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記事 24件
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 6

    2013-09-04 00:00  

      (わたしの名は、ツオギェル) その声はそう言った。 中国語である。 巫炎(ふえん)の言葉のイントネーションから、中国語を母国語とする人間であると考えたのであろう。 ツオギェル!? あの、ツオギェルか。 巫炎は、その名を心の中で繰り返した。(あの狂仏(ニヨンパ)修行僧のツオギェルか) 巫炎もまた中国語で言った。(それを知るあなたは?)(おれの名は、巫炎。わかるか?)(わかります。まさか、巫炎、あなたが何故ここに?) 高音域でのふたりの会話は、保冷車の運転手である池畑辰男(いけはたたつお)の耳には届いていない。 声の主、ツオギェルが、保冷車にかなり近づいてきているのは、巫炎にはその声でわかった。(ツオギェル、今、久鬼麗一(くきれいいち)が、おれの息子が撃たれた)(承知しています)(細かい話は後だ。おれは、檻の中だ。ここから出してくれ、ツオギェル。保冷車と檻の鍵は、運転手が持っているはず
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 5

    2013-08-28 00:00  

       それは、そこにいた。  上から、木洩れ陽(こもれび)のように注ぐ、青い月光の中だ。  幸いにも、こちらが風下(かざしも)だ。  音も、匂いも、向こうへは伝わりにくい。  草の中にうずくまり、一本の橅(ブナ)の幹に身体の一部を預けている巨大な獣。  グリズリーよりも、ホッキョクグマよりも、肉の量感のあるもの。  幾つもの翼がある。  何本もの腕や、脚が生え、それには獣毛が生えている。  獣毛が無く、鱗のある部分もあった。  鉤爪(かぎづめ)。  羽毛。  そして、幾つもの頭部。  口。  嘴(くちばし)に似たものもある。  蛇のようにゆるくのたうつ、腕とも脚ともつかぬもの。  ぐるるるるる……  るるるるるる……  チ、  チチチ、  チチチチチ……  低く唸るような声。  囀(さえず)るような声。  そして、無数の口がたてる、荒い呼吸音。  普通、吸気の時は身体がふくらみ、呼気の
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (4)

    2013-08-21 00:00  
    「人は、愚かだ」  吐月はまた、少し笑ったようであった。 「例外はない」 「ありませんか」 「ないね。人は皆、誰も愚かだ。人を好きになる、人を愛するというのは、その愚かさごと愛するということなのだよ」  わずかに沈黙があった。  風が、頭上で、葉を揺らす音、足が落葉を踏む音ばかりが、しばらく響いた。 「わたしは、人が好きなのだ」  吐月は言った。 「その、愚かな人がね……」  先を歩いていた吐月が、足を止め、九十九を振り返った。 「その愚かさ故に、人はまた、何かを求めてしまう。求めずにはいられない。あの頃と同じだったよ、久鬼玄造は……」  吐月は、また、歩き出した。 「まだ、終ってない。まだ、激しい。陳岳陵のままだ。まだ、あの男は、求めている――」 「何をでしょう」 「さあ、何だろうね……」  吐月は、ゆるゆると歩いてゆく。 「わたしもまた、愚かだ。もちろん今もね。だから、こうして、今、歩
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (3)

    2013-08-14 00:00  
     吐月――  かつて、本気で覚者になろうとした男だ。  高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。 「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」  カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。  そこで見たのは、八番目、九番目、十番目のチャクラであった。  チャクラ――人体の背骨に沿って上から下まで並ぶ、力の発動部位である。  解剖学的には存在しない存在だ。  瑜伽(ヨーガ)においては、上から順に、次のように呼ばれている。  頭頂にあると言われている王冠(おうかん)のチャクラ、サハスラーラ。  眉間(みけん)のチャクラ、アジナー。  咽喉(のど)のチャクラ、ヴィシュッダ。  心臓のチャクラ、アナハタ。  臍(へそ)のチャクラ、マニプーラ。  脾臓(ひぞう)のチャクラ、スワディスターナ。
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (2)

    2013-08-07 00:00  
    17
     落葉を、踏んで歩く。 紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。 九十九(つくも)の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。 枯れ葉の匂いではない。 落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみずしい葉の匂いである。 枝と葉の間に、コルク質が生じて、葉が枝から落ちただけのことだ。ただ、その香りが、六月、七月の青葉の匂いではないというだけのことだ。 灯りは消している。 森に入って、すぐ、用意していたハンドライトを点燈したのだが、「消そう、九十九くん」 吐月(とげつ)がそう言ったのだ。「月明りがある」 満月でこそないが、それに近い月だ。「灯りを手にしていると、その灯りが照らすものだけを見てしまうからね。かえって、ものが見えなくなるものだ」 吐月の言葉には、説得力があった。 それは、自身が、こうい

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  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (1)

    2013-07-31 00:00  
    5

     一瞬、九十九三蔵は、出遅れていた。
     最初に、宇名月典善が疾(はし)り、それに、菊地良二が続いた。
     身を潜めていた所から、ライフルを持った男たちが、宇名月典善の後を追った。
    「九十九くん、きみは、ここにいなさい」
     久鬼玄造が、九十九の動きを制するように、そう言ったのだ。
     玄造は、八津島長安(やつしまちょうあん)の背を押し、
    「ゆくぞ」
     動いた。
     すぐそこに停められていた、空の保冷車の助手席に、玄造と、八津島長安は乗り込んだ。
     巫炎が乗っていない方の、空の保冷車だ。
     運転席には、はじめから山野丈二(やまのじょうじ)が座っている。
    「県道の方だ」
     玄造は言った。
     久鬼麗一が落下した方角――それは、県道の方角であった。
     県道から、この牧場まで、森の中を私道が通っている。
     その私道か、県道のどこかへ、玄造は保冷車を停めて、待つつもりなのだ。
     かっ、
     と、保冷車のヘッ

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  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 3 (2)

    2013-07-24 00:00  
     どれだけ時間が過ぎたであろうか。
     その時、銃声が聴こえた。
     たあん……
     という音。
     近くはない。
     しかし、それほど遠くというわけでもない。
     だが、銃声とわかる。
     間違いない。
     そしてまた、
     たあん、
     たあん、
     と、合わせて三発の銃声を、龍王院弘は聴いた。
     どこかで、何かあったのか。
     あの獣が、どこかで誰かを襲い、銃で撃たれたのか。
     こんなところで、しかも夜に銃を持って歩く人間などいるであろうか。
     これは、つまり、その銃の持ち主は、偶然に銃を所持していたのではないことになる。
     銃を必要とするものの存在を意識していたからこそ、銃を持ってきたのであろう。
     仮に、その人間が、あの獣に襲われて銃を発射したというのなら、一発ではしとめられなかったことになる。
     三発――
     その三発で、あの獣がしとめられたのか。
     まさか――
     銃で撃つといったって、あの獣のどこをね
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 3 (1)

    2013-07-17 00:00  
    19

     龍王院弘(りゅうおういんひろし)の身体は、まだ震えていた。
     しでの幹に背を預けていなければ、その場にへたり込んでしまいそうだった。
     膝が、がくがくとしている。
     全身が細かく震えている。
     全ての力を、あの一瞬で使いきってしまったようであった。
     筋肉に、強い負荷がかかった後、その部位が震えることはある。
     もちろん、それもあるだろう。
     だが、それだけではない。
     恐怖。
     それはある。
     疲労。
     もちろん、それもある。
     しかし、その中に、間違いなく混ざっているものがある。
     それは、うまく言えない。
     言葉にならない。
     あの、圧倒的な力に対しての畏怖(いふ)。
     おそらくは感動も混ざっている。
     そして、自身の肉体への驚嘆。
     こんなことが、できたのか。
     自分の肉体が、あのように動いたのか。
     あのように機能したのか。
     間違いなく、自分は、あの時死んで、喰われていた

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  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 2  (2)

    2013-07-10 00:00  
     あの時、自分の肉と心は、憎しみで満たされていた。
     憎悪。
     哀しみ。
     絶望。
     怒り。
     そういうものに身も心も支配された時、訓練したことの何もかもを、自分は忘れ果てていた。
     愛する妻――
     久鬼千恵子。
     そして、息子の麗(れい)。
     妻の胎内にいる、子供。
     それらの生命が、すでにこの世のものでないと思い込んでしまったのだ。
     久鬼玄造が、彼らを連れ出したのだ。
     日本へ――
     その久鬼玄造を、自分は追った。
     そして、彼らが死んだということを自分は知ったのだ。
     いや、思い込んでしまったのだ。
     そして、自分はキマイラ化し、台湾で殺戮(さつりく)を繰り返した。
     九十九三蔵(つくもさんぞう)と猩猩(しょうじょう)によって、自分は捕えられ、自らを滅した。
     しかし――
     久鬼玄造や、麗が、そして千恵子の胎内にあった子が大吼鳳(おおとりこう)として日本で生きていることを自分は知っ
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 2  (1)

    2013-07-03 00:00  
    64
    一章 獣王の贄(にえ)

     巫炎(ふえん)は、闇の中で腕を組み、胡坐(あぐら)をかいている。
     保冷車の中だ。
     いや、正確に言うのなら、保冷車の中に入れられた檻の中だ。
     ジーンズをはき、Tシャツを着て、その上に綿のシャツをひっかけている。
     闇の中だが、眼を開いている。
     開いたその眸が、青く光っている。
     しかし――
     保冷車とはよく考えたものだ。
     普通の車であれば、それがどのようなタイプのものであれ、逃げることはたやすい。窓のガラスを割って、そこから外へ出ればいいだけのことだ。
     たとえ、それが強化ガラスであろうが、フィルムを貼ったものであろうが、いったんキマイラ化してしまえば、割ることはできる。
     ドアだって、蹴破ることくらいはできるであろう。
     それは、久鬼玄造(くきげんぞう)も承知している。
     だからと言って、檻の中に巫炎を入れて、その檻をトラックの荷台に載せてゆくのでは

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