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友人が殺された。
Hagexさんは友人だった。
友人になったきっかけは、以前、彼が彼のブログでぼくを擁護してくれたことだ。
この記事の中に、こんな記述がある。
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はてなダイアリーでハックル先生が暴れていたころから「このひと、演技じゃないかな〜」と疑っていたが、彼の有料メルマガを読んでいてそれは確信に変わった。
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これはその通りなので、この人はなかなか見る目があるなあと感心したのだった。
これをきっかけに、ぼくは自分のブログやTwitterでもHagexさんに言及するようになった。Hagexさんが本を出すというのでそれも買った。
そして以前、こんなブコメをした。
ぼくは、Hagexさんにリアルで会ってみたいと思っていたのだ。どんな人なのか関心があった。
そうしたら、逆にHagexさんから連絡が来た。そして、ぜひ飲みに行きましょうということになった。そこで、ぼくの事務所近くの居酒屋まで来てもらい、飲んだのだ。
そうしたら、Hagexさんはとても紳士だった。物腰も柔らかく、何より話しが面白かった。
そして、ぼくのことをおだててくれた。ぼくはおだてられると調子に乗るので、その日はべらべら喋りまくった。同行したぼくの会社のS女史も、Hagexさん面白かったし、いい人だったし、何より岩崎さん楽しそうでしたね、と言ってくれた。ぼくは緊張するとチックが出て目をパチパチするのだけれど、この日はほとんど目をパチパチしなかった。
そして、ぼくのことをおだててくれた。ぼくはおだてられると調子に乗るので、その日はべらべら喋りまくった。同行したぼくの会社のS女史も、Hagexさん面白かったし、いい人だったし、何より岩崎さん楽しそうでしたね、と言ってくれた。ぼくは緊張するとチックが出て目をパチパチするのだけれど、この日はほとんど目をパチパチしなかった。
Hagexさんは、ぼくのメルマガを、彼が購読した無数のメルマガの中でほとんど唯一今でも定期購読していると言ってくれた。そしてぼくのメルマガがなかなか人気が出ないことも分かると言ってくれた。ぼくのメルマガは他人には教えたくないのだという。自分で独占してこっそり使いたいのだそうだ。「普通に使える」というのがHagexさんのぼくのメルマガ評だった。
もちろんぼくは、そこでぼくの話しだけをしていたのではない。Hagexさんの話しもいろいろ聞いた。
Hagexさんはインターネットを根城にしているが出版界も長い人だった。そもそもが編集者でありライターでもあった。会社員でもあった。
しかしその会社は辞めるということを話されていた。そしていろいろ新しいことを始めたいということも。
なぜ新しいことを始めたいと思ったのかは聞かなかったが、その理由はぼくにもなんとなく察しがついた。ぼくは今、勉強会を頻繁に行うようにしているが、それはとても楽しいのである。Hagexさんとの飲み会もある種の勉強会のようで、だからとても楽しかった。
Hagexさんも、そんなふうに勉強会が楽しくなったのだと思う。Hagexさんは基本的に楽しみを探しながら生きていたと思う。楽しいことをとことん追求しようというのがHagexさんの生き方だった。
Hagexさんも、そんなふうに勉強会が楽しくなったのだと思う。Hagexさんは基本的に楽しみを探しながら生きていたと思う。楽しいことをとことん追求しようというのがHagexさんの生き方だった。
Hagexさんには、その飲み会でぼくが知らないネットのこともいろいろ教えてもらった。Hagexさんは、ぼくとネット上での好みがとても似ていて、そこの部分で話しが合った。だから、いろいろネット批評で「へえ」とか「そうそう」とか「なるほど!」と盛り上がったのである。ぼくは本当に楽しませてもらった。
ところで、Hagexさんの死に際してこんなブログ記事があった。
この記事に、こんな記述がある。
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目が合っていたHagex氏に、最後に聞いてみたかったのに、タイミングを逸して聞けなかったことがあった。それは、『Hagexさんにとっての「正義」って、何ですか?』ということ。冒頭に聞いた「正義」に、ずっとひっかかりを覚えていた。正義には、別の正義が立ちはだかるものだ。時に、自分と敵対する人や組織と対峙するのに、時間や金、神経を使い、本名や顔出しで闘わなければならなくなる。その時はもう、ネットウォッチャーとしての傍観者ではなく、自身が当事者にならざるを得ないのだ。
(中略)
犯人にとっての正義とぶつかった、あなたにとっての正義とは、一体、何だったんですか? 『問い続ける』という、とてつもなく大きな課題を受け取ってしまった。もうすぐ、月曜日の夜が明ける。
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これの答えは、比較的簡単である。なぜなら、ぼくとHagexさんの嫌いな人が一緒なのは、一緒の正義感を持っているからだ。
この正義には、別の正義が立ち上がるということもあるかもしれない。しかし、それは正義ではないと、ぼくは考えるし、Hagexさんもそう考えたはずだと思う。
この正義には、別の正義が立ち上がるということもあるかもしれない。しかし、それは正義ではないと、ぼくは考えるし、Hagexさんもそう考えたはずだと思う。
では、その正義とは何か?
それは、「ダブルスタンダードは良くない」というものである。
ダブルスタンダードというのは、自分が都合の悪いときになると今まで言っていたことと違うことを言い出す人のことだ。Hagexさんは、一貫してそういう人にツッコんでいたと思う。そしてぼくも、そういう人が嫌いだ。
ダブルスタンダードというのは、自分に都合が悪くなると意見を変えるので、その意味でとても利己的である。また、首尾一貫できていないというのは、心の弱さを感じさせる。それも嫌いなのだ。
「心の弱い人が嫌い」というと抵抗がある人もいると思うが、「武士は食わねど高楊枝」で、その部分の心の強さは誰もが持っていて然るべきとぼくは思っているし、Hagexさんもそう思っていたと思う。なぜならそれを正義としないと、そもそも社会が成立しないからだ。その意味で、首尾一貫性は本当にだいじだ。間違ったらごまかすのではなく、謝ることがだいじなのである。それが正義だ。
「心の弱い人が嫌い」というと抵抗がある人もいると思うが、「武士は食わねど高楊枝」で、その部分の心の強さは誰もが持っていて然るべきとぼくは思っているし、Hagexさんもそう思っていたと思う。なぜならそれを正義としないと、そもそも社会が成立しないからだ。その意味で、首尾一貫性は本当にだいじだ。間違ったらごまかすのではなく、謝ることがだいじなのである。それが正義だ。
だから、Hagexさんは謝ったり心から訂正したりする人にはツッコまなかった。ごまかす人だけツッコんだ。そしてHagexさん自身、ごまかすことをしなかった。彼の言葉、発言は首尾一貫していた。
Hagexさんとは、その夜、とても美味しいお酒を飲んだ。
ぼくは帰りしな、この飲み会をネタにしてもいいですよ、とHagexさんに言った。
しかしHagexさんは、それはまあしないでおきましょうというような感じだった。その代わり、また飲みたいと仰っていただいた。翌日、丁寧にお礼のメールもいただいた。そしてぼくも、本当に心からまた飲みたいと返事をした。Hagexさんがそのお店のビールを気に入られたので、そこでまた飲みましょうと言ったのだった。
Hagexさんは、死ぬべき人ではなかった。死ぬような人でもなかった。ぼくはこれからもっといろいろ、Hagexさんから刺激を受けたいと思っていた。受けるだろうという予感もあった。
しかし、Hagexさんは亡くなってしまった。Hagexさんの冥福を、心からお祈りしたい。そしてHagexさんのことと、この事件のことを、ぼくはもっともっと考えていよう。「リメンバー・ミー」ではないが、一度しかお会いしたことはないけれど、ぼくは死ぬまでHagexさんのことを覚えているだろう。
追記
今夜のニコ生でもHagexさんについて話します。
岩崎夏海のハックルテレビ#205「殺されたHagexさんについて」
追記
今夜のニコ生でもHagexさんについて話します。
岩崎夏海のハックルテレビ#205「殺されたHagexさんについて」
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