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  • ぼくは恐怖が苦手である(2,126字)

    2016-07-25 06:003時間前
    暑い夏が来て、恐怖の季節になった。日本では、夏といえば怪談がつきものだ。ホラー映画を見に行く人も多いし、お化け屋敷も人気である。

    そんな中、ニコ動でもホラー特集をくり広げている。


    ニコ動のファンは若者が多いから、きっと若者もホラー好きが多いのだろう。

    ところで、タイトルにも書いた通り、ぼくは「恐怖」が苦手である。
    といっても、怖いのが嫌いなのではなく、怖がることができないのだ。怖いと思うことがほとんどないのである。

    僕は、必ずしも恐怖の感情が欠落しているわけではないが、そう思うことが人より少ない。特に、お化けの類いがからきし怖くない。生まれてから一度もお化けを怖いと思ったことがない。
    だから、お化けの話でみんなが盛り上がっているときに、全然ついていけなくて非常な疎外感を味わう。ぼくにとっては、皮肉にもその方が恐怖である。みんなと話が合わないことは、ぼくにとってはとても恐ろしいのだ。

    それゆえ、これまで48年間、いつも「怖い振り」をし続けてきた。お化け屋敷に行けば怖がる真似をし、ホラー映画では偽物の叫び声を上げた。
    しかしこのたび、そんな仮面生活が幸いしてか(禍いしてか)、メルマガでも「恐怖」について書くよう依頼された。そこで、「できれば自身のホラー体験や、あるいは怪談を書いてほしい」と言われたのだが、如何せん、ぼくにはお化けを見たこともなければ、それが怖いと思ったこともない。

    そのため、一旦はお断りしようと思ったのだが、そこで生来の意志の弱さが出てしまって、仕方なく引き受けることになった。

    そこで、最初は「恐怖を物語的に分析しよう」と企図した。「恐怖」というのは、物語にとってはいうなれば料理においての「塩」くらいだいじな味付けので、それについて論じようと思った。

    ところが、ニコ動のホラー特集のページを眺めていたところ、ドワンゴの「電ファミニコゲーマー」の記事に、すでにそういうものがあがっていた。


    記事としては、こっちの方がよっぽど詳しく、かつ面白い。なので、ぼくの中途半端な分析はもはや用なしと知って、結局それも書けなくなった。

    そこで、今回は開き直って、「ぼくは何が怖いのか?」ということを、正面から書いてみたいと思う。
    実は、この企画を引き受けたときに、スタッフの一人からこんな質問を受けた。
    「岩崎さんは、何が怖いですか?」
    そこで、真剣に考えた結果――いや、それは真剣に考えるまでもなく、答えはすぐに思いついた。

    ところが、そこには一つ問題があった。それは、その答えが「ちっとも面白くない」ということだ。その答えをすると、百人が百人、みんなつまらなそうな顔をする。ぼくはこれまで、そのリアクションを散々味わってきたので、今更それを言いたくない。

    しかしそのときは、相手を面白がらせることも面倒だったので、正直にその本当に怖いと思うものを言った。そうしたところ、そのスタッフはぼくを蔑むように目を細め「あぁ……」と言った。その台詞の「……」のところには、彼女の心の声でこういう台詞が入っているように感じた。

    「(いや、そういうことじゃなくてですね……)」

    それで、ぼくとしてはそういうリアクションが来ることは予め分かっていたので、彼女を強くにらんでこう言った。
    「きみは、これの本当の怖さが分かっていない」

    ぼくが答えたことの本当の怖さを分かっている人は、おそらく少数だろう。
    なぜなら、ほとんどの人は、それについての怖さをさまざまな手段で封じ込めているからだ。それは何重もの鍵をかけて、直接味わわないようにしている。

    ぼく自身も、これを味わわないようにしている。これを考えると恐怖にとらわれてしまうので、思考から遠ざけている。
    ただ、ぼく自身は「何重」にも鍵をかけていない。鍵はただ一個のみで、単に思考回路をシャットダウンしているだけだ。

    だから、その鍵を開けると(回路をつなげると)、すぐに恐怖がぱっくりと襲いかかってくる。希に誤ってその鍵を開けてしまうときがあり、そういうときは慌てて「あ、間違った。やばいやばい」と言いながら、その鍵を閉める。そうやって、なんとか48年間生きてきた。

    その意味で、ぼくはその恐怖から比較的近いところにいる。わずか鍵一個分しか隔てていない。
    それゆえ、他の人よりもそれに対する恐怖心が大きいのだ。だから、きっとお化けなどには恐怖を感じないのだろう。

    他の人は、その恐怖に何重もの鍵をかけている。お化けに恐怖を感じるのは、きっと、そのことの恐怖から逃れる一つの手段としても機能しているのだろう。だから、みんなぼくよりもお化けが怖いのだ。だから、そこのところで話が噛み合わないのである。

    そんなふうに、ぼくにとって「恐怖」というのは、また違う意味での恐怖だった。しかしこれをきっかけに、もう少し恐怖について突っ込んで考えてみようかと思った。それというのも、今度、自主制作映画を撮るのだが、それはホラー映画にするつもりだからだ。ホラー映画は、自分と遠いところにあるものだからこそ、逆に興味を抱いた。今は、恐怖について鋭意研究中なのである。

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  • 台獣物語27(2,328字)

    2016-07-23 06:00
    108pt

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    27

     その日の夜、夕食を終えたエミ子は、一人でお風呂に入っていた。
     宿泊棟にある女性用の共同浴場は、銭湯ほどの広さとまではいかないが、それでも一度に五人くらいは入れそうな大きさがあった。しかも驚いたことに、お湯は温泉なのだという。昔、この近くに旅館があって、そこで使っていたものを引いてきているらしい。
     その広いお風呂にエミ子が一人で浸かっていると、後から一人の女の子が入ってきた。彼女の名前は朽木碧。少し明るめに染めた長い髪の毛の、派手な顔立ちをした、胸の大きな女の子だ。

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    朽木碧


    「あら、こんばんは」
     と碧は、エミ子を見るとニッコリ微笑んで、それから洗い場で体を洗い始めた。
     その碧に、エミ子は浴槽から身を乗り出して声をかけた。
    「こんばんは! 確か……朽木さんですよね?」
    「『碧』でいいよ。私も中三だから、同い年のはず」
    「そうなんですね! 私は、大宮エミ子といいます」
    「知ってるよ
  • 人々は今「出版残酷物語」を求めている(1,714字)

    2016-07-22 06:00
    108pt

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    最近、出版界を舞台にしたコンテンツが目につく。
    ドラマになった『重版出来』もそうだし、ネットで連載されているそれをパロディにした『重版未定』というマンガも面白かった。



    それに最近、『小説王』という小説を読んだ。これは、大手出版社(小学館がモデル)の文芸の編集部、及びそこに勤める編集者と、彼の担当する小説家の物語だ。

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    なぜそういう作品が目につくかといえば、ぼく自身が、出版界に興味があるからだろう。
    ぼくは今、作家をしながら編集者を始めた。だから、出版界と関わりが深く、興味があるのは当然といえば当然だ。
    ただ、それとは関係なく、「出版界が急激に縮小している」ということに、強い興味がある。その激変に、自分とのかかわりを超えた関心を抱いているのだ。

    その意味で、『小説王』は興味深い内容だった。なぜなら、これは「出版界の縮小」がメインテーマ