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記事 6件
  • 第162回芥川賞・直木賞の候補作を無料で試し読み!

    2020-01-10 15:16  
    新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
    ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も17回を数えます。
    なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞候補作品試し読み部分のブロマガでの無料配信が実現しました。第162回芥川龍之介賞候補作品(令和元年下半期 作者名五十音順)木村友祐「幼な子の聖戦」(すばる十一月号)髙尾長良「音に聞く」(文學界九月号)千葉雅也「デッドライン」(新潮九月号)乗代雄介「最高の任務」(群像十二月号)古川真人「背高泡立草」(すばる十月号)第162回直木三十五賞候補作品(令和元年下半期 作者名五十音順)小川哲「噓と正典」(早川書房)川越宗一「熱源」(文藝春秋)呉勝浩「スワン」(KADOKAWA)誉田哲也「背中の蜘蛛」(双葉社)湊かなえ「落

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  • 【第162回 芥川賞 候補作】古川真人「背高泡立草」

    2020-01-10 14:40  
       船着き場
     一体どうして二十年以上も前に打ち棄てられてからというもの、誰も使う者もないまま荒れるに任せていた納屋の周りに生える草を刈らねばならないのか、大村奈美には皆目分からなかった。また彼女は、草刈りに自分が加勢しなければならない理由も分からなければ、いや、きっとこちらから頼まなくても喜んで来るに違いないと母の美穂が独り決めに決めているらしい口調で、二週間前に電話口で言ってきたことも分からずにいた。その電話の際にも彼女はどうして納屋の草などを刈る必要があるのかと母に訊いたのだったが、そのとき返って来た答えに、まだ納得していないのだった。
     そうであったから草刈りに向かうため、朝早くに一人暮らしているマンションの下に迎えに来た美穂の車の後部座席に乗り込みながら、昨日の晩に遅くまで起きていたため眠り足りない者の顔つきをして、低い、不機嫌な声で同じことを母に訊かないではおれなかったのであ

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  • 【第162回 芥川賞 候補作】乗代雄介「最高の任務」

    2020-01-10 14:39  
     二月のいつ頃だったか、大学の卒業式には出ないと言ったら、案の定、母親が騒ぎ出した。
    「せっかくなんだから出ときなさいよ」あらゆることで何回繰り返したかわからない言葉が口にされる。「元号またいで通った大学じゃない」
    「何それ」と私は口を曲げた。「そんな子供みたいな理由で出ないよ」
    「子供じゃないって言うの?」
    「もう二十三なので」
    「卒業してもすね囓る気満々のくせに」
    「それはそうね」と努めて謙虚に私は言った。「休学して一年余分にかかっちゃったし、黙って言うこと聞くべき。でも友達もいないし、出たって悲しくなるだけでしょ。ゆき江ちゃんだって、出なくていいって言うはず」
     これは少しデリケートな話題ではある。ゆき江ちゃんというのは私と大の仲良しだった叔母のことで、彼女は故人であったから。わざわざ自分からその名を出したところを見ると、私も相当に行きたくなかったのだろう。ただし、母の反応は予想外の

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  • 【第162回 芥川賞 候補作】千葉雅也「デッドライン」

    2020-01-10 14:37  
     暗闇に目が慣れてくる。ほとんど真っ暗な通路の奥へと歩いていく。その途中の左右には、やはりほとんど真っ暗な部屋、というか窪みのような、トイレの個室ほどの空間がいくつかある――蟻の巣の構造みたいに。目が慣れてくると、パンツ一枚の男たちの顔がぼんやりとわかってくる。比較的筋肉質の若い男ばかりだ。一人の男が暗闇の奥へ消えていくと、別の男がその後に付いていく。さらに別の男がその後から付いていく。男たちは連動する。車間距離を測りながら走る車のように、あるいは、群れなして回遊する魚のように。 僕は、わざとのっそりと、男らしさを装って肩を揺らして歩いている。ボクサーブリーフの脇に挟んだコンドームの袋が肉に食い込んでチクチクする。 通路の一番奥には、特別に広い部屋がある。目を凝らして人影を探すと、右手の壁に一人の肉体がだんだん白っぽく浮き上がって見えてくる。さらに暗い左奥にも誰かいるらしい。床には布団が敷

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  • 【第162回 芥川賞 候補作】髙尾長良「音に聞く」

    2020-01-10 14:36  
     晩春の或る日、わたしは東山二条の自宅において伏見区在住の友人の訪問を受けた。彼は、わたしの記憶が正しければ、四十代半ばの独身者だが、若い頃から文学や音楽に没頭しては、些細なことで気を損ねて怒りを爆発させる、扱いにくい男として知られていた。そのような人間にままあることとして、彼は超然とした風体の上に厄介な矜持を身につけており、ひとつの仕事に長く従事できるような男ではなかった。わたしは久しぶりに彼に会ったため、懐かしさから色々と彼の近況を訊ねたところ、彼は古書を扱う業者の見習いのようなことをしている、と言った。彼は、知人の手によるという一冊の手記を携えており、この手記をわたしに見せることが彼の来訪の主目的だった。薄汚れた紙に細かい字でびっしりと書き記されたそれは、たかだか二十年前の手記にしては随分古びた様相を呈していた。彼は紙束の始末に困り、かと言って廃棄するには忍びず、知人と同性の人物に読

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  • 【第162回 芥川賞 候補作】木村友祐「幼な子の聖戦」

    2020-01-10 14:30  
     はじまりは、約ひと月前の六月下旬。村長の蓑田(みのだ)が、三期目の途中で突然辞意を表明したのだった。糖尿病を患い、体に負担のかかる村長職をつづけることができなくなったと説明していたけれど、実際の理由はスキャンダルがバレたからだ。自分が所属する栄民党の国会議員を接待するために、県出身だという無名のグラビアモデルを東京から呼び、裸にバスタオル一枚のモデルを囲んでその国会議員と県議数名と村長が露天風呂に入って酒を飲んだという。
     極秘の接待だったはずが、どこかから情報が漏れて、『男性自身』というコンビニでも売られている週刊誌に「ハレンチ村の酒池肉林」という大見出しつきで記事が掲載された。蓑田は「事実無根」だとして辞めるつもりはなかったのだが、地元の新聞に村の女性が書いた「女を接待の具にするような村長はいらない」というタイトルの投書が掲載され、その新聞が役場にはもちろん村の全戸に配られると、その

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