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『6HP』の「一周回った新しさ」について(2,414字)
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『6HP』の「一周回った新しさ」について(2,414字)

2017-01-09 06:00
    村上隆さんのアニメ『シックスハートプリンセス』(以下『6HP』)を見た。今回は、ぼくなりの感想を書いてみたい。


    まず、ぼくは村上隆さんのファンなので、村上さんのすることならなんでも面白く見えてしまうところがある。そういうバイアスが前提としてかかっている。

    その上で、それをなるべく取り外して見たときに、『6HP』についてどう思うか?
    まず、既存のアニメ――特に『プリキュア』と『まどか☆マギカ』を強く連想させた。中でも、出てくる猫が『まどか☆マギカ』のキュゥべえそっくりに見えた。

    あまりにもそっくりなので、ぼくなどは「そのそっくりさに意味があるのだろう」と思ったが、しかしほとんどの人は、そのそっくりさの意味を汲まず、単に「パクってる」あるいは「強い影響を受けすぎている」と思い、作品の評価を低くしてしまうだろう。そこのところは損だと思った。

    先行作品に似せることで「似せる」ということの哲学的意味、あるいはコンテンツとして価値を問うというのは、普段芸術、もしくはコンテンツについて深く考えている人にとっては興味深い命題だ。しかしそうではない大多数の人にとっては、あまり興味のない問題だともいえる。今、一億総クリエイター時代といわれて久しいとはいえ、この問い立てはやはりまだハイブローで、なかなか面白がってもらえないのではないか。村上さんは、『6HP』が『まどか☆マギカ』その他の先行作品に似ていることがそこまで大きな意味を持つとはおそらく考えていなかったのだと思うのだが、しかしこれに引っかかってしまう人は思いの外多いと思う。

    それから、村上さんは事前に「未完成だ」ということをいっていたが、放送されたものを見ると未完成であるというのは分からなかった。確かにラフな絵も混ざってはいたが、これは「そういう表現です」と言い切ることも可能なクオリティだったので、十分完成しているといえる。

    だから、村上さんの事前の告知を見て、そこのところを突っ込みたいと思っていた向きには肩すかしを食らった格好となったのだったろう。放送後のTwitterを見ても、はなから村上さんが嫌いな人でさえ、どう突っ込めばいいのか苦心していた――つまり上手いツッコミはほとんどなかった。一つだけあったとすれば、「できていないのにできているじゃんか、嘘つき!」というものくらいだ。

    あと、ここからはぼくが気になった点だが、想像以上に「普通の構図」が多かった。あまりにも多すぎて、村上隆さんが作ったという印象はむしろ薄いものになっていた。
    いや逆に、だからこそ村上さんが作ったという印象が強くなったのかもしれない。今、映像業界では「いかに斬新な構図を発明するか」というのが一つのトレンドになっている。だから、一般の監督なら普通の構図で撮り続けることに不安を覚えるものなのだが、そうした強迫観念が画面からは伝わってこないのである。

    映像における「斬新な構図」というのは、クリエイションの知識がほとんどない視聴者でも「これは新しい」と理解できる上、物語の進行を阻害することもほとんどないので、たとえ失敗したとしても傷は浅くて済む。つまりローリスクハイリターンなので、今では猫も杓子も使っている。その代表的な存在の一人が庵野秀明監督だといえるだろう。彼の『シン・ゴジラ』は「斬新な構図」のオンパレードであった。

    村上さんは、そこのところを知ってか知らずか、斬新な構図が少なめのコンテを切ってきた。これは、ぼくから見たら逆に新しかった。特に食堂のシーンなどは、構図でいくらでも遊べそうかと思ったが、そうしたところはほとんど見受けられなかった。

    これは、『プリキュア』や『まどか☆マギカ』以外の先行する作品――つまり昭和のアニメに対する村上さんのオマージュなのかなと思わされた。それは『ど根性ガエル』を強く連想させた。あるいは『サザエさん』や『魔法使いサリー』を思わせるところもあった。そういう昭和のホームアニメを連想させるような構図だったのである。

    しかし『6HP』は、構図は古いがキャラ造形は新しかった。それは、『ど根性ガエル』や『魔法使いサリー』などの丸っこいキャラクター造形とは一線を画し、特に女の子の体型が最新型だった。スカートの隙間から見える太ももの陰影などはとてもリアルで、古い構図との間に興味深いコンフリクトを起こしていた。

    背景美術は、完成度がとても高く、ぼくは興味深く見た。特に街並みが魅力的で、もっと見たいと思わされた。日本の昭和の住宅街に東南アジアの山岳地方のスラム街がハイブリッドしたような、既視感と異国情緒が共存した非常に魅力的な造形なのだ。あるいは、「回らない風車」もこれからの活躍を期待させられた。

    物語的には、クライマックスに夕暮れの神社で敵と戦うという展開が伝統的でありながら、神社自体を敵にすることでそれをパロディ化した面白さもあり、興味深かった。シナリオはよくできており、続きを見たいと思わされた。

    ということで、ぼくは村上さんのファンであるが、それを取り除いたら「普通に面白い」というのが一番しっくりくる表現かもしれない。むしろ新規性を期待して見ると、若干の肩すかしを食うだろう。しかしその肩すかしを食うところが、逆に「一周回って新しい」ともいえる。村上隆さんが鳴り物入りで「普通のアニメ」を作った――という肩すかしの面白さだ。

    ただ、作り方はちっとも普通ではないので、そこのところの普通じゃなさは、もちろん画面から強く伝わってきた。アニメに限らず、作品の価値を真に決定づけるのはいつでも「作り方」なので、その意味では、一周回ってではあるが、ものすごく新しいアニメになっている。これは「最先端作品」などではなく、「超最先端作品」ということができよう。最先端の、その先を行っているのだ。

    そういう、既存のルールを壊す「ゲームチェンジャー」という意味での新規性が好きな人にとっては、見逃せない作品といえるだろう。
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