な戦争のことで、個人的な闘争とは異なりますが、具体的な姿は、まだわかりません。日記中にある「平和ボケ」というのは、我が国が、二次大戦以降、国家間戦争に巻き込まれなかった、という具体的な事実に加え、過去、一億総中流とか一億総白痴化とか言われた、貧富格差の少ない社会によってもたらされる、日常的な危機意識の低下の事で、現在、日本は平和ボケから脱したなあ。と思った。という内容です。
ウィルスとの「闘い」それ自体が、アルターウォーだとはあまり思いません。戦前から戦中にかけて現れる蝶子の多くが出ているとはいえ、現状ではまだまだ「個人的闘争」である側面が強いと思っています(コロナによって健康面でも経済面でも上向いた。という人々もいる状況ですし)。ただ、今「仕事をし、子育てをし、寝食する以外は、コロナの情報と、それ以外の情報、という2ウエイの情報、あるいは最悪、コロナの情報だけを採る=1ウエイ情報と生活行為のみの日々」という市民も多いと思います。日常的思弁のほとんどがコロナに関することになってしまっている市民も数多いでしょう。この状態と「闘う」という道は茨の道だと思いますが、この状況から「逃げる」のは、絹の道とは言いませんが、平板な道程度には有効だと思います。
昔から「現実逃避」という言葉があ理、これも人間の重要な属性ですが、「逃避」というのは、何か別の場所に安住するようなイメージがありますよね。僕は「逃走」つまりランニングアウェイが良いと思います(自転車はダメ笑)。
>>8
<訂正>
× 蝶子
○ 兆候
>>8
ありがとうございます。なるほど、腑に落ちました。逃げる勇気と脚力を持たないとなぁ。
『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』 は、この方の文を読んで最初に買う本になりました↓↓↓
https://pdmagazine.jp/today-book/book-review-11/
ですが、本を読み進める間、本文から興味が湧くことができてしまい、なんかすぐ脱線してしまいます。
エノケンは、数年前から妙ですが、あるところに存在をわりと身近に感じます、故母親の濃い影響かな、かなりファンキーな人でした笑。
この夜は同級生が3月に急逝したことを久しぶりに連絡取ろうかという時、今頃知った衝撃で寝れなくなり、あー・・まだまだこれから活躍できた自慢の同級生だけに残念無念です・・
20代前半から独立して世田谷の代田に事務所を持ち、30年以上デザイナーしてて、音楽のセンスが抜群で、自分にトッド・ラングレン(Runt)を初めて聴かせてくれた人で、時々DJなどもやってたみたいで、自分の中では亡くならないけど、もう話すことできないから彼の好きな音楽を聴こうと思います。
その反動か、お笑いについて調べたりして、、、瀬川昌治さんという方のロングインタビューを読んでいたら、その延長線上に神保町シアターで、だいぶ以前にやっていた特集イベントを拝見しまして。映画、監督のトークショー、あと、販売員を前に、条件満たす人や、定番チョイギャグやって見せると、おもしろ映画料金割引きとか書いてあって笑いました。
神保町は昔、画翠レモンにカフェが併設されてたり、今は三井住友銀行のとこが上島竜兵、いや上嶋コーヒーとレコードショップだった頃から通う好きな街なので、こういうイベントまた、あるといいなあ、と思います。
URL貼っちゃいます。(2010年5月15日-6月18日開催)
https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/tokushu33.html
追記:瀬川昌治さんのインタビューを読んで、nhkは天性のリズムマンなのだと気づきました。NHKのストレッチマンも好きです、汗。もはや底抜け脱線ゲーム・・
>>11
著者が言っても詮無いですが、良い書評ですねコレは笑。僕の本は、僕にだけ興味を持たせる独り占めメンタルで書いてないので笑、いろんなことにどんどん興味を持って下さい。興味を持つ、という精神状態がアンチエイジングになりますし笑。
自分の、軽いグルみたいな人がいきなり亡くなる。という経験は、ある程度一般的なことのようです。僕も拙著の中で、グルが亡くなった追悼文をしたためております。僕の中でも、その人ははっきりと生きています。当該URLにあるイベントの主催者である「佐藤利明」さんの名前は、是非ともご記憶ください。日本を代表する娯楽映画の熱愛者で、僕が東宝映画に再会し、再びのめり込むことができるようになったのは、佐藤氏がほぼほぼ独力で成し遂げたお仕事の結果ですので。
>>12
ありがとうございます。ほんとだ、主催者「佐藤利明」さん!成孔さんを東宝映画に再びのめり込ませてしまう独力でのパワー。昔の蛍光灯みたいに、気づけば最近何気にこの方のツイッターフォローしておりました汗。肝心なところが抜ける・・
該当URLの前に読んだ瀬川昌治さんのインタビュー記事繋がりにて、・・そちらばかりに目がいっていました、特に「リズム」の話が興味深かったです。http://www.flowerwild.net/2008/02/2008-02-06_182000.php
本題、「死神」だったのですね、前書き、後書き〜、落語とジャズは自分の中で繋がる範疇には全くいませんでした。んhkののど自慢的位置な感じで。でも、間のリズム感調べを多面でしてみたいと思っていますー。
6/10、今夜のラジオデイズ、成孔さんを呼び捨てにした人。全てクセがすごい方ばかりでした笑。あ、たとえば千鳥ノブの「ドリーム」最近では成孔さんの「金を出せ〜」など、笑いの情景で「何度観聴きしても何故か飽きない」部分は、ジャズ、クラシックと通じるものがあるのかな、なんて感じます〜、ピンぼけかな? 興味持っていきたいと思います。