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タグ “描き方” を含む記事 7件

コマの距離〜付かず離れずの関係〜(これからの漫画の描き方の話をしよう)

コマの距離〜付かず離れずの関係〜(これからの漫画の描き方の話をしよう) 改めてあけおめです、大井昌和です!  流浪の漫画家として今年もいろんなところで漫画を描けるように精進してまいります! 新年明けて数日、元旦も一応事務所に顔を出し、2日からはみっちりお仕事してましたが、皆さんもそろそろお仕事や学校始まる頃だと思います。嫌な気分にもなるでしょう。つい昨日、ニコニコ動画の時報ちゃんで、そんなブルーなメッセージも入っていました。そんな時は漫画なりアニメなり、いろんなコンテンツを楽しんでください! 文明社会は娯楽があるというのが定義だと自分は考えております。それゆえ漫画などを描いてお仕事になるわけですが、ありがとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします! さて今回の記事は「これからの漫画の描き方の話をしよう」シリーズですが、自分が新人の頃、結構悩んだ問題、「コマの距離」です。 ・・・ところで。最近「ですます調」をやめたのは理由がありまして。やっぱり文章打ってる時の勢いとキータッチの量を減らすためには、ですます調じゃないなあ、という感じでやめました。ここの近況報告はですます調の方が打ちやすいんですけどね〜。 多分思考の違いが文体の違いになるのだと思いますが、ちゃんとしたことを書くときももう少し口語に近い文体にしたいので、いろいろ試していきたいとは思ってます。 ■ 自分が新人の頃、かなり頭を悩ました問題がある。 漫画を読んでる頃は全く気付かず、いや気付かれてははいけない。しかし漫画を描こうとすると大きな問題として現れるのが(自分の場合は)コマとコマの距離と枠線の太さだ。 こう言われてももしかしたら全くピンとこないかもしれない。それくらいさりげないが、初めて描くときには回答が全く見えない問題だった。 例えばアイシールド21を読んでいると途中から作家は数センチの間を開けるようになり、高橋留美子と福本伸行ではコマの間の距離は違う。 なぜ違うのか!? これが漫画を描き始めた頃全くわからなかったのだ。 なるほど、作家の絵柄の個性によって見やすい距離があるのだろう。 だが、その根拠は何なのか? 「見やすい」という論理的根拠を編集すら提示することはできなかった問題がこの「コマの距離」だ。 そうしていくうちに自分は師匠のところにアシスタントに行くことになり、その兄弟子のところに行くようになった。 すると弟子筋はこのコマの距離をなんとなく引き継いでいた。 なるほど、両者絵柄は違うもののスクリーントーンをよく使う。そこらあたりに推測をつけて納得をしようとしたが、しかし自分は自分の漫画でトーンを多く使う予定がなかった。 そうこうしていくうちに連載が決まったのだが、そのときですらまだ、コマの距離の正解を見つけていなかったのだ。 仕方なく連載の中でミリ単位で上下を繰り返し試し続けていく。 たてのコマの距離は6〜8.5ミリ、横のコマの距離は3〜4ミリくらいを0.5単位で試行錯誤をしていたと思う。 枠線の太さも5〜8ミリ(これはミリぺんの規格上1ミリづつしか動かせなかったが)。 そんな中、アイシールド21の連載の途中で、コマの距離がドカンと開くのを見る。 なるほど、自分以外の作家もこの距離の正解が分からないから試すのだ、とひどく安堵した。 おそらく自分のコマの距離が安定したのはデビューして7〜8年ほど時間がたったときだ。 そのときに自分が出した結論がこれ。  

コマの距離〜付かず離れずの関係〜(これからの漫画の描き方の話をしよう)

新書刊行計画、キャラクターが世界を回す

新書刊行計画、キャラクターが世界を回す   キャラクターとは何か。 自分はこのキャラクターというものがなかなかわからず、今でもだが手探りで進んでもがいている。 しかし一筋の光明をもらったのが、ある先生の言葉だ。 その先生に藁をもつかむ思いで「キャラクターとは何か?」と訪ねた時、その先生はうなずいたのち間髪こう答えた。 「佇まい」だと。 自分がデビューの時はキャラクターを作る際に、誕生日や好きなものなど細かく書き出すようなアドヴァイスも受けた。今でいうとデータベースのようなものだろう。 萌えを中心に押し出す漫画では「アニメ」「ゲーム」というものをデータベースにキャラクターを召喚するという手法もあるだろう。これはむしろ読者との共犯意識などを呼び起こすのだろう。 自分が一度少年誌で仕事をしようとした時は(残念ながらぽしゃったが)「少年漫画らしい主人公」を望まれた。これもある種データ主義だ。 自分はこんな文章を書くくらいだから当然、理論や実証性、データを重視して書くタイプだと自分では思っている。 しかしこれまでの経験上、キャラクターは、少なくともキャラクターだけはデータ主義のように作るのは不可能だということだ。 こんなキャラクターが受けているからこんなキャラクターを作ればそこそこの成績を狙える、というのは一見正しい。 だがしかし、そんなキャラクターで作られた作品はおそらくいい成績を残すことはない。 「目は口ほどに物を言う」、というが、「手は口より正直」なのだ。 自分が産んでいないキャラクターは魅力的に描けない。いやむしろ自分が産んでいないと魅力を知らないと言っていい。 魅力を知らなければ、魅力的に描けないのは自明だ。 ここでいう魅力とは何かといえば冒頭である先生からいただいた「佇まい」という言葉だ。  

レイアウトとは何か<これからの漫画の描き方の話をしよう>

レイアウトとは何か<これからの漫画の描き方の話をしよう> 年末が差し迫り、年末進行を片付け、今年の作業もあともう少し。そんな大井昌和ですがみなさんこの師走をいかがお過ごしでしょうか! 我が事務所にはコミケの見本も届き、荷物も大古pに送ってもらい、あとは原稿を片付けるのみです!・・・いや違う!今月は単行本6冊連続刊行の締めくくり、「起動帝国オービタリア」4巻の発売が12月26日にあります!書店さんのメッセージペーパーもかなり頑張って描きましたので、とらのあなさん・書泉さん・zinさん・まんが王さん、にて配布していただけると思うのでどうぞよろしく! さて今回はいずれ書く書くと言っていた「レイアウトの話」です。 どうぞよろしく〜〜。 レイアウトとは何か。 これは背景を描く、背景描写を密にするという意味ではない。 かつて庵野秀明が宮崎駿の天才性を端的に記した言葉がある。 「宮さんはレイアウトの天才だから」 これは宮崎駿という天才を評した言葉であると同時に、宮崎のアニメを通してレイアウトというものを語っている言葉だ。 レイアウトとはもともと映画において、監督や演出の意図する構図を作るためにカメラの配置をするようなものであった。しかしアニメーションでこれを取り入れたのは高畑勲がアルプスの少女で宮崎にやらせたのが初めだという。 押井守もこのレイアウトというものを現場に入れるのに苦労したという。 今年の中頃ネット界でも漫画におけるレイアウトの話が一時期盛り上がった。これは確か大学の漫画研究会の子が先輩漫画家にレイアウトとは何か?と問うた話だった。その時はある作家が前述した背景の場面描写の機能を説明したことで終わったのが不満が残った。 ここでいうレイアウトとは小道具の配置や背景の緻密度ではない。 庵野の言葉でいうレイアウトがそのようなものであった場合、宮崎は背景画の天才というただの職人技術を評したことになってしまうからだ。 未熟ながら僕の漫画をここで資料に使う。僕のブロマガをとってくれている人にはご存知いただけていると思うが「おくさん」という作品の一部だ。 

【ぶろまが】これからの漫画の描き方の話をしよう3

【ぶろまが】これからの漫画の描き方の話をしよう3 こんにちは、大井昌和@新事務所です。 スタッフさんの机を買いそろえたところで引っ越し資金が尽きて、ぼくだけは古い机でしばらくは頑張る所存です! さて夕方になるとめっきり寒くなってまいりましたが・・・まあ季節の挨拶は置いておいて。今現在、僕の後ろでは大古pがプリンタと格闘中。プリントアウトされるはずの完成原稿を待ちながらこの文章を書いています。 今回はこれからの漫画の描き方の話をしようシリーズその3です。 漫画を読んでいておもしろいかどうかを決める要素の一つの話をしたいと思います。 漫画を読んでいてなぜおもしろいかと思うか、といえば。作者の言いたいことが伝わるかどうかです。 漫画を描くのは労力を要します。それなのにせっかくがんばって描いた原稿を自分で読んでもよくわからない・・・。そんなことはありませんか?(キャッチセールスみたいだな) そんなときにはまずこれ。 同じような絵を同じ見開きに描いていませんか? ・・・もし万が一この文章をプロの方が読んでる時のために予防線を引いておきますが、これは自分が新人の頃のだめだったところを思い出して書いているので、そんな当たり前なことを言うなと思われるかもしれません。 だがしかし。 この当たり前を出来ないのが我々凡人新人・・・! たとえば。  

映画の手法は漫画には使えない10の理由と後、昨日の放送でいただいた質問、「キャラのライン(デフォルメ)について」

 こんにちは、大井昌和です。  あっという間に4月であります。一年の4分の1が既に終了したという悲しい現実。そんななか大井は新連載をはじめたり、ブロマガを頑張ろうとしておりますので、新年度もよろしくお願いいたします!  この記事も毎回漫画に関連した技術論や批評などを語ってきたのですが、一応記事の内容が時勢に合うように考えて書いております。  が、今日の記事は特に時勢とは関連がないように見えます。ですが、実は漫画について語るにおいて大前提の部分の一つになります。  それは、漫画は映画とは違う、という字面では自明に見えることが世間ではそう思われていないという残念な事実があります。  今日はそれについて、わかりやすく箇条書きであげておきます。  あと、昨日の放送でいただいた質問「キャラのライン(デフォルメ)について」書いておきます 映画の手法は漫画には使えない10の理由 1・映画は秒間24フレーム(最近は30も)の絵を鑑賞するものだが、漫画は一コマを数秒間鑑賞する絵である。つまり、漫画の一コマを眺める間に、映画は100近い絵を眺めるのであって、絵に対する概念が全く違うので、絵に持たせる意味性が全く違う。 2・連載漫画のストーリーは終わらない。映画のストーリーは2時間で終わる。ゆえに、ストーリーの使い方が全く違う。  

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大井昌和とスタジオひまわり

大井昌和:現在原作含め連載7本の漫画家。代表作おくさん、ちいちゃんのおしながき。 スタジオひまわり:大井昌和創設の漫画製作事務所。

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