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記事 5件
  • 島田雅彦:小説『パンとサーカス』に込められた日本の現状への危機感

    2022-08-31 22:00  
    550pt

    マル激!メールマガジン 2022年8月31日号 
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/) 
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1116回) 
    小説『パンとサーカス』に込められた日本の現状への危機感 
    ゲスト:島田雅彦(小説家・法政大学国際文化学部教授) 
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     『パンとサーカス』は作家・島田雅彦氏が2020年7月から21年8月にかけて東京新聞朝刊に連載していた小説で、それを一冊にまとめた単行本が今年3月に講談社より刊行されていた。
     ところがその後、7月8日に安倍晋三元首相が銃撃によって殺害される事件が起きると、『パンとサーカス』が俄然注目されるようになった。この小説が、日本の現状、とりわけアメリカの傀儡として堕落を極めている日本の政治の現状に不満を持った若者たちが、要人を標的とする連続テロを起こす物語となっていたからだ。
     これはあくまで警察発表なので100%正確かどうかわからないが、安倍首相を狙った山上徹也容疑者の直接の動機は、統一教会に対する怨念だったとされている。それはそうだったのかもしれない。そして、母親が統一教会に取り込まれた結果、家庭が崩壊し、奈良県有数の進学校で優秀な成績を修めていた山上容疑者は、大学進学を諦めなければならなかった。結果的にその後、自衛隊に勤務した後、アルバイトや派遣社員として様々な職を転々とする中で、山上容疑者は教団や安倍氏に対する恨みを募らせていったとみられている。それは、上級国民はアメリカに媚びさえ売っておけばあとは甘い汁を吸い放題なのに対し、下級国民はいつまでたっても生活苦から抜け出すことすらできないという現在の日本の社会に対する、激しい怨嗟の念でもあったとは言えないだろうか。
     小説の中で島田氏は、登場人物たちに腐った政官財の指導者たちを厳しく批判させているが、同時にそれを甘受している無知で無関心な一般市民も彼らと同罪であるとして、これを厳しく糾弾させている。「彼らの沈黙の同意によって、腐敗政治がいつまでも続いたのです」(主人公の一人・火箱空也の裁判における最終陳述)と島田氏は記す。
     元来、『パンとサーカス』は2世紀のローマの風刺詩人ユウェナリスがその詩の中で、当時のローマ市民がパン(食べ物)とサーカス(娯楽)を与えられて満足し、政治に無関心になった結果、政治が腐敗していったさまを揶揄するために用いた表現だ。そして今、世界は再びそのような状況に陥っていると島田氏は言う。
     実際、今の世界では、とりあえず市民に最低限の食料と目先を楽しませる娯楽さえ与えておけば、それで十分だろうとでも言いたげな政治が、日本だけでなく世界の多くの国々で行われている。しかし、そこでいう娯楽とは、ローマ時代のようなコロッセオにおける壮大な決闘や競馬とは異なり、戦争、犯罪、天災、疫病など、市民の不安や興奮、恐怖、感動を呼ぶ出来事がすべて娯楽になり得る。少なくとも政治はそれをそのように利用しようとする。
     世直し小説『パンとサーカス』で島田氏が発したかったメッセージとは何だったのか。自分の小説の後をなぞるかのように、実際に要人の暗殺が起きたこと、その後、もっぱら統一教会や統一教会と関係のある個々の政治家が槍玉にあがり、事件の背後にある日本の政治や社会の根本的かつ構造的な問題にまでメディア報道も市民の関心も及んでいないこと、などについて、島田氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点 
    ・「パンとサーカス」でコントロールされる国民
    ・政治家たちの姿勢の問題/どのようにアメリカと向き合うか
    ・「鎮魂」と「聖なる娼婦」
    ・アメリカ・民主党の選挙戦略
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    <パート1>
    ■「パンとサーカス」でコントロールされる国民
    神保: 8月ももう終わりですが、安倍晋三元首相の暗殺事件の余波はまだまだあります。直近では、警備上の大ポカをやってしまったということで、中村格警察庁長官が辞任を表明しました。中村さんは安倍官邸にいた人で、奈良県警の鬼塚友章本部長も同様です。安倍さんのまさに腹心のような方々が警備の責任者であったにもかかわらず、警備に不手際があって安倍さんが撃たれるという、皮肉な部分もある。また、警察の発表では警察側の不備しか指摘していませんが、安倍事務所側に警備の細かな部分を仕切られたら、ノーとは言えなかったでしょうし、事務所側の問題も、もしかしたらあったかもしれない。
    宮台: ただ、それは今後の日本を象徴すると思いませんか。まさに権力が幅を利かせているがゆえに、さまざまな人が本来の知恵や能力を発揮できず、結果的にそれで権力のトップが墓穴を掘る展開になる。
    神保: また、圧力があったとかではなく、忖度の結果なのかもしれません。現場担当者が対応したとして、安倍事務所のいうことを聞かないと上に告げ口をされるかもしれず、結果的に問題を感じていても、何も言わずにおいたとか。まさにそんな話を今日したくてスペシャルなゲストをお呼びしました。小説家の島田雅彦さんです。 

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  • 木村草太氏:日本に共同親権が導入されるとどのような問題が生じるか

    2022-08-24 23:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年8月24日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1115回)
    日本に共同親権が導入されるとどのような問題が生じるか
    ゲスト:木村草太氏(憲法学者、東京都立大学法学部教授)
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     離婚後の親権について、法制審議会家族法制部会で共同親権導入をすすめるかどうか議論が行われており、8月末にも中間試案がとりまとめられる予定となっている。
     先進国では共同親権を認めている国が多いとされ、日本も国際水準にすべきという意見がある一方で、DVや虐待などの事例を抱える弁護士や支援団体からは反対の声があがっている。
     そもそも親権とは何か、養育費や面会交流といった問題とどうかかわるのか、きちんとした理解がされないまま表面的な議論となっていることを強く危惧しているのが、憲法学者で子どもの権利について研究を続けてきた木村草太氏だ。
     婚姻時は共同親権・離婚後はどちらか片方が親権を持つ「単独親権」が日本の仕組みだが、離婚をするとき、別居親との面会交流、養育費等については民法766条に規定があり、子どもの利益を優先して協議または家裁の調停で決めることになっている。離婚後子どもと会えない別居親が子どもに会うことを求めるための仕組みはすでにあり、法律上共同親権になったからといってすぐに子どもに会えるわけではないのだ。
     親権には、子どもと同居して育てる監護権に加えて、狭義の親権とされる重要事項決定権がある。子どもの教育、住居、職業選択、財産管理などを決定するのが重要事項決定権で、共同親権になると、これを別居親にも権利として認めることになる。もちろん、現行の法制度の下でも離婚後の子どもの重要事項は、両親が相談して決めることは可能で、実際にそうやって決められている場合も多いが、DVなどがあり両親が話し合いすらできないような関係になった場合にどうするか。子どもの最善の利益を考えた仕組みとなるかが問われることになる。
     法制審家族法制部会では7月に中間試案のたたき台が示されたが、現行の単独親権のみと共同親権導入の両論が併記されている。さらに、共同親権を導入した場合の案として、単独の監護者を決定するかどうか、重要事項の決定をどうするか、など考えられるすべてのケースが案として示されており、ではいったいなんの目的で共同親権を導入するかという理念がはっきりしない内容となっている。
     海外、とりわけ欧米諸国では共同親権を認めている国が多いと言われているが、その内容については詳細にみないと一概に言えないと木村氏は言う。そもそも協議離婚が認められていない国もあり、弁護士や裁判所の確認が必要だったり、公的な支援の仕組みが設けられていたりする国もある。
     一部の欧米メディアで指摘されていることだが、単独親権は日本の後進性の表れなのか、日本が現行の体制のままで共同親権制度を導入した場合、どのような問題が生じるのか、メディアはこの問題を正しく報じているかなどについて、木村草太氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・日本における単独親権
    ・「監護権」と狭義の「親権」
    ・マスメディア報道の問題点
    ・ハーグ条約への日本政府の対応
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    ■日本における単独親権
    迫田: 今回のテーマは共同親権です。親子や夫婦、家庭の問題などにつながる結構大事な問題だと思いますが、宮台さんは共同親権についてはいかがお考えでしょうか。
    宮台: 共同親権について、数ヶ月前に、共同親権賛成派だというようなツイートをしたことがあります。その後しばらくして、本日のゲストの木村草太さんから、このテーマで番組をしたいという申し入れがありました。そもそも僕が共同親権賛成派であった理由は、主に共同親権を認めている国は少なくなく、片方の親にだけ親権を認める普遍的な合理性はないということです。もちろん特殊な合理性はあって、片方の親がDV親であったりとか、子どもの決定に対して嫌がらせの介入を加えてくるような嫌がらせ親であったりする場合には、別途子どもの権利が侵害されないようにする。あるいは両方の親の人権の両立可能性が十分図られるようにする。それで十分だという、そういう僕の理論です。ところがその後、草太さんから電話をいただいてお話ししてみたら、片方の親にだけ親権を認める普遍的な合理性はなく、DV親や嫌がらせ親については法で対処すべきなのだが、実は、日本ではそうした法律整備の動きが非常に弱く、他の共同親権を認めている国々のような状況にはないというお話を伺って。なるほどそうであれば、その日本的特殊事情を全面展開していただきたいという、そのような次第がございました。
    迫田: 今日は、お話にあがりました木村草太さんをゲストにお迎えしています。よろしくお願いいたします。
    木村: よろしくお願いします。私がなぜ憲法学者としてこの問題に関心を持っているかということだと思いますが、私は憲法学の中でも平等権というのをやっていまして。平等権には、家族法と平等ということにスポットライトが当たる論点が多いんですね。 

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  • 山口広・有田芳生:なぜ日本だけがここまで統一教会の食い物にされたのか

    2022-08-17 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2022年8月17日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1114回)
    なぜ日本だけがここまで統一教会の食い物にされたのか
    ゲスト:山口広(弁護士、全国霊感商法対策弁護士連絡会代表世話人)
        有田芳生(ジャーナリスト、前参院議員)
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     安倍元首相の銃撃事件をきっかけに統一教会に社会の注目が集まっている。犯人の山上徹也容疑者が、母親の統一教会への入信を機に家庭生活が崩壊し、その恨みの矛先を統一教会と関係が深いと思われる安倍元首相に向けたことが、蛮行の動機になったと供述していることを警察が発表したためだ。
     その後、100人単位で自民党の議員と統一教会の間に協力関係があったことが明らかになり、安倍首相の暗殺劇に端を発する統一教会問題は、壮大な政治スキャンダルに発展する様相を見せ始めている。
     テレビ各局で生中継された8月10日の外国特派員協会での統一教会幹部による会見では、田中富広会長が、社会を騒がせていることを謝罪しつつも、自分たちは一切悪いことはしていないという自己弁護を延々と繰り返すばかりか、むしろ自分たちは不当な迫害を受けている被害者であるとまで主張し、宗教的な迫害で国連に提訴することまで匂わせたことが話題となった。
     同日には岸田首相が内閣改造を行うにあたり、統一教会との関係がないことを最優先で閣僚を選ばなければならないほど、今や統一教会は岸田政権にとっても最大のリスク要因の一つとなっている。
     しかし、ここに来てあらためて統一教会問題の実相に目を向けてみると、なぜこれだけ多くの被害者を生み、逮捕者まで出している教団の日本での布教活動が、これまで黙認されてきたのかとの疑問を持たずにはいられない。今回、その背後に統一教会と政治の関係、とりわけ自民党との強いパイプがあったことが、次々と明らかになり、特に、違法な勧誘活動を取り締まる立場にある警察に影響力を持つ警察OBや元国家公安委員長経験者、宗教法人を管轄する文部科学省の大臣、副大臣経験者などに重点的に食い込んでいたことが浮き彫りになったことで、統一教会が信者からの寄付や、印鑑や壺などを法外な値段で売りつける、いわゆる霊感商法によって、日本から600億円とも言われる資金を韓国に送金し続けることができた背景にあったカラクリの一端が見えてきている。とはいえ、なぜ日本だけが外国の宗教団体である統一教会に付け狙われ、実際にそこまで被害を拡大させたのか。その背景にはもう少し複雑な事情がありそうだ。
     そもそも統一教会が最初に日本進出を果たした1950年代末から1960年初頭にかけて、当時の岸政権は共産主義勢力への対策に頭を悩ませており、統一教会の反共団体としての性格に利用価値があると考えて、日本国内での活動を支援したという。1968年に反共団体で統一教会の関連団体である国際勝共連合が設立された時、笹川良一氏が名誉会長に就任している。統一教会の創始者の文鮮明氏が岸首相や笹川氏と昵懇の関係にあったことは、多くの歴史的資料によって裏付けられている。外国の宗教団体とは言え、時の首相や右翼の大物の庇護を受けていれば、容易に日本に地歩を築くことができても不思議はない。
     しかし、その後霊感商法などと呼ばれ、多くの被害者を出した統一教会による日本における積極的な信者集めや販売促進活動は、1970年代以降に本格化している。統一教会の被害者の代理人を務める山口広弁護士によると、この時、統一教会に取り込まれた日本人信者の多くは、日本が歴史的に韓国に酷いことをしてきたことの償いが必要であるという言説に容易に説得され、自分は韓国由来の宗教の統一教会に尽くすべきだと考えるに至ったと語る。根底には統一教会に根付いているエバ国家の日本はアダム国家の韓国に奉仕しなければならないという教義がある。
     もちろん経済成長の中で家族や共同体との結びつきが希薄になり、孤独な境遇にある人が狙われたり、自身や家族に病人を抱えていたり、不幸があった人などを付け狙うといった、新興宗教の特有の勧誘手法はふんだんに使われていた。しかし、それは日本に限ったことではない。なぜ日本だけがここまで外国の宗教団体の食い物にされたのかについては、しっかりとした整理が行われる必要がある。なぜならば、そこには他国と比べた時の日本の政治体制、行政制度、社会制度の弱点が凝縮されている可能性があるからだ。
     今週は35年にわたり、統一教会の霊感商法の被害者や多額の寄付をした後に脱会した元信者らの代理人として統一教会と交渉を続けてきた山口広弁護士と、ジャーナリストとしてこの問題を追い続けてきた有田芳生氏に、8月10日の記者会見で統一教会から上がってきた様々な主張の妥当性を問うた上で、なぜ統一教会が日本でここまで勢力を伸ばすことができたのか、自民党との太いパイプは何を意味しているのかなどについて、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司と議論した。
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    今週の論点
    ・統一教会と自民党の太いパイプ
    ・韓国に貢ぎ続ける日本人信者
    ・日本が食い物にされる、歴史的な積み上げ
    ・タガが外れた政治との関係、騒ぎすぎるくらいでいい
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    ■統一教会と自民党の太いパイプ
    神保: 今回は宮台さんが途中参加となり、いつもと違うメンバーでマル激をお送りしようと思います。全国霊感商法対策弁護士連絡会の代表世話人をされている山口広弁護士と、前参院議員で統一教会問題にも長くかかわっておられるジャーナリストの有田芳生さんです。番組前に顔合わせをしたら、お二人は何十年来の友人に再会したような感じで。
    山口: 統一教会問題を始めたころからですから。
    有田: 1987年からですかね。僕は朝日ジャーナルで霊感商法批判をやっていて、山口さんたちが弁護士連絡会を作って。そのときから車の両輪のようにやってきました。
    神保: おそらく、日本で最も長く統一教会問題を一緒にやってきた二人になると思います。最初に伺いたいのですが、安倍さんが撃たれ、ここにきてまさかの形で統一教会問題が表に出てきたことについて、どう受け止めましたか。 

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  • 青山弘之氏:ウクライナを第二のシリアにしてはならない

    2022-08-10 23:00  
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    マル激!メールマガジン 2022年8月10日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1113回)
    ウクライナを第二のシリアにしてはならない
    ゲスト:青山弘之氏(東京外国語大学教授)
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     ウクライナ情勢はまずい方向に向かっているのではないか。
     ロシアによるウクライナ侵攻から半年が経とうとしているが、日々伝わってくる戦況は、一進一退を繰り返しながら、戦力に勝るロシアが徐々に支配地域を拡げているというものだ。しかし、アメリカから新しい武器の供与があると、一時的にウクライナが失地を回復するなど、以前にこの番組でも指摘したとおり、この戦争の帰結がもはやアメリカ次第になっていることが、日に日に明らかになってきている。
     元々年間の軍事費で10倍以上の差があるロシアとウクライナではまともな戦争にはならないところを、アメリカがウクライナに武器を供与することで、その軍事力の差を埋めている。それがこの戦争の当初からの実情だった。しかし、紛争勃発後のアメリカの対ウクライナ軍事援助は既に165億ドル(約2兆円)に達しており、それはウクライナの年間軍事予算59億ドル(約6,000億円)の3倍に当たる金額だ。もはやこの戦争がロシア対アメリカの代理戦争であることは誰の目にも明らかではないか。
     残念ながらアメリカにとってこの戦争は、自ら兵力を送ることなく軍事産業を潤すことができ、同時にロシアを弱体化させることができる「理想的な戦争」だ。今後、アメリカ国内の世論がよほど大きく変わらない限り、アメリカはロシアとの全面衝突は避けつつも、ウクライナが負けない程度に絶妙な軍事支援を続ける可能性が高い。つまり、アメリカは意図的に戦闘状態を長引かせることができる立場にいるのだ。
     アラブ政治が専門の青山弘之東京外語大学教授は、昨今のウクライナ情勢とオスマントルコ時代から欧米の列強がシリアに対して繰り返し行ってきた介入との共通点を指摘した上で、分裂国家としての運命を辿ったシリアの運命がウクライナにも降りかかることへの懸念を露わにする。
     多くの人種、宗教、宗派が存在し、多様な文化が集うシリアは、それ自体がシリアに空前の発展をもたらした原動力だった。しかし、ヨーロッパからアジアやアフリカへ抜ける交通の要衝となるシリアの支配権を維持したいイギリス、フランス、ロシアの列強は、その多様性を逆手に取り、人種・宗派間の対立を煽ることで、クリミア戦争やバルカン戦争などを仕掛け、シリアの分断ならびに弱体化を図った。その結果、度重なる代理戦争の舞台となったシリアの国土は焦土と化し、国家は常に分裂状態に陥ることとなった。
     ウクライナの場合も、ソ連崩壊後、ロシアと隣接する東部2州では、人口で多数を占めるロシア系住民が、ウクライナ人から差別を受けたり迫害されるなど、国内に人種・民族問題の火種を抱えていた。さらに東部では、今や対ロシア戦の英雄のような扱いになっているアゾフ連隊がネオナチ的な活動を繰り広げており、それがロシアがウクライナに介入する絶好の口実を与えていた。
     ウクライナはシリアのようなヨーロッパからアジア、アフリカへ通じる交通の要衝とは異なるが、ヨーロッパとロシアの緩衝地帯という意味で、特にロシアにとっては戦略的に重要な意味を持っている。ロシアがウクライナ国内のロシア系住民の支援を口実に介入したのに対し、アメリカを中心とする西側陣営がウクライナ政府をバックアップすることでこれに応戦し、そこにシリアと同じような代理戦争の構図ができあがっていったのだった。
     依然として軍事費ではアメリカの圧倒的優位は揺るがないが、経済力や軍事力を背景に一部の「列強」が勝手気ままに振る舞える時代は、もはや過去のものとなっている。ただ、少なくとも現状では日本にとっての国際社会はあくまでG7に限定されているようだ。そのような立場から、ウクライナの軍事的支援を支持し続けることが正しい道なのか、ひいてはそれが本当にウクライナの利益につながるのかについて、日本のような紛争当事者ではない国では、もう少し冷静な立場から議論があっていいのではないか。
     今回はウクライナのシリア化を懸念する青山教授に、どのような歴史を経てシリアが現在のような分断国家となってしまったのかや、ウクライナが同じ道を歩んでいることが懸念される理由などを問うた上で、日本にどのような選択肢があるのかなどについて、青山氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・シリアの状況と酷似したウクライナ情勢
    ・列強が国の利権を分け合い、バランスする代理戦争
    ・態度を変えられないゼレンスキーがノイズになる
    ・ここに至っても我が事化できない日本
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    ■シリアの状況と酷似したウクライナ情勢
    神保: ロシアのウクライナ侵攻が始まったのが2月24日で、今月で半年になります。相変わらず一進一退のような話になっていますが、僕は実は非常によくない状況が起こっていると思いまして。侵攻直後は、日本人が最も感情的に反応し、アメリカより、さらにウクライナ寄りだった。そんななかで半年が過ぎ、冷静に見なければならないものを見られるタイミングなのではないかということで、このテーマを選びました。
     ゲストは東京外国語大学の教授で、シリアやアラブ世界の政治がご専門の青山弘之さんです。7月末に岩波書店から『ロシアとシリア ウクライナ侵攻の論理』という本を出されており、ウクライナがこのままではシリアのようになってしまうのではないかと書かれています。ウクライナとシリアではまったく状況が違うだろうと、多くの人が考えていると思いますが、総論的になぜ、ウクライナがシリアのようになる、とおっしゃっているのでしょうか。
    青山: 端的にいうと、いま私たちはウクライナとロシアによる2国間の戦争のように捉えていますが、ただ少し俯瞰してみると、それ以外の国際政治の主要なアクターがガッツリ入ってきているんです。近代史のなかでは常に、いわゆる代理戦争というものが行われており、最初はウクライナが主役だったが、いつの間にか周りにいる強い国が、混乱に乗じてさまざまな利権を得ようとしている。その構図が、2011年から始まったシリアの内戦と非常に似ているんです。 

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  • 5金スペシャル映画特集:映画はカルトをどう描いてきたか

    2022-08-03 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2022年8月3日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1112回)
    5金スペシャル映画特集
    映画はカルトをどう描いてきたか
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     その月の5回目の金曜日に、神保哲生と宮台真司が特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回は映画がカルト問題をどう描いてきたのか、をテーマに、カルトに関連した日本と海外の映画を5本取り上げた。
     今回取り上げた作品は『ビリーバーズ』、『ザ・マスター』、『星の子』、『カールと共に』、『息衝く』の5本。
     『ビリーバーズ』は2022年7月8日から公開が始まり、現在も劇場公開中の映画。山本直樹の原作漫画を城定秀夫監督が映画化したもの。ニコニコ人生センターと呼ばれる宗教団体に所属する主人公3人が、無人島で始めた信仰を深めるための共同生活が、性愛に目覚めることによって、崩壊していく様が描かれている。この映画では性愛とカルトの境界線が描かれている。
     『ザ・マスター』は、現在日本で公開中の『リコリス・ピザ』が話題を呼んでいるポール・トーマス・アンダーソン監督による2012年の作品。『ジョーカー』のホアキン・フェニックス演じる戦争で精神を病んでしまった寄る辺なき男フレディ・クエルが、偶然出会った不思議なカルト集団の教祖ランカスター・ドッドによって癒やされていく中で、ドッドに傾倒していく様が描かれている。カルトと施術もしくは治療の境界線が描かれている作品だ。
     もう一つ、カルトと病気の接点が描かれているのが大森立嗣監督、芦田愛菜主演の『星の子』。宗教団体に所属する友人に勧められた謎の水によって、それまで何をしても治らなかった子どもの病気があっという間に治ったという経験をきっかけに、両親はその教団に深々とはまっていく。しかし、その事によって、姉は家出、家族も極貧生活を強いられるなど、家庭生活がバラバラになっていく。そのような状況の中で、両親への愛情と教団に対する疑問との狭間で葛藤する女子中学生の複雑な思いを芦田愛菜が好演している。これもカルトと病気の境界線、そしてカルトと家族の境界線が描かれた作品だ。
     2021年のクリスチャン・シュヴォホー監督によるドイツ映画『カールと共に』は、政治運動とカルトの境界線が描かれている。移民を排斥し白人の欧州を取り戻すことをスローガンに掲げた政治結社がカルト化し、その指導者カールが自らの暗殺劇を自作自演することで運動を欧州全土に拡げていくためのシンボルになろうとするというもの。
     『息衝く』も同じく政治運動とカルトの境界線が描かれている。明らかに創価学会を意識したと思われる新興宗教教団が登場する2018年の木村文洋監督作品。
     その他、番外編として早川千絵監督による現在公開中の『PLAN 75』を取り上げた。
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    今週の論点
    ・性愛と宗教の境界『ビリーバーズ』/テロと世直しの境界『カールと共に』
    ・「施術」と「宗教」の境界を描く『ザ・マスター』
    ・宗教二世問題に踏み込んだ『星の子』
    ・創価学会と公明党をモデルに、政教の関係を描く『息衝く』
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    ■性愛と宗教の境界『ビリーバーズ』/テロと世直しの境界『カールと共に』
    神保: 本日は2022年7月29日、5回目の金曜日となるので、恒例の特別企画を無料放送でお送りします。「カルト」をテーマにした映画を多く用意していますが、宮台さん、いかがですか。
    宮台: 非常にいいタイミングで5金がきました。喋るべきことは、実は映画を素材にして考えるといくらでもあるんです。今日は6本も映画を扱います。
    神保: カルト映画はたくさんありすぎて選ぶのがなかなか難しかったですね。
    宮台: セレクトの基準は境界線、ボーダーを問題にしているものです。
    神保: 宗教とは何か、ということですね。
    宮台: そうなんです。これから紹介する映画はすべて宗教と何かの境界線を問題にしているので、そこに注目して論評をさせていただきます。
     

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