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記事 3件
  • 〈堂々最終回!〉日本テレビ「最強バラエティ」のDNA(10) 「0.01%の決戦」 戸部田誠(てれびのスキマ)

    2017-12-27 05:00  
     一九九四年十二月二〇日――。
    「菅くん、悪いけど特番やってくれないか?」
     編成局長の萩原敏雄は、菅賢治をデスクに呼ぶとそう切り出した。菅が手がけている『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の年末特番をつくって欲しいというのだ。
    「いつですか?」
    「申し訳ないけど、明後日なんだ」
     あまりにも急すぎる依頼だった。この年、日本テレビはフジテレビと熾烈な年間視聴率競争を繰り広げていた。差は僅か。なんとしてもフジに勝ちたい。年末にかけて、視聴率のシミュレーションを繰り返した萩原は、当初予定していた番組では、フジテレビの後塵を拝してしまうと感じた。緊急事態だった。そこで、二三時台放送ながらも高視聴率を獲っていた『ガキの使い』の特番を組めば勝機を見いだせると踏んだのだ。
     無理は承知だった。 
  • 〈短期集中連載〉日本テレビ「最強バラエティ」のDNA(9)「神がかった改編」 戸部田誠(てれびのスキマ)

    2017-12-21 05:00  
    「小杉さん、ズルいよ~!」
     フジテレビのプロデューサー・亀山千広は苦笑いを浮かべながら、小杉善信に“抗議”した。
     一九九七年、エランドール賞の授賞式でのことだ。エランドール賞とは優れた映画・テレビの作品、プロデューサー、俳優を顕彰する賞。小杉と亀山はともに、映画・テレビ界で顕著に活躍したプロデューサーに与えられるプロデューサー賞に選出されていた。
     小杉は、自分の部下である六人のプロデューサーを引き連れ授賞式に臨み、壇上で一人ひとりに挨拶させた。亀山の時間の数倍を使ったから「ズルい」と言われたのだ。 
  • 〈短期集中連載〉日本テレビ「最強バラエティ」のDNA(8)「執念が生む奇跡」 戸部田誠(てれびのスキマ)

    2017-12-14 05:00  
     一九七九年、土屋敏男が日本テレビに入社してすぐのことだ。
     土屋が日本テレビを選んだのは『アメリカ横断ウルトラクイズ』(七七~九二年)のような番組をつくりたいと思ったからだった。そこで早速、そのディレクターである佐藤孝吉(たかよし)を制作部に訪ねた。土屋と佐藤は同じ一橋大学出身。当時のテレビ局では珍しかった。
     佐藤は自らのデスクに足を投げ出して座っていた。頭にはテンガロンハット、足にはウエスタンブーツという出で立ちだった。