プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは輪島、北尾、曙……「プロレスラーになった横綱たち」です!
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――愛すべきグウタラさんが多いですね(笑)。
小佐野 田上明も全然練習しないからデビューが遅れちゃって、馬場さんが「誰かアイツのケツを叩いてくれ……」ってボヤいていたくらいですから(笑)。
――デビュー前から“大物”ですねぇ。
小佐野 いつのまにか(アビドーラ・ザ・)ブッチャーのパシリになっていて「あの黒い人がコーヒーを買ってこいって言うんですよ〜」って(笑)。
――ハハハハハハハ! 相撲出身で言えば当時は高木功さんもいましたよね。
――横綱のプロレス転向でいえば最初は東富士ですよね?
小佐野 あの人の場合は、力道山の抑止力としてプロレス界にやってきたみたいなところはあるからね。
――抑止力ですか?
小佐野 力道山のブレーンで相撲界に顔が利く人がいて、力道山にわがまま放題させないために横綱の東富士を入れたという。力道山は関脇だったから、さすがに横綱のことは立てなきゃいけないでしょう。……という記事を読んだことがある。
小佐野 輪島さんの全日本プロレス入りはビッグニュースで、ニッカンスポーツが一面でスクープしたんです。あの当時プロレスを扱っていたのは朝刊はデイリースポーツ、夕刊で東スポ。ニッカンスポーツは地方版ではプロレスを扱ってたんです。
小佐野 その理由はわからないけど、輪島さんのプロレス入りを一面にしてからは正式に全国版でもプロレスを扱うことになって、ほかのスポーツ紙もニッカンに続いたんですよね。
――輪島プロレス転向にはそれくらいのインパクトがあったということですね。
小佐野 だいたい横綱自体が今回の稀勢の里で72人しかいない。その中でも輪島さんは別格の存在でしたから。私は子供の頃に輪島さん、貴乃花、北の湖の取り組みをテレビで見ていたから「あの輪島さんがプロレスに来るんだ!」という感覚ですよ。
――輪島さんは型破りな横綱だったんですよね。
――輪島さんは引退後は親方になりましたが、借金問題等で廃業。プロレスに転向します。
小佐野 借金で相撲界を追われてプロレス界にやってくる。しかも38歳という年齢。マスコミ的には“堕ちた英雄”というスキャンダルとして取り上げたところもありましたね。
――どうしてもお金に困ってのプロレス参戦……というように見えちゃいますね。
小佐野 でも、実際は借金が理由じゃないんですよ。お金なんか二の次だったと思う。
――あ、そうなんですか。
小佐野 輪島さんがプロレス界に転向したのは、演歌歌手の五木ひろしのお兄さんが薦めたんですよ。お兄さんは五木プロモーションの代表で、輪島さんの支援者のひとり。「もう一度、男になるにはプロレスがいいんじゃないか」ってことで輪島さんに話をしたんですよね。
――プロレス転向はメンツの問題だったんですね。
小佐野 ダーティーなイメージを覆したい、もう一旗揚げたい……という気持ちが強かったんだと思います。借金は借金であったけど、輪島さんには後援者がいっぱいいるから。天下の横綱ですし、日大相撲部の人脈はやっぱり凄いんですからね。
――なんとか生活はできちゃうもんなんですね。さすが横綱!
小佐野 それで輪島さんは花籠部屋の後輩で全日本プロレスにいた石川(孝志)さんに相談したんです。「孝志、どうだプロレスは?」「横綱なら大丈夫ですよ」ということで、石川さんは馬場さんに話を持っていった。あいだに誰も入ってなかったから話は早いですよね。
――馬場さんからすると急転直下ですねぇ。
――ジュニアヘビー級!(笑)。
小佐野 4月に入団発表して1週間後にアメリカに渡ったんですが、雑音を避けて練習ができるようにしたことは大正解でしたね。私は5月にはハワイでトレーニングしているところを取材したんですが、輪島さんがどこに住んでるかは教えてくれない。取材できるのは練習してるときだけ。それに上半身は絶対に裸にはならない。
――まだ身体ができてなかったんですね。しかしガードが固いですねぇ。
小佐野 脱いだのは5月の終わりか6月。それまでは一切裸にならなかったです。裸にならないからビーチを走ってる姿を撮ったりするしかなかったんですけど、一度だけビーチで相撲を取ってる写真をお願いしたんです。そうしたら仕切るときの輪島さんの目つきが凄かった。「ああ、これが輪島なんだ!!この目つきがプロレスで出せればいけるかも……」って思いました。
――さすが只者じゃない。
小佐野 ハワイでは石川さんが輪島さんに付きっきりで練習してたんですよ。そこが輪島さんにとって大きかったと思う。というのは、相撲からプロレスに来た人がどこで壁にぶつかるのか、何が難しいのかを石川さんは体験してるから。
――石川さんも相撲から転向してるわけですもんね。
小佐野 だから輪島さんにプロレスを教えることができるんですよね。輪島さんにはいろんなコーチがついたけど、最初に石川さんに教わったことは大きいです。ハワイではボクシングジムで練習してたんですけど、ボクシングのリングは硬いでしょ。受け身の練習をするとかなり痛い。受け身を取ることが怖くなってしまうんですよ。そこで石川さんがどうしかたといえば、そのとき住んでいたコンドミニアムのベッドの上で受け身の練習をやらせたんです。恐怖心で力が抜けない輪島さんに、柔らかいベッドの上で受け身を取らせて。
――石川さん、優秀なコーチだったんですね。
小佐野 あの年齢からすべてをおぼえるのは無理だから最低限のことはできるようにしたそうです。プロレスってロープを使えると戦いの幅が広がる。ロープワークと受け身だけは重点的に練習したんですね。あとウエイトトレーニングもしっかりやって、1ヶ月半で20キロ増やして、最終的には127キロまで戻しましたからね。
――凄い!!(笑)。
小佐野 輪島さんは筋肉質でお相撲さん体型じゃないので、ただ太ったわけじゃない。しっかり練習して、たくさん食べて、本人も「いやあ、内臓が強くて良かったわ」って。
――真面目に取り組んでいたからこそですね。
小佐野 秋にタイガー・ジェット・シンとデビュー戦をやって、すぐアメリカに戻ってまたトレーニング。87年秋から全日本に定期参戦するようになったんですけど、どこの会場に行っても超満員ですよ。みんな輪島さんのことを知ってるから、やっぱり見たいですよね。全日本のテレビ中継も輪島さんのデビュー戦に合わせてゴールデンタイムに復帰。だから輪島さんはプレッシャーだったはずですよ。秋までには、なんとかかたちになってないといけないんだから。
――一大プロジェクトだったんですね。
小佐野 ハワイで石川さんと2ヵ月トレーニングして、そのあとはカンザスのパット・オコナーのところに預けられて、バッファローのデストロイヤー、最後はノースカロライナのネルソン・ロイヤルのレスリングスクール。そこでは若者たちと一緒に通ってたんですね。
――たくましいですねぇ(笑)。
小佐野 ノースカロライナには私も取材に行ったんですけど、英語がまったく喋れない中、一生懸命やってましたよ。そこでは地元のモーテルに泊まってたんです。高級ホテルに住んでいてもいいんだけど、そのモーテルには「東京レストラン」という日本食レストランがあって。輪島さんは日本食しか食べられないですから、その隣の部屋を借りて毎日レストランでご飯を済ませていたんですよね(笑)。
――ハハハハハ。
小佐野 あと輪島さんはベッドで寝られないんですよ。マットを下ろして布団風にして寝る。ベッドの上には演歌のカセットテープが置いてあって、いつも演歌を聞いてるんですけど、日本に電話するときはカントリーミュージックを流し始めるという(笑)。
――アメリカに来てるアピールですね(笑)。
小佐野 あと輪島さんは日本のデビュー戦のビデオを持ちこんでいて、日本人の商社マンなんかがレストランに来るでしょ。部屋に連れ込んで「どうこれ?」ってデビュー戦を見せたがるという。凄く気さくな人なんですよ(笑)。
――横綱だからって偉ぶってないんですね。
小佐野 私は2階に泊まってたんですけど、電話で「おい、おにぎりを握ったから食べに来いよ!」って呼び出されたりもしましたね。
――おにぎり?
小佐野 相撲時代は横綱として何十人と付き人がいたから、ひとりでいるのがさみしい。だから私のことをおにぎりで釣るんですよ(笑)。
――ハハハハハハハ!
小佐野 輪島さんは馬場元子さんに炊飯器を買ってもらって、それを修行地に持ち歩いて、自分でお米を炊いておにぎりを作ってたんです。おにぎりを一緒に食べながら時代劇のビデオを見て、輪島さんが眠くなるまでやりすごすという(笑)。
――横綱が握るおにぎりは食べてみたい(笑)。
小佐野 ネルソン・ロイヤルのジムにも自分で握ったおにぎりをお昼ごはんにしてましたから。みんなハンバーガーを食べてる脇でおにぎりを食べてるんですよ(笑)。
――借金で泣く泣くプロレスをやってる感じじゃないですね、それは。エンジョイしてる(笑)。
小佐野 借金のことも聞いたんですよ。「横綱、借金ってどれくらいあるんですか?」って。そうしたら「3億4億でガタガタするなって話なんだよ!」って言われて(笑)。
――ハハハハハハ!
小佐野 「横綱、3億と4億だと1億も違いますよ!」って返したら「俺もよくわからないっ!」って(笑)。
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