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プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは「大森隆男」です! イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付き!
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――小佐野さんは入門当初の大森さんのことはおぼえていますか?
小佐野 それが知らないんだよね。大森が全日本に入門したのは秋山準と同じ92年だけど、当時は全日本を取材できない立場だったから。
――あー、SWSと全日本のゴタゴタに巻き込まれたかたちで。
小佐野 数年後に取材できるようになっていろいろと話は聞いてるんだけどね。
――秋山準と大森隆男。同年にデビューした新人が2人とも大成したんですね。
小佐野 これは全日本としては珍しいことなんですよ。どういうことかというと、全日本の場合ってデビュー前に新人がやめちゃうから。レスラーとしてある程度できるようにならないとデビューさせてもらえなかったんですよ。
――簡単にはデビューさせてもらえない。
小佐野 多くの人間が受け身をおぼえられなくて途中でやめちゃう。それに新日本の場合は新弟子が何人かいて、つらくても励まし合ったり、協力して休めたりできたけど、全日本の場合は毎年取ってもひとりだから。
――ひとりで雑用をこなすって地獄ですよね……。
小佐野 大森が入団した頃から方針が変わっていったんだけど、それは小橋建太の存在が大きかった。それまでの全日本ってエリートを育成する方法だったでしょ。ジャンボ鶴田、天龍源一郎、スカウトされた秋山もそうだったけど。
――ほかの格闘競技で実績がある人間をメインイベンター候補として育てるという。
小佐野 小橋の場合は一度書類選考で落とされて、そこから這い上がってトップグループで活躍するようになった。小橋の成功を受けてノンキャリアでも磨けば使えるという発想になったんだろうね。練習の厳しさは以前と変わりはないんだけど、大森のこともじっくり育てようということになった。
――それだけの素質を大森さんに感じたところもあったんですか?
小佐野 そこは馬場さんのお眼鏡にかなったんだと思うよ。大森は大学3年生のときに一般公募に応募したら、後楽園ホールに呼び出された。そこには50人近くレスラー志望者が集められていて「どんな試験をやらされるんだろう……?」と思っていたら、テストはなし。馬場さんは「テストに受かろうが、やめる奴はやめるだろ」と。
――馬場さんって合理的ですよね(笑)。たしかに続くかどうかはテストは無関係。
小佐野 その場で大森を含む数人が合格になった。大森はアメフトをやっていて身体も大きいし、ルックスもいい。鍛えればなんとかなると思ったんだろうね。ただ、問題がひとつあってまだ3年生だった。大森は「やめて全日本に入ります」と言ったんだけど、馬場さんは「あと1年なんだから卒業しなさい」と。
――馬場さん、優しい!
小佐野 それで1年の猶予をもらったんだけど、大森はちょっと柔道をやったことがあるだけで、格闘技経験がない。これはマズイということでアニマル浜口ジムのプロ養成コースに通うことにしたんだよね。
――全日本入団ありきだったんですか。
小佐野 アマレスのマットしかないから受け身の練習はできなかったんだけど、関節技の練習ができたみたいで。
――全日本の入団が内定してるなら、どうにかして受け身の練習もさせてもらえたんじゃないですか?
小佐野 それが大森は全日本に入ることは内緒にしてたんだよね。
――えっ、どうして内緒に。
小佐野 わからない。入団間際に「じつは……」と浜さんに明かしたら「なんで先に言わないんだ!」って怒られてね。
――そりゃ怒られますよ!(笑)。
小佐野 そのときには秋山が大々的に入門したことが発表されていたから、浜さんに「同期の秋山には負けるな!」と送り出してもらったんだけどね。
――1年の猶予をもらって入門して、その年にはデビューしちゃうんですから凄いですね。
小佐野 その時期の全日本って道場がなかったんだよ。砧にあった道場を壊して、いまの道場を作ってるときだったんです。合宿所も道場もなかった。大森は秋山と泉田純と一緒にアパートの部屋に住んで、一つ上の先輩の浅子(覚)と井上雅央は違うアパートの部屋を借りて住んでいた。なぜ先輩・後輩の部屋を分けたかと言えば、先輩からイジメられないようにと元子さんが一緒に住まわせなかった。イジメられたらやめちゃうと思ったんでしょう。
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