-
ツチヤの口車 第1367回 土屋賢二「妻の機嫌」
コメ0 週刊文春デジタル 1日前
妻が認知症で介護棟に移ってから四カ月になる。症状には波があり、一時、食事を拒否するようになった。施設の人から「ご主人の手からだったら食べるかもしれません」と言われて食事の介助をした。「食べる」ことは(1)口を開ける(2)噛む(3)呑み込む、の三段階からなる大仕事だ。その一つ一つを妻が成し遂げるのを...
-
ツチヤの口車 第1366回 土屋賢二「老後の楽しみ」
コメ0 週刊文春デジタル 1週間前
歳を取ったとき楽しい毎日を過ごすために趣味をもて、と無責任きわまるアドバイスをする人がいる。わたしもその一人だった。 そもそもわたしは「楽しい」とは何かということも分かったためしがない。子どもが芋ほりや潮干狩りをした後感想を求められると「楽しかった」と言うし、わたしもそう言ったと思うが、苦痛で...
-
ツチヤの口車 第1365回 土屋賢二「元に戻らない」
コメ0 週刊文春デジタル 2週間前
教え子から電話があった。「老人ホームに入ってらっしゃるんですか?」「そうなんだ。うらやましいか?」「いいえ、うらやましくありません」「うらやましがっても入居には年齢制限がある。七十歳になるのを待つことだ。君も死ななければ七十歳にはなれる」「入居したくないんです」「じゃ聞くが、自分は歳をとると思...
-
ツチヤの口車 第1364回 土屋賢二「老人の身の守り方」
コメ0 週刊文春デジタル 3週間前
最近、高齢者への風当りが強くなっている。 物価が上がっているのに年金増額を叫ぶ声は聞こえない。逆に、高齢者の健康保険の自己負担率の引き上げが検討され、人材不足なのに老人を雇わず、その上、収入があれば年金を打ち切れという声さえある。死ぬまで払うと約束した年金を払わないなら詐欺ではないか。働く老人...
-
ツチヤの口車 第1363回 土屋賢二「熱が出た」
コメ0 週刊文春デジタル 4週間前
わたしの文章は簡単に書いているように思われている。テレビでも見ながら片手にカップ麺をもってチャッチャッと書いていると思っている人が多いのではなかろうか。というのも、そうとしか思えないぐらい文章が幼稚だからだ。 しかし文才がないからこそ、大作家の何百倍も苦しんで書いているのだ。その事実をもっと考...
-
ツチヤの口車 第1362回 土屋賢二「ノーと言えない男」
コメ0 週刊文春デジタル 1ヶ月前
結婚に魅力を感じない女性が増えている。少子化の日本には問題だ。結婚評論家の曽野徹氏に聞いた。――結婚すると自由がなくなるからイヤだという意見が多いのですが。「その通り。事実、自由は貴重だ。歴史上、命をかけて自由を守った人もいた。だから結婚はもちろん、ルールで自由を奪うスポーツやゲームもやめ、道路...
-
ツチヤの口車 第1361回 土屋賢二「妻にとってわたしは何なのか」
コメ0 週刊文春デジタル 1ヶ月前
自分が何者なのか、どんな人間なのかは、自分の思い込みでは決まらない。「おれはナポレオンだ」と思い込んでも、ナポレオンになるわけではない。わたしが「イケメンであることしか取り柄がない男だ」と強く思い込んでも、まわりが認めようとしない。 自分が何者かを決めるのは、周囲の意見の方が多い。妻がわたしを...
-
ツチヤの口車 第1360回 土屋賢二「最も笑えた本、最も苦しんだ本、最も胸躍った本」
コメ0 週刊文春デジタル 1ヶ月前
未成年のSNS利用を制限する動きがあるらしい。判断力がないときは悪影響を受けるからだ。大賛成だ。判断力が未発達の四十歳未満と判断力の衰えた四十歳以上にも禁止すべきだ。 スマホでなく本を読んでいたころ、わたしが読んだ本のベストを紹介しよう。【最も笑えた本】わたしは娯楽一本槍だった。本に求めるのは面白...
-
ツチヤの口車 第1359回 土屋賢二「介護と女心」
コメ0 週刊文春デジタル 1ヶ月前
高齢化社会が到来した。老人が増えていることが日々実感される。老人しか見ない日さえある。老人ホームにいるためかもしれない。 今日も妻のいる介護棟に行った。老人ホームの一般棟に夫婦で入居していたが、妻の認知症が進んだのだ。 それまで一回の食事に二時間はかかるようになった。噛むにも呑み込むにも時間が...
-
ツチヤの口車 第1358回 土屋賢二「どう見られてきたか」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
わたしはどう見られてきたのか振り返ってみた。 蚊がどう見ているかは容易に想像がつく。「こいつの血は、色々検査に引っかかる低品質の血だが、ほかに隙のある人間が見当たらない。今はこれで我慢だ」 カラスにも大学近くで何度か頭を蹴られた。「危害を加えるようには見えないが、間違った考えをもたないよう、念...
-
ツチヤの口車 第1357回 土屋賢二「台風の説明が分からない」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
過去最強クラスの台風十号は、なかなか進路が定まらなかった。最強という部分を除けば、グズグズ進路が定まらないのは若いとき(から現在に至るまで)のわたしみたいだった。 進路が分からなかっただけではない。テレビでの説明がまた分からなかった。 説明というものは、不可解な現象を理解できるようにするものだ...
-
ツチヤの口車 第1356回 土屋賢二「岡山人の意地」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
十八歳で上京したとき、東京の情報はほとんどなかった。『東京だョおっ母さん』という歌謡曲で橋が二十本かかった川があることを知った程度だった。 店で「これなんぼでえ」と聞いても理解されず、「はよとらげんとめげてしまうが(早く片づけないと壊れてしまう)」と言えば不審そうな顔をされ、そのたびにバカにさ...
-
ツチヤの口車 第1355回 土屋賢二「老境の理想と現実」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
老境に入ると、心穏やかに過ごす平穏な毎日が待っている。下手をすると、そのまま成仏するかもしれない。そう思っていたが、とんでもない間違いだった。平穏どころか、心は千々に乱れ、動揺の連続だった。 まずパリオリンピックだ。日本の選手が勝つと、自分のことのように喜び、さまざまな思いが去来した。これまで...
-
ツチヤの口車 第1354回 土屋賢二「計画通りにいかない」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
旅行するとき、詳細な計画を作る人がいる。分刻みで計画を立てる人もいる。たとえばこうだ。 ○○寺に着いたら二十四分間拝観、その後すぐに△△行きのバスに乗って××の滝へ。滝を背景にして写真を撮る。十二分後、評判の蕎麦屋でざる蕎麦を食べるため、□□行きのバスに乗る。蕎麦を食べた後は徒歩十七分で温泉宿に着く。...
-
ツチヤの口車 第1353回 土屋賢二「勉強禁止の喫茶店」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
少し遠出して見つけた喫茶店でくつろいでいると、驚いたことに、勉強を始めた青年にウェイトレスが「すみません。ここは勉強禁止です」と言った。 温厚なわたしも腹が立った。ウェイトレスに言う。「若者はこれからの日本を背負って立つんだ。ここで勉強したことが将来の日本を救うことにつながるかもしれない。目先...
-
ツチヤの口車 第1352回 土屋賢二「座ると寿命が縮む」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
一時間座り続けていると、寿命が二十二分縮むという。 これをテレビで見たとき、驚いた。それ以来、できるだけ寝転ぶようにしている。 ふだん運動している人もしていない人もリスクは同じだという。運動してなくてよかった。 三十分に一度は立った方がよいというが、もし本当なら、長時間座りっぱなしの棋士には注...
-
ツチヤの口車 第遅筆にも理由がある 第1351回 土屋賢二「遅筆にも理由がある」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
大作家の中にはことばを一つ考えるのに一日かける人もいるが、わたしも同じタイプだ。わたしの文章を子どもが書くような文章だと思う人がいるかもしれないが、子どもはことばを見つけるのに一日かけたりしない。太っ腹なのだ。 わたしが遅筆なのは、表現を思いつけない上に、思いついた表現のうち、どれが一番適切な...
-
ツチヤの口車 第1350回 土屋賢二「ことばの力をあなどるな」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
ニュースを見て後悔した。小遣いの増額はとっくの昔にあきらめていたが、ロマンス詐欺犯は舌先三寸で何千万円も振り込ませる。ある被害女性は「出かけるね」とラインを送ったところ、「外は寒いから風邪をひかないように暖かくして出かけてね」という返事が来て心をつかまれたという。 心にもないことば一つとバカに...
-
ツチヤの口車 第1349回 土屋賢二「本と脂肪と有価証券」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
教え子に電話した。「急用じゃないからね。心配しないように。わたしは変わりない。残念ながら」「残念です。失礼します」「ちょっと待て、実は家の中を徹底的に片づけようと思ってるんだ」「終活ですか」「終活でも就活でもトンカツでもない。広々とした部屋で暮らしたいんだ」「それなら徹底的に断捨離するミニマリ...
-
ツチヤの口車 第1348回 土屋賢二「可能性が花開くとき」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
大学に入学したときほど可能性に満ちた時期はない。まさに可能性のかたまりだ。受験のために封印してきた無数の可能性が、いまかいまかと花開くのを待っているのだ。 入学後、最初に夢をつぶしたのは、テニスだった。毎日コートにローラーをかけさせられた上、大学の周りを一周させられ、土手を上り下りさせられた。...
-
ツチヤの口車 第1347回 土屋賢二「カスハラ撲滅法」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
客が店員に横暴にふるまうカスハラが横行している。カスハラ撲滅に取り組む粕腹退治氏に話を聞いた。――活動の内容は? 怒りを鎮めるアンガーマネージメントの普及とかですか?「手ぬるすぎるだろう。カスハラをする連中がそんなセラピーを受けるはずがない。怒りの根を断つのだ」――そんなことができるんですか?「原...
-
ツチヤの口車 第1346回 土屋賢二「免許返納を進める方法」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
高齢ドライバーの暴走事故が後をたたない。免許返納促進に取り組んでいる替瀬麺挙氏に話を聞いた。――免許返納運動を始めたきっかけは何ですか?「痛ましい事故が多すぎる。子どもたちが教えられた通りに手をあげて渡っているところに車が突っ込んでくるのだ。運転する高齢者はたいてい助かり、子どもが犠牲になる。船...
-
ツチヤの口車 第1345回 土屋賢二「失敗しないダイエット」
コメ0 週刊文春デジタル 2ヶ月前
これまでさまざまなダイエット法が発表され、そのたびにダイエットに失敗する人の数が増えてきた。 だがダイエットに悩んでいる人々に朗報だ。このたびわたしは必ず成功するダイエット理論を開発した。もう悩むことはない。 わたしはダイエットを始めて二十年以上になる。 こう言うと笑う人がいるが、笑う人の特徴...
-
ツチヤの口車 第1344回 土屋賢二「怒りとは何か」
コメ0 週刊文春デジタル 5ヶ月前
因果関係は難しい。 医者はよく「原因は加齢です」と言う。だが、「加齢が原因」といっても、年齢を重ねると身体が不調になるとはかぎらない。現に、わたしは幼児のころは寝小便をしては怒られ、小学校に入っても寝小便がやめられず、一生寝小便かと家族は危惧していたが、年齢を重ねるうちに自然に卒業することがで...
-
ツチヤの口車 第1343回 土屋賢二「だれもが太っ腹になるとき」
コメ0 週刊文春デジタル 5ヶ月前
歳をとると色々なことができなくなる。できることと言えばわずかに、シルバーシートに座る、老眼鏡をかけて本を読む、乳幼児健診を無視する、後期高齢者保険料を払う資格を獲得するなど、こうしてみると意外に多い。 他方、できなくなることは数えきれない。シルバーシートに座る、老眼鏡をかけて本を読む……、まで数...
-
ツチヤの口車 第1342回 土屋賢二「残念ながらナメクジではなかった」
コメ0 週刊文春デジタル 6ヶ月前
若さはすばらしい。青春真っ盛りの時期は人生の頂点だ。生物学的にも、最も充実した活動期だ。 昔、そういう若者を具現していたのは加山雄三氏扮する「若大将」だった。健康的に日焼けして、悩まず苦しまず、一点の曇りもなく明るく爽やかな青年が、のびのびとして夏の太陽のように輝き、眩しい存在だった。「幸せだ...
-
ツチヤの口車 第1341回 土屋賢二「音の洪水」
コメ0 週刊文春デジタル 6ヶ月前
子どもの頃からいままでの間に色々な変化が起きたが、環境の上で一番大きく変化したのは、音だろう。昔はBGMがなく、静かだった。聞こえる音は、ご飯が炊き上がる音、虫のすだく声、蚊帳の中で蚊の飛ぶ音、近所の夫婦喧嘩の声、「ケンジっ! いつまで寝とんなら! 学校に遅刻するじゃろうが!」「なんで時計がいつま...
-
ツチヤの口車 第1340回 土屋賢二「むすんでひらいて」
コメ0 週刊文春デジタル 6ヶ月前
われわれは動物を「かわいい」と言って愛玩動物にしたり、乗り物にしたり、食べ物にするなど、好き放題に利用しているが、どの動物も、本気を出したら人間など一瞬で打ち負かすことができる。馬、鹿、犬、ネコ、イタチ、ゴジラ、蚊、ダニ、ウイルスなど、どれ一つとして人間が徒手空拳で勝てるものはない。 それにも...
-
ツチヤの口車 第1339回 土屋賢二「三人の頭の中」
コメ0 週刊文春デジタル 7ヶ月前
意思疎通はどこまで大切なのか。他人の考えていることが分かったら、冷静ではいられない。たとえば電車で立っているときだ。【席に座る若い男】前に立っているジジイ、わざとらしく咳をして弱っているところを見せたいんだろうが、そうはいくか。紳士ヅラしやがって、歳を取れば譲ってもらえると思ったら大間違いだ。...
-
ツチヤの口車 第1338回 土屋賢二「寿命を延ばす器具」
コメ0 週刊文春デジタル 7ヶ月前
運動と睡眠が不足している。その分、食事でカロリーを補っているが、それでは不十分な気がして緑茶を飲むことにした。 メカニズムは知らないが、緑茶は身体にいいという記事を読んだか、読まなかったか、どちらでもないかだ。原理はともかく、緑茶を飲めば健康になり、健康になれば長生きし、長生きすれば……何をする...
-
ツチヤの口車 第1337回 土屋賢二「父の疑念」
コメ0 週刊文春デジタル 7ヶ月前
どの家にも分担がある。わたしの実家では、箏を教えることと娯楽は母の担当、残りは父が担当していた。 子育ても父の担当だった。わたしがよちよち歩く後についていたのも父だった。 演奏会の舞台で弾いているのが母だと分かると、わたしがお乳を求めて泣き叫ぶので、父が演奏会の合間にお乳をやってくれと母に頼む...
-
ツチヤの口車 第1336回 土屋賢二「感謝の心は必要か」
コメ0 週刊文春デジタル 7ヶ月前
「ありがとう」「ごめんなさい」の二つはちゃんと言えるようにしなさい。こう口を酸っぱくして教えられてきた。教えたのは妻だ。妻自身は、わたしに対してどちらのことばも使ったことはない。 わたしは感謝も謝罪も数えきれないほど表明させられてきたため、いまでは心の中で鼻歌を歌いながら口に出せるまでになった。...
-
ツチヤの口車 第1335回 土屋賢二「誤解を招く表現」
コメ0 週刊文春デジタル 7ヶ月前
わたしは世の中に何の貢献もしていないと思われているが、大間違いだ。 かつて埼玉県の和光市駅はホームも階段も老朽化が進み、崩れないようにそっと歩いたほどだった。池袋から二十分の位置にあって駅員がいることを除けば田舎の無人駅のようだった。 だが、わたしが引っ越しして税金を和光市に払うようになった途...
-
ツチヤの口車 第1334回 土屋賢二「手を抜くにもほどがある」
コメ0 週刊文春デジタル 8ヶ月前
コスパやタイパがブームである。映画を早送りで見たり、小説の結末をあらかじめ読んで、無駄を排除する若者の姿勢を嘆く人もいるが、わたしはまだ生ぬるいと思う。 わたしのまわりには何十年も前からその傾向は存在していた。はるかに徹底した形で。 イギリスに滞在していたとき、妻は個人教師に英語を教わっていた...