• このエントリーをはてなブックマークに追加
■久瀬太一/8月8日/25時
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

■久瀬太一/8月8日/25時

2014-08-09 01:00
    久瀬視点
    banner_space.png
     スマートフォンをみるオレの手つきをみて、思い当る。
     オレが確認しているのは、メールではないようだ。
     ――向こうのオレにも、電波は届いていない?
     なら、あの制作者から届いたアドレスか。
     これでカンペキ、とアドレスに入っていたページ。
     本当に時がくれば、あのページを読めるようになるみたいだ。
     とりあえずあのページを読めばいいのか、と考えて、窓の向こうの自分とオレが入れ替わった場面を想像して、背筋が震えた。

           ※

     次の部屋は、あいかわらず薄暗いけれど、緑があった。
     萎れて元気のない草。花はない。
     ぐるりと囲まれた緑の中心に、少女が横たわっていた。
     その風景は、古い童話の挿絵のようだった。――昔々、悪い魔女に呪いをかけられたお姫様がいました。彼女は長い眠りにつき、それまで元気だった草花もすっかり萎れてしまいました。そんな場面を想像した。
     ――少女。
     オレはその子に見覚えがあった。
     でも、なぜだろう? オレには彼女が「どちら」なのか、判断できなかった。
     佐倉みさき。あるいは佐倉ちえり。
     そのどちらかが、目の前に横たわっていた。
     ――不思議だ。
     幼いころ、オレはいつだって、ひと目で彼女たちを見分けられたのに。
     あの廃ホテルで扉越しに言葉を交わしたのは佐倉みさきで、このあいだ喫茶店で会ったのは佐倉ちえりだと、すぐにわかったのに。
     ――どうしてだろう?
     オレには目の前に倒れている少女が「どちら」なのか、判断ができなかった。
     バスの窓からみえるオレは、草を踏まないように迂回して、ゆっくりとその少女に近づく。
     傍らに膝をついて、握りしめていた透明なボトルの栓を抜き、そっと少女の唇にそえる。
     中の液体を、少女の唇の隙間に流し込むと、やがて彼女は苦しげに眉間に皴を寄せた。
     それから。けほ、っと小さく咳き込んで、少女はまぶたを持ち上げる。
     やっぱりだ。瞳をみても、彼女がみさきなのか、ちえりなのか、オレには区別がつかない。
    「あなたは……」
     囁くような、綺麗な声で、彼女は言った。
    「クゼさん」
     その声は微妙に、みさきとは違っているように思った。あの廃ホテルで、彼女はオレを「久瀬くん」と呼んだはずだ。
     ならちえりだろうか? でも、ちえりのようにもみえなかった。
    「貴方が助けてくださったのですね。ありがとうございます」
     少女は微笑む。
     まるで作り物みたいに、綺麗に。
    「君は?」
     みさきなのか、ちえりなのか。
     きっとオレは、それを尋ねたかったのだと思う。
     でも彼女は言った。
    「私は、サクラといいます」
     それはわかっている。
    「どっちのサクラだ?」
     とオレは尋ねる。
     少女――サクラはまた笑う。
    「妹の方です」
     妹? ……やっぱり、みさき、なのだろうか。
     不思議な世界に現れた、おそらくは本物ではないみさきだから、微妙に雰囲気が違う? それだけのことだろうか。
     サクラは言った。
    「悪魔に襲われて……でも、もういなくなったみたいですね」
    「悪魔?」
    「黒いローブを着た、怖い人です」
     さっきの、ドラゴンを焼き払った男だろうか。
    「今のうちに、魔法陣を描きうつさないと。では、本当にありがとうございました!」
     サクラは立ち上がる。彼女の視線の先には、確かに魔法陣があった。でもそれは掠れて、消えかけていて、ほとんど読み解けない。
     サクラは一心不乱に、ノートにそれを描き写している。
     みさきやちえりによく似た少女を放っておく気にはなれない。窓の向こうのオレも同じだったのだろう、彼女に近づく。
     彼女はちらりとノートから顔を上げて、微笑んだ。
    「クゼさんは、どうしてここに来たんですか?」
    「いや。……気がついたら、ここにいて」
     え、と少女は小さな声を上げる。
    「記憶がないんですか?」
     きっとそういうわけでもないだろう。
     ただ自分の身になにが起きたのか、理解できていないだけだと思う。
     でもサクラは、オレが記憶喪失ということで、納得したようだった。
    「それは、大変ですね。こんなところで」
     オレは軽く、辺りを見回して尋ねる。
    「どこなんだ、ここ?」
    「お城の地下です。でもお城は悪魔の襲撃をうけて、滅んでしまいました」
     サクラは地面の魔法陣に視線を落とす。
    「この魔法陣は、悪魔が魔法を使った痕跡です。悪魔は魔法を使うとき、魔界から魔力を引き出すといわれています」
    「魔界?」
    「はい。この魔法陣は、魔界とこの世界が繋がった痕跡です。だから魔法陣を読解すれば、魔界の場所がわかるはずなんです」
    「そんなもの、知りたくはないな」
     サクラはくすりと笑う。
    「でも私は、この魔法陣を捜すために、お城に忍び込んだんですよ」
    「どうして?」
     そんなことを、する必要があるんだろう?
     サクラはわずかに視線を落とす。
    「姉さんが、悪魔に連れ去られて。……きっと姉さんは、魔界にいるはずなんです。だから私は、その場所を捜しています」
     サクラはまた、魔法陣に視線を向けた。
    「でも時間が経ちすぎたせいか、部分的にしか読み解けません。別の魔法陣も、捜す必要があるようです」
     ――なるほど。
     とオレは思う。
     よくあるRPGのイベントだ。キーアイテムを、いくつかみつけなければ先に進めない。そのキーアイテムというのが、この世界では悪魔の魔法陣なのだろう。
    「なら一緒にいかないか?」
     と、窓の向こうのオレはサクラに声をかける。
    「急にこんなところで目を覚まして、困ってたんだ。この城を出るまで、一緒にいてくれると助かる」
    「でも、私は魔法陣を捜さないと……」
    「城から出るついでに、それもやっちまおう」
     さすがに、佐倉姉妹にそっくりな人間を放っておく気にはなれなかったのか、窓の向こうのオレはそういう。
     サクラはぱっと表情を輝かせた。
    「手伝ってくれるんですか! ありがとうございます!」
     なぜだろう?
     やっぱり、彼女の表情は作り物みたいにみえる。
    「そういえば、さっき悪魔が魔法を使うのをみたぜ」
     とオレは言う。
     確かに悪魔は、魔法でドラゴンを焼き払っていた。
     サクラは首を傾げる。
    「そこに、魔法陣はありましたか?」
     どうだろう?
     みた記憶はない。
    「いや。たぶんなかったと思う」
     とオレは答える。
    「魔法陣が刻まれるほど、強力な魔法ではなかったのかもしれませんね」
     とサクラは言った。
     ほのかな違和感を、オレは感じる。
     ――それでも、確認しに行こうとするのが、普通じゃないか?
     でも彼女は、先に進みましょう、と言って扉に近づいた。
    「この扉を開けるにはコツがあるんですよ」
     とそう言って、助走をつけて、元気よく扉の片隅を蹴っ飛ばしていた。
    読者の反応

    光輝@oculus泥酔 @koukiwf 2014-08-09 01:03:27
    これ、朝までかかるなぁw
     

    aranagi@静岡ソル @arng_sol 2014-08-09 01:03:49
    扉の片隅をww蹴っ飛ばすwww  


    えのきはソルになりたい @enoki82 2014-08-09 01:05:20
    サクラつよい  





    ※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
    お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント(  @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
    なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
    banner_space.png
    久瀬視点
    コメントを書く
    コメントをするにはログインして下さい。