澄み切った青空の下で見せる可憐なな枝ぶりや、宵闇に浮かぶ妖艶な立ち姿など、私たちが愛する桜は様々な表情を見せてくれます。気候や時間で外観が変化し、捉えどころのない桜はまさしくミステリアス。今回はそんな私たちが愛する桜が登場する傑作ミステリをご紹介します。
『桜闇 建築探偵桜井京介の事件簿』(講談社)
最初は篠田真由美著の『桜闇 建築探偵桜井京介の事件簿』です。建造物にまつわる事件や謎を解く建築探偵、桜井京介が活躍する人気シリーズの初めての短編集です。
表題作の『桜闇』は桜井京介が16歳の頃の物語。
艶やかな枝垂れ桜の下、ベランダで安楽椅子に座った老人が妻の淹れた紅茶を飲んだ直後に苦しみ始め、柵を超えて転落し死亡する。容疑者は老人の美しい妻。物証が乏しく難解な事件を桜井京介が解き明かし、彼にとっても忘れられない事件となります。
舞台のモデルとなったのは、東京都新宿区市谷の旧小笠原伯爵邸だそう。スパニッシュ様式の洋館に枝垂れ桜というのも風情がありますね。著者の建築に関する造詣の深さには脱帽です。
『「吉野の花」殺人事件』(徳間書店)
続いては吉村達也著の『「吉野の花」殺人事件』です。風変わりな推理作家・朝比奈耕作が探偵役となって事件を解決する<四季の殺人>シリーズの第1作目で、「吉野の花」「横濱の風」「鎌倉の琴」「舞鶴の雪」と続きます。
「雪・月・花の三要素が揃ったとき、吉野の山の蔵王堂に惨劇が起きる」という内容の不気味な殺人予告とともに、吉野の名士・井筒屋義信の美しき三姉妹が狙われます。以前の惨劇のせいで桜がトラウマになっていた朝比奈でしたが「逃げていてはいけない」と連続殺人に挑むこととなります。
ぶ厚いですがめくるめく展開にあっという間に読み終えてしまいますよ。残念ながら著者の吉村達也氏は昨年お亡くなりになりました。吉村氏のご冥福を祈るとともに、著作を読み継いでいきたいものです。
『葉桜の季節に君を想うということ』(文藝春秋)
最後は歌野晶午著の『葉桜の季節に君を想うということ』です。物語の最後で明かされる謎は圧巻です。読み終わる前と後で印象がガラリと変わるこの作品は2度読みを推奨します。
題名の意味にも納得させられました。あらすじを書くだけでもネタバレになってしまう可能性がありますので、詳細は控えます。
葉桜の季節はまだもう少し先ですが、是非ともお手に取ってみてください。爽快なまでに騙されます。
桜の美しさに酔いながらページをめくるのもまた楽し。桜が織りなす迷宮に迷い込んでみてはいかがでしょう。皆さんにとって忘れらない1冊が増えること間違いなしです。
photo by Thinkstock/Getty Images
(文/六島京)
六島京秋田県出身、京都在住。臨床検査技師免許を持ち、某法医学教室にて解剖補助の経歴を持つ。推理小説、京都、B'zをこよなく愛し、推理作家を目指して奮闘中。尊敬する推理作家は横溝正史、江戸川乱歩、有栖川有栖、綾辻行人。