• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 5件
  • 春名幹男氏:沖縄密約をすっぱ抜いた西山太吉氏がわれわれに残した宿題

    2023-03-29 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年3月29日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    マル激トーク・オン・ディマンド (第1146回)
    沖縄密約をすっぱ抜いた西山太吉氏がわれわれに残した宿題
    ゲスト:春名幹男氏(ジャーナリスト)
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     2023年2月24日、沖縄密約をすっぱ抜いた元毎日新聞記者の西山太吉氏が亡くなった。91歳だった。
     西山氏の密約スクープは、その取材手法に対する批判も含め、多くの物議を醸した。しかし、あのすっぱ抜きが戦後の日本のジャーナリズム史の金字塔だったことだけは間違いない。これまで日本のジャーナリズム界で政府にとって不都合な機密を暴いた記者が西山氏以外にいただろうか。
     しかし、それだけ大きなスクープだったにもかかわらず、われわれはその後、西山氏が暴いた密約の意味をきちんと受け止めていないのではないか。
     1971年当時毎日新聞の外務省担当記者だった西山氏は、1971年6月に外務省の事務員から日米間の機密電文を入手し、翌年に迫った沖縄返還に際し、本来はアメリカ側が負担することになっていた土地の原状回復費を実際は日本が負担するという密約が日米間に存在することを暴いた。
     西山事件は今を生きるわれわれにとても大きな課題をつきつけている。
     まずは日本政府が国民を欺き、アメリカが負担するとしていた原状回復費を実際は日本の公費で賄っていたこと。そしてそれを秘密にしていたことだ。
     日本政府はこの「原状回復費負担の密約」の他にも、当時の佐藤栄作首相が「核抜き、本土並み」の沖縄返還だと国民に説明していたにもかかわらず、実は返還後も核の持ち込みを含む米軍基地の自由使用を認める密約が存在していた。「核抜き本土並み」は実際は「核付き、本土以下」であり、それが日米間では共通認識だったが、その内容は密約として秘密裏に処理されたため、日本国民にはあくまで「核抜き、本土並み」との偽りの説明が行われていたのだった。
     密約の存在をすっぱ抜いた西山氏が有罪判決を受け、その取材手法にも激しい批判が集まったため、その後、密約に対する追及は影を潜めてしまった。ようやく1990年代後半になって、アメリカ側で当時の公文書の機密が解除され、密約の存在が改めて確認されたが、その後もメディアが密約問題を積極的に取り上げることはなかった。
     事件の後、毎日新聞を退社し事実上「筆を折る」選択をした西山氏だったが、アメリカ側の情報公開によって密約の存在が確認されると、2000年代に入ってから徐々に公的な場での発言を再開していた。
     ビデオニュースの取材にも何度か応じた西山氏は、「今の日米関係にとっても、沖縄が置かれた状況についても、あれ(沖縄密約)が発端だった」と語っている。沖縄密約の原点に立ち戻ってボタンの掛け違いを正さない限り、憲法9条で交戦権の放棄を謳っていながらアメリカの世界軍事戦略に全面的に引き込まれている今日の異常な日米関係も、返還から50年が経った今もなお重い基地負担に喘ぐ沖縄の状況も、変えることはできないと西山氏は言うのだ。
     西山氏は男女関係にあった外務省の事務官から機密情報の提供を受けたことが取材手法として不適切だったとして、社会から激しい指弾を受けた。また、西山氏が第三者に提供した機密文書が最終的に当時の社会党の議員の手に渡り、国会における政府の追及に使われることになったことも、取材で得た情報の目的外利用に他ならず、メディア倫理的には非常に問題の多い行動だった。
     そうした問題について西山氏が批判されるのは当然だ。しかし、同時に西山氏が暴いた密約によって国民を騙した政府の責任や、その嘘によって覆い隠されてしまったその後の日米関係の本質、そこで始まった基地の自由使用に蹂躙され続ける沖縄の現状などが、西山氏の取材手法の問題と同じくらい、いやそれよりも遙かに大きなウエイトを持って追及されなければおかしくないだろうか。
     日本では2009年に政権交代があり、新たに政権の座についた民主党政権で岡田克也外相が沖縄密約を含めた日米間の4つの密約を改めて検討する有識者会議を設置した。今回のゲストの春名幹男氏は6人からなるその有識者会議のメンバーの一人だった。1990年代後半にアメリカ側で機密が解除され公開された文書によって密約の存在は裏付けられていたが、その段階で日本政府は密約の存在を認めていなかったため、その有識者会議が日本政府が過去の過ちを正す絶好の機会を与えてくれるはずだった。
     ところが有識者会議の最終報告書は外務省の意向に引きずられた結果、「狭義の密約」と「広義の密約」などという言葉遊びが弄され、最終的に沖縄密約があったのかどうかが釈然としない不透明な内容に終わってしまった。
     しかし、沖縄密約はまちがいなくあった。日本側は戦争で奪われた土地の返還を実現するにあたり、原状回復費はアメリカ側が負担しなければ日本の世論は納得しないと考えた。一方、アメリカ側は国内、とりわけ軍の内部に沖縄返還への反対論も燻るなか、原状回復費は日本が負担しなければ議会が納得しないと主張した。
     そして、自身の任期中に何が何でも沖縄返還という偉業を成し遂げ自らの功績としたい功名心に走る佐藤首相が、沖縄返還を急いでいることをアメリカは熟知していた。アメリカからその足下を見られた結果、日本側が原状回復費を負担するスキームが秘密裏に取り決められ、国民には嘘の説明が行われた。広義か狭義か知らないが、これは密約以外の何物でもない。
     有識者会議のメンバーとして日本では依然として機密とされている文書へのアクセスも認められた春名氏は、有識者会議が検証したすべての密約について、密約を裏付ける文書が存在していたと証言する。
     特に西山氏が暴いた原状回復費400万ドルを日本が肩代わりすることに関しては、吉野文六・外務省アメリカ局長とスナイダー駐日大使(ともに当時)との間で1971年6月12日に交わされた文書がアメリカで開示されており、密約が存在していたことは明白だが、同時に春名氏は日本側では多くの文書が廃棄されており、アメリカ側で確認ができても日本側では確認ができない文書が多くあったと語る。
     西山氏が暴いた沖縄密約とは何だったのか、返還から半世紀が過ぎた今もなお、政府が密約の存在を認めないのはなぜなのか。なぜ当時のメディアはこの問題を追求しなかったのか。それが今日の日米関係にどのような影を落としているのかなどついて、春名氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    今週の論点
    ・結局あいまいなままに終わった沖縄密約の検証
    ・いつも反対論がガス抜きされてしまう沖縄問題
    ・同時期に起きた西山事件とペンタゴン・ペーパーズ事件の比較
    ・今の日米関係は沖縄密約から始まった
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■ 結局あいまいなままに終わった沖縄密約の検証
    神保: 今日は2023年3月19日の日曜日で、テーマは沖縄密約です。民主党政権時代に岡田外務大臣の下で密約を調査する有識者会議が開かれました。自民党政権下では完全に蓋がされていたものに民主党政権があえて切り込もうということで開かれた会議ですが、今日のゲストはその有識者会議のメンバーの一人だった、元共同通信の記者でジャーナリストの春名幹男さんです。
     密約については多くの文章が廃棄されていたということですが、われわれが見られないようなものもたくさん見てこられているということや、春名さん自身がジャーナリストとしてこれをどう見ているのかということを含めて、西山さんの遺言をどのように受け止めるのかをきちんと考えていきたいと思います。西山事件の時、春名さんは現役の記者でしたか。
    春名: そうですね。
    神保: やはり沖縄返還というテーマが日本を覆っている感じの時代でしたか。 

    記事を読む»

  • 木谷明氏:日本の裁判官はなぜ無罪判決を書けないのか

    2023-03-22 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年3月22日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    マル激トーク・オン・ディマンド (第1145回)
    日本の裁判官はなぜ無罪判決を書けないのか
    ゲスト:木谷明氏(弁護士・元裁判官)
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     今週の月曜日(3月13日)、57年前に逮捕され43年前に死刑が確定していた袴田巌氏の再審決定が下された。まだ高検が最高裁に特別抗告を行う可能性は残っているが、再審そして無罪は確定的と見ていいだろう。確定死刑囚の再審無罪となると島田事件(1989年に再審無罪が確定)以来戦後5件目となる。
     袴田氏は1966年に静岡県清水市で発生した強盗殺人放火事件の犯人とされ、1966年から2014年までの48年間、東京拘置所に収監されていた。そのうち1980年に死刑が確定して以降の34年間は確定死刑囚としてもっぱら刑の執行を待つ身だった。再審開始、そして再審無罪がほぼ確定的になったとはいえ、1966年に30歳で逮捕された袴田さんにとって失われた時は取り戻せない。起きてはならないことが、また起きたのだ。
     この事件では他の冤罪事件と同様に、もっぱら被疑者の自白に頼った犯罪立証が行われた。捜査段階では真夏の苛酷な環境の下、来る日も来る日も10時間を超える取り調べが行われ、当初否認していた袴田氏は勾留19日目に自白に転じている。
     ところが、取り調べ段階で一度は自白した袴田氏が公判段階で否認に転じたため、慌てた捜査当局は袴田氏が働いていた味噌製造工場の味噌樽の中に血染めの洋服を隠し、事件から1年以上が経ってから袴田氏が犯行時に着ていた服が見つかったとして追加で証拠提出してきた。
     しかし、逆に今回、東京高裁はその洋服は捜査員が捏造した証拠である疑いが濃いとして、再審を決定していた。その事実関係が再審公判で認定されれば、有罪をでっち上げるために捏造した証拠が逆に墓穴を掘る形となったわけだが、それにしても決定的とされた証拠が捏造だったことが認められるまでにあまりにも時間がかかりすぎた。
     それにしてもだ、事件直後に逮捕された袴田氏に対して、警察と検察は来る日も来る日も長時間の厳しい取り調べを行い、袴田氏はまともにトイレにも行かせてもらえなかったという。日本の刑事裁判でそのような拷問同然の環境下に3週間も置かれた末の自白に基づいて有罪が確定してしまうのは、裁判所がそれを有効な証拠として認めているからだ。
     逆に欧米諸国の刑事事件で被疑者の起訴前勾留期間が最長でも2~3日と短いのは、それ以上勾留した後で得られた自白は被疑者側から「拷問があった」と主張され、裁判所もそれを認めるため証拠として使えないからに他ならない。袴田氏の裁判で末席の裁判官を務めた熊本典道氏(故人)は晩年、袴田さんは無罪であるとの心証を得ていたが他の裁判官の意見に抗えずに有罪判決に迎合してしまったことを悔やみ、謝罪している。
     裁判官時代に日本の裁判官としては異例中の異例とも言うべき30件以上の無罪判決を出したことで知られる木谷明弁護士は、日本の裁判官が無罪判決を出したがらない理由として、まず第一に無罪判決を書くのが大変だからだと証言する。裁判というのは検察の犯罪立証に対して「合理的な疑いを差し挟む余地」があれば無罪とするのが近代裁判の要諦だ。そのため裁判官が無罪判決を出すためには、検察の犯罪立証のどこに「合理的な疑いを差し挟む余地」があるかを明確に書かなければならない。
     その論拠が甘ければ、仮に一審で無罪となっても、検察に控訴され、二審では確実に逆転有罪となってしまう。有罪判決は容易だが無罪判決は裁判官の能力が試されるのだという。
     誰しも楽をしたいと考えるのが人情だ。裁判官にとっては検察の言い分をそのまま受け入れ有罪としてしまった方が、仕事が遙かに楽になるというのが、多くの裁判官の本音なのではないかと木谷氏は言う。
     また、木谷氏は検察の権限が強すぎることも、裁判官が検察の主張に引きずられやすいと同時に、冤罪を生む温床となっていると指摘する。
     日本では2021年には、裁判が確定した21万3,315人のうち、無罪判決を受けたのは94人のみで、割合にして0.04%だ。つまり1万件につき4件しか無罪にはならないのが日本の刑事裁判なのだ。確かに99.9%以上の有罪率というのは異常としかいいようがないが、実はこの数字には隠されたマジックがある。
     確かに日本では起訴されたら99.9%の可能性で有罪となるが、実は警察から送検されてきた事件のうち3分の2(64.2%)は検察によって不起訴や起訴猶予処分にされ、実際は裁判にはなっていない。つまり、検察は警察から送られてきた事件のうちほぼ確実に有罪にできる全体の3分の1ほどの事件だけを起訴し、それがほぼ100%に近い確率で有罪となっているということなのだ。このように公訴権を独占していることも検察の権限が強すぎる一つの要素となっている。
     しかし、このことが逆に検察にとっては大きなプレッシャーともなり得る。なぜならば、検察は事件を厳選し有罪にできる事件しか起訴していないのだから、いざ起訴した事件は必ず有罪にしなければならないことになる。しかし、人間なので必ずミスは起きる。最初の見立てが間違っていたことに後で気づくこともあるだろう。
     しかし、一度起訴してしまった以上、何が何でも有罪にしなければならない。刑事事件、とりわけ社会から注目される刑事事件で起訴をしておきながら無罪になどなってしまえば検察の信用はまる潰れだ。担当検事やその上司の経歴にも大きな傷を付けることになる。そうした中で冤罪が起きる。酷いケースでは自白の強要が行われ、時として証拠の捏造まで起きていたことが、近年明らかになっている。
     検察が圧倒的に優位な司法制度と、本来であればその司法をチェックするはずのメディアが、逆にその制度の走狗となって世論を誘導する中、仮に検察立証に疑いがあったとしても、裁判官にとって無罪判決を書くことには計り知れない勇気と能力と責任感、そして使命感が求められる。そもそも裁判官が有罪判決は気楽に書けるが、無罪判決を書くには覚悟が必要な制度自体が倒錯した制度と言わなければならないが、それ自体が日本の司法制度の異常さと歪みを象徴していると言っていいだろう。
     伝説の無罪裁判官として法曹界の尊敬を一手に集める木谷明氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    今週の論点
    ・無罪率が極めて低い日本の刑事司法
    ・戦後5件目の死刑囚の再審無罪事件となることが目される袴田事件
    ・検察優位の司法制度・慣習
    ・日本の刑事司法の課題とは
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■ 無罪率が極めて低い日本の刑事
    神保: 今日は2023年3月17日の金曜日、これが1145回目のマル激となります。
    今日のテーマは日本の司法制度ですが、これは進歩しないどころか部分的に悪くなっていると思います。問題は、世の中の人が刑事司法の問題を自分事だと思っておらず、また国内で正義が貫徹されるかどうかが人々にどれだけ心理的影響を与えるのかについて関心がないことにあります。メディアの問題もあります。完全に警察や検察にぶら下がってしまっている主要メディアは、リークをもらい続けるために彼らについて悪く言えないのです。
     これだけ大きな国の司法制度が国連で「中世の制度」という指摘を受けるような状態が続いているのが現状です。
     本日のゲストは、元裁判官で現在は弁護士の木谷明さんです。木谷先生は裁判官時代に無罪判決を30件以上も書かれたということで、法曹界においては非常に有名な方です。 

    記事を読む»

  • 安斎育郎氏:どれだけ月日が流れても原発の危険性は語り継いでいかなければならない

    2023-03-15 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年3月15日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    マル激トーク・オン・ディマンド (第1144回)
    どれだけ月日が流れても原発の危険性は語り継いでいかなければならない
    ゲスト:安斎育郎氏(立命館大学名誉教授)
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     50年前から原発の危険性を訴え続けている孤高の科学者がいる。放射線防護学が専門の安斎育郎立命館大学名誉教授だ。
     東日本大震災から12年にあたる今年、岸田政権は原発の再稼働を一層進めるとともに、60年を超えた原発の運用期間をさらに延長することに加え、歴代政権が否定してきた原子炉の新増設まで打ち出している。それはあたかも12年前のあの恐ろしい事故を忘れてしまったかのようだ。
     原発事故や地震、津波でどのような被害があったかを記憶にとどめるため、これまで被災地内の各地にさまざまな展示施設が建設されてきた。特に原発事故の被害が集中した福島県では、国が53億円をかけて2年半前にオープンさせた「東日本大震災・原子力災害伝承館」を含め、国土交通省が管轄する震災伝承ネットワーク協議会に登録されている施設だけでも10か所にのぼる。もちろん記憶の伝承は大切だが、そこで何を伝え、何を後世に残すかは大きな課題だ。
     双葉郡楢葉町にある室町時代から続く浄土宗の宝鏡寺の境内に建つ伝言館は、去年暮れに亡くなった早川篤雄住職が私費を投じて作ったものだ。原発の問題点を指摘する展示が並ぶこの施設は、震災伝承ネットワーク協議会には登録されていない。
     福島第二原発1号炉の設置許可が出た1970年代前半に、原発のことを知りたいと早川住職から声をかけられて以降、住職と二人三脚で原発政策の問題点を訴え続けてきたのが、放射線防護学が専門の安斎育郎氏だ。境内にある原発悔恨・伝言の碑には、半世紀にわたり原発の危険性を訴えてきたにもかかわらず、12年前の事故を防ぐことができなかったことへの早川住職と安斎氏の激しい悔しさが刻まれている。
     安斎氏は、東大原子力工学科1期生でありながら、学びを進めるうちに原発の危険性に気づき、日本の原発政策に疑問を持つようになったという。大きな転機となったのが、1972年12月に日本学術会議の第一回原子力問題シンポジウムで、まだ30歳代前半だった安斎氏が行った基調講演だった。
     そこで安斎氏があげた6項目の問題点は、自主性が保たれているか、経済優先となっていないか、地域開発に抵触しないかなど、今にも通じる重要なポイントばかりだ。なかでも安全性については、今回の事故でも問題となった緊急炉心冷却装置の欠点が安斎氏によってすでに50年前に指摘されていたのだ。
     政府の原発政策に批判的な立場をとったために、政府からは反原発の研究者として目を付けられ、その後の研究活動が厳しく制限されるようになったという。しかしその一方で、原子力工学や放射線防護学の専門家として早川住職をはじめ原発立地予定地の住民らと話し合う機会を持つようになり、そこで自分は鍛えられてきたと安斎氏は語る。
     2011年の原発事故後は仲間とともに「福島プロジェクト」を立ち上げ、福島に通い続け放射線防護の立場から調査や相談にのっている。82歳になった今も信念を貫き、少しでも事態を改善させるための活動を続ける安斎氏と、先月楢葉町の伝言館を訪れた社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    今週の論点
    ・人類に希望と絶望を与えた原子力
    ・反国家的イデオローグといわれた、原子力発電の6つの問題点
    ・放射線防護学に基づく「福島プロジェクト」の中身
    ・原発事故の教訓をどう伝え、活かしていくか
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■ 人類に希望と絶望を与えた原子力
    迫田: 今日は2023年3月10日、第1144回のマル激です。明日で震災から12年になりますが、この12年間にいろいろなことが起こりました。あの時のことを皆さんはどう思っているのでしょうか。
    宮台: 僕や神保さんは、この事故をきっかけに従来の電力供給体制が変わり、原子力発電からは離脱していく方向になり、送電線網は地方電力会社が作った基盤に依存し続けるのはなく、自立分散型になっていくだろうと思いました。まちづくりについても、行政が用意したプラットフォームにしたがうのではなく、住民の声にしたがった下からのまちづくりに変わってほしく、またそういう方向に行くべきだという番組を散々やってきました。
     少なくとも東京に住んでいれば、福島第一原発の事故がなかったように生きていくことができます。それでエネルギーシフトに遅れ、EVシフトに遅れました。一昨日はロケットの打ち上げが大失敗し、これで日本はロケット市場からたたき出されましたが、自動車市場でも同じようなことが起こるのは確実だと思います。 

    記事を読む»

  • 橘川武郎氏:原発ではなく再エネを伸ばすことこそが国益だ

    2023-03-08 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年3月8日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    マル激トーク・オン・ディマンド (第1143回)
    原発ではなく再エネを伸ばすことこそが国益だ
    ゲスト:橘川武郎氏(国際大学副学長)
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     資源のない日本が原発回帰などという寝ぼけたことを言っている場合なのか。
     岸田政権は2023年2月10日、原発の60年を超えた運転や新増設を認める「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。12年前の原発事故の後に打ち出した「原発の新増設や建て替えを想定しない」としてきた従来の方針を大きく転換させたことになる。あれほどの事故を経験しておきながら、早くも原発回帰などという選択肢がありうるのか。
     福島第一原発の大事故を経験した日本は、遅ればせながら2012年に電力の固定価格買取制度(FIT)を導入するなどして、再生可能エネルギーを主力電源化する基本方針を定めた。再エネの主力電源化はエネルギー基本計画の中でも謳われている。しかし、震災から12年が経った今、日本の全電源に占める再エネのシェアは先進国の中では最低水準にとどまっている。
     結局、この12年間、期待したほど再エネを増やすことができず、だからといって大手を振って原発を動かすこともできないので、結果的に日本はガス、石油、石炭などの化石燃料を使った火力発電に依存せざるを得なかった。地球温暖化問題を話し合う国際会議COPで、不名誉な「化石賞」が日本の指定席となっていたのはそのためだ。そうこうしている間にウクライナ戦争が勃発し原油価格が高騰したために、日本のエネルギー価格も高止まりし、日本ではあらゆる商品の値上げラッシュが続いている。
     そうした中、政府は人々の原発事故の記憶も多少は薄らいできたとでも考えたのだろうか。福島ではまだ故郷に帰還できない人が大勢いるというのに、ここに来て原発回帰などと言い出している。再エネは増やせず、値が張る化石燃料にも依存できないので、原発依存に戻るしかないという理屈だ。
     しかし今こそ、日本がなぜ他の先進諸国のように再エネのシェアを増やすことができないのかを、あらためて考えるべきではないか。民主党政権下で導入されたFITの効果で、日本は太陽光発電の発電量だけは大幅に伸ばしてきた。今日、日本の太陽光発電量は世界で3番目に多いところまで来ている。
     しかし、他の再エネ先進国が太陽光の他にも風力やバイオマス、地熱など多様な再エネを推進できているのに対し、日本は太陽光以外の再エネがほとんど伸びていない。また、太陽光もFITの導入当初は爆発的な伸びを見せたが、買い取り価格が下がるにつれて発電量の増加ペースは鈍ってきている。
     経済学者でエネルギー問題に詳しい橘川武郎・国際大学副学長は、この先、日本が再エネのシェアを伸ばすためには、市民参加型の再エネを実現していくことが必要だと言う。ここまで日本の再エネ事業は主体がその地域とは関係のない大資本が中心で、特に太陽光発電や陸上・洋上風力発電についてはさまざまな理由から建設に反対する地域住民や漁協などとの軋轢が大きくなっていた。
     ヨーロッパで普及している市民風車のように、地域住民を巻き込んで再エネ事業を進めていけるようになれば、地形的な特徴など地域住民にしか分かりづらい情報も集まりやすくなり、計画もよりスムーズに進むはずだと橘川氏は指摘する。
     他にも再エネ後発国である日本は、他の再エネ先進国の成功例を参考にするとともに失敗経験を教訓にした、ベストな計画の推進が本来であれば可能なはずだ。しかし日本の一番の問題は、何をしなければならないかがわかっていても、既得権益のしがらみや政策当事者の能力不足などが原因で、それを実現できないことが多いことだ。そして、日本が合理的なエネルギー政策を実現できるか否かは、結局のところ原発の既得権益層の影響力を排除できるかどうかにかかっていると橘川氏は言う。
     なぜ日本は再エネを増やすことができないのか。日本が原発回帰をしなくてすむための大前提となる再エネのシェアを増やすためには、具体的には何をすればいいのかなどについて、橘川氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    今週の論点
    ・矛盾だらけの原発政策
    ・日本の再エネが増えない理由は「原発脳」にある
    ・再エネを増やすために必要なことはゲームチェンジ
    ・希望がもてる日本的アプローチ
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■ 矛盾だらけの原発政策
    神保: 今日は2023年3月4日の土曜日、これが第1143回のマル激です。3・11が近づいているということもあり、それに関連したテーマをやりたいということで、ゲストには国際大学副学長で、エネルギー産業論がご専門の橘川武郎教授にお越しいただきました。
     今ここにきて岸田政権が、「GX実現に向けた基本方針」に原発政策の転換を盛り込みました。これが「転換」かどうかについてもお話を聞きたいですが、原発回帰ともいえるような政策を打ち出したわけです。原発停止期間分の延長で60年超の運転が可能になるということですが、3・11以降10年間止まっていた原発はいくつもありますから、それらは70年まで運転が可能になります。
    また、「GX実現に向けた基本方針」には次世代革新炉への建て替えによる新増設や、2030年度の電源構成に占める原子力比率20~22%に向けての再稼働推進などがあります。
     2030年までの電源構成目標がどう変わってきたかを見ていきたいのですが、2015年にまず長期見通しを出した時は、水力も含めた再エネが22~24%、原子力が20~22%、天然ガスが27%、石炭が26%、石油等が3%でした。2018年に第5次エネルギー基本計画が出ましたが、ここでは2015年の時の数字がそのまま踏襲されました。
    2021年10月に第6次エネルギー基本計画が出て、ここではやっと再エネが36~38%、原子力が20~22%、天然ガスが20%、石炭が19%、石油等が2%、水素・アンモニアが1%という目標設定をしました。原子力の比率はそのままで、化石燃料を減らす分再エネを増やしたというのが、2021年の基本計画です。
     しかし2021年の実績については、再エネが20.2%、原理力が6.9%、天然ガスが34.4%、石炭が31.0%、石油等が7.4%です。9年間で再エネは2倍弱、原子力は3倍くらいにしないといけないことになります。その分化石燃料の依存度を減らしていくというのが今回の「GX実現に向けた基本計画」で出た中身なのですが、まずこの見通しについて先生の考えをお聞かせください。 

    記事を読む»

  • 塩川伸明氏:この戦争がなかなか終わらないロシアとウクライナの国内政治事情

    2023-03-01 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年3月1日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    マル激トーク・オン・ディマンド (第1142回)
    この戦争がなかなか終わらないロシアとウクライナの国内政治事情
    ゲスト:塩川伸明氏(東京大学名誉教授)
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     ロシアがウクライナへの侵攻を開始してからこの2月24日で1年となる。
     ロシア軍の一方的な侵略によって始まった今回のこの戦争は、ロシアによる侵略戦争であり、ウクライナは自国防衛のための戦争を戦っていることは明らかだ。しかし一度戦端が開かれれば、当事国内にさまざまな政治的事情があるため、停戦や和平の実現は容易ではない。そして戦闘が続く限り、多大な犠牲が出る。
     特に国土が戦場と化しているウクライナでは、民間人の犠牲者が増え続け、国土の荒廃も進むなど、市民は多大な犠牲を強いられることになる。どうすればこの不毛な戦争を終わらせることができるのか、ロシア近現代史が専門の塩川伸明東京大学名誉教授に聞いた。
     今回のロシアによるウクライナ侵攻の背景に、NATOの東方への拡大やウクライナの西側への傾倒などがあることは広く指摘されてきたが、塩川氏はそれと同時にロシアの国内事情、とりわけプーチン大統領のロシア国内における政治的な立場も大きく関係していると指摘する。
     1991年にソビエト連邦が解体され共産党支配から解放されたロシアは、国土の相当部分を失うとともに、国内政治は混乱の度合いを極めた。ロシアは先進主要国首脳会議(サミット)にも招かれるようになり1998年以降はG7をG8に名称変更するなど一定の待遇は得ていたが、その間、王政時代からソ連時代を通じてロシア人の精神構造に深く組み込まれていた「大国意識」は、ずたずたに踏みにじられていた。
     エリツィン大統領の下での混乱と屈辱の時代を経て、平和と安定をもたらすことを期待されて2000年に大統領の座についたプーチンも、当初は西側と友好的な関係を築こうとしていた。
     しかし、旧東欧圏の国々やバルト三国が相次いでNATOに加盟したほか、ロシアにとっては同盟国だったセルビアに、ロシアに何の相談もなくNATO軍が空爆を行ったり、同じくロシアが権益を持っていたイラクにアメリカが侵攻し一方的にレジームチェンジを行うなど、西側クラブの中で自分たちがことごとく軽視されているという思いや挫折感、屈辱感などを多くのロシア人が抱くようになっていったという。
     その一方で、ウクライナ侵攻の前、プーチンは年金改革の不人気などが理由で、国内の支持率は低迷していた。実はプーチンは2014年のクリミア侵攻前、支持率がかなり低下していた時期があったが、ロシア系住民が多数派を占めるクリミアを併合し同じくロシア系住民が多いドンバス地域に軍事介入をすると、プーチン支持が一気に高騰するという成功体験を持っていた。塩川氏は今回のウクライナへの軍事侵攻も、支持率の回復を狙う側面があっただろうと指摘する。
     しかし、塩川氏によると、自身が院政を敷く上で適当な後継者が見つからず、自身の高齢や健康問題などが取り沙汰される中、プーチンは明らかに判断力が鈍っていた。そのため一旦あのような戦争を始めたら簡単には出口が見つからなくなることまで十分に考えられていなかった可能性がある。
     今回のウクライナ侵攻が、ロシアで独裁的な権力をほしいままにするプーチン個人の暴走に依るところが多いことは間違いない。しかし、そのような無謀な戦争を圧倒的多数のロシア人が支持し、侵攻後プーチンの支持率も一気に上昇していることが、独立系の世論調査機関の調査でも明らかになっている点は見逃すことができない。
     ロシア国内の情報統制や反対派による政治活動の弾圧などがあったとはいえ、ロシア人、とりわけ1990年以前のアメリカと肩を並べる超大国時代のロシアを知っている世代のロシア人の多くが、その後ロシアが大国の座を追われ、アメリカを始めとする西側諸国から二等国扱いを受けるなどの屈辱を味わってきたことに対する挫折感という共通感情があり、かつては自分たちの子分格だったウクライナがロシアに背を向けて西側の仲間入りを指向していることもまた、その挫折感を逆なでしているというのだ。
     その一方で、塩川氏はすべてのロシア国民が今回の戦争を積極的に支持しているわけではないと言う。今日のロシアでは表立って政府に反対するのは難しいが、それでも熱烈な挙国一致という雰囲気ではない。マイダン革命後にロシア系住民を保護するという名目で介入したクリミア併合は広くロシア人に支持されたが、もともと同胞であるはずのウクライナと戦火を交えることに対しては、ロシア人は複雑な感情を抱いているのが実情のようだ。
     一方的に侵略を受けたウクライナとしては、西側諸国からの支援が続く限り防衛戦争を戦うしかないし、西側諸国としてはウクライナを見捨て、ロシアによるあからさまな侵略を指を咥えて見ているわけにはいかない。
     しかし、その一方で、核大国のロシアをギリギリのところまで追い込み、核戦争や第三次世界大戦まで戦火を拡大することも避けなければならない。その意味で、残念ながらこの戦争の出口の鍵は多分にロシアが握っていることは否定できない。
     まずはこの戦争を長期化させている両国の国内事情、とりわけ政治状況がどうなっているかを確認した上で、どのような終わり方が考えられるのかなどについて、塩川教授とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    今週の論点
    ・ロシアの大国意識と被害者意識
    ・急進ナショナリズムに転換したゼレンスキー政権のウクライナ
    ・どんな出口がありうるのか
    ・われわれが得るべき教訓とは
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■ ロシアの大国意識と被害者意識
    神保: 今日は2023年2月23日、第1142回目のマル激です。明日でロシアによるウクライナ侵攻から一年となります。ゲストは東京大学名誉教授で、ロシア・旧ソ連の近現代史がご専門の塩川伸明さんです。早速ですが、この戦争が一年も続き、今のようなこう着状態になっていることをロシアの専門家として予想されていましたか。
    塩川: 私はいつも先のことは分からないと言う主義ですが、一旦始まってしまえばそう簡単には収まらないだろうという気はしていました。具体的にどうなるかということについては全然分かりようがないので、この一年間はあれよあれよという思いで見守っていたという感じですね。
    神保: 報道では今の戦況やウクライナの市民生活について取り上げられることが多いのですが、今日伺いたいのは、ロシアとウクライナの国内政治の状況といった、この戦争が終わらない背景です。プーチンに対する姿勢やウクライナ戦争に対する姿勢、あるいは西側に対する姿勢など、一年経ってロシアの国内はどうなっているのでしょうか。 

    記事を読む»