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【第153回 直木賞 候補作】『若冲』澤田 瞳子
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【第153回 直木賞 候補作】『若冲』澤田 瞳子

2015-07-02 13:53
     鳴鶴

        一
     大きな角盆をよいしょ、と抱え、お志乃(しの)はつや光りする箱階段をふり仰いだ。
     女子の足には少々高すぎる段を上がる都度、わざと足を踏み鳴らす。顔料(がんりょう)の入った絵皿が盆の中でかたこと動き、ここ数日家内に満ちている梅の香が、その時ばかりは膠(にかわ)の匂いに紛れて消えた。
     階段をこうもにぎやかに上るのは、二階間で絵を描く源左衛門(げんざえもん)への合図だ。なにせ家業を二人の弟に任せ、朝から晩まで自室で絵を描く兄は、ちょっと声をかけたぐらいではお志乃に気付いてくれない。敷居際で待ちぼうけを食らわぬよう、こうして物音を立てながら部屋に向かうのが、兄妹の長年の約束事であった。
     京の春は冷えが厳しいが、今年は暦が改まった直後から、不思議に暖かな日が続いている。表店(おもてだな)の喧騒とは裏腹に、常に湿っぽい静謐の内にある「枡源(ますげん)」の店奥にも、うららかな陽が眩しいほど射しこんでいた。
     先ほどまで土間で膠を煮ていたお志乃の額には、うっすらと汗がにじんでいる。目鼻立ちの涼しい面差しは整っているが、ひょろりとした体軀のせいでどこか華やぎに乏しい。だがそれでも階段を上がる弾むような足取りには、十七歳の若さが自ずとにじみ出ていた。
    「お志乃かいな」
    「へえ、新しい顔料を作ってきました」
     父娘ほど年の離れた長兄が、いつからこの部屋に閉じこもって絵を描いているのか、お志乃ははっきりとは知らない。家督を継ぐ前からだとも、嫁を娶(めと)った直後からとも店の者は言うが、少なくとも七年前、お志乃が枡源に引き取られた時にはすでに、源左衛門はこの二階間で描画三昧に暮らしていた。
     次兄の幸之助(こうのすけ)と三兄の新三郎(しんざぶろう)が、そんな長兄を苦々しく思っているのは承知している。しかし妾の子である自分にとってみれば、源左衛門の顔料作りの手伝いは、枡源に居場所を得る唯一の手段。また長兄からしても、そんな己だけがこの家でたった一人の理解者である事実に、お志乃はわずかな憐れみすら覚えていた。
     源左衛門が寝起きするのは、奥庭を見下ろす南向きの八畳間。京の商家の例に洩れず、間口に比べて奥行の深い店の中で、もっとも奥まった一室である。
    「おおきに、ご苦労さん。そこに置いといてくれるか」
     源左衛門は乗り板の上で細筆を握ったまま、難しい顔で腕組みをしていた。
     乗り板とは作画の際、絵絹の上に渡す頑丈な足つきの板。絵を描く者はこの上に乗って、枠に貼った絵絹に筆を走らせるのである。
     今、彼が手がけているのは、幅二尺(約六十センチ)、長さ五尺弱(約百五十センチ)の絹本彩色画。満開の梅花に月光の降り注ぐ様が、精緻な筆で活写された作であった。
    「その絵、まだ手直しするところがあるんどすか」
    「ああ、仰山(ぎょうさん)あるなあ。いったいどこから手をつけるか、頭が痛いほどや」
     この二、三日、源左衛門はこの絵を矯(た)めつ眇(すが)めつしては、萼(がく)に朱色を挿したり、蘂(しべ)を描き加えたり、細かな手直しを続けている。
     さりながら梅は本来その清楚さから、著色水墨を問わず、余白を活かす簡素な筆致で描かれるもの。これほど濃密に描き込まれた梅図のいったいどこに、手を加える余地があるのだろう。
     首をひねって絵絹を覗き込むお志乃に、源左衛門はわずかな笑みを浮かべた。
     ぽってりとした一重瞼に細い目、薄い唇。何となく間尺の伸びた顔が、ひょろ長い身体の上に乗っかっている。
     この春で四十歳になったはずだが、絵だけに打ち込む暮らしのせいであろうか。年の読めぬその顔はつるりとして、浮世離れした仙人すら思わせる。
     着るものは夏冬通して、簡素な紬(つむぎ)。生臭物(なまぐさもの)や酒を好まず、好物といえば素麺(そうめん)ひといろ。これが錦高倉(にしきたかくら)市場の青物問屋枡源の主とは、いったい誰が信じるであろう。
    「まあ半日も置いといたら、また悪い箇所が見えてくるやろ。それよりお志乃、今日はこれから大事な寄合(よりあい)があるさかい、顔料はもう作らんでええで。お前も早う手を洗って、わしと一緒に来なはれ」
    「うちもどすか――」
     確かに今日は来客があるとかで、店内は何となく忙しげであった。義理の母、つまり源左衛門たちの実母のお清(きよ)が、朝から客用の膳を出すやら酒の支度を言いつけるやら、女子衆(おなごし)と走り回っていたのを思い出し、お志乃は首を傾げた。
     長兄の源左衛門は、痩せても枯れてもこの「枡源」の主。日頃、弟たちに商いを任せているとはいえ、重要な寄合に顔を出すのは当然だ。
     それに比べれば自分は所詮、妾の子。出入りの百姓の娘である母が先代の源左衛門に手をつけられ、幾許(いくばく)かの手切れ金をもらって実家で産み落としたのがお志乃であった。
     不幸なことに先代は、お志乃が産まれる直前に死去。また母も彼女が十の秋に流行(はやり)風邪をこじらせて亡くなり、困った叔父夫婦は半ば無理矢理、姪を枡源に押し付けたのである。
     とはいえ先代の妻であるお清と三人の息子がいる枡源に、土臭い庶子の入り込む隙などない。女子衆より幾分か扱いがよく、お嬢はんと呼ぶには憚(はばか)られる半端な立場のまま、お志乃が娘盛りを迎えてしまったのは、至極当然の成り行きであった。
     そんな自分がなぜ、寄合に呼ばれるのか。突き膝の胸元に盆を抱えて目をしばたたく妹に、源左衛門は説いて聞かせる口調で続けた。
    「今日は、この中魚屋町(なかうおやちょう)の寄合やない。枡源の今後を相談する、ちょっと難しい集まりなんや。そやさかい、呼んでいるのは町役たちだけやあらへん。枡源の親戚一同に加え、玉屋(たまや)の伊右衛門(いえもん)はんにも、弁蔵(べんぞう)を連れて来てもらったる。さて、お客を待たせるのも悪いし、ぼちぼち行こか」
     玉屋伊右衛門は隣町、帯屋町(おびやちょう)の青物問屋。枡源とは遠い姻戚に当たる店である。
    (弁蔵はんが――)
     懐かしい名に、とくん、と胸が鳴る。それを隠すように、お志乃は慌ててうなずいた。
     客が集まり始めたのだろう。小さなざわめきが、階下から波のように聞こえてくる。
     乗り板から降りた源左衛門は、開け放されていた障子の向こうに素速く目を走らせた。そして表情をさっと沈ませ、見てはならぬものを目にしたかのように顔を背けた。
     京の商家はいずれも細長い家の奥に、小さな奥庭と土蔵を擁している。庭の隅では今、丈の低い白梅の古木が花盛りだが、その姿は深い軒に切り取られ、この部屋からは見えない。代わりに視界を塞ぐのは、黒い瓦を置いた土蔵の屋根だ。
     源左衛門は一日のうち幾度も、あの土蔵に目を向ける。そしてそのたび今の如く、深い深い井戸の底を映したような目付きになるのであった。
    (まるで死んだ魚の目みたいや)
     足音一つ立てず階下に降りた源左衛門は、そのまま縁先に向かい、奥庭の手水鉢(ちょうずばち)で丁寧に手を洗った。その間にも目の前の土蔵をちらちら見上げ、どんどん顔を曇らせて行く。
     あんな表情をするぐらいなら、いっそ部屋を移ればよかろうに、彼は頑(かたく)なに庭に臨む一間から動こうとしない。三度の食事も自室に運ばせ、庭端の土蔵を前に、日がな一日、ひたすら絵を描いている。
     兄たちや義母が教えてくれたわけではない。だが、お志乃はちゃんと知っている。
     源左衛門の妻であったお三輪(みわ)は八年前、あの蔵で首を吊って死んだ。もともと絵を趣味としていた彼はそれ以来、土蔵の見える一間に引きこもり、画布だけに向き合って日を過ごしているのだ。
     塀に沿って植えられた小竹がそよぎ、冴えた梅の香がお志乃の全身を包んだ。
     枡源の者はみな、お三輪が死んだ土蔵とそれを囲む庭を避けている。このため庭の梅や紅葉がどれほど美しかろうと、それを愛でる者は一人もいない。誰にも顧みられぬまま、春日に花弁を光らせる梅花が、哀れでならなかった。
    (あんなに綺麗に咲いてるのになあ――)
     このとき梅の根方の藪ががさっと音を立てて動き、大柄な青年が姿を現した。縁先の二人を驚いたように振り返り、意志の強そうな顔をしかめた。
     店先も通り庭も越えた、奥庭である。お志乃は思わず腰を浮かしたが、源左衛門は細い眉をぴくりと跳ね上げただけで、彼に平板な声を投げた。
    「――弁蔵やないか。久しぶりやな」
     その言葉に、彼は無言のままひどく緩慢な仕草で小腰を屈めた。
    「今日は呼び立ててすまんこっちゃ。伊右衛門はんはもうお着きなんかいな」
    「へえ、お座敷のほうにおいでどす。わしはちょっと蔵を見たかったもんで、勝手に入らせていただきました」
     応じた弁蔵の声もまた、源左衛門に劣らず感情の起伏がない。だが髪に櫛目を通し、いかにも物堅いお店の奉公人然とした身形(みなり)にもかかわらず、その目付きは今にも源左衛門に殴りかかりそうなほど猛々しかった。太い眉と鰓(えら)の張った顔立ちが、剛健な印象を更に強めていた。
     これがあの弁蔵なのか。「姉(あね)さんは枡源の人らにいびり殺されたんや」と悔しげに訴えた少年の姿が、お志乃の記憶の底で緩やかに甦った。
     まるで宿敵でも見るような弁蔵の眼差しを、源左衛門は平然と無視した。濡れた手を手拭いで拭きながら、そうか、と小さくうなずいた。
    「遠慮せんかてええで。ここはお前の実家も同然。ほん目と鼻の先、同じ市場の玉屋はんに奉公してるんや。時折は顔をのぞかせえな」
    「へえ、おおきにさんどす」
     弁蔵は自分を覚えているだろうか。いや、忘れるはずがない。七年前、この店に来たばかりのお志乃が頼ることが出来たのは、三歳年長の弁蔵だけだった。そしてごく短い共住みだったとはいえ、彼にとってもお志乃は、胸の裡(うち)を打ち明けられるたった一人の友だったはずだ。
     そうでなければお三輪と源左衛門にまつわる数々の逸話、そして枡源に対する怒り哀しみを、あれほど詳細に語りはしなかっただろう。
    「それにしても早いもんや。お三輪が亡(の)うなって、もう八年。暇があれば、たまにはうちにも顔をのぞかせてくれや。なにせお前はお三輪の実の弟なんやさかい」
    「へえ、ありがとさんどす。そやけど姉の位牌は、こちらにあらしまへんやろ。そないな仏壇しかない家にお邪魔するんは、なるべくご遠慮させていただきますわ」
     弁蔵はそう吐き捨てるように言うや、くるりと踵(きびす)を返した。
     少し肩を怒らせた歩き方は、あの頃とまったく変わっていない。そして源左衛門に対する頑なな態度も、子ども時分とそっくりそのままだ。いや、むしろ長い年月を経て、それは彼の中で一層激しい憎悪に変じているようにお志乃の目には映った。
    「やれやれ、あいつは本当に昔のままやなあ。あれで玉屋はんでうまくやってるんやろか」
     源左衛門の呟きに応じるかの如く、土蔵の屋根で鶯(うぐいす)がひどく巧みな囀(さえずり)声を上げた。 

        二

     西魚屋町・中魚屋町・貝屋町(かいやちょう)・帯屋町の四町から成る錦高倉青物市場は、今から百二十年ほど前、寛永年中に公許を得た立売市場である。
     京の青物市場にはこの他に不動堂・問屋町・中堂寺の三つがあるが、これらは仲買人のみを取引先とする問屋市場。それに対して錦魚市場に隣接する錦高倉市場は、店頭での小売りも行う開かれた市として、京の人々に親しまれていた。
     当代で四代を数える枡源は、時に中魚屋町の町役に任ぜられもする老舗。出入りの百姓は三十人を超え、奉公人の数も市場で一、二を争うほど多い。
     だがお志乃が知る限り、この店に来てから今まで、枡源の商いはすべてお清と幸之助、新三郎が切り盛りし、市場の寄合にも弟たちが交替で顔を出す有様。源左衛門が自室を出るのは、せいぜい帯屋町に構えた別宅に行くか、月に二、三度、昵懇(じっこんの)相国寺慈雲院(しょうこくじじうんいん)院主を訪ねる時ぐらいであった。
    「源左衛門は今日も、相国寺さんかいな。うちの宗旨は知恩院(ちおんいん)さん(浄土宗)やのに困ったこっちゃ」
     奉公人たちを差配し、毎日朝から晩まで店先に立つお清は、長男の態度に眉をひそめるものの、彼に直に小言をぶつけることはない。弟たちとて、それは同じであった。
    「島原で散財したり、賭け事に入れあげられることを思えば、顔料屋(絵具屋)への払いぐらい大したもんやない。わしやお前も、謡(うたい)の稽古にはそこそこ銭を使うてるしな。そやけどこうも商売を疎(おろそ)かにされてては、外聞が悪うてかなんなあ。明日こそは、いや明後日こそは店に出てくれると思うてるうちに、とうとうここまで来てしもうたがな」
    「それもこれも全て、お三輪はんが亡くなってから。それより先かて、確かに絵にうつつを抜かしてはりましたけど、たまには店を手伝うてくれはりましたもんなあ」
    「お三輪はんの死で、それがなにもかもわや(台無し)になってしもうた。こんなんやったら、無理やり嫁取りなんかさせんかったらよかったわい」
     一昨日、幸之助と新三郎は昼餉の膳をはさみながら、ぼそぼそとそんなことを話しあっていた。
    「最近兄(あに)さんは、慈雲院の大典(だいてん)さまとかいうお坊さまと昵懇やとか。店を捨て、坊主にでもならはるつもりやろか」
    「それやったらそれで、いっそすっきりするんやけどなあ。市場の寄合に行くたび、皆の衆から呆れた目を向けられるんはいっつもわしらやさかい」
     腹立たしげな幸之助に、新三郎が「勘ぐり過ぎかもしれまへんけど」と辺りを憚(はばか)るように声を低めた。
    「お三輪はんが亡くなって丸八年。兄さんはひょっとしたらほんまに、出家を考えてはるんかもしれまへんで。ああやって絵ばっかり描いてるんも、坊主になった後の身すぎ世すぎを思うてやないですやろか」
    「そしたら兄さんがいきなり、町役や親類を集めてくれと言い出さはったんは、そのためやろか。わしかお前に家督を譲って隠居しようと、思い立たはったとか――」
     そこまで言って、二人は申し合わせたように箸を置き、給仕をしていたお志乃を振り返った。
    「お志乃、お前なんか聞いてへんか」
    「そうや、お前、昨日も兄さんと一緒に、慈雲院さまへ伺(うかご)うたんやろ。そのときになにか、店の話は出んかったか」
     幸之助は三十七歳、新三郎は三十歳。父親似と言われる源左衛門やお志乃と異なり、どちらもお清に瓜二つの、猪首に丸顔。畳みかけるような口調といい、どっしりした肉づきといい、どこから見てもやりての商人然とした風貌であった。
     通常、商家の二男や三男は養子に行くか、暖簾分けをして別家を立てる。しかし肝心の源左衛門のせいで半端に店を背負わされている彼らは、いまだ嫁取りも出来ぬまま、枡源に飼い殺しの身の上であった。


    ※冒頭部分を抜粋。続きは以下書籍にてご覧ください。


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