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記事 3件
  • 自己更新する天才――あだち充はあだち充を乗り越えてゆく。

    2014-12-14 07:00  
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     あだち充の最新短篇集『SHORT GAME ~あだち充が短編で紡ぐ高校野球~』を読みました。
     あだちさんにはすでに『ショート・プログラム』シリーズという短篇集があるわけなんですけれど、これはそれとはべつに「高校野球」をテーマにした短編ばかりを集めたショーケース。
     古いものは何十年前の作品だったりして、ある意味、資料的価値もある一冊となっています。
     それにしても、あだち充という人は凄いですねえ。『少年サンデー』の顔として、少年漫画の最前線に立ちつづけること数十年、累計発行部数は2億冊をかるく超えているはずで、日本が生んだモンスター漫画家のひとりといえるでしょう。
     一時代を画す天才はほかにもいるけれど、30年にもわたって第一線でヒット作を出しつづけている作家は稀有。というか、漫画の歴史上、この人しかいないはず。
     まあ、あえていうなら高橋留美子がいるんだけれど、高橋さんの作品はやっぱり全盛期のものに及ばない印象が強いのに対し、あだち充はいまなお想像力をアップデートさせている感があります。
     あだち充といえば、『ナイン』、『タッチ』、『H2』、『クロスゲーム』、そしていま連載中の『MIX』と、主に高校野球を扱って来た作家であるわけなんですが、同じスポーツを扱っていても内容は一様ではない。
     特に目をみはるのがキャラクターデザイン。女の子の容姿やファッションが、その時代、時代でどんどん洗練されていっているんですよね。
     『タッチ』の朝倉南も、それはまあ可愛いわけなのですが、やっぱりいまの視点で見ると髪型とか野暮ったいわけです。しかし、最新短編「オーバーフェンス」のヒロインは、これがもう見事なまでに現代的で可愛い。
     もう初老に入っているはずの作家が、自分自身を乗り越え、イマジネーションをアップデートしつづけるという事実に、ぼくは感動的なものを感じます。
     自己更新する天才――永野護がいう「超一流(プリマ・グラッセ)」ですね。
     たくさんいる漫画家のなかには、その全盛期、「黄金時代」においてヒット作を物し、あとはその作品を縮小再生産しているだけの作家もいます。
     一見するとあだち充も、同じ高校野球ものをひたすら描きつづけている作家と見えないこともないかもしれません。しかし、違う。あだち充はその時、その時でまったく新しい作品を描いている。ぼくにはそのように思えます。
     それが、それこそがほんとうの意味での天才作家の証。
     たしかにあだち充の最高傑作といえば、多くの人が『タッチ』を挙げるでしょう。かれはその後、『タッチ』を乗り越えるような作品を描きえていないといういい方もできなくはない。
    (ここまで1097文字/ここから977文字) 
  • なぜ浅倉南は上杉達也を選んだのか。「賞品」でなくなったヒロインたち。(2180文字)

    2013-04-13 17:55  
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     NHKの朝ドラ『あまちゃん』の百合展開が美味しい海燕です。それとはまったく関係ありませんが、『ベイビーステップ』が盛り上がっていますね。スポーツ的にも、恋愛的にも。
     スポーツ的にはエーちゃんはついに全国大会準決勝までたどり着き、あと二勝で優勝という佳境にありますが、恋愛的にはなんとすでにあっさり勝負がついてしまいました。なっちゃんの勝ち!
     って、おい、どうなっているんだ。エーちゃんと清水さんとなっちゃんで三角関係やるんじゃなかったのかよ! どう考えてもそういう振りだったじゃないか! 楽しみにしていたのにー。わーん。
     そういうぼくは清水さんが大好きなのですが、まあ、なっちゃんも好きだからいいや。以前にも書いたかもしれませんが(最近、何を書いていて何を書いていないのか思い出せなくなりつつある)、『ベイビーステップ』がラブコメ漫画としておもしろいのは、エーちゃんが大会で優勝する前になっちゃんとくっついてしまうことです。
     昔の少年漫画だったら、こういう展開にはならなかったでしょう。そこではヒロインは、いわば勝負に勝ったときの「賞品」であり、戦いの勝敗と恋愛の決着は密接に結びついていたからです。
     これはLDさんが言っていたことだけれど、かつての最もベタな少年漫画では、「相手に告白させた上で振る」とか、そういうのが美学だったと。『あしたのジョー』とかね。
     しかし、『ベイビーステップ』ではトーナメントでの勝敗と恋愛での好き嫌いが乖離してしまっているわけです。作中にエーちゃんよりテニスが強い人間はまだ何人か登場しているにもかかわらず、エーちゃんはなっちゃんとくっついてしまう。
     なんとなく不自然な展開であるような気すらするほどですが、よくよく考えてみるとそんなことはありません。あたりまえですが、「テニスのトーナメントで優勝すれば女の子も同時に手に入るべき」なんて理屈はないのです。
     ここらへん、少年漫画やライトノベルではおかしな理屈が成り立っていて「勝負ごとで勝ったり、ピンチを助けたりしたら女子は惚れる」という展開が常識化しているんだけれど、冷静に考えてみたらそんなわけはない。それはそれ、これはこれ、と考えるのが普通ですよね。
     もちろん、そういうことがありえないとは言わないけれど、いつもそういうルールが成り立つというのはおかしい。「いくらテニスが強くても、人間的にちょっと好みじゃないな」と思う女の子がいるほうが自然です。
     なっちゃんとか清水さんはエーちゃんの優しさにひたむきさに惚れたわけだけれど、必ずしもかれが強いから好きになったわけではないというところが重要。
     いままでの漫画やライトノベルで忘れられがちだったもの、それは「女の子にも選ぶ権利がある」という当然すぎるほど当然な事実だと思います。べつにトーナメントで勝ち上がれば自動的に女の子が好きになってくれるというわけではない。
     
  • あだち充の新作『mix』はどこまで『タッチ』のその後を見せてくれるのか?(1201文字)

    2013-04-03 12:57  
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     『ゲッサン』にあだち充の新作野球漫画『mix』が連載されていて、これが『タッチ』と同じ世界の四半世紀後を舞台にした物語であることはご存知かと思いますが、今月、その『mix』に「勢南の西村」が出て来ました。
     西村。な、な、な、なつかしい! 顔がそっくりの息子のほうはもう少し前に登場していたんだけれど、本人がこうもあっさり出て来ようとは。
     勢南の西村といえば、『タッチ』の名キャラクターで、変化球を得意とする三枚目ピッチャー。あだち充の全キャラクターのなかでも相当知名度が高いほうじゃないかと。いやあ、この展開は『タッチ』の愛読者としては感動もの。物語も大きく動いているし、『mix』、あたりまえのように面白いです。
     もう、『タッチ』のキャラクターが出て来るだけで心が熱くなるもんな。ここらへんは何十年も活動してきて、しかも何本も名作を描いている作家にしか採れない手法ですね。
     まあ、そうはいっても、『mix』は『タッチ』と同じ世界を舞台としているものの、『タッチ』の続編ではありません。あくまでこの物語にはこの物語の主人公がいて、西村たちは単なる脇役なのです。
     ただ、あだち充は実にファンを喜ばせるのがうまく、『タッチ』を読み込んでいる人間ならニヤリとできる描写をそこかしこに仕込んでいます。おそらく「上杉達也と浅倉南はあの後、どうなったのか?」という最大の謎に答えが出ることはないと思いますが、須見工の新田くんくらいは出て来るかもね。