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タグ “米国の深層” を含む記事 10件

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.10 「海兵隊削減」(琉球新報提供)

海兵隊削減 10月21日。米ワシントンでの講演で、海兵隊の配置計画を担当する少将マッケンジーが危機感を吐露した。国防長官ヘーゲルが海兵隊を現在の約19万5千人から最小15万人まで減らす可能性に言及したことについてだ。「15万人なら危険なほど小さな力になる」 ヘーゲル発言に先立つ6月、海兵隊は自ら18万人4千人にまで削減すると説明していた。だがこの日マッケンジーは「15万人」には反対する一方、国防総省の事務方が検討している17万4千人案を受け入れる考えを示した。 国防費削減に伴う米軍の兵員削減計画に基づく海兵隊への圧力がさらに強まり、踏み込まざるを得なかった形だ。 米政府関係者は海兵隊は15万9千人にまで減らす選択肢もあるとしている。最終方針は決まっていないが、大幅な削減案が実施されれば、在沖海兵隊の再編にも大きく影響する可能性がある。 普天間飛行場の県外・国外移設を求める多くの県民にとって、海外基地の検証を含む海兵隊の削減・再編の流れは大きな好機だ。だが日本国内では政府が沖縄に「辺野古が嫌なら固定化」と二者択一で移設容認を迫り、米国内でくすぶる移設計画の「プランB」(代替案)の可能性をかき消している。  10月、日米のシンクタンクなどが 

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.10 「海兵隊削減」(琉球新報提供)

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.8 「共同体構想の背景」(琉球新報提供)

共同体構想の背景 米側が敏感に反応し、「米国外し」と強い不信を抱いた首相鳩山由紀夫の「東アジア共同体」構想とは、どんな考えだったのか。 首相就任から13年前の1996年。旧民主党を設立した鳩山は同年11月、月刊誌「文芸春秋」に「民主党 私の政権構想」との題で寄稿する。 当時、沖縄県が打ち出していた、2015年までに全ての米軍基地を返還させる基地返還アクションプログラムと、跡地利用を中心に沖縄を東アジアの交易・交通拠点にする国際都市形成構想に触れた上で、こう述べた。 「沖縄の米軍基地が返ってくることを可能にするようなアジアの紛争防止・信頼醸成の多国間安保対話システムをどう作り上げていくか」 「活力にあふれ、ますます緊密に結び付きつつあるアジア・太平洋全体を、日本が生きていく基本的な生活空間と捉えて、国連、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、東アジア、東南アジア諸国連合(ASEAN)および北東アジアすなわち環日本海という重層的な多国間地域外交をこれまで以上に重視」 後の東アジア共同体につながる考えには沖縄が大きく関係していた。「常時駐留なき安保」の持論も背景に、2009年8月の衆院選で鳩山の口から普天間飛行場の「最低でも県外」発言が飛び出す。 だが鳩山の「東アジア」構想は 

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.8 「共同体構想の背景」(琉球新報提供)

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.5 「基準」(琉球新報提供)

基準 会場の名護市民会館のガラス越しに、詰め寄った市民らの怒声が届く。窓の向こうには「怒」の文字が書かれた数多くのプラカードがかざされていた。 2010年5月4日。米軍普天間飛行場の県内移設への方針回帰を伝えるため、就任後初来県した首相鳩山由紀夫は、騒然とする中、名護市長の稲嶺進と向かい合った。 鳩山は直立したままだ。 「県外移設をさまざま模索したが、やはり(ヘリコプター部隊と)陸上部隊の共同行動がどうしても必要との議論が先方(米国)からなされている。あまり遠い所に移設地を求められない」 念頭には、米側から約2週間前に示された普天間を県外移設する場合の距離の「基準」があった。 09年8月の衆院選で代表の鳩山率いる民主党は308議席を獲得する圧勝で政権交代を果たす。沖縄での党公認候補の応援演説で鳩山は普天間移設をめぐり「県民の気持ちが一つならば最低でも県外」と発言、公約として受け止められた。 新政権発足後、県外を含めた新たな移設先を検討するが、沖縄から離れた本土には飛行場と演習場を一体的に移す必要があるとの認識に縛られ、作業は難航した。 鳩山は自ら決着時期と定めた「10年5月末」が迫る中、本土と比べて沖縄の演習場から近い、鹿児島県徳之島への移設案にいちるの望みを託す。 「徳之島を全力で追及したい」。同年4月2日。関係閣僚会議でこう明言し、政府は徳之島を軸に対米交渉と地元調整を進める方針を固めた。だがその半月後、在日米大使館で行われた米側からの説明で希望は打ち砕かれた。 米側の説明について書かれた政府の内部文書には、演習場のある沖縄からヘリコプター部隊を移転する場合の条件として 

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.5 「基準」(琉球新報提供)

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.4 「『死んだ』移設案」(琉球新報提供)

「死んだ」移設案米軍普天間飛行場の返還・移設問題に当初から関わってきた元国務副長官アーミテージが、2010年1月に名護市辺野古移設に関して「米国は『プランB』(代替案)を持つべきだ」と発言した翌月。北海道大大学院教授の山口二郎は札幌市内のイタリアンレストランで駐日大使ジョン・ルース(当時)と会談していた。ルースが北海道を訪れる機会に、在札幌米総領事館が民主党に近かった山口を夕食に誘った。 自然と普天間問題が話題になった。鳩山政権の県外移設探しが行き詰ったところで、「米国の本音はどうなのだ」と、山口は尋ねた。ルースは答えた。「『どの党の政権であれ、日本政府として外国の政府と結んだ合意は着実に実行しなければならない』と、鳩山政権ができたときに、言おうと思えば言えた」 山口の耳に「Could have said(言えた)」の句が残った。日本も民主主義の国であり、新政権の言うことを米国は聞く必要がある、との認識をルースは示した。その上で「ボールは依然として日本側にある」とも強調した。〈米側は、結果は別としても、提案があれば聞く用意があるのははっきりしている。こうしたいと日本政府側から米側に伝えていないのではないかと懸念していたが、案の定そうだった〉 山口はそう思った。だが、その後も民主党政権から米政府に県外移設を正式に提案することはなかった。 鳩山政権が・・・・ 

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.4 「『死んだ』移設案」(琉球新報提供)

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.3「プランB」 (琉球新報提供)

プランB 民主党政権が米軍普天間飛行場の県外移設を模索していた2010年1月15日、米ワシントン市のウィラード・インターコンチネンタル・ホテル。公開討論の壇上、元国防長官のウィリアム・ペリーらと並んで座った知日派の重鎮、元国務副長官リチャード・アーミテージが、両肘をテーブルにつきながら普天間移設について口を開いた。独特のしゃがれ声が響く。 「われわれは少し深呼吸すべきだ。日本がどんな決断を下しても同盟関係は続く」。普天間移設で日本側のあらゆる決定を尊重しなければならないということを示唆していた。参加者の中に米太平洋軍司令官キーティング(当時)、元国防副長官ウォルフォウィッツらの姿も見える。「長く待っても辺野古に関してポジティブ(肯定的)な結果が出るとは思えない。時間がたつほど状況は厳しくなる。米国は『プランB』(代替案)を持つべきだ」。アーミテージは代替案でも米軍の軍事的要求に応えることは可能だと強調した。 ホテルでは日米両政府の外交、安全保障担当者、軍関係者、専門家ら270人以上が集まり、日米安全保障セミナーが開かれていた。ホワイトハウス近くの同ホテルは 

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.3「プランB」 (琉球新報提供)
友紀夫・享・大二郎・孟が構想する      「東アジア共同体」

一般財団法人東アジア共同体研究所(http://www.eaci.or.jp)の公式ニコニコチャンネルです。 当チャンネルにおきましては、東アジア共同体への夢を将来につなぎ、少しでも世界と日本の在り様をあるべき姿に近づけるための行動の一つとして、様々な方と対談を行い、そして当チャンネル会員限定の生放送を配信させていただきます。

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一般財団法人東アジア共同体研究所

友愛の理念に基づく世界平和の実現を究極の目的とする。その目的を達成する手段として、東アジア共同体を構想し、その促進のために必要な外交、安全保障、経済、文化、学術、環境などをあらゆる分野における諸国・諸地域間の協働の方策の研究と環境条件の整備を行う。

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