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“講話を聴いて”
本当に題名にあったように、“たいせつなものほど、目の前にある”でした。
聞いていて自分だと私は思いました。
健康で、いま、生かされている自分が、本当に大切だと感じられました。
いま、ある自分が当たり前のように感じていて、疲れている身体にも耳を傾けず、毎日毎日振り回していました。
自分の身体にたくさん負担をかけ、自分で自分を痛めつけていました。
健康で産まれたから、自分は病気にならない。
外で障害を持っている人を見かけると、自分じゃなくて良かった。
こんなことを思っていました。
いま、考えると自分は他人事のように思い、病気の人やその周りの人の気持ちを、考えようともしてませんでした。
かわいそうと思っても表面で、深く考えたことは一度もありませんでした。
自分の子が産まれた時も、一番最初に気になったのが、障害を持っているか持ってないか
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