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  • 田中秀和氏:航空機の重大事故を防ぐために設けられた幾重ものセーフティーネットはなぜ働かなかったのか

    2024-01-31 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年1月31日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1190回)
    航空機の重大事故を防ぐために設けられた幾重ものセーフティーネットはなぜ働かなかったのか
    ゲスト:田中秀和氏(元航空管制官)
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     起きてはならない事故が起きてしまった。
     1月2日、羽田空港の滑走路上で着陸してきた日本航空の大型旅客機と離陸しようとしていた海上保安庁の小型航空機が衝突してしまったのだ。日航機は衝突後炎上したが、乗員の機敏な判断で379人の乗客・乗員は全員が間一髪で脱出に成功した。しかし、海保機は完全に大破し乗っていた6人のうち機長を除く5人が亡くなった。5人が亡くなっただけでも十分に悲惨な重大事故であることは言うまでもないが、今回の衝突事故は一歩間違えば400人近い日航機の乗客・乗員が命を落としていてもまったく不思議でない、非常に深刻な事故だった。
     ここまで出てきた情報では、離陸準備をしていた海保機が何らかの理由で管制からの指示を誤認、もしくは指示通りに動かずに、日航機が着陸してくる滑走路に出てしまったことが、無線交信記録などから分かっている。しかし、人間であれば誤認や勘違いなどのヒューマンエラーは容易に起き得る。指示を誤認しても直ちに重大な航空機事故につながらないように、羽田空港では幾重ものセーフティーネットが設けられているはずだったが、今回はその全てが破られてしまった。
     元管制官の田中秀和氏は、今回の事故では事故を未然に防ぐために少なくとも3つのセーフティーネットがあったはずだが、それがいずれも機能しなかったと指摘する。破られた1つ目のセーフティーネットは、過って滑走路に出てしまった海保機の機長や他の乗員が、着陸のために接近してくる大型の日航機になぜ気付けなかったのか。通常のルーティンでは滑走路に入るときに目視で周囲を確認することになっている。
    今回海保機がC滑走路に入るために利用したC5誘導路は、滑走路への進入角度が直角なため、右側を見れば、近づいてくる大型機の機影が容易に視界に入っていてもおかしくなかった。海保機側が周囲をチェックしていなかったか、チェックはしたが見えなかったか、見えてはいたが滑走路に進入しても問題ないと考えたのかなどは、現時点では分からない。
     2つ目は、なぜ管制は海保機の誤進入に気付けなかったのかだ。田中氏は、管制が気付いていたとすれば、直ちに日航機、海保機双方に指示を出すはずで、それが無線の録音に残っているはずなので、今回は管制が誤進入に気付いていなかった可能性が高いとの見方を示す。管制官の前には滑走路占有監視支援機能という監視モニターが設置されており、進入してはいけない航空機が滑走路に入れば、警告のためにその機影が赤く表示されるようになっている。
    海保機は誤進入した滑走路上に40秒間停止していたことが分かっており、40秒もの間、管制官が監視モニターを1度も見ないということは通常では考えられないと田中氏は言う。単なる見落としだったのか、管制官が40秒以上もモニターを見られないような、何か別の事象が管制塔内で起きていたのか。これも調査結果を待つしかない。
     そして、3つ目のセーフティーネットは、着陸しようとするJAL機の機長や副操縦士が滑走路上に停止している海保機に気付けなかったのかということだ。今回、日航機のコックピット内には3人の操縦士がいたが、誰も海保機を視認することができなかったのか。今回の副操縦士が資格試験のための訓練中だったことと関係があるのか。
    また、このエアバスA350という最新機種はフロントガラス上に機体の高度、速度などがヘッドアップディスプレイによって映し出されるような仕様になっている。そもそも夜の滑走路上に停まっている小型機を目視することは容易ではないが、このヘッドアップディスプレイがどの程度、コックピットからの目視の妨げになったのかは、現時点では分からない。
     それぞれのセーフティーネットがなぜ機能しなかったのかについては軽々に判断すべきではないとしながらも、自身が17年間那覇空港や中部国際空港で航空管制官として勤務した経験を持つ田中氏は、他にどんな事情があったとしても、誤進入した海保機の存在に40秒以上管制官が気付けなかったことの責任は重いと言う。単なる見落としだったのか、それとも40秒間も滑走路や監視モニターを見ることが難しくなるような特殊な事象が起きていたのか、それも調査結果を待つしかない。
     ちなみにメディアでは盛んにストップバーライト(停止線灯)が稼働していれば事故が防げた可能性が取り沙汰されているが、それは的外れな指摘だと田中氏は指摘する。ストップバーライトは、全ての誘導路にあらかじめ赤信号を灯し、入るときには管制からの指示とともに赤信号が消える仕組みだが、それが一部故障していたことがメディア報道などで指摘されている。しかし、羽田空港ではこの機能は視程が600m以下の時のみ使用されることになっているため、仮に壊れていなかったとしても今回は使われていなかった。
    また、今回事故が起きた羽田空港のC滑走路には、C1からC14までの誘導路が順番に並んでいるが、両端を除くC3からC12は、そもそも管制から制御できるストップバーライトが設置されていない。
     ただし今後の改善点として、すべての誘導路にストップバーライトを設置し、天気や視界とは関係なくこれを常時稼働させるべきという議論はあり得るかもしれない。
     もう一つ気になる点は、過去10年にわたり、国土交通省の公務員の削減計画に合わせて、航空管制官の数も年々削減されている。数が減れば一人の管制官にかかる負担が大きくなることは間違いないが、しかし田中氏は単純に管制官の数が増えればいいという問題ではないと言う。今回なぜフェイルセーフが働かなかったのかを解明しない限り、人数だけ増やしたところで安全性は向上しないだろうと田中氏は言う。
     今回の事故で航空管制官という存在がクローズアップされているが、われわれは今まで管制というものについてあまりに知らず、任せきりで来てしまった。そもそも管制とはどのようなもので、今回の事故はなぜ避けられなかったのかなどについて、元航空管制官の田中秀和氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・航空管制とは何か
    ・なぜ海保機は滑走路に入ったのか、管制はなぜ気づかなかったのか
    ・避けられるはずの事故だった
    ・調査と捜査の混同が原因究明を阻む可能性
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    ■ 航空管制とは何か
    神保: 今日は2024年の1月27日、第1190回目のマル激となります。1月1日に地震があり、2日には羽田で航空機の衝突事故がありました。事故調はなぜあの事故が起きたのか、なぜ防げなかったのかということをもちろん調査していて、警察も誰に業務上過失致死罪を負わせるのかという捜査をしています。
    結果が出るのはずいぶん先になりますが、その間にも飛行機は飛んでいるので、安全なのかどうかということが皆さんの関心事になっていると思います。今回は僕らが全く知らない分野である航空管制というものが一体どうなっているのかということを、専門の方に伺いたいということで企画しました。
    宮台: 日本には原因究明についての免責がないということに関連するかもしれませんが、エラーや間違いがあっても大丈夫なようなシステムがあったかどうかが気になります。そういうものが二重三重にあれば、色々なエラーはそれ自体が原因にはなりにくいはずですよね。したがって何が原因だったのかということよりも、システムがどういうふうに組み合わさった状態で、実際にどのように機能したのかということを知りたいです。
    神保: 捜査に関しては、免責を与えて協力させるということが日本の国民性に合っていないという理由で司法制度調査会などは拒絶してきました。しかし2016年の刑訴法の改正で、検察に協力すれば免責、あるいは軽減させるという制度を導入しているわけです。
    他国では、一人の人間に責任を負わせることよりも事故原因の究明が大事だから、公益的だという理由で免責制度が設けられているのですが、それが国民性に合っていないと言いながら自分たちの権限を強める司法取引を平気でやっています。
    検察への協力と事故原因の究明のどちらが大事なのかという話なので、そこは市民が怒らなければならないことだと思います。刑事捜査が始まることで事故原因の究明が難しくなるということはテーマとしてやらなければならないことで、船が沈んだり列車が脱線したりしても全て、誰のせいにするのかという話になってしまいます。司法については誰も手出しができず、メディアは記者クラブ制度のせいで全くチェック機能が働いていないのでやりたい放題になっています。
     航空管制に何が起きていてどういう状況なのかということを勉強させていただき、その上で今回の事故をどう見るのかということを考えたいと思います。本日のゲストは元航空管制官の田中秀和さんです。田中さんは航空管制官として那覇空港、中部国際空港で17年間に渡って管制官をやられていました。3年前に退職され、現在は航空管制コンサルタントとして活動されています。
     別の報道で現役管制官や元管制官の話を聞くと、管制の仕事はミスが事故に直結してしまうということで、非常に神経を削るような仕事だといいます。また人員にも余裕がないので長時間集中していなければならないということが嫌で辞める人がいますが、田中さんにもそういう要素はありましたか。 

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  • 新田國夫氏:早急に支援体制を作らなければ災害関連死は防げない

    2024-01-24 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年1月24日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1189回)
    早急に支援体制を作らなければ災害関連死は防げない
    ゲスト:新田國夫氏(医師、日本在宅ケアアライアンス理事長)
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     元日に能登半島を襲った最大震度7の地震は、建物の倒壊、土砂災害、津波、火災などで甚大な被害をもたらした。1月19日の時点で報告されている死者数は232人。この中には地震発災後に亡くなった、災害関連死と認定された14人も含まれている。
     今後、災害関連死をどう防ぐかが、大きな課題となる。
     災害関連死は、阪神・淡路大震災以来、繰り返し問題とされてきた。震災を生き延びながら、その後、支援が行き届かずに亡くなる人が後を絶たないのだ。その中には避難所での感染症まん延、厳しい寒さによる低体温症、同じところにじっとしていることから起こるエコノミークラス症候群、誤嚥性肺炎などが含まれる。ことに高齢者にとっては避難生活がそのまま健康を害することにつながる場合が多い。
     19日午後2時の段階で、避難を続けている人は石川県の発表で県内の359カ所の避難所に1万4,000人。その多くは家が倒壊したり、ライフラインが途絶えて自宅での生活が困難になっている人たちだ。金沢市内などに設けられた1.5次避難所や、ホテルや旅館などに二次避難した人たちもいる。
     災害関連死を防ぐために、全国から医療や福祉の関係者が支援に入り避難生活を支えているが、支援の手が届かない被災者が大勢取り残されている。
     ビデオニュースでは、1月13日から14日にかけて、避難所や介護施設や自宅で寒さと雪や雨の中、必要な医療支援を受けられていない高齢者の現状を把握し、支援につなげるために被災地に入った医師の新田國夫氏に同行し、高齢化率50%を超える能登半島北部の穴水町、能登町を訪ねた。
     地震発生から約2週間が過ぎても、施設で暮らしていた高齢者たちは苛酷な状況に置かれていた。地震までは普通に歩いていた人たちが雑魚寝状態の狭い部屋の中で寝たきりになり、そこに追い打ちをかけるように新型コロナの感染が広がっていた。起き上がることができずに大きな褥瘡(床ずれ)ができている高齢者もいた。
     さらに、介護が必要な高齢者を抱えているために避難所に行けない人たちもいた。われわれが訪ねるまで支援者は誰も来ておらず、電話も通じずテレビも見られないという状況に置かれていた。介護事業所も被災し、これまで当たり前に利用できていた介護サービスはストップしていた。在宅避難をして困っている世帯がどのくらいあるのかは行政でも把握できず、地域の介護関連のリソースがどのくらい被災し今後の見通しがどうかもまだ把握されていなかった。
     在宅療養支援医協会会長で在宅ケアに取り組む新田氏は、特に高齢者の場合は、急性期のDMATなどの医療派遣から、生活を支える医療に早い段階から移る必要があるが、それが難しい状態にあると指摘する。医療や看護、介護など多くの団体が被災地に入り支援を行っているが、それでも必要な支援が届かない人たちが大勢いる。東京郊外の国立市で地域包括ケアに取り組んでいる新田氏は、地域全体を面でとらえ生活を支える仕組みをつくらないと災害関連死は防げないだろうと語る。
     震災を生き延びた被災者たちを災害関連死から守るために今、何が必要なのか。高齢者を支えるケアに詳しい新田國夫氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・在宅避難者に支援が行き届かない現状
    ・不十分な情報共有体制
    ・治すことから治し支える医療へ
    ・大災害への備えとしての地域づくり
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    ■ 在宅避難者に支援が行き届かない現状
    迫田: 今日は2024年1月19日の金曜日、第1189回目のマル激トーク・オン・ディマンドとなります。今回は能登半島地震についての番組で、13日と14日に神保さんと現地へ取材に行きました。石川県知事が、能登半島の中でなかなか支援の手が届かない孤立集落はほぼ解消したと記者会見で述べていましたが、私たちが今回行ったところでは支援の手が届いていない被災者が多くいたということをぜひ知っていただきたいと思います。
    宮台: それは孤立集落ではない場所だということですよね。
    迫田: はい、町の中でした。今日は日常的に在宅ケアをされている医師の新田國夫さんと一緒に、特に在宅や高齢者ということについて今何が必要なのかということを考えていきたいと思います。これまでに起きた様々な災害についても、取り残されてだんだんと持病が悪くなり災害関連死という形で命を落とされる方がいましたが、今ならまだ間に合うかもしれないということで、手立てを考えたいと思います。
    宮台: 日本は元々地震が多く、2011年には東日本大震災、1995年には阪神淡路大震災があり、どんどんシステムが改善されてきているのかなと思っていましたが、必ずしもそうなっていないということですね。
    迫田: 良くなっているところもありますが、同じことを繰り返して教訓を学んでいないところもあるということですよね。今回の新田先生の視点は、在宅で取り残された人を助けなければならないというところにあります。
    新田: こういった震災の時には避難所等がマスメディアでも取り上げられます。避難をする病人は急性期の状態なので、DMATという急性期の疾患をトリアージするチームが診て、後方病院に送ります。しかし避難所にすら来られない人や、すぐに避難所から自宅に戻る人があっという間に災害関連死をしてしまうので、そういう人をどうやって診るのかということが課題だと思います。
    迫田: 能登半島地震は1月1日16時10分、石川県能登地方を襲いました。マグニチュード7.6で一時は津波警報なども出ました。私たちが行ったのはそれから2週間後でしたが、それでも様々な課題がありました。死者数は232人で、そのうちの14人が災害関連死として認定されています。この数字が増えることがないようにと思うのですが、非常に危惧されています。
    避難所と避難者の数は、輪島市は128カ所で4,797人、珠洲市は45カ所で2,335人、石川県全体では359カ所で13,934人。このほかに1.5次避難所が3カ所できています。1.5次避難所とは、2次避難所としてホテルや旅館、病院などに移る前の段階で1次避難所から移ってくる場所です。
     私たちは穴水町と能登町の2か所を訪ねたのですが、それはちょうど岸田首相が現地に入るという時でした。まずは穴水町の公立病院にあるDMATの本部に行きました。そこではKISA2隊(きさつたい)という在宅ケアを行っている医療関係者のグループが支援に入っていて、これは新型コロナの時に在宅ケアで病院に入れなかった人たちを訪問し医療を提供していた、主に関西の医師や看護師のグループです。その人たちが穴水町にある施設の高齢者支援をしていたので訪ねました。
    宮台: 避難所に避難していない方々は、避難する必要がないのか、必要はあるけれど避難できないのか、あるいは必要はあるけれど避難しない事情があるのかどうかはどうなっているのでしょうか。
    迫田: それはそれぞれの方のご判断ですが、最初は避難所にいたけれど電気が通ったので自宅に戻ったという人もいます。避難所は混んでいて寒いので、それであれば自宅の方が良いということで戻った人もいます。それ以外にも、足が不自由でとても避難所までは行けないという人や、介護が必要な親がいてそこまでは連れていけないという人がいます。 

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  • 富崎隆氏:民主政の下では「政治のための金」と「金のための政治」を見分けなければならない

    2024-01-17 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年1月17日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1188回)
    民主政の下では「政治のための金」と「金のための政治」を見分けなければならない
    ゲスト:富崎隆氏(駒澤大学法学部教授)
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     政治がこのまま自浄能力を発揮できなければ、結果的に日本の政治はますます小さくならざるをえない。しかし、それは主権者のわれわれにとって決して歓迎すべきことではないはずだ。
     パーティ券裏金スキャンダルによって政界が激しく揺さぶられている。既に現職の国会議員が逮捕され、司直の手はいよいよ安倍派の幹部クラスにまで及ぶとの見方も出てきている。
     しかし、その一方で、岸田首相の肝いりで政治改革のあり方を議論する目的で立ち上がった「政治刷新本部」は、少なくとも第1回会議では派閥解消をめぐる表面的な議論に終始するなど、何ら本質的な議論が交わされそうもない。日本の政治は完全に自浄能力を失ったかに見える。
     「政治と金」の問題は戦後一貫して日本の政治の大きな課題であり続けてきた。1948年の昭和電工事件を皮切りに造船疑獄、ロッキード事件、リクルート事件、佐川急便事件等々、日本の政治は定期的に疑獄事件を引き起こし、その度に東京地検特捜部の手によって数多の政治家たちが刑事訴追され、その政治生命に致命傷を負ったり、失脚させられてきた。そしてその度に政治資金規正法は「強化」されてきたはずだが、今日にいたっても政治と金の問題は一向に解消されていないことが、今まさに明らかになっている。
     民主政治における政治資金の役割などを専門に研究している駒澤大学法学部の富崎隆教授は、まずわれわれ主権者は政治にはある程度お金がかかることを理解する必要があると語る。政治家が独自に政策を立案しようと思えば、それ相応の能力を持ったスタッフが一定数必要になる。また、自身の政策を訴え広く国民から支持を受けるためには、例えばチラシを1枚作るにもお金が必要だ。民主主義にとって政治資金は不可欠なものであり、それが政治資金が「民主主義の血液」と呼ばれる所以でもある。
     しかし、その一方で、政治に金がかかり過ぎれば、資金力のある個人や団体の影響力が大きくなり、腐敗や汚職を生みやすくなる。また、一定以上の資金力がなければ政治家になれないようでは、政治への参入障壁が高まり、一部の富裕層しか政治に参加できなくなる恐れもある。
     つまり、お金は政治に不可欠なものではあるが、それが多過ぎても問題がある一方で、これを抑え込み過ぎれば、有権者によって選ばれた政治家の力が削がれ、相対的に官僚の力が大きくなる。それは民主政治の根幹に関わる。検察、警察、軍隊などの暴力装置を持つ政府を、公正な選挙によって有権者から選ばれた政治家がしっかりと統制することが、民主政治が正常に機能するための大前提となるからだ。
     では、政治資金はどのように管理されるべきなのか。富崎氏は何はともあれ、政治資金をガラス張りにして、誰が政治資金を提供しているのか、また政治家はそれを何のために使ったのかがすべて有権者に開示されなくてはならないと指摘する。
     金額の多寡やどの程度が適切な金額になるかなどの「量的制限」には議論の余地があるが、いずれにしても政治資金は完全に透明化されていなければならないというのだ。
     その意味で、現在の政治資金規正法はいかにも中途半端だ。部分的に金額への量的規制がある一方で、透明性という意味では、個人献金も企業献金も5万円以上の寄付者しか氏名は公表されないし、パーティ券にいたっては20万円まで非開示が認められている。しかも、政党交付金が導入される際に禁止されたはずの政治家個人に対する企業・団体からの献金も、政党に対しては1億円まで認められており、政党から政治家に対する寄付には何ら制限がない。また、パーティ券も事実上の企業・団体献金の抜け穴として広く利用されている。
     富崎氏は企業・団体献金も、出入りをガラス張りにするのであれば、禁止にすべきではないとの立場だが、ガラス張りとはほど遠い状態にある現行法の改正は早急に必要だと語る。
     富崎氏が考える政治資金規正法の改正は以下の3点に集約される。
     まずは議員の財布の一本化だ。現在、政治家は政党支部、資金管理団体、後援会という少なくとも3つの財布を持つことが許されており、しかし、後援会や個人の政治団体については無制限に持つことが認められている。財布が複数あることによって政治資金の流れが不明確になっていると富崎氏は指摘する。資金管理団体を1つに制限することはアメリカをはじめとする各国でも行われていることなので、何ら難しいことではないと富崎氏は言う。
     二つ目は、公開範囲の拡大・適正化、つまり資金の流れを有権者に対してガラス張りにすることだ。現行法では5万円以下の寄付者については氏名や住所の公開義務がないが、これを最低でも1万円以下にまで下げるべきだと富崎氏はいう。また、現在ネット公開されている政治資金収支報告書はPDF形式なため、データとして検索することができない。例えば、企業名で検索ができないため、ある企業が複数の政治家に総額でいくらの寄付をしたかを調べることが著しく困難なのだ。
     結果的に利用者は報告書や領収書を一枚一枚アナログ式に閲覧するしかない。要するにまったくデジタル化されていないのだ。閲覧者が使いにくいということは、要するにそれはガラス張りになっていないということだ。収支報告書の見やすい形でのデジタル化は、多くの先進国がとうの昔に実現していることであり、日本は先進国としては大きく遅れを取っている。
     そして三つ目は、中立的で独立した監査機関の設立だ。今回の裏金問題は赤旗のスクープ記事を元に神戸学院大学の上脇博之教授が派閥と企業の収支報告書を一つ一つ突き合わせるという膨大な手間と労力をかけて孤軍奮闘し、ようやく報告書の記載の不一致を見つけて刑事告発したことに端を発している。通常では政治資金収支報告書は総務省のチェックしか受けていない。これでは不正が蔓延るのも当然だ。
    政治資金を適正に管理するためには、政治資金の収支を日常的にチェックする中立性と独立性が担保された機関が不可欠だと富崎氏は言う。現在進行中の東京地検特捜部による刑事捜査に頼るのではなく、まずは公的な監視機構を設立し、その機関が収支報告書に不備がある場合は警告を出し、悪質な場合に限り行政訴訟によってその政治家の公民権停止の訴訟を起こすことができるような制度を作る必要があると富崎氏は言う。
     政治資金規正法はその第1条で、「政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われる」ことを目的とすると規定している。さらに第2条には、「政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないよう」法律を運用すべきとも書かれている。政治にかかるお金自体を少なく抑えるべきなのか、それとも本当に良い政治をする人にはきちんとお金が集まり、それを政治活動や政策立案に使えるようにする仕組みを整えるべきかということは、主権者であるわれわれが政治に何を望むかということに関わる重要な問題だ。
    少なくとも政治と金の問題を解決するために特捜検察に介入してもらい、悪いことをした政治家を懲らしめてもらうことで有権者が溜飲を下げるという現在の構図は、決して民主政治の健全な姿ではない。
     政治のためのカネとカネのための政治をいかに見分けるか。政治資金の透明化のためには何が必要で、なぜそれができないのか、われわれはどんな政治を望んでいるのかなどについて、駒澤大学法学部教授の富崎隆氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・政治資金は民主主義の血液
    ・企業・団体献金をどうすべきか
    ・政治資金の流れをガラス張りにするために必要なこと
    ・われわれはどんな政治を望むのか-政治のための金と金のための政治
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    ■ 政治資金は民主主義の血液
    神保: 今日は2024年1月11日、1188回目のマル激となります。これが新年最初の番組です。今日のテーマは政治とカネですが、世の中で言われている政治とカネの問題とは少し違うアングルになるかもしれません。
    宮台: 政治とカネについては過去20年同じことを話し続けています。政治家にカネを使いづらくさせれば良いだろうと多くの人は考えますが、基本的にプラットフォームを変えたい政治家となんとしてもそれを死守したい行政官僚との戦いにおいて政治家の力が奪われてはいけません。政治家の力が奪われてしまうと結局、統治のイニシアチブを行政官僚が握ってしまうということになるので、選挙活動に宣伝や動員を巡るお金がかかることは当たり前です。
    神保: 選挙活動だけではなく政策立案にも人を雇う必要があるのでお金がかかりますよね。
    宮台: 集合知を形成するためにはどうしてもお金がかかり、お金をかけない方法は一つもありません。したがって政治家から集合知を形成する力を奪うと、民主政とは関係がないような行政官僚が統治することになってしまいます。それを意識しないのは甘い、ということです。政治家がプラットフォームを変えようとする時に行政官僚がコントロールできるようになってしまえば、日本の経済的な失墜やそれに関連する文化的、社会的空洞を埋めることはできません。それなのに水戸黄門的な岡っ引きで溜飲を下げている場合ではありません。
    神保: メディアが行政官僚にくっついてしまっているので、どうしても今の文脈からすれば検察を応援してしまいます。実際に裏金問題は戒めなければなりませんが、逆になぜ裏金に頼らなければならなくなっているのかを考える必要があります。今の政治資金規正法や公職選挙法は抜本的に変える必要がありますが、その理由は政治家を弱めるためではないということは重要ですよね。
     ゲストは駒沢大学法学部教授の富崎隆さんです。富崎さんとは13年前にも同じようなテーマで話しましたが、専門家からすると、なぜ僕たちはまた同じようなテーマをやっているのだとお考えですか。 

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  • 泉房穂氏:人に優しい社会に変えていくためには政治の決断と予算の組み替えが必要だ

    2024-01-10 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2024年1月10日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1187回)
    人に優しい社会に変えていくためには政治の決断と予算の組み替えが必要だ
    ゲスト:泉房穂氏(元明石市長)
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     2024年最初のマル激は、元明石市長の泉房穂氏をゲストに招き、深刻な機能不全に陥った日本の政治をどう立て直せるかを議論した。
     歯に衣着せぬ発言で注目を集めている泉氏だが、その政治の原点は刺殺された故・石井紘基元衆院議員の秘書時代にあった。さきがけ、民主党などで1993年の初当選から国会議員を3期務めた石井氏は、税の使われ方が間違っていると主張し、特に国会の審議を経ずに省庁の裁量で雪だるま状に膨らんでいる国の「特別会計」の問題点を厳しく指弾するとともに、国民主体の国民会計検査院を設置する必要性を訴え続けていたが、2002年10月25日に右翼団体の幹部に刺殺された。
     もし石井氏が生きていれば、日本の国家予算はもう少し国民のために有効に使われていたに違いないと考える人が今も後を絶たない。いや、きっと今頃、総理候補になっていてもおかしくない、それほど人望に篤い政治家だった。そして、その石井氏の遺志の継承者を自任しているのが泉氏だ。
     泉氏はまた、自身の少年期の体験が今日の政治信条に大きく影響を与えたという。兵庫県明石市で生まれ、東京大学を卒業後、NHKやテレビ朝日勤務を経て弁護士資格を取得し、衆院議員を1期務めた後に明石市長に転身した泉氏だが、実は既に10歳の時に明石市長になろうと決めていたそうだ。障害を持つ弟に対して明石の人々がとても冷たかったので、将来自分が市長になって、明石市を困った人に手を差し伸べられるような優しい町に変えたかったことが理由だという。
     実際に泉氏は47歳で明石市の市長となり、数々の画期的な施策を打った。無駄な予算を削りその分、子ども関連の予算を2010年度の125億円から21年度の297億円まで増額した。特に18歳以下の子どもの医療費や第2子以降の保育料、中学校の給食費などを、いずれも所得制限を設けずに無料化した。
    数々の踏み込んだ子育て支援を実施した結果、2015年から2020年の5年間で明石市の人口は約1万人増え、その増加率は全国62の中核市の中で1位の3.55%を記録した。また、明石市の2021年の合計特殊出生率は全国平均1.30を大きく上回る1.65まで上昇した。予算の振り替えは役所や議会の抵抗を受けたが、市長自身が決断し反対派を説得することで、難しいと考えられていた施策を一つ一つ実現していったと泉氏は言う。
     市長の仕事で重要なことは、方針を決め、予算をシフトさせ、人事を適正化することの3つだと泉氏は言う。この3つこそが政治本来の機能だが、今の日本の政治家は官僚の言いなりで、まともに政治をしている人がいない。官僚は現状維持が究極の目的なので、能動的にそれまでの政策を転換する理由は何もないし、政策転換を行った結果に責任を負うこともできない。しかし、自分を選んでくれた市民の利益のために仕事をしなければならない政治家は、市民のための政策転換を断行する権限が委ねられており、それをやることこそが政治の役目だと泉氏は言う。
     日本はこの30年間、何ら政策転換を実行できなかった。その結果、政治も経済も社会も停滞を続け、今や日本はあらゆる指標で先進国の最下位グループに沈んでいる。しかし、1人当たりGDPがまったく上がらず、賃金も上がらない中、国民負担率だけは上昇を続けている。これでは国民の生活が苦しくなるのは当然だ。自身の生活が苦しくなれば、困っている人に優しくしたり、手を差し伸べたりする余裕が持てなくなるのも無理からぬことではないか。
     人口が増加していた高度経済成長期は、特に難しい選択をせずに現状維持の政治を行っていれば、放っておいても国は発展した。その時代は事務処理能力に長けた高学歴の官僚に国の運営を任せていればそれでよかった。しかし、日本の生産年齢人口は1995年をピークに毎年減少を続け、その傾向が少なくとも向こう50年は続くことが確実だ。そのような時代に国の舵取りを官僚に任せていては、日本はますます沈み続け、国民負担は増える一方だ。
    今こそ政治が大きな政策の転換を決断しなければならないのに、依然として日本の政治家は官僚の手のひらの上で踊らされている。それこそが日本を停滞させてきた原因だと泉氏は指摘する。過去の経済成長を支えた人口や国際環境などの外部条件が大きく変わった今、日本には大きな転換が待ったなしだ。
     故・石井紘基氏が目指していたものは何だったのか。その遺志を引き継いだ泉氏は、これから何をしようとしているのか。政治の役割とは何なのか。2024年を日本再生のスタートの年にするためには何が必要なのかなどについて、元明石市長の泉房穂氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・故・石井紘基氏が目指したもの
    ・明石市独自の子ども施策はなぜ実現したのか
    ・政治家の本来の仕事は何か
    ・2024年を日本再生のスタートの年にするために
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    ■ 故・石井紘基氏が目指したもの
    神保: 今日は2023年12月28日の木曜日です。いつも新年号には特別なゲストを呼んでいて、できればリアルタイムのニュースだけではなくもう少し大きなテーマで話し、一年間を展望したいという思いがあります。今回のゲストは元明石市長の泉房穂さんです。
    泉: 今は国民の生活がきつきつなので、すべきことは国民の生活を支えることだと思います。昨今の検察の動きを見ても、スカッとはしても生活は助かりません。そこを勘違いしてはだめで、国民を救うことが大事なのであり、単に悪い人をやっつけるだけではだめですよね。
    また報道については検察の情報を垂れ流しているだけなので、マスコミはほとんどノーチェックです。そこは受け取る側が情報をしっかり読み取らなければまずいかなと思います。
    宮台: マスコミに就職するのは普通の学生なので、そもそも国民がマスコミの情報を受け取るという営みの中で育ってくるのであれば、応募してくる学生もチェックするという意味が理解できません。そのようなレベルまで劣化が進んでいると思います。
    泉: 簡単に言えば政治家も官僚もマスコミも、東京大学法学部を卒業した同じ人種で成り立っています。その方々が普通の生活の厳しさをどの程度のリアリティをもって感じているのかは疑問です。 

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  • 年末恒例マル激ライブ 壊れゆく日本を生き抜くためにはホームベースが必要だ

    2024-01-03 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年1月3日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1186回)
    年末恒例マル激ライブ 壊れゆく日本を生き抜くためにはホームベースが必要だ
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     その月の5回目の金曜日に特別企画をお送りする5金スペシャル。今回は12月17日に東京・大井町「きゅりあん」で行われた「年末恒例マル激ライブ」の模様を無料放送する。
     今回のマル激ライブでは、パーティ券裏金問題を入口に、もはや日本の政治や経済、社会の底が抜けているのは明らかなのだから、日本という沈みゆく船の中で他の人たちを踏み台にしながら少しでも上に行こうとするのではなく、この船がこれ以上沈まないように何をすればいいか、そして日本を再浮上させるために自分たちに何ができるかを一緒に考えていこうではないかという議論をした。
     目下、永田町を揺るがしているパーティ券裏金問題では、メディアは相変わらず検察のリーク情報を垂れ流すことで、裏金をもらっていた政治家の名前や大物政治家の逮捕はあるのかといったワイドショー仕立ての人間ドラマに世間の耳目を集めようとしている。しかし、そもそもこの問題は、パーティ券の購入を通じた派閥や政治家への寄付が、本来は20年以上も前に禁止されていたはずの企業・団体献金の抜け穴になっている点、つまり裏金ではなく表金の方により重大な問題がある。
     パーティ券の購入を通じて今も事実上、億単位の企業献金が可能となっており、それが日本が過去30年にわたり有効な経済政策や産業構造や社会構造の改革を実行することができなかったことと決して無関係ではないことを、われわれは今あらためて再確認する必要があるだろう。日本では多額のパーティ券購入という寄付によって、ビジネスモデルが陳腐化し本来であれば退場すべき生産性の低い企業や業界の利益が手厚く保護され続けてきた。
    逆に言えば、それがなければ本来は営利団体である企業や業界の利益を代表する業界団体が、自民党やその派閥や有力政治家に億単位の寄付を行う理由などないのだ。
     結果的に1995年に1人当たりGDPで主要先進国で1位まで登りつめ、文字通り経済大国となった日本は、その後30年間、停滞に次ぐ停滞を続け、遂にはG7の最下位はおろか、今や先進国の地位からも転げ落ちようかというところまで堕ちている。
    本来であれば人口減少を相殺するペースで生産性を上げていかなければ経済が縮小してしまうことが自明であったにもかかわらず、先進国では日本だけが陳腐化した非効率な産業構造や人口ボーナスがあった頃の高度経済成長時代の社会構造を引きずりつづけ、30年もの長きにわたり経済成長も賃金の上昇も実現できなかった。その一方で、人口減少の原因である少子化対策も、何ら有効な手を打てていない。
     ここまで沈みかけた日本という大きな船を修理し、それを再浮上させるのは容易なことではない。しかし、幸か不幸か、たまたまこのような局面で生きる希有な運命を背負った今を生きる日本人にとって、船の中で少しでもいい座席を取ろうと奮闘することが、本当に有意義な生き方と言えるだろうか。日本という国を、せめてもう少し展望を持てる国にした上で、次の世代にバトンタッチする方がよくないだろうか。
     しかし、1人では長くは戦えない。戦うためには仲間が必要だ。また、発進基地であり、帰還基地となるホームベースも必要だ。いつでも帰れると思える信頼できる仲間がいてホームベースがあればこそ、ホームベースの外で存分に闘うことができる。高度経済成長期に農村共同体に取って代わる形で登場した企業共同体は、小泉改革以降の数々の新自由主義的政策によって正規と非正規労働者に分断され、もはや崩壊状態にある。結果的に大半の日本人が何の共同体にも属さない、つまりホームベースを持たない中で日々暮らしている。
    教会やチャリティなどの地域の共同体が伝統的に存在しない日本では、個々人が能動的に共同体を作り、自らそこに参加しようとしなければ、ホームベースを持つことはできない。しかし、自分さえその気になれば、それは十分に可能だ。
     2023年最後となるマル激では、なぜ日本が壊れ続けているのか、どうすればこの沈没を反転できるか、壊れゆく社会をいかに生き抜くかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・パーティ券問題から日本停滞の本質的な問題が見える
    ・ザルの真ん中に大穴が開いた政治資金規正法
    ・自分のホームベースを作ることから始めよう
    ・「フェア」という概念を共有できる仲間はいるか
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    ■ パーティ券問題から日本停滞の本質的な問題が見える
    神保: 9か月ぶりのマル激ライブですが、きゅりあんで行うのは2年ぶりです。今週も首相の記者会見がありましたが、支持率が落ちてくると事前に質問を出している人しか当たらないんです。僕が質問しようと思っているもののリストを見ると、確かに当てない方が正解だろうなとは思いますが、だからこそこちらはあえて聞いています。
    まさか事前に全て質問を取りまとめていて、それを官僚が読ませているというところまで具体的に知っている人は多くないかもしれませんが、あの嘘っぽいやり取りは完全に見透かされてしまっているので、何を言っても支持率が上がりません。
     今出ているパーティ券問題や裏金問題はひどいですが、同時にその報道ぶりや世の中のリアクションもひどいなと思います。別に安倍派を擁護する必要は全くありませんが、今は全部東京地検特捜部のリークが報じられているので、メディアもその視聴者も完全に官僚機構の手のひらの上で踊らされているという状況になってしまいました。
    宮台: 検察が描いたテンプレ予想があり、皆思考停止状態でそれに踊らされていますよね。
    神保: 一連の政治スキャンダルはパーティ券問題と裏金問題ということになっています。例によってリークされるとワイドショーも含めて猫も杓子も皆怒っているという報道になってしまい、これはいつものパターンだなと思いつつ、もう1つ大事だなと思った文脈があります。
    パーティが行われていることは取材の現場でよく見ますし、一応記者にも「御招待」と書かれたパーティの案内が来ます。僕はパーティに行きませんが、大体の場合は招待で行ってもお金を払わざるを得ないようになっています。自分1人で行ったら2万円で、20万円を超えると政治資金収支報告書への記載義務がありますが、1社あたり150万円まで買えるようになっています。1個1個のコップの大きさには制限があっても、コップはいくつあっても構わないという状況で、100社集めれば150万円が上限だとして1億5,000万円が集まるようになっています。 

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