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■八千代雄吾/8月18日/20時30分
2014-08-18 20:30
それは間違いなく、彼女の声だった。
生前の、彼女の声。
でもオレは聞いた覚えのない声だ。
――ユウくんへ。
と彼女は呼びかけた。それは弱々しい声だった。
――メリークリスマス、アンドお久しぶり。
口調はおどけている。いつもの、彼女のように。
でも疲れ果てているのが、トーンからわかる。もうすでにみんな、諦めているように。
知っていた。これは、彼女が亡くなる直前の口調だ。
――急な長期外泊が長引いて、去年渡すはずのクリスマスプレゼントがまだ手元にあるのでした。なんてこった。
どくん、と心臓が脈打った。
なにを言っているのか、わからなかった。
彼女が亡くなる直前のクリスマス。高校3年生だった頃のクリスマス。
その時にこれを吹き込んだのだとすれば、あり得ない。
前の年――高校2年のクリスマスに、オレはあのミュージックプレイヤーを貰った。どうして?
彼女の言葉は -
■八千代雄吾/8月18日/20時15分
2014-08-18 20:15
オレは軽く息を吸って、吐く。
なるたけ明るい口調で告げる。
「おいおい、冗談だろう?」
メリーの声は相変わらず冷たい。
「嘘をつくのは、良い子ではありません」
「本当になかったのかい? よく調べた?」
「もちろん。そして、貴方もそれを想定していたはずです」
「……どうして?」
「でなければ、貴方自身が缶の中身を確認していない理由がありません」
まったくだ。
あれにヒーローバッヂが入っていたなら、それでよかった。
でもふたをひらいて、その中に望んだものが入っていなければ、どうしようもない。オレは上手く演じなければならなかった。
「状況を考えれば、あれの中にヒーローバッヂがあることは、疑いようがなかった。調べるまでもない。そう思ったんだよ」
「それは少しだけ嘘ですね」
メリーの口調は変化しない。
「貴方は、タイムカプセルの中身がなんであれ、それで私に連絡を取るつもりだった。 -
■八千代雄吾/8月18日/20時
2014-08-18 20:00
タクシーで移動して、案内されたのはありきたりなビルの中の、ありきたりな事務所の一室だった。
メリーの仕事場だろうか? オレはその女性がどんな仕事についているのかも知らない。メリーの個人的な情報はいくら調べても出てこなかった。
ファーブルがドアを開ける。
「どうぞ」
だが、中には誰もいない。
「彼女は?」
「もうすぐに」
「もったいぶった女性は好きだよ」
オレは部屋に入り、応接用のソファに座った。ファーブルは入室しなかった。こつん、こつんと足音が遠ざかるのが聞こえた。
オレはすぐに立ち上がり、まずドアを調べ、次に窓を調べた。ドアには鍵は掛かっていなかった。窓は嵌め殺しで開かない。開いたところで、飛び降りられる高さでもない。ついでに夜空に月はみえない。
――あんまり、良い傾向じゃないね。
知らない事務所にひとりきり、という経験は何度かある。どれもいい思い出ではない。
オ -
■八千代雄吾/8月18日/19時30分
2014-08-18 19:30
ホテルのラウンジで、面白みもない新聞を読んでいた。
今もまだ星占いなんてものが載っているのを知って、鼻で笑う。「万全の準備を整えれば吉」。そりゃそうだ。星座なんて関係なく、いつだってそうだと知っている。でも万全なんてのは、現実にはまず存在しないことも知っている。
約束の時間ちょうどに、ラウンジにひとりの男が現れた。
知り合いというほどでもないが、知っている顔だ。
――ファーブル。
コーヒーを飲みながら新聞をめくるオレの隣に、ファーブルが立つ。
「お迎えにあがりました」
と彼は言った。
オレはスポーツ欄を眺めながら答える。
「おかしいな。待ち合わせの相手は美女だと聞いていたんだけど」
「ええ。彼女の元には私が案内いたします」
「使いっ走りか?」
「名誉ある仕事です」
「どこがだ?」
「案内役は、ゲストよりも先にホストの居場所を知っている」
「なるほど」
オレは丁寧に新
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