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記事 12件
  • 芥川賞・直木賞の全候補作を無料で試し読み!

    2016-01-12 16:00  
    新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
    ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も10回を数えます。
    なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞全候補作品冒頭部分のブロマガでの無料配信が実現しました。【第154回 芥川賞 候補作】石田千「家へ」(群像7月号) 上田岳弘「異郷の友人」(新潮12月号)加藤秀行「シェア」(文學界10月号) 滝口悠生「死んでいない者」(文學界12月号)松波太郎「ホモサピエンスの瞬間」(文學界10月号) 本谷有希子「異類婚姻譚」(群像11月号)  【第154回 直木賞 候補作】 青山文平「つまをめとらば」(文藝春秋) 梶よう子「ヨイ豊」(講談社)深緑野分「戦場のコックたち」(東京創元社)宮下奈都「羊と鋼の森」(文藝春秋)柚月裕子

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  • 【第154回 直木賞 候補作】『孤狼の血』柚月 裕子

    2016-01-12 15:59  

    プロローグ
     呉原東署の会議室は、殺気立っていた。
     ドアの外には呉原市暴力団抗争事件対策本部、と書かれた紙が貼られている。
     部屋には七十名近い捜査員が集結していた。所轄の東署副署長をはじめとする幹部、暴力団係の係員と各部署から掻き集められた署員、県警捜査四課暴力団担当の捜査員ならびに管区機動隊員だ。みな、闘技開始を前にした闘犬のような面構えで、部屋の前方を見つめている。
     副署長の訓示が終わり、捜査の指揮をとる捜査二課長が立ち上がった。
     課長は睨むように目を細め、椅子に座る捜査員たちを見やった。
    「いま、副署長からの訓示にもあったように、東署管内では組織暴力犯罪が多発している。拳銃不法所持、大麻、覚せい剤の使用および売買、違法賭博などが日常的に行われ、暴力団同士の抗争事件が頻発している状態だ。やつらのせいで治安は乱れ、善良な市民の安全が脅かされている。実際、二週間ほど前に、一般市民

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  • 【第154回 直木賞 候補作】『羊と鋼の森』宮下 奈都

    2016-01-12 15:59  

     森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。
     問題は、近くに森などないことだ。乾いた秋の匂いをかいだのに、薄闇が下りてくる気配まで感じたのに、僕は高校の体育館の隅に立っていた。放課後の、ひとけのない体育館に、ただの案内役の一生徒としてぽつんと立っていた。
     目の前に大きな黒いピアノがあった。大きな、黒い、ピアノ、のはずだ。ピアノの蓋が開いていて、そばに男の人が立っていた。何も言えずにいる僕を、その人はちらりと見た。その人が鍵盤をいくつか叩くと、蓋の開いた森から、また木々の揺れる匂いがした。夜が少し進んだ。僕は十七歳だった。
     そのとき教室に残っていたから、というだけの理由で僕は担任から来客を案内するよう頼まれた。高二の二学期、中間試験の期間中で、部活動もない。生徒たちは早く下校することになっていた。昼間からひと

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  • 【第154回 直木賞 候補作】『戦場のコックたち』深緑 野分

    2016-01-12 15:59  

    第一章 ノルマンディー降下作戦
     
     夜空は曇っていたが、少しずつ途切れはじめた雲間から月がのぞき、あたりを照らしはじめた。暗い空を飛ぶC47輸送機“スカイ・トレイン”の隊列が、風を切り、黒くさざめくドーバー海峡を間もなく抜けようとしていた。
     一九四四年六月六日の真夜中、窓から外を見ると、何フィートも離れていないすぐ近くに、濃いオリーブ色をした同じ巨体が飛んでいた。胴体後部と両翼の付け根には白黒のストライプ模様がある。C47だけでも千二百機を超え、後続には、物資輸送機やグライダー、そしてイギリス軍とカナダ軍もいるはずだ。もし誰かが空を見上げたなら、次々と飛んでくる無数の飛行機の大群に、目をひんむいてひっくり返っちまうだろう。
     僕もパラシュート兵のひとりとして、C47の暗い機内に乗り込んでいた。ぶんぶん唸るエンジン音が腹に響く。中は元々貨物室なのでちゃんとした座席がなく、二十四名の乗員

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  • 【第154回 直木賞 候補作】『ヨイ豊』梶 よう子

    2016-01-12 15:59  

    安政五年(一八五八)九月六日、初代歌川広重没。享年六十二。
    文久元年(一八六一)三月五日、歌川国芳没。享年六十五。
    元治元年(一八六四)十二月十五日、三代歌川豊国(初代国貞)没。享年七十九。 
    一、梅が香の章

     白梅の香りが境内に漂っている。
     元治二年(一八六五)如月初旬。童たちが太鼓や笛を鳴らしながら町内を練り歩く初午も過ぎ、江戸は仲春の陽光に満ちていた。
     亀戸村津軽藩抱え屋敷裏手の光明寺。
     故人宅での読経を終えた後、寺に向かい、墓を清める。清太郎は女房のお鈴とともに本堂前に立った。その隣に並ぶのは義妹夫婦のお勝と久太郎だ。お鈴とお勝の父であり、清太郎と久太郎の義父である三代歌川豊国の七七日法要を終え、墓に線香を手向けた参列者が代わり映えのしない挨拶を次々と述べていくのを聞き流しながら、無言で幾度も頭を下げた。
     ただ、その頭の中で清太郎は、青く広がる空を背景にして、乳白色の

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  • 【第154回 直木賞 候補作】『つまをめとらば』青山 文平

    2016-01-12 15:59  

    (ひともうらやむ)
    「なんだ?」
     長倉克巳は怪訝そうに言った。目は、長倉庄平が持参した釣針に向いている。
    「なんだ、とはなんだ!」
     相変わらずだな、と思いながらも、庄平は答えた。長倉本家のたいそうな屋敷の、克巳の座敷である。
    「十日前、どうしても今日までに釣針が欲しいと言ったではないか」
    「そんなこと、言ったか」
    「ああ、言った。こっちは無理をして仕上げたのだ」
     庄平も克巳も御藩主を間近でお護りする本条藩御馬廻り組の番士だが、庄平は剣術にも増して釣術の俊傑として知られている。庄平の鍛える釣針や竿は引っ張りだこで、近頃では隣藩でもその銘が知られるようになった。
    「そんなに無理することはなかったのに」
     克巳は悠長な声で言う。二人とも御馬廻り組三番組に属していて、今日は非番だ。秋の寝そべった陽が、表替えをしたばかりの青い畳を撫でる。庄平の組屋敷では、畳表など張り替えたことがない。
    「俺

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  • 【第154回 芥川賞 候補作】『異類婚姻譚』本谷 有希子

    2016-01-12 15:59  

     ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。
     誰に言われたのでもない。偶然、パソコンに溜まった写真を整理していて、ふと、そう思ったのである。まだ結婚していなかった五年前と、ここ最近の写真を見比べて、なんとなくそう感じただけで、どこがどういうふうにと説明できるほどでもない。が、見れば見るほど旦那が私に、私が旦那に近付いているようで、なんだか薄気味悪かった。
    「うーん、二人が? 俺は別に思ったことないけどなあ。」
     パソコンのことで分からないことがあって電話したついでに聞いてみると、弟のセンタはいつもの、水辺で休んでいる動物のようなのんびりした口調で答えた。
    「あれじゃない? いつも二人でいるうちに、表情がお互い似てきたとか。」
    「だってその理屈で言ったらさ、あんたとハコネちゃんのほうがもっと似てないとおかしいじゃないの。」
     私はセンタに教えられた通り、パソコンの

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  • 【第154回 芥川賞 候補作】『ホモサピエンスの瞬間』松波 太郎

    2016-01-12 15:59  


     セントラルヒーティングともたとえられる身体のほぼ中央に位置している心臓には、血液を送り出す心室と、血液を迎え入れる心房が、左右に一部屋ずつあります。正面に向かって、この内の左側の心室からはじまった文字通りの大きな動脈・大動脈は、大きく半円を描いて下に向かい、呼吸、消化、泌尿、生殖といった器官に血液を送り届けます。方角としては西となる足部にまで血液を巡らせた後、毛細血管を介して静脈となり、心臓の右の心房に戻ってきます。このように西回りで循環している下半身とは反対に、頭部には東回りで循環してきます。頭部をかつては〝東部〟と呼んでいた人もいた所以です。極東の孤島のごとき頭部には、大動脈が描いた半円から枝分かれした血管によって血液が運ばれてきているのです。内頸・外頸動脈という名前の血管です。〝頸〟とは簡略すると〝首〟のことです。首というのは、その形状のとおり、橋の役割をもっているのです。大

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  • 【第154回 芥川賞 候補作】『死んでいない者』滝口 悠生

    2016-01-12 15:59  


     押し寄せてきては引き、また押し寄せてくるそれぞれの悲しみも、一日繰り返されていくうち、どれも徐々に小さく、静まっていき、斎場で通夜の準備が進む頃には、その人を故人と呼び、また他人からその人が故人と呼ばれることに、誰も彼も慣れていた。
     人は誰でも死ぬのだから自分もいつかは死ぬし、次の葬式はあの人か、それともこちらのこの人かと、まさか口にはしないけれども、そう考えることをとめられない。むしろそうやってお互いにお互いの死をゆるやかに思い合っている連帯感が、今日この時の空気をわずかばかり穏やかなものにして、みんなちょっと気持ちが明るくなっているようにも思えるのだ。
     よしなさいよ、縁起でもない。
     などと思ったところで、誰かがその言葉尻を捕まえて、親戚など縁起そのものじゃないか、それ以外の意味などあるのだろうか、などと言い出し話を複雑にする。縁起、縁起、とどこかから呟く声がさっきからして

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  • 【第154回 芥川賞 候補作】『シェア』加藤 秀行

    2016-01-12 15:59  


    「ふさわしいか、ふさわしくないか。それこそが、」
     元ダンナからメールが届いていて、それ以上読まなくても重い中身と分かる。
     飛行機のタラップをまたぐと同時に、カーソルもメールタイトルを素早く「またぐ」。一瞬以上カーソルが乗っかっていると既読判定されちゃうから。
     平常心、平常心。
     もう若くもないのだから、深夜便に乗ると自分でも気づかないような深いところで疲れてしまう。私はいま、携帯でメールチェックをすべきではなかったのだ。そんなに急を要するメールが来ることもないのだし、彼からメールが来ているであろうことは、容易に想像が付いたのだから。
     そう思ってみても、望んでもいないボールを馬鹿正直に受け取ってしまったことは事実で、そのことが無性に私を苛立たせる。
     羽田の動く歩道の上に立ち止まり静かに進みながら、違うことを考えようとする。そういえば元奥さんを略した「モトオク」という言葉の平板

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