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  • 郷原信郎氏:五輪談合事件に見る、捜査能力の劣化で人質司法に頼らざるをえない特捜検察の断末魔

    2023-09-27 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年9月27日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1172回)
    五輪談合事件に見る、捜査能力の劣化で人質司法に頼らざるをえない特捜検察の断末魔
    ゲスト:郷原信郎氏(弁護士)
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     メンツを守るために最後は人質司法頼みというのは、あまりにも情けなくないか。
     先の東京五輪は、招致段階から多くの疑惑にまみれ、開催が決まった後も国立競技場の当初案の白紙撤回やエンブレムの盗作疑惑等々、ありとあらゆる不祥事に見舞われたあげく、開催費用が当初予算よりも大きく膨れ上がるなど、実に多くの問題が次々と噴出した。それはあたかも今日の日本の劣化ぶりがそのまま反映されているかのようでさえあった。
    そのため、東京地検特捜部が五輪の組織委員会や電通の幹部などを対象に捜査に乗り出した時、ようやく司直の手で金満イベントと化した五輪や、かねてから多くの問題が指摘されていた電通の構造的な腐敗や癒着構造が明らかになることが期待された。
     これまで東京五輪をめぐる汚職事件では、五輪組織委理事という「みなし公務員」の地位にあった高橋治之元電通専務に賄賂を支払うことでAOKIやKADOKAWAなどの企業が東京五輪のスポンサー選定などで便宜を受けたとされ、15人が起訴され、すでに10人の有罪が確定している。
    しかし、五輪はもとよりスポーツ界全般に隠然たる影響力を持つ元組織委員長の森喜朗元首相(差別発言により組織委員長を辞任)や贈賄の疑いでフランスの検察の捜査対象となっている竹田恆和副会長の両トップはもとより、渦中の電通さえも摘発することができなかったため、「大山鳴動して鼠一匹」の感があったことは否めなかった。
     そこで検察が次に切ってきたカードが、「東京五輪テスト大会談合疑惑」なる別の事件だった。これはスポンサー選考をめぐり賄賂が使われたとされる東京五輪汚職事件とは別に、東京五輪の直前に予行練習として実施された東京五輪テスト大会をめぐり、組織委と各競技の運営を担当するイベント会社の間で談合が行われたという「独占禁止法違反事件」で、そこで捜査対象となった企業の中には企業としての電通が含まれていた。
     テスト大会は本番の五輪よりも遙かに小規模なイベントではあるが、全60競技をほぼ同時期に運営しなければならない大きなイベントだった。汚職事件の方がやや消化不良に終わった特捜部は、このテスト大会の方でなんとか電通本体を摘発しようと考えたのかもしれない。
     しかし、このテスト大会談合事件を談合事件として摘発するのはかなり無理筋だった。テスト大会をめぐっては、組織委が発注した計画立案業務を、組織委元次長の森泰夫氏が電通の協力を得て割り振ったことが競争の制限に当たるとして、2023年2月、独占禁止法違反の疑いで森氏、電通元幹部の逸見晃治氏、セレスポ専務の鎌田義次氏、FCC専務の藤野昌彦氏の4人が逮捕、起訴された。あっさり起訴内容を認めた森氏と逸見氏は逮捕から約1か月後に保釈されたが、談合した覚えはないとして無罪を主張した鎌田氏は8月22日に保釈されるまで196日間も勾留された。
    同じく無罪を主張しているFCCの藤野氏は、現在も勾留されたままだ。要するに検察のシナリオを受け入れ罪を認めるまで拘置所から出してもらえないのだ。
     ところが、そもそも60の競技が同時進行で行われるテスト大会では、競技の運営をする事業者にそれ相応の経験と実績が求められるため、単純な競争入札で事業者を選定することには元々無理があった。しかも、単純な競争入札にすればスポンサーが付きやすく人気のある競技に入札が集中し、逆にマイナー競技は入札が不調に終わるものが出てくる恐れもある。そのためこの手の入札には事前の調整が不可欠となる。その調整を談合として断罪することになると、大会の実施自体が困難になる。
     しかも、マイナー競技にも最低1社は入札してもらえるような事前調整が行われていたとしても、最終的な落札率は65%と低く、談合によって落札価格が高い水準で操作された痕跡は見当たらなかった。
     検事時代に公正取引委員会に出向し独禁法違反事件を扱った経験を持ち、現在、この事件で被告となったセレスポの鎌田専務の弁護人を務める郷原信郎氏は、今回の計画立案業務は刑法上の公の入札ではなく民間発注であることから、独禁法違反での立件は元々無理筋だったと指摘する。
     しかし、検察には人質司法という奥の手がある。身柄を長期に拘束することで被疑者を精神的に追い込み、最終的に検察のストーリーを認めさせることができれば、事件そのものは無理筋であろうが何だろうが、裁判では被疑者を有罪にすることができる。いや、むしろ無理筋であればあるほど自白に頼らざるを得なくなるので、人質司法への依存度が高くなる。もちろん被疑者の勾留中も記者クラブメディアには検察側の一方的なシナリオがひっきりなしにリークされ、その情報はあたかもそれが事実であるかのように報道され続ける。
    これではいくら自身の無実を100%信じていても、戦い続けるのは容易なことではない。嘘でも早めに罪を認めてしまった方が、自分自身にとっても、家族や所属する会社にとってもはるかに得策となってしまう。それこそが人質司法の要諦だ。
     今回、鎌田氏は6回目の保釈請求で半年ぶりに保釈されたが、そのうちの3回は保釈を審査する裁判官が一度は保釈を認めたにもかかわらず、検察が長文の意見書を付けて準抗告し、保釈許可が取り消されるということが繰り返された。圧倒的なリーク報道と、罪を認めた被疑者が早々と保釈される中、勾留されたまま200日近くも無罪を主張し続けることができた鎌田氏のケースはむしろ異例なものだった。
     日本の検察の人質司法が国際的にも批判されて久しい。国連の拷問禁止委員会からも繰り返し改善勧告を受けている。長期勾留と弁護士を同席させない長時間の取り調べが当たり前のように行われる日本の刑事捜査は、国際的には拷問と見做されているのだ。しかも、今回の五輪テスト大会談合事件では、検察は事件の見立てが無理筋であればあるほど人質司法的な手法に頼らざるを得なくなり、被疑者が無罪を主張している限りは検察はあらゆる手を尽くして身柄を拘束し続けようとする。
    つまり、別の見方をすれば、人質司法は検察の捜査能力の劣化と表裏一体の関係にあるということだ。無論、人質司法のような悪手に頼っている限り、真の捜査能力が醸成されるはずもない。
     しかも、どんなに無理筋の事件でも、裁判所は特捜部が起訴した事件ではほぼ100%有罪判決を出す習わしとなっている。有罪判決は検察の言い分をそのまま書けば簡単に書けるが、無罪判決は検察の立証の不合理さを論理的に指摘しなければならないため、郷原氏によると、今日本にはまともな無罪判決文を書ける裁判官がほとんどいないのだという。
     今回は東京五輪汚職事件と談合事件を入口に、検察が人質司法に頼る実態とその背景について、自身も検察の特捜経験を持ち、東京五輪談合事件でセレスポ鎌田氏の弁護人を務める郷原信郎氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・五輪汚職事件と手つかずの「招致をめぐる闇」そして「電通の闇」
    ・無理筋の五輪談合事件と人質司法
    ・無罪を証明しなければならない日本の司法
    ・検察はどこに向かうのか
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    ■ 五輪汚職事件と手つかずの「招致をめぐる闇」そして「電通の闇」
    神保: 今日は2023年9月22日の金曜日で、1172回目のマル激となります。検察の死というテーマについて話していきますが、その中で東京オリンピックに関わる問題について、当事者でもある弁護士の郷原信郎さんに来ていただきました。
    五輪には様々な問題があったということは皆知っていると思いますが、五輪談合事件というのは何だったのでしょうか。
    郷原: 東京五輪をめぐる検察の事件というものは、高橋治之氏が逮捕された五輪汚職事件から始まっています。スポンサー企業から賄賂が渡っていたということで、次々と逮捕者が出ました。皆、この事件に期待したと思うんです。
    神保: 東京五輪の闇、電通の闇が明かされると期待したわけですね。
    郷原: はい。しかし期待された成果は何もありませんでした。皆が期待していたのは安倍政権時代の東京五輪というものの背景に何があったのかということや、招致をめぐる疑惑などでしたが、中途半端なままです。電通がほとんどを差配しているという「電通の闇」など、いろいろなことが明かされることに期待したのですが、結局何もなかったんです。その東京五輪汚職事件の後に検察が言い訳的に手掛けたものが、東京五輪談合事件だったわけです。
     電通の闇がどうなったのかと言われる中、汚職事件に関しては何も出てきませんでした。高橋治之氏は電通の元専務で、彼が電通の闇にどう関わっていたのかということを皆知りたがっていたのですが、実際の検察捜査では、フィクサーと呼ばれる高橋治之氏と、彼に近づいたスポンサー企業をやっつけただけです。そこで何とか電通にも手をつけなければ格好がつかないということだったのでしょう。
     たまたま東京五輪のテストイベントの計画立案業務に関して談合らしきことがあったという話を、五輪汚職事件で逮捕、起訴されたADKという広告代理店がしてきたので、それに飛びついたんです。ADKにリーニエンシー申告をさせて、公取委を巻き込みました。
     

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  • 齋藤正彦氏:世界標準から大きく外れた日本の精神医療を根本から変えるためには政治と社会の変革が不可欠だ

    2023-09-20 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年9月20日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド(第1171回)
    世界標準から大きく外れた日本の精神医療を根本から変えるためには政治と社会の変革が不可欠だ
    ゲスト:齋藤正彦氏(精神科医、都立松沢病院名誉院長)
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     今年2月、東京八王子の精神科病院「滝山病院」で患者への虐待が内部告発で明らかになり、看護師らが逮捕された。しかし、その後も被害の訴えは続き、行政手続きの偽装や不適切な医療が行われたことなど、次々と問題が表面化している。
     この事件は虐待の実態がテレビのニュースなどでも取り上げられたので、ご記憶の方も多いことだろう。
     人工透析が必要な精神疾患の患者を積極的に受け入れ、一度入ったら患者が死亡するまで出られない病院として知られていたという滝山病院は、家族からも見放されどこにも行くところがない患者の受け入れ先として、関東近県の精神科病院や福祉事務所では知られた存在だった。どんなに評判が悪くても、他に行き場のない患者を引き受けてくれる病院として必要だったのだ。
     この事件が内部告発という形で明るみに出てきたこと自体が奇跡に近い、と語るのは精神科病院として140年の歴史をもつ都立松沢病院名誉院長で精神科医の齋藤正彦氏だ。
     齋藤氏は今回の事件は日本の精神医療のシステムの問題であるため、この病院だけ批判しても問題は解決しないと語る。精神科病院での暴行や虐待はこれまでも繰り返し問題となり指摘されてきたが、そもそも精神医療においては病院をオープンにしようという圧力がかからない構造になっているのだ。
     その背景にあるのは、排除・隔離の発想だ。
     1879年に松沢病院の前身である東京府癲狂院(てんきょういん)が創立され、行き場のない精神疾患の患者たちを収容したのが精神科病院の始まりだ。その後、戦前・戦後を通じて、患者への治療を重視し排除・隔離の発想からの脱却が何度も試みられてきたが、いまも根本では変わっていない。それを体現しているのが、この番組でも何度かお伝えしている、身体拘束、隔離などの行動制限がいまも精神科病院で多用されている実態だ。
     齋藤氏は、都立松沢病院院長として勤めた9年間で身体拘束を減らした実績を持つ。難しい患者を引き受け、急性期病棟でも身体拘束なしを実現している。
     日本の精神医療は、難しい患者を民間病院に押し付けて、見て見ないふりをしてきた。今こそ、公的な病院の役割を見直す必要があると齋藤氏は語る。そのうえで、精神医療を通常の医療の一環として位置づけ直す必要性を主張する。うつ、発達障害、摂食障害、認知症など精神疾患が身近になった今こそ、この問題を自分事として考えなくてはならないのではないか。
     世界的にも特異な状況にある日本の精神医療を変えるためには、今、何が求められているのか。精神医療の現場から発信を続ける齋藤正彦氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・滝山病院の虐待事件がこれまで表面化しなかった理由
    ・社会が健常者と精神障がい者の線引きをしているだけ
    ・世論に翻弄される日本の精神医療
    ・精神医療が忌避される社会は多様性がある社会とは言えない
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    ■ 滝山病院の虐待事件がこれまで表面化しなかった理由
    迫田: 今日は9月13日の水曜日で、1171回目のマル激トーク・オン・ディマンドになります。精神医療の話をしようと思っているのですが、今年の2月に東京・八王子の滝山病院というところで患者への虐待があったことが明らかになりました。ニュースなどでその映像が流れたので記憶にある方も多いと思います。精神医療の話を宮台さんはどのように見てこられましたか。
    宮台: 精神障がい者は元々差別の対象でしたよね。さらに古くなると統合失調系の人はシャーマニスティックな力があると思われたりしましたが、近代に入り秩序がより厳密になってくるとそういう人は規則に従えず、皆と共働できない人としてラベリングされるようになりました。
     フーコーの『狂気の歴史』を見れば分かりますが、当時は近代のレギュラーなフォーマットに従えない人は、酒飲みや手癖が悪い人なども一括して隔離施設に入れられました。そのうちの一部が治療の対象として再発見され、精神医学が誕生するという歴史があります。そこから僕たちが知るべきことは、精神的な病に関するカテゴリーには変遷があり、それは社会が精神障がい者をどう扱うのかということの関数になっています。
     90年代に入るまで自閉症は子どもしかならないとされていましたが、精神医療と統計のマニュアルであるDSMというものが出てきて、発達障害という概念が市民権を得ていきます。つまりこれは社会的なカテゴリーなので、うまくそのカテゴリーを利用できれば良いですが、真に受けて本当の病気だと思うことはやめたほうが良いですよね。
    迫田: 今回の話は精神医療のネガティブな話です。50年くらい前に出版された『ルポ・精神病棟』という本の中で精神病院内での虐待が描かれましたが、それがまたクローズアップされています。今日は実際に現場の精神医療を見てこられていて、なおかつ様々な変革をされてこられた、精神科医で都立松沢病院名誉院長の齋藤正彦さんにお越しいただきました。 

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  • 前嶋和弘氏:党派性の暴走で民主主義の崩壊が進むアメリカと日本への教訓

    2023-09-13 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2023年9月13日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド(第1170回)
    党派性の暴走で民主主義の崩壊が進むアメリカと日本への教訓
    ゲスト:前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
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     アメリカの民主主義の根強い抵抗力や回復力を示す事例とされたウォーターゲート事件もペンタゴンペーパー事件も、もはや遠い昔の思い出になってしまったのだろうか。
     アメリカの政治が異常な事態に陥っている。今、アメリカでは元大統領が4度起訴されても、現職大統領の息子に対する特別検察官の捜査が始まっても、最高裁判所の判事の接待漬けが明らかになり深刻な利益相反の実態が露呈しても、さらに公正取引委員会が巨大テック企業の市場独占に制約を課そうと動いても、そのすべてが党派性の文脈に落とし込まれ、敵陣営からの陰謀だとして一蹴されるようになってしまった。対立陣営が主導権を握る政府に逮捕され起訴されても、痛くも痒くもない。
    なぜならば、それが党派性の文脈で捉えられることで自身の支持率はむしろ上昇し、結果的に権力の奪取を助けてくれる構造ができあがっているからだ。そのため、仮に現政権下で有罪判決を受けようが、そんなものは所詮陰謀に過ぎないのだから新しい政権の下で恩赦すればいいだけのことと受け止められているのだ。
     アメリカでは今や何が正義なのかがまったく分からない状態に陥っている。普通に考えれば明らかに犯罪が成立する場合でも、それを追求する側が政治的な意図で動いていて、これは陰謀なんだと言い切れば、支持者の大半はそれを信じ、むしろ支持率が上がる。そんな政治文化が今や常態化している。
     実際、トランプ元大統領は8月14日、2020年大統領選でのジョージア州での選挙不正をめぐって起訴された。トランプにとってはこれが4度目の起訴となる。元大統領が起訴されるというのは、もちろんアメリカ政治史上初めてのことであり、本来であれば未曾有の大事件だ。トランプは2024年の大統領選挙への出馬を表明しているが、これまでの常識では大統領候補が起訴されれば、大統領選挙はおろか政治生命にかかわる大きなスキャンダルにならなければおかしい。
    ところがトランプの支持率は起訴されるたびに上昇を繰り返し、今や現職のバイデンと肩を並べるまでになっている。
     そして、もし24年の大統領選挙でトランプが勝てば、トランプは自身を含め今回4つの事件で起訴された26人の仲間をすべて恩赦する意向だという。だから起訴されても有罪判決を受けても、まったく痛くも痒くもないどころか、そのおかげで支持率が上がり政権交代の可能性が上がるので、むしろこれを歓迎しているようにさえ見える。もしトランプが起訴されている4つの事件のすべてで有罪判決を受け、最高刑を受けた場合、その刑期は700年を超える。
    しかし、トランプは仮に自分が収監されても刑務所の中から大統領選には出馬する意向だという。合衆国憲法は有罪判決を受けた人物や服役中の人物が大統領になることを禁じてはいないからだ。おそらく憲法はそのような事態を想定していなかったに違いない。
     今、アメリカでは民主主義の行き過ぎで、国や州が2つの党派に分断され、例えば何度起訴されても共和党支持者のトランプ元大統領への支持率は常に5割をくだらない一方で、共和党支持者のバイデンに対する支持率はなんと2%にまで下がっている。つまり共和党支持者は無条件でトランプを信じ、無条件でバイデンの正当性を認めていないのだ。アメリカでここまで党派間の分断が進んだのは、奴隷制の是非をめぐりアメリカの南北が戦った南北戦争時以来と言われ、実際今のアメリカではいつ内戦が起きても不思議はないとまで指摘する識者もいる。
     分断が極度に進めば、社会正義の概念さえ失われてしまう。それが今、われわれがアメリカの現状からくみ取らなければならない教訓なのではないか。
     今回のマル激では、トランプ元大統領、バイデン大統領、最高裁判事のクラレンス・トーマス、連邦取引委員会(FTC)のリナ・カーン委員長の4人のキーパーソンを入口に、すべてが党派性の文脈に矮小化され、正義の定義を完全に失ってしまったかに見えるアメリカの現状を確認した上で、それが日本にとってどのような教訓を与えているかなどを、上智大学総合グローバル学部教授で稀代のアメリカウォッチャーの前嶋和弘氏と考えた。
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    今週の論点
    ・トランプはなぜ何度起訴されても支持率が下がらないのか
    ・全てが党派性で語られるアメリカ
    ・米最高裁判所の倫理の退廃
    ・リナ・カーンは巨大企業になぜ勝てないのか
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    ■ トランプはなぜ何度起訴されても支持率が下がらないのか
    神保: 今日は2023年9月5日の火曜日で、1170回目のマル激となります。今日はアメリカの話をしますが、トランプ大統領が4回目の起訴を受けたということで、情報をアップデートした方が良いかなと思います。こういう言い方はしたくないですが、今回はどこまでアメリカの破壊が進んでいるのかということを確認する回になると思います。ゲストは上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘さんです。
    今日は主に4人の人物からアメリカを見ていきたいと思います。トランプとバイデン、そしてクラレンス・トーマスとリナ・カーンです。なんだかんだ言ってアメリカ政治の半分は、トランプ元大統領を中心に回っているという状況は変わっていないですよね。
    前嶋: そうですね。共和党は完全にトランプ党になっている部分があります。もちろんそうではないと言っている人もいますが、よくよく見るとトランプ党です。2020年選挙はバイデンが勝ったわけですが、共和党の7割はそれを信じていません。その数字はほとんど議会襲撃の時から変わっておらず、共和党の支持者を3割弱とすると、アメリカの人口の3割弱のうち、7割が選挙は嘘だったということを信じているということなので、すごい数ですよね。 

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  • 明石順平氏:日本は次の感染症への備えはできているか

    2023-09-06 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2023年9月6日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1169回)
    日本は次の感染症への備えはできているか
    ゲスト:明石順平氏(弁護士)
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     新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に移行したことに伴い、厚労省がすべての陽性者の集計を行わなくなってから4ヶ月が経った。現在は指定された約5,000の医療機関からの週1回の報告を基にした定点把握しか行われていないため、陽性者数の正確な数字は分からないが、少なくとも新型コロナに国中がのたうち回った時期と比べれば、国民生活は平静を取り戻しつつあると言っていいだろう。
     コロナが猛威を振るう2021年、当時の菅義偉首相は記者会見の場で、日本がパンデミックへの備えが十分ではなかったことを認めた上で、緊急事態下に法律や制度をいじるのは難しいが、平時に戻ったらそれが必要だとの考えを示している。
     総理自身が認めたように、日本はパンデミックへの備えができていなかった。そのため国民は、日本の陽性者数が欧米に比べて遙かに少なかったにもかかわらず、長期にわたり緊急事態宣言やまん延防止等重点措置による行動制限を甘受しなければならなかった。そして、国民生活が平静を取り戻し「平時」に戻りつつある今、日本は次なるパンデミックに備えた法と体制整備に着手していなければならないはずだ。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ではあまりにも勿体ないではないか。
     実際、政府が行ってきたコロナ対策とはどんなものだったのか。会計検査院によると、日本は2019年度から2022年度にかけて、約114兆円のコロナ予算を計上している。IMFによるとゼロゼロ融資など政府保証のついたローンも含めると、日本政府の支出額は総額で257兆円に及ぶという。これは世界では660兆円を費やしたアメリカに次いで大きな額となる。日本の一年間の国家予算が100兆円あまりであることを考えると、コロナ対策だけで250兆というのは気の遠くなるような額だ。
     その内訳を見ると、緊急事態宣言などによって影響を受けた事業者への補償など経済対策が全体の6割を占める。4度の緊急事態宣言やその前後に発出されたまん延防止等重点措置などにより、日本中の飲食店は時短営業を求められ、映画館やデパート、ライブハウスなどの集客施設は休業を強いられた。
    野球やその他のスポーツは無観客試合となり、学校も休校になったり、すべての授業がリモートになったりした。県境をまたぐ移動が自粛を求められ、国民は常時マスクの着用を求められた。そのような行動制限や移動制限が長期にわたって続けられた結果、飲食業界は無論のこと、旅行業界なども厳しい痛手を受けた。そして、何よりも多くの国民が長期にわたり多大な制約の下で暮らすことを強いられた。
     陽性者数と比較して日本の行動制限が長期にわたった大きな理由が、医療インフラの脆弱性にあったことは論を俟たない。人口あたり世界一多い病床数を誇りながら、政府の「要請」にもかかわらずコロナ病床への転換は一向に進まなかったため、日本は感染の波に襲われるたびに緊急事態宣言を発令せざるをえなかった。その結果、必然的に生じたのが莫大な営業補償や事業や雇用を継続するための政府保証による融資だった。
     病床問題については、その後、感染症法が改正され、非常時には政府は民間病院に対しても病床の転換を「勧告」できるようになった。「お願いしかできない」状態から「勧告」できるようになったのは意味がある。しかし、日本のコロナ対策を徹底検証しその結果を近著『全検証 コロナ政策』にまとめた弁護士の明石順平氏は、パンデミック下で病床の転換が遅々として進まなかったのは、政府の強制権限の有無以前の問題として、日本には医師の絶対数が足りなかったことを指摘する。
    政府が民間病院に対して病床を転換させる権限を持ったとしても、新たに増強されたコロナ病床に配置される医師がいなければ病床は絵に描いた餅になってしまう。
     明石氏は日本の医師は平時でも「地獄のような労働環境」にあり、過剰時間労働が常態化しているのが実情だという。そのような状況でパンデミックに襲われれば、満足な医療ケアが提供できるはずがない。
     医師数の増加には医学部定員の拡大が必要だが、日本最大の圧力団体である日本医師会が医学部の新設や定員増に反対しているため、医師数の増加は遅々として進んでいない。病床数では人口当たり世界一を誇っていた日本だが、人口1,000人あたりの医師数はOECD平均を大きく下回り先進国で最低水準にある。
     もう一つ、われわれが考えなければならないことは、コロナ禍で政府は100兆円を超える大盤振る舞いをしたが、その予算の使われ方が果たして妥当だったのかという問題だ。たとえコロナ禍と言えども政府の支出は将来にわたり国民が返していかなければならない。当然、無駄は許されない。コロナ対策予算としては先にあげた営業補償などの「経済・雇用対策」が全体の6割を占め、残る4割をワクチン接種などの「コロナ感染症防止策」と「コロナ対応地方創生臨時交付金」が占めている。
     15兆円あまりが計上された「コロナ対応地方創生臨時交付金」では、全国の自治体に配分された予算が、モニュメントの作成や自治体幹部用の公用車の購入など、コロナ対策との関係が不明な使われ方をしていたことが、調査報道を専門に行うNPO「Tansa」の調査で明らかになっている。また、計上された15兆円のうち実際に執行されたのは9.4兆円にとどまり、そもそもそれだけのニーズがなかったことがうかがえる。残る5兆円あまりは使い道がなかったのだ。
    他にも雇用調整助成金や病床確保費用などの不正受給が問題になる中で、明石氏はコロナ対策を銘打ってばらまかれたお金の火事場泥棒が多くいたことを指摘する。
     日本は2022年3月に最後のまん延防止等重点措置が解除されるまで、世界各国、とりわけ欧米諸国と比べると、人口あたりの陽性者数や死者数はずっと少なかったが、行動制限が解除されたとたんに陽性者数や死者数が欧米並みに急増していることから、日本のコロナ対策は一にも二にもまずは国民に多大な行動制限を強いる緊急事態宣言とまん延防止等重点措置によって支えられていたと考えられる。
    また、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が実際には強制力がなかったにもかかわらず、ほとんどの国民がこれに従ったことから、日本のコロナ対策は政府に従順な国民によって支えられていたとも言えるだろう。その一方で、政府が行った対策としては、ワクチン接種の推進には一定の効果が認められるが、行動制限に対する補償が必要な人の下に十分に届いていたのかや、かなりの無駄と不正のまん延があったことが大きな課題として残った。
     日本はコロナに対してどのような対策を行い、実際にどれほどの予算が費やされたのか、それは妥当だったのかを検証した。また、日本が今回のコロナ対策の反省の上に立った上で、次のパンデミックへの備えができているかなどについて、弁護士の明石順平氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・コロナはまだ終わっていない
    ・世界第2位のコロナ支出は有効に使われたのか
    ・もともと逼迫していた日本の医療
    ・医師を増やしたくない医師会
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    ■ コロナはまだ終わっていない
    神保: 今日は2023年9月1日の金曜日で、関東大震災からちょうど100年となります。先週はそれを機に地震と原発というテーマで、元裁判官の樋口英明さんにお話を伺いました。今日のゲストは弁護士の明石順平さんです。明石さんには以前にもアベノミクスの検証の時に出演していただき、今回の番組は明石さんの著書『全検証コロナ政策』を参考にさせていただきました。
     5類になり日常的にモニタリングされなくなったのですが、コロナは完全に終わったわけではなく感染者はまだまだいます。コロナ後遺症やワクチン後遺症の問題などは色々ありますが、ここ3年間何をやってきて、それは効果があったのかどうかということを検証していきたいと思います。
    明石: 2022年頃からコロナおしまいムードが漂っていたと思いますが、データを見ると真逆で、2022年から本番開始というところがポイントです。
    神保: まん延防止等重点措置が2022年3月に終わっているのですが、それよりもずっと感染者数が少なかった2020年の緊急事態宣言の時の方が大騒ぎでしたよね。オリンピック前も今より少ない感染者の割に大変な状況でしたが、まん防が終わり対策を取らなくなってから感染者数が桁違いで増えました。 

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