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「新しいリベラル」のための月刊誌 “α-Synodos”vol.301(2022/7/15)
2022-07-15 12:53262pt━━━━━━━━━
Chapter-01
個人の不自由・男性差別・圧政の放縦化――正義論から見たウクライナ出国禁止令の問題(前半)
森悠一郎
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◇「私の身体は私が決める」ができない人たち――大西洋の西と東で
「私の身体のことは私が決める!(My body, my choice!)」――6月のある晴れた土曜、アメリカの首都ワシントンの空に高らかなシュプレヒコールが鳴り響いた。人工妊娠中絶規制に反対して集まった女性たちである(REUTERS (2022, June 25), ”'‘My body, my choice’: Anger over US Supreme Court abortion ruling,” Aljazeera, Retrieved June 28, 2022, from https://www.aljazeera.com/news/2022/6/25/my-body-my-choice-anger-over-us-supreme-court-abortion-ruling)。
中絶の是非をめぐって国論を分断し続けてきたアメリカでは1973年のロウ対ウエイド判決において、妊娠第2三半期まで(およそ妊娠27週目くらいまで)の胎児については、その生命を保護することを理由として中絶を禁止することが合衆国憲法に違反するという連邦最高裁判所による判断が示された(Roe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973))。もっともその後も胎児の生命保護を理由として中絶に反対するプロライフ派と、妊婦の身体についての自己決定権を理由として中絶規制に反対するプロチョイス派との攻防は続き、とりわけ共和党のドナルド・トランプ前大統領がその任期中、中絶の権利に懐疑的と目される判事を立て続けに連邦最高裁に送り込んだことを奇貨として、プロライフ派が議会の多数を占める州において中絶を厳しく制限する法律が相次いで制定されるに至った。
その一つであるミシシッピ州では、妊娠15週以降の中絶が、妊婦の健康の観点から緊急性があるなどの極めて例外的な場合を除いて禁止されることなり、これに対して州内唯一の中絶クリニックが訴えを提起した。その後、保守派の一人であるサミュエル・アリート判事が執筆した最高裁の多数派意見の草稿が事前に漏洩するなどの紆余曲折を経て(Josh Gerstein and Alexander Ward (2022, May 2), “Supreme Court has voted to overturn abortion rights, draft opinion shows,” Politico, Retrieved June 20, 2022, from https://www.politico.com/news/2022/05/02/supreme-court-abortion-draft-opinion-00029473)、最終的には6月24日、連邦最高裁は6対3で、当のミシシッピ州法が合憲であり、妊婦の中絶の権利を確立したとされる先述のロウ判決は覆されるべきであるという判決を下した(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization, 597 U.S. ___ (2022). ただし合憲判決を下した6人の裁判官のうちジョン・ロバーツ連邦最高裁長官は、ロウ判決は覆されるべきという多数意見には加わらなかった)。冒頭で紹介した女性たちはまさにこの最高裁判決に抗議すべく、連邦最高裁があるワシントンに集結したのである。
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