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記事 12件
  • 芥川賞・直木賞の全候補作を無料で試し読み!

    2016-07-11 21:30  
    新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
    ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も10回を数えます。
    なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞全候補作品冒頭部分のブロマガでの無料配信が実現しました。【第155回 芥川賞 候補作】今村夏子「あひる」(たべるのがおそいvol.1)高橋弘希「短冊流し」(新潮1月号)崔実「ジニのパズル」(群像6月号) 村田沙耶香「コンビニ人間」(文學界6月号)山崎ナオコーラ「美しい距離」(文學界3月号) 
    【第155回 直木賞 候補作】 伊東潤「天下人の茶」(文藝春秋) 荻原浩「海の見える理髪店」(集英社)門井慶喜「家康、江戸を建てる」(祥伝社)原田マハ「暗幕のゲルニカ」(新潮社)湊かなえ「ポイズンドーター・ホーリーマザー

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  • 【第155回 芥川賞 候補作】『あひる』今村夏子

    2016-07-11 11:59  

     あひるを飼い始めてから子供がうちによく遊びにくるようになった。あひるの名前はのりたまといって、前に飼っていた人が付けたので、名前の由来はわたしは知らない。
     前の飼い主は、父が働いていた頃の同僚で、新井さんという人だ。新井さんはわたしの家よりもまだ山奥に住んでいた。奥さんが病気で亡くなってからは、のりたまと二人暮らしをしていたのだが、隣りの県で暮らす息子さん一家と同居することが決まり、それでのりたまを手放すことになった。息子さんの家は庭も駐車場もない建売住宅だから、あひるは飼えないのだ。新井さんは、わたしの父にのりたまを託すことにした。
     うちには広い庭があった。好都合なことに、ニワトリ小屋まであった。
     とっくの昔にニワトリはいなくなっていて、小屋の中には錆びた農具が入れっぱなしになっていた。父はそういう必要のなくなったものを全部処分して、金網を新品に張り替え、壊れたカギも付け替えて

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  • 【第155回 芥川賞 候補作】『短冊流し』高橋弘希

    2016-07-11 11:59  


     綾音が熱を出したのは七月初旬のことだった。
     その日、綾音は私と一緒に朝飯を食べていたが、頭が痛いと言い、茶碗の飯を半分ほど残した。綾音の手を握ってみると、少し熱を持っている。しかし体温計で計ってみると、三十六度八分の微熱しかない。やや下痢もあったので、念の為に保育園は休ませ、小児用バファリンを飲ませ、もう一度、床に就かせた。ピンクのパジャマ姿の綾音は、布団に入るとすぐに寝息を洩らし始めた。タオルケットから伸びる綾音の小さな手を、再び握ってみる。普段の綾音の体温とは、何かが違う。じわりとした温もりの中に、茨のような鋭い熱感が僅かに混ざっている。胸騒ぎを覚え、パジャマの襟ぐりから腋の下へ、体温計をもう一度入れる。一分間、私は綾音の二の腕を支えて、体温計が鳴るのを待った。綾音はもう深い寝息を洩らしていた。アラームが鳴る。綾音の熱は、やはり三十六度八分のままだった。
     会社へ欠勤連絡をした

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  • 【第155回 芥川賞 候補作】『ジニのパズル』崔実

    2016-07-11 11:59  


    そこに、いない
     その日も、いつもとなんら変わらない日だった。学校は、相変わらず残酷なところだ。
     さっきまで受けていた生物学の授業では、また、ジョンという線の細い、透明の影を持った白人の男の子が突然泣き出して、テーブルの下に隠れた。それで床に倒れるようにして寝転がり、仰向けの体勢で、駄々をこねる赤ん坊みたいに泣き叫びながら床をばんばん叩いていた。前にもそんなことがあった。ジョンは突然、泣き出す子だった。彼の感受性は、普通の人よりもうんと高いのだ。だからその時は、教科書に載っていたウサギの解剖図でも見てしまって傷付いたのかもしれない。もしかしたらジョンは、世界一優しい子なのかもしれなかった。
     だけど学校ってのは本当に残酷なところだ。いや、学校というよりは、この世界なのだと思うけど、授業はこの世界と同じように止まることなく進んだ。まるで、ジョンなんて存在していないように。
     あれほど泣

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  • 【第155回 芥川賞 候補作】『コンビニ人間』村田沙耶香

    2016-07-11 11:59  

     コンビニエンスストアは、音で満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声。店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。カゴに物を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音。全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。
     売り場のペットボトルが一つ売れ、代わりに奥にあるペットボトルがローラーで流れてくるカラララ、という小さい音に顔をあげる。冷えた飲み物を最後にとってレジに向かうお客が多いため、その音に反応して身体が勝手に動くのだ。ミネラルウォーターを手に持った女性客がまだレジに行かずにデザートを物色しているのを確認すると、手元に視線を戻す。
     店内に散らばっている無数の音たちから情報を拾いながら、私の身体は納品されたばかりのおにぎりを並べている。朝のこの時間、売れるのはおにぎり、サンドイッチ、サラ

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  • 【第155回 芥川賞 候補作】『美しい距離』山崎ナオコーラ

    2016-07-11 11:59  
     星が動いている。惑星の軌道は歪む。太陽も位置をずらす。宇宙の膨張によって、恒星も少しずつ移動しているのだ。宇宙は常に広がっていき、星と星との間はいつも離れ続ける。すべてのものが動いている。
     動きは面白い。動きに焦点を合わせると、「ある」という感じがぼんやりしてくる。猫も電車も、輪郭がぼやける。存在しているというより、動いているという風に思えてくる。境目が周囲に溶けて、動きだけが浮かび上がる。
     高架橋の上にあるカフェで、透明なグラスに入った緑色のジュースを黒いストローでしゅるしゅる吸い上げ、マスタードの利いたホットドッグをあむりと噛み切る。駅の改札から溢れ出てくる人々を見降ろす。動きに集中すると、顔がぼんやりする。顔や姿の造作が霞み、行動によって発散される熱だけが際立っていく。
     特別快速が到着したのだろう。動きが活発になる。人々が動きの線を引いていく。改札から、待ち合わせ場所へ。ある

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  • 【第155回 直木賞 候補作】『天下人の茶』伊東潤

    2016-07-11 11:59  

    五更の天も明石潟。〳〵。須磨の浦風立ちまよふ。雲より落る布引の、滝の流れもはるかなる。芦屋の、灘も打過ぎて。難波入江のみをはやみ。芥川にそ着きにけり。〳〵
     主君信長の仇を討つために道を急ぐ、あの時の己の気持ちが乗り移ったかのように、地謡の声が高まる。
     『明知討』も終盤に差し掛かった。
     ―あの時のわしになるのだ。
     シテとして自らを演じる秀吉は、かつての己になりきろうとしていた。
     薄絹を隔てて見える後陽成帝は微動だにせず、こちらを見据えている。
    強風が紫宸殿の前庭に吹き込み、能舞台の四方に焚かれた篝をさかんに煽る。
    しばらく是にて諸卒を揃へ。敵の中へ切つて入り。彼の逆徒を討つて信長公の孝養に備へばやと存候。いかに誰かある。
     左、右、左と三足後退しながら、両腕を横に広げた秀吉は、右手の扇を横からゆっくりと差し上げ、正面に向けて高く掲げた。
     ―上様、ただ今、参りますぞ。上様の仇を

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  • 【第155回 直木賞 候補作】『海の見える理髪店』荻原浩

    2016-07-11 11:59  
     ここに店を移して十五年になります。
     なぜこんなところに、とみなさんおっしゃいますが、私は気に入っておりまして。一人で切りもりできて、お客さまをお待たせしない店が理想でしたのでね。なによりほら、この鏡です。初めての方はたいてい喜んでくださいます。鏡を置く場所も大きさも、そりゃあもう、工夫しました。
     その理髪店は海辺の小さな町にあった。駅からバスに乗り、山裾を縫って続く海岸通りのいくつめかの停留所で降りて、進行方向へ数分歩くと、予約を入れた時に教えられたとおり、右手の山側に赤、青、白、三色の円柱看板が見えてくる。
     枕木が埋められた斜面を五、六段のぼったところが入り口だ。時代遅れの洋風造りだった。店の名を示すものは何もなく、上半分がガラスの木製ドアに、営業中という小さな札だけがさがっていた。
     人が住まなくなった民家を店に改装したのだろう。花のない庭には、支柱も鎖も赤く錆びついたブランコ

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  • 【第155回 直木賞 候補作】『家康、江戸を建てる』門井慶喜

    2016-07-11 11:59  
     天正十八年(一五九〇)夏、豊臣秀吉は、相州石垣山の山頂にのぼり、放尿をはじめた。
     眼下に小田原城をながめつつ、秀吉自身を除けば日本一の大名である徳川家康へ、
    「ご覧なされ」
     上きげんで告げた。
    「あの城は、まもなく落ちる。戦国の梟雄・伊勢新九郎(北条早雲)あらわれて以来五代一百年をかぞえる北条家が、あわれ、われらの軍門にくだるのじゃ。気味よし、気味よし」
     家康は、横で放尿につきあいながら、
    「気味よし、気味よし」
    「されば家康殿、このたびの戦がすみしだい、貴殿には北条家の旧領である関東八か国をそっくりさしあげよう。相模、武蔵、上野、下野、上総、下総、安房、常陸、じつに合わせて二百四十万石。天下一の広大な土地じゃ。お受けなされい」
    「格別のおぼしめし、かたじけなくお受け申します」
     家康がそんなふうに快諾したことが、のちのち東国の児童の好んで囃すところとなる、
     ――関東の連れ小便。

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  • 【第155回 直木賞 候補作】『暗幕のゲルニカ』原田マハ

    2016-07-11 11:59  
    暗幕のゲルニカ
    芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。
    ――パブロ・ピカソ
     目の前に、モノクロームの巨大な画面が、凍てついた海のように広がっている。
     泣き叫ぶ女、死んだ子供、いななく馬、振り向く牡牛、力尽きて倒れる兵士。
     それは、禍々しい力に満ちた、絶望の画面。
     瑤子は、ひと目見ただけで、その絵の前から動けなくなった。真っ暗闇の中に、ひとり、取り残された気がして、急に怖くなった。
     目をつぶりたいけれど、つぶってはいけない。見てはいけないものだけれど、見なくてはいけない――。
     瑤子たち一家は、休日ごとに、マンハッタンにある美術館を訪ねて歩いていた。銀行員だった父の赴任に伴って、家族でニューヨークに移り住んだ年のことである。
     父はあまり美術には興味がないようだったが、母が行きたいというのに付き合ってくれていた。母は印象派の作品が特別お気に入りで、ミュージアムショッ

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