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  • 河東哲夫氏:プーチンの暴走を止めるために何ができるかを考えた

    2022-03-30 22:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年3月30日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1094回)
    プーチンの暴走を止めるために何ができるかを考えた
    ゲスト:河東哲夫氏(元外交官、元駐ウズベキスタン大使)
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     ロシアによるウクライナへの武力侵攻が続いている。
     武力によって他国の主権を侵し、多くの一般市民にまで多大な犠牲を強いる蛮行に、正当化の余地は一切ない。あらゆる国際法、人道法の違反であり、ロシア軍はただちにウクライナから撤退すべきであることは言うまでもない。
     しかし、一旦武力衝突が始まってしまった以上、一刻も早い停戦を実現し、和平への道を探らなければ、一般市民への被害は増え続ける一方だ。戦争を終わらせるために今、何が必要なのかを考え、それぞれの国がその実現のためにできることをやるしかない。
     今回のロシアによる武力侵攻は多くの専門家が予想し得なかった。なぜならば、武力行使によってロシアが得られるものは何もないと誰もが考えたからだ。元外交官にして独自の視点からロシア情勢をウォッチし続けている河東哲夫氏は、今回プーチンには致命的な誤算がいくつもあったと指摘する。まずプーチンは、そもそもウクライナ軍にこれだけの反撃能力や戦闘能力があるとは考えていなかった。クリミアの併合を容易に実現したことで、今回もそれほど難儀せずにウクライナを屈服させることができるとプーチンが見ていても不思議はなかった。その結果、仮にアメリカを始めとする西側諸国が経済制裁を科してきたとしても、短期決戦の軍事的勝利から得るものの方が、制裁などによって失うものよりも大きいと考えていたというのだ。
     しかし、2014年のクリミア併合の際は弱くてまったくロシア軍の相手にもならなかったウクライナ軍が劇的に増強され、兵士の士気や規律もまったく別の軍隊のように強化されていた。ロシアは全陸上部隊の約半分にあたる20万もの兵員をウクライナ侵攻に注ぎ込みながら、予想外の苦戦を強いられ、方々で立ち往生しているというのが実情のようだ。しかも、ウクライナ軍を甘くみて複数のルートから同時に侵攻を開始したことで、兵力が分散し、兵站が伸びてしまったことも災いしたとの指摘がある。
     またプーチンにとってもう一つの大きな誤算は、NATOの加盟国ではないウクライナへの侵攻の結果、国際社会がここまで連帯して大規模な制裁を科してくるとは予想していなかったことだと河東氏は言う。2008年のジョージアへの軍事侵攻や2014年のクリミア併合とウクライナ東部2州への軍事侵攻の際も、西側諸国はここまで厳しい制裁は科してこなかった。プーチンは制裁の規模や軍事侵攻に対する国際社会の嫌悪感の強さを、明らかに過小評価していた。要するに、数々の誤算が重なった結果、プーチンとしても引くに引けない状況に陥っているというのが実情のようなのだ。
    河東氏は和平への道のりは容易ではないことを指摘した上で、あり得るシナリオとしてゼレンスキー大統領が語った「国民投票による決着」は可能性としては無くはないと語る。東部2州の独立やクリミアの併合の是非を、直接国民に問うというのだ。しかし、侵攻によってこれだけの被害を被ったウクライナ国民が、国民投票でロシアの2条件の受け入れを容認することも考えにくい。結局、戦争が長期化・泥沼化し、制裁によってロシアが徐々に弱体化していく中で、どこかのタイミングでウクライナの占領を維持できなくなるか、もしくはプーチンがロシア国民やロシアの財閥や権力者たちから見切りをつけられ失脚するまで、ゲリラ戦が続くという最悪のシナリオも考えられる。そしてその間、ウクライナの市民の被害は増え続け、国土は焦土と化すことになる。
     1990年に米ブッシュ政権内でロシア(1991年まではソ連)を包摂すべきか敵対すべきかをめぐる意見対立があったものの、最終的にはアメリカはロシアをあくまで脅威と見做し、これと敵対しながら弱体化させていくという、冷戦時代の囲い込み政策の継続を選択した。そして、実際にロシアは弱体化の一途を辿り、遂に壁際まで追い詰められた結果、ついに今回のような暴挙に出てしまったと見ることができる。無論、だからといって今回のロシアの軍事行動が正当化できるわけがない。しかし、ロシアの立場や今回の蛮行の背景を理解した上で、解決策を模索しない限り、和平の実現は困難だろう。
     今回はプーチンが無理筋の武力行使に踏み切った背景やプーチンが大いなる誤算に陥った理由などを河東氏に聞いた上で、戦争を終わらせるためにどのようなシナリオがあり得るのかなどを、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・ウクライナ侵攻におけるプーチンの誤算
    ・戦争に至った西側とウクライナの事情とは
    ・日本が他国の侵攻を受けないために、何をすべきか
    ・「国のために命をかける」ことを称賛する愚かしさ
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    ■ウクライナ侵攻におけるプーチンの誤算
    神保: 今回はウクライナ情勢について、歴史的な経緯も踏まえて一度整理しようと考えています。情報は巷に溢れていますが、相変わらず一辺倒な感じで、大丈夫かなというところもありまして。宮台さん、冒頭に何かあれば。
    宮台: テレビというのは基本的にスポンサーがいて、視聴率を稼ぐというものです。そして、BBCのような専門的なリサーチャーを間に挟んでいるわけではないので、頭の悪い人が作っていると断定していい。妥当なコメントができるはずのない人が呼ばれ、それが多くの人にとって最も重要な情報のソースになってしまいがちなことに問題がありますが、しかしいまはインターネットの世界ですから、自分の価値観を横に置いて、インターネットを通じてさまざまな視座の議論を目にしてほしいと思います。
     

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  • 上昌広氏:こんなやり方では次のパンデミックは乗り切れない

    2022-03-23 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年3月23日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1093回)
    こんなやり方では次のパンデミックは乗り切れない
    ゲスト:上昌広氏(医師、特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)
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     岸田文雄首相は3月16日夜の記者会見で、全国18都道府県に出されている「まん延防止等重点措置」を、今月21日の期限をもって全面的に解除する意向を表明した。またその会見で岸田氏は、オミクロン株の感染爆発が減少傾向に入った現状について、緊急時から平時に戻る「移行期間」にあるとの認識を示した。
     コロナの感染が収まってきたのが本当であれば何よりの朗報だ。岸田政権が諸外国から「鎖国」などと揶揄されても貫いてきた厳しい水際対策や、長期にわたる緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を甘受し、自主的な行動制限や感染症対策を続けてきた国民の努力の賜物と受け止めるべきだろう。
     しかし、首相が会見で示した「喉元過ぎれば熱さを忘れる」を地で行くあの安堵感は、いただけない。国民はそこまでバカではない。結局日本は実際の感染者数は欧米諸国よりも遙かに少なかったにもかかわらず、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などによって、どの国よりも長きにわたり国民が行動制限や多くの犠牲を甘受しなければならなかったことを、われわれは決して忘れてはならない。
     また、人口当たりの病床数では世界一を誇る病床大国であるにもかかわらず、日本は常に医療逼迫、そして医療崩壊と隣り合わせだった。PCR検査にしても同じことが言える。これも歴代総理が増やすよう大号令をかけたものの、「笛吹けども踊らず」状態が最後まで続いた。結果的に日本は人口当たりのPCR検査数は先進国中最低レベルにとどまったままだ。
     医師で自らが主宰するNPO・医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は、躊躇なく「日本のコロナ対策は失敗だった」と明言する。その上で上氏は、厚生労働省の医系技官と感染症ムラの専門家によって独善的に決定されている日本の感染症対策は、現行の感染症法が戦前からの悪しき慣習である「医療よりも社会防疫」が優先される法理の上に成り立っているため、患者一人ひとりの人権や国民生活を犠牲にすることを厭わない対策が平然と行われてきたと指摘する。
     確かに現行の医療法や感染症法は、日本の全病院の8割を占める民間病院に対して政府が一般病床をコロナ病床に転換するよう命令する権限は与えていない。しかし、上氏は、公的な病院については両法がその権限を認めていることを指摘した上で、公立の病院が十分にコロナ患者を受け入れていなかった点をとりわけ問題視する。公立病院は厚労省で医療問題に対して独占的な決定権を持つ「医系技官」と呼ばれる医師免許を持つ官僚たちにとって重要な天下り先となっているため、そのような癒着した関係性から、医系技官は公立病院に対して厳しい要求を出そうとしないところに問題があると上氏は指摘するのだ。
     しかしだ、もし過去の総理が政府には病床転換を強制する権限がないと官僚に騙されていたのが事実だとしても、それならば日本の全病院の8割を占める民間病院に対しても、医療非常時には病床転換を強制的に求める権限を与えるよう現行法を改正すればいいではないかと考えるのが普通だろう。国民は何のために与党に国会の過半数を与えたと思っているのだ。
    しかし、感染症ムラに不都合で医師会が嫌がる法改正をできる政治家など、少なくとも自民党には、そして恐らく野党にも、いるわけがないというのが、今日の日本の政治の現実なのだ。つまり日本はもし次にコロナの新しい変異種や新しい感染症の嵐に見舞われることがあっても、また同じ愚策を繰り返すことになる。国民はまた泣かされる覚悟をしておくしかないということだ。
     今週は自らが医師でありながら、日本の医療の構造的問題に厳しい提言を繰り返す上昌広氏とともに、新型コロナで露わになった日本の医療界のあからさまな利権や癒着構造を洗い出した上で、それを改善するためにようやく「平時」を迎えつつ今こそ何をしなければならないかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・「まん防」や緊急事態宣言は不要で、むしろやってはいけない
    ・保健所がPCR検査を独占し、広がらない理由
    ・官僚から政治家、メディアまで「総白痴状態」の日本
    ・地方から草莽の志士は現れるか
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    ■「まん防」や緊急事態宣言は不要で、むしろやってはいけない
    神保: 岸田総理が会見で、コロナについて危機的な状況を脱し、平時に戻るための移行期間に入ったという認識を示しました。コロナ対策では日本のさまざまな問題が噴出していますが、状況がひどいときに議論しても誰も聞く耳を持たないところもあるし、逆に時間が経つと誰も関心を持たなくなってしまう。いましかないと思って、満を持してこのテーマを選びました。ウクライナの問題はまたあらためてしっかり取り上げるとして、コロナの次の波が来たとき、あるいはコロナ以外の感染症が来たときに、今回の失敗、教訓が活かせる体制ができているのか、きちんと検証したいと思います。
     ゲストは医師で医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんです。昨日の岸田さんの会見を見ると、とりあえずここで一段落、という印象ですが、そう考えてもいいのでしょうか。
    上: 春の流行に対する準備の時期なんだと思います。昨年の世界のボトムは2月の半ばで、2月20日くらいからまた流行が立ち上がっています。今年もすでに世界で増え始めており、また夏の流行はもう少し大きいので、それに対応する準備をしなければいけません。
    神保: 単純に、流行を繰り返すサイクルのなかで、いったん下降期に入っていると。逆にいうと、また来ることは間違いないという感じですか。
    上: 来なければいいですが、来るものの準備をしたほうがいいでしょう。
     

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  • 鈴木 浩氏:11年が経った今、復興と生活再建とのギャップは拡大している

    2022-03-16 21:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年3月16日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1092回)
    11年が経った今、復興と生活再建とのギャップは拡大している
    ゲスト:鈴木 浩氏(福島大学名誉教授、ふくしま復興支援フォーラムよびかけ人)
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     ロシアのウクライナ侵攻でチェルノブイリやザポリージャの原発が攻撃にあったという報道に接し、日本でも不安に襲われている原発事故の被災者は多い。一度メルトダウンが起きるとその被害は苛酷で長期に及び、一度失った故郷は容易には取り戻すことができないことを、身を以て知っているからだ。
     原発災害から11年。被災地の復興が伝えられる一方で、福島第一原発の事故で被災した人たちは、今も様々な困難を抱えている。政府の統計によると現在の避難者は3万3,000人余りだが、その中には自主避難者や、避難指示が解除された後もまだ他の自治体の復興公営住宅に入居している人は含まれていない。避難指示が解除されて1年が過ぎると、もはや避難者としてはカウントされなくなるからだ。こうして避難している人たちの現実が、日に日に見えにくくなっている。
     県内各地の仮置き場に山積みにされていたフレコンバッグに入った除染土は、双葉町・大熊町に設けられた中間貯蔵施設に運び込まれ、ほとんど姿を消した。2045年に県外搬出と定められているが、その後のことはまだ何も決まっていない。廃炉の道筋もまだ見えない。
     3月に入って、原発事故被害者による集団訴訟で最高裁が東電の上告を退ける決定を相次いで出した。全国でおよそ30件提起されている集団訴訟のうち、6件で国の指針を上回る賠償を認める2審判決が確定したのだ。去年のマル激で大阪市立大学教授・除本理史氏が指摘しているように、故郷を追われ避難せざるを得なかった人たちが、さらに訴訟という手段を用いなくては被害の実態が認められないという事実を、われわれは重く受け止める必要がある。
     福島県の復興ビジョン検討委員会座長を務めた福島大学名誉教授・鈴木浩氏は、避難指示が解除された地域でも、生活・生業の再建にはほど遠く、多くの被災者がこの先どこで暮らすかを決められない宙ぶらりんの状態が続いていると語る。建築学が専門で住宅政策などに関わってきた鈴木氏はまた、国の復興政策は、除染→避難解除→帰還という“単線型復興シナリオ”となっていて、被災者に寄り添うものになっていないのではないかと疑問を呈す。 
     2011年8月にまとめられた福島県の復興ビジョンは、原子力に依存しない/復興の主役は住民/ふるさとの再生の3点を大きな柱としていた。さらに、2012年4月に施行された福島復興再生特別措置法の基本理念には「福島の地域社会の絆の維持及び再生を図ること」「住民一人一人が災害を乗り越えて豊かな人生を送ることができるようにすること」などという文言が入り、当時、鈴木氏は感動すら覚えたという。しかし、その後、国の事業が具体化していくなかでは、避難している住民に寄り添うよりも、現地の復興や大規模プロジェクトの誘致などに焦点があたり、当初の理念と乖離していったと鈴木氏は語る。
     2011年秋から呼びかけ人の一人として起ち上げたふくしま復興支援フォーラムを中心に県民版の復興ビジョン作成に取り組んでいる鈴木氏と、なぜ今、県民版の復興ビジョンが必要なのか、地域社会の再生に求められるものは何かなどについて、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・被災者が置き去りにされた「単線型復興シナリオ」
    ・忘れ去られた、巨大システム依存型社会への反省
    ・日本はなぜQOLの議論ができないのか
    ・コロナを奇貨に孤独の自覚と、関係構築への一歩を
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    ■被災者が置き去りにされた「単線型復興シナリオ」
    迫田: 東日本大震災、原発災害からもう11年になります。福島の原発被災者の方々と話をすると、いまはチェルノブイリの被災者とさまざまな交流があり、ロシアの軍事侵攻に非常に心を痛めていらっしゃる。原発が攻撃されたりして、また大きな不安と恐怖の中にあるということをおっしゃる人がいます。
    宮台: マル激でも繰り返し扱ってきたように、原発というのは攻撃対象として見ると非常に脆弱で、上から鉄球を落とすだけでシステムが破壊される程度のものなんです。日本も安全保障にこれだけこだわってきているのに、原発だらけ。当時から問題にしていましたが、11年経って忘れかけていたところでウクライナ侵攻があり、われわれも思い出さざるを得なくなった。
    迫田: 原発災害から11年が経ち、復興ということは言われていますが、実は被災者の人たちにとってはさまざまな問題が置き去りにされていたり、ギャップが大きくなっているのではないかということで、今回はお話を伺います。福島大学名誉教授でいらっしゃいます、鈴木浩先生にお越しいただきました。鈴木先生は建築学がご専門で、震災直後に福島県復興ビジョン検討委員会の座長をされています。またふくしま復興支援フォーラムの呼びかけ人として、もう200回近く、話し合いを続けておられます。
     まず、福島の現状をおさらいしておくと、県全体の避難者の数は、県外で26,692人(2022年2月8日現在)、県内が6,668人(2022年2月28日現在)となっています。これは福島県が公表している数字ですが、現実の避難者の数は、実はもっと多いそうですね。 

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  • 郷原信郎氏:選挙買収を可能にしている公職選挙法と政治資金規正法を改めよ

    2022-03-09 20:00  
    550pt

    マル激!メールマガジン 2022年3月9日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1091回)
    選挙買収を可能にしている公職選挙法と政治資金規正法を改めよ
    ゲスト:郷原信郎氏(弁護士)
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     いつから日本は選挙買収が当たり前にできる国になってしまったのか。
     先の参院選で広島選挙区を舞台に露骨な選挙買収が行われたことが明らかになった時、これは例外的なケースだと思われていた。あの時の参院広島は、当時権力を欲しいままにしていた安倍政権が、政権に対して批判的な発言を繰り返していた自民党現職の溝手顕正参院議員を蹴落とすために、2人目の自民党候補としてむりやり擁立した河井克行法相の妻・案里氏を何が何でも当選させるために、カネが湯水のごとく注ぎ込まれていたからだ。1億5,000万円とも言われる資金が投下された結果、案里氏は見事当選したが、その後、克行、案里夫妻は選挙買収の罪で逮捕・起訴され、有罪が確定している。
     ところが、どうやら広島は必ずしも例外ではなかったようなのだ。
     昨年の10月の衆院選では、新潟5区の自民党公認候補の泉田裕彦衆院議員が、後援者で「新潟のドン」の異名をとる星野伊佐夫県議から裏金を要求されたことを告発している。泉田氏は星野氏が、「とにかく必要経費を早くまこう。2千万や3千万のカネを惜しんで一生を投げちゃいけないよ」などと言いながら違法なカネの支出を求める様子を録音し、その音声を公開している。そしてこの2月、泉田氏は星野氏を刑事告発している。
     さらにここに来て、京都で衆参両院の選挙で大規模な選挙買収を疑わせる事例が表面化している。ここでは自民党の京都選出の衆参の全議員が党の京都府連に数百万から1,000万円あまりのカネを寄付し、それが50人からの府議、市議の関連団体に渡っていた。候補者が府議や市議に直接カネを渡すと買収に当たる恐れがあるためなのか、あえて府連を通すことでカネの出所を見えにくくする工作が行われていたことが疑われていることから、この事件は「京都マネロン疑惑」と呼ばれている。
     一連の事件ではカネを受け取った地方議員の多くが、「カネを受け取ったが買収はされていない」などと平然と語るなど、社会通念上は明らかな買収と思われる行為が、関係者の間では買収として認識されていなかったことがうかがえる点が、病理の深刻さを物語っている。いつの間にか日本の選挙が非常に根深いレベルで大きく歪められていたことが、いみじくも明らかになった。
     公職選挙法の選挙買収に詳しい弁護士の郷原信郎氏は、明らかに選挙で動いてもらうために支出されている事実上の買収資金が、「党勢拡大のため」の政治活動費として処理されることで、公職選挙法には抵触しなくなるという解釈がまかり通っている現状を問題視する。裏金や違法な資金でなくとも、選挙区のある自治体の首長や県議、市議に選挙に協力してもらうためにカネが支払われることが許されてしまえば、資金力のある候補者が圧倒的に有利になってしまう。これが民主主義の根幹を揺るがす問題であることは明らかだ。
     郷原氏は買収を規定している現行の公職選挙法199条が、選挙前の一定期間は候補者が後援者や後援団体に寄付をすることは禁止しているが、政党やその支部に対する寄付を禁止していないところに問題があることを指摘した上で、選挙前の一定期間は(例えば180日)は候補者が政党や政党支部に対する寄付を禁止するよう公職選挙法を改正すべきだと語る。
     解釈によって選挙の買収資金が党勢拡大のための政治活動費になってみたり、「政党支部」という名の政治家個人に対する合法的な献金になってみたりというナンセンスが繰り返される中で、広島のようにちょっとそれをやり過ぎると時折、法の裁きが下るというような、自動車のスピード違反の取り締まりのようなことを繰り返していては、恒常的に民主主義が歪められてしまうばかりか、有権者の政治不信は増すばかりだ。
     そろそろザル法化している政治資金規正法を見直し、政治家側の都合によって政治資金規正法と公職選挙法を使い分けられたりする現状を変えるべき時が来ているのではないか。
     今週は郷原弁護士とともに、選挙買収を可能にしている現行の公職選挙法と、ザル法化している政治資金規正法の問題点を再検証した上で、何をどう変えるべきかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・“法より掟”で選挙に投入されるカネの問題
    ・なぜいまでも、選挙でカネが物を言うのか
    ・穴だらけの政治資金規正法
    ・政治不信を高める前に――郷原氏の改正案
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    ■“法より掟”で選挙に投入されるカネの問題
    神保: 今回は古くて新しい、政治とカネというテーマでお送りします。食傷気味の方もいるかもしれませんが、今回はもう少し大きく構えていまして、例えばロシアなどの国について、「何でも賄賂で動く腐敗国家」のような言い方をしますが、もしかすると日本もそのレベルで大腐敗買収国家になっているかもしれない、という、国の根幹にかかわる問題として考えたい。
     そこで、この問題にずっと取り組んでおられ、独自の改革案まで出されている、お馴染みの郷原信郎弁護士においでいただきました。「政治とカネ」という言い方はなるべく避けたいのですが、郷原さんはいかがでしょうか。
    郷原: むしろ「選挙とカネ」と言ったほうがいいと思います。
    神保: ダイレクトに買収ということですからね。先の参院選の広島選挙区で、選挙買収が明らかになりましたが、これが例外ではなく、新潟、京都と3連チャンで問題が続きました。どうもここだけの問題では済まなそうだと。郷原さん、どこからお話しいただきましょうか。
    郷原: 以前も詳しくお話ししましたが、やはり発端は広島です。現職国会議員、元法務大臣がおこなった極めて異例な事件のように見られていますが、実は必ずしもそうではない。たまたま河井克行氏が自分で直接、現金をまかなければならなかった、というところが特殊なのであって、カネの流れ自体はそんなに特異なことではないということです。
     

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  • 柘植あづみ氏:日本は生殖技術で子どもをつくることが当たり前な社会へ向かうのか

    2022-03-02 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年3月2日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1090回)
    日本は生殖技術で子どもをつくることが当たり前な社会へ向かうのか
    ゲスト:柘植あづみ氏(明治学院大学社会学部教授)
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     生殖技術については、これまでもさまざまな課題が見え隠れしていた。
     第三者の卵子や精子の提供による出生や代理出産はもとより、最近、海外で行われるようになった子宮移植について、日本でも臨床研究が始まろうとしている。これまでも生殖医療によって生まれた子どもの親子関係がどうなるのかや、安全性や倫理面に問題はないのかなどが議論されてきた。また、妊婦の血液だけで胎児の染色体異常をしらべる新型出生前検査は産婦人科以外でも容易に行われるようになっており、障害者排除の優生思想につながる危険性が障害者団体などから問題提起されてきた。
     しかし、脳死や安楽死などの死をめぐるテーマと異なり、生殖技術はプライベートな事柄とされ、世論をまきこむ積極的な議論が行われないまま、当事者間で一方的に進められてきたのが現状だ。
     そして、ここに来て生殖技術が大きく動く気配を見せている。
     菅前政権が少子化対策として看板に掲げた「体外受精の保険適用」が、この4月から始まる。1983年に第1号の体外受精による子どもが生まれて以来、その数は今や年間6万人を超える。生まれてくる子どもの14人に1人が、体外受精によって生まれている計算だ。それでも、これまでは体外受精は自由診療だったため、1回につき30万円から50万円の費用がかかるとされてきたが、それが保険適用となる。
     日本医学会はこの2月、これまで高齢出産など限られてきた新型出生前検査の対象を、妊娠したすべての女性たちに拡げる新しい指針を発表した。さらに、2020年12月に成立した生殖医療法には、第三者の精子や卵子で生まれた子どもの親子関係を法的に規定する内容が盛り込まれている。
     こうした動きに対して、生殖技術の社会的な課題を30年近く研究してきた明治学院大学社会学部教授の柘植あづみ氏は、体外受精の保険適用が有効な少子化対策になるのかどうかについての議論が不十分であることを指摘した上で、わずか3週間の審議で成立した生殖医療法が、第三者の精子・卵子で生まれた子どもが「出自を知る権利」を認めるかどうかなど「重要なことは何も規定されないまま」であることに強い疑問を呈する。
     さらに柘植氏は、最新の著作「生殖技術と親になること」に「不妊治療と出生前検査がもたらす葛藤」という副題を付け、生殖技術が目の前に提示されることで当事者たちの葛藤がいかに大きく複雑になっているかを指摘する。不安と孤独のなかで医療と向き合わざるを得ない現代社会で、子どもが欲しいと望むカップルにとって、生殖技術を自ら望んで主体的に選択しているのかどうかについては、今あらためて立ち止まって考える必要があると、柘植氏は語る。
     十分な議論を経ずに生殖技術が普及、拡大していく現状と、市民社会はどう向き合っていくべきなのか。生殖と生殖技術は2020年代が歴史的に大きな分かれ目の年になるのではないかと語る柘植あづみ氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・体外受精の保険適用は「少子化対策」ではない
    ・非認定の出生前検査はなぜ急増しているのか
    ・「安易な中絶」など存在しない
    ・やはり重要なのは社会の包摂である
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    ■体外受精の保険適用は「少子化対策」ではない
    迫田: 本日、2021年に生まれた子どもの数が84万人で、戦後最低になったというニュースがありました。そのなかで、ここのところ生殖医療、生殖技術についてさまざまな動きがあり、今回はそれを取り上げようと考えています。先端医療について、私は80年代、90年代にけっこう取材をしており、脳死臓器移植など社会で大きく議論されましたが、生まれるところについては小さなクリニックで行われていたり、あまり議論になっていないような印象です。
    宮台: それは生殖医療をしている方々が声を上げづらい立場にいる、ということが非常に大きかったですね。ジャーナリストや学者が声を上げやすい脳死などの問題と比較して、少し隠されていた、ということは事実でしょう。
    迫田: 今回は30年近く、ずっとこの問題に取り組んでこられた、明治学院大学社会学部の教授の柘植あづみさんをお迎えしました。つい最近、『生殖技術と親になること―不妊治療と出生前検査がもたらす葛藤』(みすず書房)という本を出されていますが、やはり「葛藤」というところが一番大きいですか。
    柘植: そうですね。いまものすごく悩みながら、技術を受け入れている人たちがいます。宮台さんがおっしゃったように、言いたくなかった、触れたくなかった、そっとしておいてほしい、私たちは普通の家族になりたいだけなんだ、と。ただ、もう「そっと」という状況ではなくなってきているということを書きました。
     

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