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記事 7件
  • 六代目山口組「山口春吉初代」祥月命日に司忍六代目が墓参 《通信時報 Vol.3-1》

    2013-01-31 21:00  
    110pt
    ※システムの制約上使用できない文字があります。
    山口組最新情報六代目体制発足後初となる司六代目、高山若頭同時出席の厳粛な儀式
    (※高は上の口がはしご。以下同じ)
    六代目山口組「山口春吉初代」祥月命日に司忍六代目が墓参
    六代目は墓前で何を誓ったのか!?
    一月十七日、山口組の創始者である山口春吉初代の没後七十五年目の祥月命日を迎え、司忍六代目と最高幹部らが墓参を行なった。
     
  • 六代目山口組 二〇一三年「初詣」 -山口組最新情報- 《通信時報 Vol.2-3》

    2013-01-30 01:00  
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    山口組最新情報新年の幕開けを飾る
    六代目山口組 二〇一三年「初詣」
    ※システムの制約上使用できない文字があります。
    参拝する司忍六代目

     司忍六代目と執行部メンバーは元旦、総本部に近い「神戸護国神社」で、初詣を行なった。  当代と最高幹部らが揃って初詣を行なうのは田岡一雄三代目時代からの恒例行事だったが、阪神大震災や「宅見勝若頭射殺事件」の影響などで、渡辺芳則五代目時代の平成六年から中止となり、「原点回帰」を掲げる司六代目体制で復活となった。
     
  • 恒例行事・餅つき大会挙行 その三 -山口組最新情報- 《通信時報 Vol.2-1》

    2013-01-30 01:00  
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    山口組最新情報司忍六代目自ら餅をつくという嬉しいサプライズ
    恒例行事・餅つき大会挙行
    写真多数のため、記事を分割して配信します。
    その一 その二 
  • 恒例行事・餅つき大会挙行 その二 -山口組最新情報- 《通信時報 Vol.2-1》

    2013-01-30 01:00  
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    山口組最新情報司忍六代目自ら餅をつくという嬉しいサプライズ
    恒例行事・餅つき大会挙行
    写真多数のため、記事を分割して配信します。
    その一 その三 
  • 恒例行事・餅つき大会挙行 その一 -山口組最新情報- 《通信時報 Vol.2-1》

    2013-01-30 01:00  
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    山口組最新情報司忍六代目自ら餅をつくという嬉しいサプライズ
    恒例行事・餅つき大会挙行
    昨年十二月二十八日、山口組総本部で、恒例の「年忘れ餅つき大会」が開催された。六代目体制が発足した平成十七年から行なわれている行事で、一般人も自由に入場できるイベントとして定着してきたが、暴排で一般人にまでしわ寄せが及ぶことを配慮してか、今回は招待された直系組長や直系組織幹部の家族、近隣住民だけとなったが、それでも約五百人もの一般人が参加した。
    写真多数のため、記事を分割して配信します。
    そのニ その三【熱気が会場に溢れ】

     会場の総本部駐車場は、巨大なテントで覆われ、入場者の席が設けられていた。総本部通用門近くには執行部の席が設けられ、背に巨大な日の丸が掲げられた。中央は司忍六代目の席で、赤い布に銀色の刺繍で菱の代紋と「六代目山口組 司忍」の文字があしらわれたテーブルクロスが掛けられていた。
     用意されたもち米八百キロが、十台の蒸し器から十基の石臼に次々と運びこまれ、直参らが威勢よく杵を振り下ろした。つきあがった餅はすぐに丸められ、入場者にふるまわれた。
     昨年には見られなかった光景だが、司六代目自身が杵を手に取り、最高幹部とともに餅をつくシーンも。  司六代目が復帰し、初めて参加した前回の餅つき大会は、高山清司若頭(※高は上の口がはしご)が勾留中で出席できなかった。今回、十一月三十日に橋本弘文統括委員長が逮捕され、事始めへの出席がかなわず、餅つきの出席も危ぶまれたが、処分保留で釈放され、餅つき当日には不起訴となった。
     司六代目と執行部メンバー全員が揃っての開催はこれが初めてで、威勢のいい掛け声の間に笑い声が飛び交う、和気藹々とした雰囲気だった。
     最後に執行部が整列し、橋本弘文統括委員長が「親分と頭の臨席を賜り、事故もなく無事に餅つきを終えることができました。ご苦労様でした」と挨拶。全員で三本締めを行い、餅つき大会はつつがなく終了した。
     これをもって、山口組は平成二十四年度の組行事をすべて終えた。総本部の玄関などには、この日までに巨大な門松が建てられ、新年を迎える準備が整っていた。

     
  • 三大組織「戦略戦術」考証 《通信時報 Vol.1-5》

    2013-01-27 23:54  
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    〜それでもヤクザは生き残る!〜
    ※システムの制約上使用できない文字があります。
     毎年三月に発表する警察庁の「暴力団情勢」の平成二十三年度版によると、「暴力団構成員等」(構成員と準構成員を合わせたヤクザ総数)は、同年末現在で七万三〇〇人と、前年に比べ八三〇〇人減少。七年連続の減少で、前年に続き暴対法施行(平成四年)後の最少人数を更新。さらにこの数字は、警察庁が統計をとり始めた昭和三十三年以降でも最少だという。  うち構成員の数は三万二七〇〇人で、前年比三三〇〇人の減少となり、六年連続で暴対法施行後の最少を更新。また、平成十八年に初めて構成員の数を上回り、その後横ばい状態が続いていた準構成員も、五〇〇〇人減の三万七六〇〇人になっている。  山口組、住吉会、稲川会の、いわゆる〈トップ3〉で五万九〇〇人と全体の七十二・四%を占めるという寡占化状態が続いている。  住吉会の九〇〇人減の一万一七〇〇人(十六・七%)、稲川会の一〇〇〇人減の八一〇〇人(十一・六%)に対し、山口組は三九〇〇人減の三万一〇〇〇人と、その減少ぶりが目立つが、全体の四十四・一%を占めており、一極集中傾向に変化はない。  警察当局は、「暴力団対策」の名のもとに、新たな法律をつくり、また法の拡大解釈をしてきた。その結果、目に見える部分だけではヤクザは減少した。だが、半グレと呼ばれる集団が街を跋扈し、準構成員にもならないよう姿形を変えた裏盃を交わす者たちが多く誕生しているのが現状だ。  よって警察が実態を把握しきれない状況を生み出し、さらにはヤクザ以外を含む刑事事件の検挙率の低下という警察の失態が問題視されている。にもかかわらず、また新たな法律をつくり、法の拡大解釈を繰り返そうとしているのだ。  現在ヤクザ社会には、かつてないほどの逆風が吹き荒んでいる。生き残りをかけたヤクザたちのサバイバル戦術を三大組織の歴史と現状から探ってみたい。
     
  • 【サンプル記事】通信時報 《山口組検証》田岡一雄三代目と司忍六代目「徹底比較」

    2013-01-27 18:22  
    山口組検証
    田岡一雄三代目と司忍六代目「徹底比較」
     二○一一年四月九日に現場復帰した司忍六代目は、神戸入りしたその足で、自らが信奉してやまず、現在の山口組の「原点」と位置付ける田岡一雄三代目の墓参を行なった。司六代目はその墓前で何を誓ったのか。田岡三代目と司六代目との比較を通じ、今後の構造改革を占う。
    ●カリスマ性と統率力
    六代目山口組組長司忍

     田岡三代目は、昭和四十年に心筋梗塞で倒れ、以後、昭和五十六年に亡くなるまで、闘病生活を余儀なくされた。山口組の「全国進攻作戦」が一段落する一方、当局の頂上作戦が開始された時期で、田岡三代目が倒れたことでそれは本格化し、山口組は解散の危機に陥った。
     だが、田岡三代目はその強靭な意志と統率力によって、この危機を乗り切り、さらに強固な山口組を築いた。
     田岡三代目は病に倒れる前の昭和三十八年、現在の執行部体制の原型となる「七人衆」制度を設けていた