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芥川賞・直木賞の全候補作を無料で試し読み!
2015-07-02 14:011新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も9回を数えます。
なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞全候補作品冒頭部分のブロマガでの無料配信が実現しました。【第153回 芥川賞 候補作】内村薫風「MとΣ」(新潮3月号) 島本理生「夏の裁断」(文學界6月号)高橋弘希「朝顔の日」(新潮6月号月号) 滝口悠生「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」(新潮5月号)羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」(文學界3月号) 又吉直樹「火花」(文學界2月号) 【第153回 直木賞 候補作】 門井慶喜「東京帝大叡古教授」(小学館)澤田瞳子「若沖」(文藝春秋)西川美和「永い言い訳」(文藝春秋)馳星周「アンタッチャブル」(毎日新聞出 -
【第153回 芥川賞 候補作】『MとΣ』内村薫風
2015-07-02 14:00
南アフリカ共和国南西部、スヴァルト准尉はいつも通りの通勤ルートを車で走らせ、やってきた。朝五時、ケープタウンから北東に五十キロ離れたパールの町はまだ目覚めた直後、昇り始めた陽が草むらを白い息で照らし出したころあいで、運転席から見えるドラケンスバーグ(竜の山々)山脈の峰々も、眠ったまま微動だにしない竜の背中に見える。道が空いているのはいつも通り、駐車場のいつもと同じ場所、刑務所職員用エリアの隅に車を止めた。
これもいつも通りに通用口へ進むと、前に見慣れぬ二人組が歩いていた。今日のために召集された応援部隊だろうかとスヴァルト准尉は見当をつけたが、しばらくするとそのうちの一人が、もう一人を殴った。拳を火打石みたいな鋭さで顎に打ちつけたため、スヴァルト准尉は何が起きたのかすぐには見えなかった。効果音も歓声もなく、ただ静かに、紙の人形が倒れるかのように男が横たわった。
口論があったのか。予兆 -
【第153回 芥川賞 候補作】『朝顔の日』高橋弘希
2015-07-02 13:59
一
風車を持った女児が、すぐ傍を通り過ぎていった。
女児が持っていたのは、赤い風車だった。二枚の折り紙を重ね合わせて作った、八枚羽根の花風車。通りに風はなかったが、女児が歩くから、その歩みに合わせて風車も廻った。青空の下に廻っていた。赤い羽根の立てる音は、足音よりもくっきりと響く。凜太(りんた)は前を向いて、再び石畳の歩道を歩き始めるが、網膜には未だ青空の花風車が残っていて、少しばかり胸が疼く。自分の胸に棲んでいるあの糸屑が、また悪戯をしている。心神にも影響を及ぼすという、透明な糸屑。
十二月も半ばを過ぎていたが、尾根から午前中の眩い陽光が射し、街道には春の長閑さがあった。その百米ほどの平坦な街道には、民家や煙草屋や文具店が建ち並んでいる。途中、背の高い一本の唐松がある。その唐松のものだろう松笠が、ときに路傍に転がっている。忘れられたように転がっている。彼は意味もなくその -
【第153回 芥川賞 候補作】『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』滝口 悠生
2015-07-02 13:581
九月末だがこのあたりではまだ稲穂は刈りとられていない。国道の片側には田んぼが広がり、強い日を受けて全面がぼんやり輝いていた。道を挟んでその田んぼを見下ろす形の小さな山がある。山の縁に沿って道はカーブし、その陰に隠れた。さっきから車は一台も通らなかった。山の木陰を流れる小川も国道に沿って流れているが、元はこの川に沿って道がつくられたのだ。冷たい川の水に足を突っ込んで呆然としていた私の目がその時何を見ていたかなど、もう覚えていない。国道の路面のじりじり灼ける向こうで、田んぼの間の畦道で、埃か、小さな虫か、なにかがちらちら輝いているのが見えていたか。水のなかで波立ちに歪む自分の生白い足も見ていたか。水辺の土手の表面の黒く湿った土と葉も見ていたか。何よりそれらすべてと、初秋の澄んだ空気の上にあった、雲ひとつない空の濃い青色を思い出すが、その時私の頭上には背後の山を覆う木々の枝葉がせ -
【第153回 芥川賞 候補作】『夏の裁断』島本 理生
2015-07-02 13:57大した会話はしなかった。帝国ホテルの立食パーティでばったり顔を合わせたけれど、柴田さんはそらした。シャツの袖から白い手首が覗いていた。
とっさに握りしめたフォークは、刺さらなかった。彼の手首の表皮を破くことすらできず、赤く反応しただけだった。
柴田さんが振り返る。色素の薄い前髪から覗いた目は傷ついたように見開かれていた。被害者と加害者っておんなじだ、とぼんやり思った。まわりが取り乱したように駆けて来た。誰かがフォークをおそるおそる私の右手から抜き取り、パーティ会場から連れ出された。
翌日には、柴田さんの会社の上司たちが自宅まで訪ねてきた。
リビングのテーブル越しに向かい合い、先になにか言われる前に
「本当に、申し訳ありませんでした」
私が頭を下げると、年配の上司たちはやんわりと遮った。
「このたびは弊社の柴田が、大事な作家である萱野さんを混乱した状況に追い込んでしまって、こちら -
【第153回 芥川賞 受賞作】『スクラップ・アンド・ビルド』羽田 圭介
2015-07-02 13:56カーテンと窓枠の間から漏れ入る明かりは白い。
掛け布団を頭までずり上げた健斗は、暗闇の中で大きなくしゃみをした。今年から、花粉症を発症した。六畳間のドアや通風口も閉めていたのに杉花粉は侵入し、身体に過剰な免疫反応を起こさせている。ヘッドボードのティッシュへ手を伸ばした健斗の視界に、再び白く薄暗い空間が映った。早朝だろうか。だが少し前に杖をつく音で目覚めた際も同じ光景だった。それともあれは昨日の朝の記憶か。健斗は断片的な記憶の時系列を正す。あれは間違いなく今日だ。時計を見ると、午前一一時半だった。
北向き六畳間の外に出ると、廊下をはさんだ向かいの部屋のドアは閉められていた。火曜だからデイサービスの日ではない。蛍光灯の明かりも一切なく、人気(ひとけ)は感じられなかった。玄関や風呂場の横を通り過ぎ、リビングへ入ったがそこにも人気はなかった。同じ空間にいるはずなのに、電気もつけず歩く時以外音 -
【第153回 芥川賞 受賞作】『火花』又吉 直樹
2015-07-02 13:551大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい陽射しの名残りを夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。沿道の脇にある小さな空間に、裏返しにされた黄色いビールケースがいくつか並べられ、その上にベニヤ板を数枚重ねただけの簡易な舞台の上で、僕達は花火大会の会場を目指し歩いて行く人達に向けて漫才を披露していた。 中央のスタンドマイクは、漫才専用のものではなく、横からの音はほとんど拾わないため、僕と相方の山下は互いにマイクを頬張るかのように顔を近づけ唾を飛ばし合っていたが、肝心な客は立ちどまることなく花火の観覧場所へと流れて行った。人々の無数の微笑みは僕達に向けられたものではない。祭りのお囃子が常軌を逸するほど激しくて、僕達の声を正確に聞き取れるのは、おそらくマイクを中心に半径一メートルくらいだろうから、僕達は最低で -
【第153回 直木賞 候補作】『東京帝大叡古教授』門井 慶喜
2015-07-02 13:54
第一話 図書館の死体
うとうととして目ざめると東京だった。長旅で体がこわばっている。私はばりばりと音を立てるようにして三等客車の固い椅子から身をひきはがし、車室を出て、新橋停車場(ステーション)のプラットホームに降り立った。ここから路面電車へ乗り継がなければならないことは、事前の調べでわかっている。
が、いなか者のかなしさ、私はそれまで路面電車なんか見たこともなかった。
どこへ行けば乗れるのかさえ見当もつかなかったから、改札場を出たところで勇気を出し、見知らぬ紳士に声をかけた。紳士は、
「ああん?」
露骨にいやな顔をしたあげく、何ひとつ教えてくれぬまま行ってしまった。私はもう一生ぶんの気疲れがして、内心、
――東京は、“おじい”ところじゃ。
生まれ里のことばで嘆いたものだった。私はまだ十九歳だった。
結局、路面電車には乗らなかった。
乗るだけの気力がなかった。私はそれか -
【第153回 直木賞 候補作】『若冲』澤田 瞳子
2015-07-02 13:53鳴鶴
一
大きな角盆をよいしょ、と抱え、お志乃(しの)はつや光りする箱階段をふり仰いだ。
女子の足には少々高すぎる段を上がる都度、わざと足を踏み鳴らす。顔料(がんりょう)の入った絵皿が盆の中でかたこと動き、ここ数日家内に満ちている梅の香が、その時ばかりは膠(にかわ)の匂いに紛れて消えた。
階段をこうもにぎやかに上るのは、二階間で絵を描く源左衛門(げんざえもん)への合図だ。なにせ家業を二人の弟に任せ、朝から晩まで自室で絵を描く兄は、ちょっと声をかけたぐらいではお志乃に気付いてくれない。敷居際で待ちぼうけを食らわぬよう、こうして物音を立てながら部屋に向かうのが、兄妹の長年の約束事であった。
京の春は冷えが厳しいが、今年は暦が改まった直後から、不思議に暖かな日が続いている。表店(おもてだな)の喧騒とは裏腹に、常に湿っぽい静謐の内にある「枡源(ますげん)」の店奥にも、うららかな陽 -
【第153回 直木賞 候補作】『永い言い訳』西川 美和
2015-07-02 13:52ぼく
大学の時につきあった彼女は、絶頂に達する直前になると、もうやめて、と決まって言った。ぼくを鼓舞する意味の「もうやめて」ではない。ほんとにやめて、自分から身体を放してしまうのだった。
彼女はしかし、ぼくを拒絶しているつもりはないと言った。そばに寄り添い、ぼくのまだ薄かった胸に尖ったあごを乗せ、収まりのつかないあそこを片手で掴んだまま、何故もうやめなければならないのかについての長い言い訳を語って聞かせた。
「小学校の三年生の時に、お誕生日会を盛大にやったの。お母さんが腕を振るったごちそうを食べて、歌を歌ってケーキを食べて、プレゼントをもらった後に、風船割り競争をやったのね」
「風船割り競争?」
「膨らませた風船を椅子に置いて、お尻で割っては次の人のところに走って帰って来てリレーするやつよ。割れなきゃバトンタッチは出来ない。知らない?」
「いや、わかるよ。やったことはないけどね。でも
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