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■久瀬太一/8月6日/15時30分
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■久瀬太一/8月6日/15時30分

2014-08-06 15:30
    久瀬視点
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     八千代に簡単なおつかいを頼まれた。
     近所のファストフード店に行って、ふたりぶんのセットメニューをテイクアウトして、帰りにコンビニかどこかでアイスクリームを買い、ホテルまで戻ってくる。それだけだ。
    「尾行のコツを知ってるかい?」
     と八千代は言った。
    「知らない」
     とオレは答えた。
    「なにも知らない?」
    「以前、テレビ番組で少しだけ聞いたことがある」
     ポイントはふたつだ。
     ひとつめは、相手の靴を覚えること。うつむきがちに、足元だけをみて尾行するのがよい。
     ふたつめは、数人のチームで臨むべきだということ。2ブロック進むと次の仲間に交代、さらに2ブロックでまた次の仲間に。その間に、最初の追跡者は相手のルートを予想して先回りしている。そういう風に入れ替わりながら尾行すると、ずっと気づかれづらくなる。
     そう説明すると、八千代は頷いた。
    「うん、正しい。すぐに両方忘れてくれ」
    「忘れる?」
    「そう。君は追跡者の存在に気づいちゃいけない。多少警戒している素振りをみせるくらいならいいけれど、絶対に敵を特定しちゃいけない」
    「どうして?」
    「変に聡いと、相手を焦らせるきっかけになる。忘れたのかい? 今は落ち着いて、ゆっくり問題に対処する時間だ」
    「あんたは? あんたが追跡者をみつけるのか?」
    「説明すると、君は演技をする必要が生まれる。演技に自信は?」
    「まったくないな」
    「なら、なにも知らないままがいい」
     仕方なくオレは頷いた。
     こういった事態には八千代の方がずっと精通しているだろうし、専門家がるならそいつに任せる。素人の我儘で面倒事をより面倒にはしたくない。
    「オーケイ。よい旅行を」
     そう言って手を振る八千代に見送られて、オレはホテルを出た。

     ほんの少し歩くだけで、八千代が「旅先」と表現する理由がわかった。
     ――おそらく、オレを追跡している何者かがいる。
     そうわかっているだけで、周囲の何もかもが非現実的だった。言葉の通じない、常識も違う異国の地を、ひとりきり歩いているような気分だった。オレはゆっくりと周囲を見渡す。足早に歩くサラリーマン、ティッシュを配る若い男性、カフェの窓際で雑談している2人組の女性。みんな、スイマにみえる。
     ――ま、考えても仕方がない。
     オレはできるだけ、普段通りに歩く。
     ランチの看板に気を取られたり、自動販売機で缶コーヒーを買ってみたりする。
     そのままファストフード店に入り、八千代に頼まれていたフィッシュバーガーのセットと、自分用にもっとも安いハンバーガーのセットを注文した。
     商品を渡されて、オレは店を出る。
     ――もしオレを見張っている奴がいるなら、そいつは店の外にいるんじゃないか?
     と予想した。
     店内に入ってしまえば、なにも注文せずに店を出るのは不審だ。あるいは相手はチームで動いていて、中までついてくる奴と外で見張っている奴がいるのかもしれない。どちらにせよ、外から出入口を見張る人間がいた方が自然だ。
     八千代に言われた言葉を思い出す。
     ――絶対に敵を特定しちゃいけない。
     あまり考えすぎるべきじゃない。
     そう思いながらも、オレはそろりと辺りを観察した。ちょうど路肩に止まっていた銀色の車が発車するところだった。
     ――まさか、あの中からオレを見張っていた?
     疑心暗鬼に囚われる。
     よかった、と思った。
     都合よく、オレは頭が悪いらしい。注意深く鈍感を装うまでもなく、追跡者を特定できそうもなかった。
     その時だった。
    「久瀬さん、ですね?」
     ふいに名を呼ばれ、オレはそちらを向く。
     そこには見覚えのある、眼鏡をかけた男が立っていた。ファーブルと名乗ったあのスイマと一緒にいた男だ。
     ――本当に、いた。
     奴らはオレの居場所を知っていた。
     でも、どうして声をかけてきた?
     そもそも、どうして、オレの名前を知っている?
     奴らの調査は着実に進んでいるということか。
     なにも答えられないでいると、眼鏡の男は、小さな白い封筒を差し出した。
    「これを」
    「……なんだ?」
    「ささやかなメッセージだと聞いています。私も中を知りません」
    「だれからのメッセージだ?」
    「ファーブル、でおわかりいただけますね?」
    「ああ」
     オレは封筒を受け取る。
     眼鏡の男は、まるで平穏な、屈託のない表情で笑った。
    「これで私の仕事はお終いです。それにしても、今日は暑いですねえ」
     言われるまで気がつかなかった。
     確かに、白く尖った夏の光がアスファルトを焼いている。オレの首筋も汗が流れていた。人体は緊張すると温度を忘れるようだ。
    「近くのパーキングに車を停めているんです。よろしければ、貴方のホテルまでお送りしましょうか?」
     内心でため息をつく。
     断られる前提の質問はきらいだ。
    「いや。このあとコンビニで、アイスを買わないといけないんだ。それに夏は嫌いじゃない」
    「それは残念です」
     では、と軽く頭を下げて、眼鏡の男は踵を返した。
     オレはしばらく、その場に茫然と立ち尽くしていた。
     ジォジォと、セミが鳴いている。
     静かにしてくれよ、オレは心を落ちつけたいんだ、と胸の中で呟いた。

           ※

     たまたまサーティワンの前を通りかかったので、アイスクリームはそこで買うことにした。
     自動ドアを抜けて店に入ると、すぐにスマートフォンが鳴った。八千代からだ。
    「オレ、ロッキーロードね」
     と言い残して彼は電話を切る。
     きちんとみているから安心しろ、ということだろうか?
     それとも本当に、ただのロッキーロードのファンなのだろうか。
    読者の反応

    桃燈 @telnarn 
    @mikami_pro ファーブルと一緒にいた連れが登場したんでっせ。 


    ヌマハチ@SOL @_NumaBEE_ 
    ファーブルって誰だっけ?  


    KURAMOTO Itaru @a33_amimi 
    @_NumaBEE_ 聖夜のつどいでやたら仕切っていた人です.さいごに偽ドイル(=もやしくんさん)と話してた人ですね.  





    ※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
    お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント(  @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
    なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
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