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後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
第14回:【政策】若者雇用戦略を総括する/第3回:ワーキンググループ第1~3回議事録を読む
さて、ここからは、2011~2012年に行われた「雇用戦略対話」の内、若者雇用ワーキンググループの議事録を見ていきたいと思います。今回見るのは、第1~3回です。
雇用戦略対話(議事録及び各種資料はここからダウンロードできます)…
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/index.html
まずは第1回から見ていきましょう。第1回の議事録では、当時の内閣官房審議官(経済財政運営担当)から、このワーキンググループがどのような問題意識に立っているかが述べられます(pp.2-3)。第1点として、高校や大学の就職率(ただし、この就職率は「卒業生のうち就職を希望したものの就職率」であって、進学したり、途中で就職をあきらめた層などは含まれないことに注意されたい)は9割を超えているが、3年以内の離職率などを考えると、かなりの割合の人が正規雇用に定着できていない。第2点、キャリア教育の実施率が低く大学で8.3%、高校の普通科では14.9%に過ぎない。第3点、学生が中小企業に就職しようとせず、6~7月頃にならないと目を向けない。第4点、非正規雇用者1,700万人の内、15~34歳で不本意なものは170万人であり、15~34歳の就労者数が1,700万人であることを考えると決して低いとは言えない。第5点、その中でも学歴の低い人や女性が正規雇用に転換できにくいという現実がある。第6点、年齢コーホートが若いほど非正規からの離脱が難しくなっている。ということです。
この中で適切な問題設定となっているのは、第5,6点、条件付きで第4点でしょう。まず第5点については以前から指摘されてきたことであり、また第6点についても、ロスジェネ言説が大きいことからより若い世代の問題については無視されがちですが、現実にはロスジェネよりも若い世代のほうが非正規雇用の率が高くなっているのと言うのは各種データからも見られます。第4点についても、1割程度とはいえ、170万人が不本意な非正規就労をしているというのは問題ですが、そのような「不本意な」非正規雇用者がどのような境遇に置かれているかについてもっと議論すべきだと思います。
問題なのは第1~3点です。まず第1,2点に関しては、「だからキャリア教育が必要だ」ということを述べたいのだと思いますが、まずはその「キャリア教育」の内実が問われるべきだと思います。かつて私が『POSSE』の連載第3回で述べたとおり、現代の「キャリア教育」は、ほとんど自己啓発というか、あるいは職業訓練に少し道徳教育的な要素を足しただけの代物であり、さらにそれらの科学的な効果の検証が行われた形跡がないという、政策のアセスメントがなされていないという現実があるため、徒に「キャリア教育」の必要性を述べるのには問題があります。
現状をおさらいするなら、pp.3-8の樋口美雄(慶應義塾大学)の発言のほうがいいでしょう。樋口は最初に、若年層の失業率は、急激に上昇してきているけれどもフランスやドイツと比べれば水準としては低く、量よりもむしろ雇用の質を問題視すべきとしており、日本の現状として「雇用は増えているけれども質の悪いものが増えている」というアメリカ型の雇用政策に転倒しつつあるということを述べています。また非正規にしても、長期化の傾向は見られるものの、契約期間が低く、さらに仕事内容が正規とほとんど変わらないというケースが増えており、都度更新だから労働者としても権利を主張することが難しいし、使用者としても短期が前提だから能力開発がしづらいということを挙げています。樋口は、雇用が拡大していくときに、若い人は若い企業に流れていく傾向があるから、雇用を拡大すると共に若い企業を増やしていく必要があるとしており、そのほうに支援を行った方がいいとしています。いかにして雇用を拡大するかという点については少し物足りないかなという気もしますが、少なくとも現状の分析と認識については、樋口は極めて優れた発言をしています。
それではこのあとに続く大久保幸夫(リクルートワークス研究所)の発言はどうでしょうか。大久保は政策立案の「前提」の3点の第2点として、これまでは就職ができない層についてマッチングをするのかとか、非正規になった人への支援が中心であったとし、そこから《よりそれを予防的、本質的な対策にシフトした議論をする必要がある》(p.8)としています。しかし、このような「より本質的な、予防的な」という物言いは、諸刃の剣であることを認識すべきです。というのも、そこで「本質」を見誤ってしまうと、間違った政策が行われてしまう可能性が強いからです。この傾向を先鋭化させたのが藤原和博で、第3回から的外れな発言を繰り返しているのですが、藤原についてはこの連載企画の次回で詳述することとします。
大久保が強く意識しているのは、これから就職市場がグローバル化していく中で、いかにして「強い」若年層を育てていくかということを述べています。これについても、かなりの留保が必要でしょう。というのも、企業や人材などの「国際競争力」は、為替によって規定されるところも強く、さらに言うとこの雇用戦略対話が開催されていた時期は記録的な円高だったわけで(為替と「国際競争力」の関係については、安達誠司『円高の正体』(光文社新書)を参照されたい)、まずはそこを是正しないといくら若年層や企業が「努力」したところで画餅に帰してしまうのではないでしょうか。特に大久保はp.9において《特にアジアの国々の若者と比較した場合に、能力もさることながら態度や意欲において日本人が今、少し弱くなっているという問題を懸念しておかなければいけない》と書いていますが、そもそもその言説を支える根拠はいったいなんなのか。
大久保については、「中退者の問題に向き合うべきだ」という発言は正しいと思います。しかし事実認識の点においても、政策提言の点においても、前出の樋口美雄とは明らかに劣っていると言わざるを得ないでしょう。
第1回ではもう一つ、堀有喜衣(労働政策研究・研修機構)の発言も見ていきたいと思います。堀はまず長期的な事実として、学校から職業の移行について、学校の関与が低下すること、短期的には景気が学校を離れたときの正社員比率に強く影響しているとしています。ただ、堀は現代の就職活動の問題点として、インターネット化による就職市場の拡大・不安定化と、《大学生の質の変化》(p.13)を述べています。前者についてはいいとしても、後者についてはその内実が触れられていないのは大きな問題だと思います。
堀の発言で重要なのは、最初の雇用形態が正社員でなかった場合に、どれだけが正社員に移行できるかということを述べたところでしょう。正社員に移行できた割合は4割程度ではあるが、第一にやはり4割という数字は、非正規から正社員への移行が簡単でないことを示している、第二に内実として男女差が大きい(男性の方が多い)ということを述べています。また雇用形態と社会保障について述べている点も重要で、正社員以外の層については、健康保険や年金に加入していない、あるいはわからない、無回答という答えが目立ったそうです。堀の発言には小さいところで問題がありつつも、全体としては首肯できるところが多いと思います。
第2回は吉田美穂(神奈川県立田奈高等学校)が問題の急所を突いており、傾聴に値する意見が多く述べられています。ほとんど吉田無双と言ってもいいでしょう。吉田は神奈川県内に指定されている「クリエイティブスクール」の1つでキャリア教育や生徒の就職支援に関わってきている立場ですが、生徒の自己肯定感などの低下の原因として、不況や不安定な家庭、発達の問題などを挙げています。そして自分の高校は普通科ということから就職活動でも不利になることが多く、そのため就職支援員の拡充などで対策を図ってきて、一定の成果を挙げているとしています。ただ吉田としても、自分の高校の取り組みを全国に広げるにはいくつかの障壁があるとしており、学力下位校としての役割を改めて発信していく必要があるとしています。
なお、このあとの石井正宏(株式会社シェアするココロ)の発言は、吉田の補完として重要です。石井も吉田と同じく、横浜市の田奈で活動しており、ハローワークの支援員が学校に入ることで、地域の支援のハブとして機能することを強調しております。また就職支援の反省点も述べられており、バランスのとれた議論となっています。
「当事者」「実践者」の議論というのは、ともすれば自分の理論や実践を絶対視し、他の全てを劣っているものと切り捨てがちです(ちなみにその傾向は藤原和博にも見られます)。しかし吉田の議論は、自分の活動がどのような特徴を持っており、また政策として導入するにはどのような問題点があるのかと言うことについて述べられており、このような慎重な議論が広がることを切に望みます。
第3回のキーパーソンは上西充子(法政大学)でしょう。上西はまとまった報告をしているわけではないのですが、p.23の離職率の公表について述べたくだりで、厚生労働省は雇用保険のデータで規模別、業種別の離職率の統計を作ることができるはずなのに、現実には高卒とか大卒とかというくくりでしか公表されていないことを問題視しています。またキャリア教育にしても、本来であれば両輪で論じられていたはずの職業教育が抜け落ちている、奨学金制度が不安定であることを挙げています。上西の発言は全体としては短いですが、ここまでの若年雇用政策についての根本的な疑念が多く含まれており、読んでおくべきでしょう。
他の発言者(藤原和博以外)についても見ていきます。まず濱名篤(関西国際大学)ですが、現代の就職活動やキャリア教育の問題点として、離職率などのコアな情報を出してほしいということ、教員の負担が大きすぎて、現在のキャリア教育の実施主体の多くは非常勤やアウトソーシングであることが多いことなどを挙げています。濱名の発言は現状のキャリア教育のどこに問題があるのかということを考えるには参考となる箇所が多く見られます。次に発言する松井賢二(新潟大学)もキャリア教育の関係者ですが、学校での学習と職業の結びつきが希薄であることなどを採り上げていますが、現状として濱名が指摘していたキャリア教育の問題点を覆すようなものにはなっていないのが残念です。ただしキャリア教育には限界があるということを指摘しているところは評価できます(p.12)。
ここまで、第1~3回の議事録の中から、発言をいくつかピックアップして見ていきました。とりあえずここまででの展望としては、バランスのとれた議論がなされているという印象を受けます。そのため、意見集約や研究のとりまとめの場としてのこのワーキンググループは機能しており、議事録や各種資料も公開されているので、どこにどのような議論が存在しているのかと言うことを考える上では重要な資料となっています。反面「ポジショントーク」的な発言もありますが、そこは致し方ないでしょう。
最後になりますが、今回見てきた議事録には、残念ながら「精神論的」な発言もありました。先ほど見た大久保幸夫の発言のほか、第1回の川本裕康(日本経団連)の《学生の皆さん自身に自立をする意識、挑戦する意識、もし失敗しても再挑戦をしていく意識、まずこれらの意識醸成が非常に重要だろうと思います》、第2回の竹中ナミ(社会福祉法人プロップ・ステーション)の《若い人たちから今、働く誇りを失いつつあるということで、イコール、サバイバル能力がすごく落ちてるんです》という発言が見られています。このような発言が政策の場で語られるのは、極めて問題が多いということを表明しておきます。
この企画の今後の予定(この連載は全5回を予定しています)…
第4回:第4回議事録を読む(海老原嗣生を中心に)+藤原和博の「ドタキャン」に見る若者論の幻想
第5回:第5回議事録ととりまとめを読む+連載のまとめ
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第15回:【政策】中絶と貧困(2013年3月25日配信予定)
第16回:【思潮】「デジタルネイティブ」論を批判的に読み解くために(第3回)(2013年4月5日更新予定)
第17回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第3回:クラスター分析)(2013年4月15日配信予定)
【近況】
・「杜の奇跡20」新刊の同人誌『統計学で解き明かす成人の日社説の変遷――平成日本若者論史5』の予約がとらのあなにて始まりました。なお、同書は、COMIC ZINにも委託予定です。また、電子版は4月頃にKindleでの刊行を予定しております。
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11489088720.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/10/93/040030109347.html
・ジャーナリストの津田大介氏のメールマガジン「津田大介の「メディアの現場」」に、統計学と世論に関する論考「インターネット世論調査はどうあるべきか?」を寄稿しました。その記事が津田氏のサイトに公開されています。
http://tsuda.ru/tsudamag/2013/02/2033/
・近日発売予定の『POSSE』(NPO法人POSSE)第18号に連載「検証・格差論」の最終回が掲載されます。なお私の連載は19号ではリニューアルが予定されています。
http://www.npoposse.jp/magazine/index.html
・「EVENT JACK 気仙沼21」にサークル参加します。
開催日:2013年3月17日(日)
開催場所:気仙沼市民会館(JR気仙沼線・大船渡線「気仙沼」駅より徒歩20分程度/駐車場あり。東北自動車道「一関」インターチェンジより国道284号線経由で1時間程度、または三陸自動車道「桃生津山」インターチェンジより国道45号線経由で1時間程度)
スペース:8
・「杜の奇跡20」にサークル参加します。
開催日:2013年3月24日(日)
開催場所:仙台市情報・産業プラザ(JR各線「仙台」駅北口より徒歩2分程度、または仙台市地下鉄南北線「仙台」駅より徒歩5分程度)
スペース:「G」ブロック18
・「超文学フリマ in ニコニコ超会議2」にサークル参加します。
開催日:2013年4月28日(日)
開催場所:幕張メッセ(JR京葉線「海浜幕張」駅より徒歩5分程度、またはJR総武本線「幕張本郷」駅・京成千葉線「京成幕張本郷」駅より京成バス利用)
スペース:未定
・「コミックマーケット83」新刊の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』ですが、好評につき重版し、とらのあな・COMIC ZINに補充しました。また、電子版がメロンブックスDLにて販売中です。下記の告知ページをご覧下さい。
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11422949903.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/08/67/040030086743.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=14496
電子書籍(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000160128
・同じく「コミックマーケット83」新刊の『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』がCOMIC ZIN専売にて委託販売中です。
http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=14728
・「コミックマーケット80」(2011年夏コミ)で出した『青少年言説Commenatries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』を、ニセ科学関係、政策論関係を中心に再編集した普及版『青少年言説Commenatries Lite』や、電子書籍書き下ろしシリーズ「平成日本若者論史Plus」の『ロスジェネ・メディアの世代認識:『AERA』に見るロスジェネ世代の特別視と他世代への攻撃性に関する考察』『「ニート」肯定言説の甘い罠:若年労働問題の「本質」を語る危うさ』など、電子書籍がKindleにて配信中です。
Amazonの著者セントラルはこちらです。
http://www.amazon.co.jp/後藤-和智/e/B004LUVA6I
(2013年3月15日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第14回「【政策】若者雇用戦略を総括する/第3回:ワーキンググループ第1~3回議事録を読む」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年3月15日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
Twitter:@kazugoto
Facebook…
個人:http://www.facebook.com/kazutomo.goto.5
サークル:http://www.facebook.com/kazugotooffice
第14回:【政策】若者雇用戦略を総括する/第3回:ワーキンググループ第1~3回議事録を読む
さて、ここからは、2011~2012年に行われた「雇用戦略対話」の内、若者雇用ワーキンググループの議事録を見ていきたいと思います。今回見るのは、第1~3回です。
雇用戦略対話(議事録及び各種資料はここからダウンロードできます)…
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/index.html
まずは第1回から見ていきましょう。第1回の議事録では、当時の内閣官房審議官(経済財政運営担当)から、このワーキンググループがどのような問題意識に立っているかが述べられます(pp.2-3)。第1点として、高校や大学の就職率(ただし、この就職率は「卒業生のうち就職を希望したものの就職率」であって、進学したり、途中で就職をあきらめた層などは含まれないことに注意されたい)は9割を超えているが、3年以内の離職率などを考えると、かなりの割合の人が正規雇用に定着できていない。第2点、キャリア教育の実施率が低く大学で8.3%、高校の普通科では14.9%に過ぎない。第3点、学生が中小企業に就職しようとせず、6~7月頃にならないと目を向けない。第4点、非正規雇用者1,700万人の内、15~34歳で不本意なものは170万人であり、15~34歳の就労者数が1,700万人であることを考えると決して低いとは言えない。第5点、その中でも学歴の低い人や女性が正規雇用に転換できにくいという現実がある。第6点、年齢コーホートが若いほど非正規からの離脱が難しくなっている。ということです。
この中で適切な問題設定となっているのは、第5,6点、条件付きで第4点でしょう。まず第5点については以前から指摘されてきたことであり、また第6点についても、ロスジェネ言説が大きいことからより若い世代の問題については無視されがちですが、現実にはロスジェネよりも若い世代のほうが非正規雇用の率が高くなっているのと言うのは各種データからも見られます。第4点についても、1割程度とはいえ、170万人が不本意な非正規就労をしているというのは問題ですが、そのような「不本意な」非正規雇用者がどのような境遇に置かれているかについてもっと議論すべきだと思います。
問題なのは第1~3点です。まず第1,2点に関しては、「だからキャリア教育が必要だ」ということを述べたいのだと思いますが、まずはその「キャリア教育」の内実が問われるべきだと思います。かつて私が『POSSE』の連載第3回で述べたとおり、現代の「キャリア教育」は、ほとんど自己啓発というか、あるいは職業訓練に少し道徳教育的な要素を足しただけの代物であり、さらにそれらの科学的な効果の検証が行われた形跡がないという、政策のアセスメントがなされていないという現実があるため、徒に「キャリア教育」の必要性を述べるのには問題があります。
現状をおさらいするなら、pp.3-8の樋口美雄(慶應義塾大学)の発言のほうがいいでしょう。樋口は最初に、若年層の失業率は、急激に上昇してきているけれどもフランスやドイツと比べれば水準としては低く、量よりもむしろ雇用の質を問題視すべきとしており、日本の現状として「雇用は増えているけれども質の悪いものが増えている」というアメリカ型の雇用政策に転倒しつつあるということを述べています。また非正規にしても、長期化の傾向は見られるものの、契約期間が低く、さらに仕事内容が正規とほとんど変わらないというケースが増えており、都度更新だから労働者としても権利を主張することが難しいし、使用者としても短期が前提だから能力開発がしづらいということを挙げています。樋口は、雇用が拡大していくときに、若い人は若い企業に流れていく傾向があるから、雇用を拡大すると共に若い企業を増やしていく必要があるとしており、そのほうに支援を行った方がいいとしています。いかにして雇用を拡大するかという点については少し物足りないかなという気もしますが、少なくとも現状の分析と認識については、樋口は極めて優れた発言をしています。
それではこのあとに続く大久保幸夫(リクルートワークス研究所)の発言はどうでしょうか。大久保は政策立案の「前提」の3点の第2点として、これまでは就職ができない層についてマッチングをするのかとか、非正規になった人への支援が中心であったとし、そこから《よりそれを予防的、本質的な対策にシフトした議論をする必要がある》(p.8)としています。しかし、このような「より本質的な、予防的な」という物言いは、諸刃の剣であることを認識すべきです。というのも、そこで「本質」を見誤ってしまうと、間違った政策が行われてしまう可能性が強いからです。この傾向を先鋭化させたのが藤原和博で、第3回から的外れな発言を繰り返しているのですが、藤原についてはこの連載企画の次回で詳述することとします。
大久保が強く意識しているのは、これから就職市場がグローバル化していく中で、いかにして「強い」若年層を育てていくかということを述べています。これについても、かなりの留保が必要でしょう。というのも、企業や人材などの「国際競争力」は、為替によって規定されるところも強く、さらに言うとこの雇用戦略対話が開催されていた時期は記録的な円高だったわけで(為替と「国際競争力」の関係については、安達誠司『円高の正体』(光文社新書)を参照されたい)、まずはそこを是正しないといくら若年層や企業が「努力」したところで画餅に帰してしまうのではないでしょうか。特に大久保はp.9において《特にアジアの国々の若者と比較した場合に、能力もさることながら態度や意欲において日本人が今、少し弱くなっているという問題を懸念しておかなければいけない》と書いていますが、そもそもその言説を支える根拠はいったいなんなのか。
大久保については、「中退者の問題に向き合うべきだ」という発言は正しいと思います。しかし事実認識の点においても、政策提言の点においても、前出の樋口美雄とは明らかに劣っていると言わざるを得ないでしょう。
第1回ではもう一つ、堀有喜衣(労働政策研究・研修機構)の発言も見ていきたいと思います。堀はまず長期的な事実として、学校から職業の移行について、学校の関与が低下すること、短期的には景気が学校を離れたときの正社員比率に強く影響しているとしています。ただ、堀は現代の就職活動の問題点として、インターネット化による就職市場の拡大・不安定化と、《大学生の質の変化》(p.13)を述べています。前者についてはいいとしても、後者についてはその内実が触れられていないのは大きな問題だと思います。
堀の発言で重要なのは、最初の雇用形態が正社員でなかった場合に、どれだけが正社員に移行できるかということを述べたところでしょう。正社員に移行できた割合は4割程度ではあるが、第一にやはり4割という数字は、非正規から正社員への移行が簡単でないことを示している、第二に内実として男女差が大きい(男性の方が多い)ということを述べています。また雇用形態と社会保障について述べている点も重要で、正社員以外の層については、健康保険や年金に加入していない、あるいはわからない、無回答という答えが目立ったそうです。堀の発言には小さいところで問題がありつつも、全体としては首肯できるところが多いと思います。
第2回は吉田美穂(神奈川県立田奈高等学校)が問題の急所を突いており、傾聴に値する意見が多く述べられています。ほとんど吉田無双と言ってもいいでしょう。吉田は神奈川県内に指定されている「クリエイティブスクール」の1つでキャリア教育や生徒の就職支援に関わってきている立場ですが、生徒の自己肯定感などの低下の原因として、不況や不安定な家庭、発達の問題などを挙げています。そして自分の高校は普通科ということから就職活動でも不利になることが多く、そのため就職支援員の拡充などで対策を図ってきて、一定の成果を挙げているとしています。ただ吉田としても、自分の高校の取り組みを全国に広げるにはいくつかの障壁があるとしており、学力下位校としての役割を改めて発信していく必要があるとしています。
なお、このあとの石井正宏(株式会社シェアするココロ)の発言は、吉田の補完として重要です。石井も吉田と同じく、横浜市の田奈で活動しており、ハローワークの支援員が学校に入ることで、地域の支援のハブとして機能することを強調しております。また就職支援の反省点も述べられており、バランスのとれた議論となっています。
「当事者」「実践者」の議論というのは、ともすれば自分の理論や実践を絶対視し、他の全てを劣っているものと切り捨てがちです(ちなみにその傾向は藤原和博にも見られます)。しかし吉田の議論は、自分の活動がどのような特徴を持っており、また政策として導入するにはどのような問題点があるのかと言うことについて述べられており、このような慎重な議論が広がることを切に望みます。
第3回のキーパーソンは上西充子(法政大学)でしょう。上西はまとまった報告をしているわけではないのですが、p.23の離職率の公表について述べたくだりで、厚生労働省は雇用保険のデータで規模別、業種別の離職率の統計を作ることができるはずなのに、現実には高卒とか大卒とかというくくりでしか公表されていないことを問題視しています。またキャリア教育にしても、本来であれば両輪で論じられていたはずの職業教育が抜け落ちている、奨学金制度が不安定であることを挙げています。上西の発言は全体としては短いですが、ここまでの若年雇用政策についての根本的な疑念が多く含まれており、読んでおくべきでしょう。
他の発言者(藤原和博以外)についても見ていきます。まず濱名篤(関西国際大学)ですが、現代の就職活動やキャリア教育の問題点として、離職率などのコアな情報を出してほしいということ、教員の負担が大きすぎて、現在のキャリア教育の実施主体の多くは非常勤やアウトソーシングであることが多いことなどを挙げています。濱名の発言は現状のキャリア教育のどこに問題があるのかということを考えるには参考となる箇所が多く見られます。次に発言する松井賢二(新潟大学)もキャリア教育の関係者ですが、学校での学習と職業の結びつきが希薄であることなどを採り上げていますが、現状として濱名が指摘していたキャリア教育の問題点を覆すようなものにはなっていないのが残念です。ただしキャリア教育には限界があるということを指摘しているところは評価できます(p.12)。
ここまで、第1~3回の議事録の中から、発言をいくつかピックアップして見ていきました。とりあえずここまででの展望としては、バランスのとれた議論がなされているという印象を受けます。そのため、意見集約や研究のとりまとめの場としてのこのワーキンググループは機能しており、議事録や各種資料も公開されているので、どこにどのような議論が存在しているのかと言うことを考える上では重要な資料となっています。反面「ポジショントーク」的な発言もありますが、そこは致し方ないでしょう。
最後になりますが、今回見てきた議事録には、残念ながら「精神論的」な発言もありました。先ほど見た大久保幸夫の発言のほか、第1回の川本裕康(日本経団連)の《学生の皆さん自身に自立をする意識、挑戦する意識、もし失敗しても再挑戦をしていく意識、まずこれらの意識醸成が非常に重要だろうと思います》、第2回の竹中ナミ(社会福祉法人プロップ・ステーション)の《若い人たちから今、働く誇りを失いつつあるということで、イコール、サバイバル能力がすごく落ちてるんです》という発言が見られています。このような発言が政策の場で語られるのは、極めて問題が多いということを表明しておきます。
この企画の今後の予定(この連載は全5回を予定しています)…
第4回:第4回議事録を読む(海老原嗣生を中心に)+藤原和博の「ドタキャン」に見る若者論の幻想
第5回:第5回議事録ととりまとめを読む+連載のまとめ
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第15回:【政策】中絶と貧困(2013年3月25日配信予定)
第16回:【思潮】「デジタルネイティブ」論を批判的に読み解くために(第3回)(2013年4月5日更新予定)
第17回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第3回:クラスター分析)(2013年4月15日配信予定)
【近況】
・「杜の奇跡20」新刊の同人誌『統計学で解き明かす成人の日社説の変遷――平成日本若者論史5』の予約がとらのあなにて始まりました。なお、同書は、COMIC ZINにも委託予定です。また、電子版は4月頃にKindleでの刊行を予定しております。
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11489088720.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/10/93/040030109347.html
・ジャーナリストの津田大介氏のメールマガジン「津田大介の「メディアの現場」」に、統計学と世論に関する論考「インターネット世論調査はどうあるべきか?」を寄稿しました。その記事が津田氏のサイトに公開されています。
http://tsuda.ru/tsudamag/2013/02/2033/
・近日発売予定の『POSSE』(NPO法人POSSE)第18号に連載「検証・格差論」の最終回が掲載されます。なお私の連載は19号ではリニューアルが予定されています。
http://www.npoposse.jp/magazine/index.html
・「EVENT JACK 気仙沼21」にサークル参加します。
開催日:2013年3月17日(日)
開催場所:気仙沼市民会館(JR気仙沼線・大船渡線「気仙沼」駅より徒歩20分程度/駐車場あり。東北自動車道「一関」インターチェンジより国道284号線経由で1時間程度、または三陸自動車道「桃生津山」インターチェンジより国道45号線経由で1時間程度)
スペース:8
・「杜の奇跡20」にサークル参加します。
開催日:2013年3月24日(日)
開催場所:仙台市情報・産業プラザ(JR各線「仙台」駅北口より徒歩2分程度、または仙台市地下鉄南北線「仙台」駅より徒歩5分程度)
スペース:「G」ブロック18
・「超文学フリマ in ニコニコ超会議2」にサークル参加します。
開催日:2013年4月28日(日)
開催場所:幕張メッセ(JR京葉線「海浜幕張」駅より徒歩5分程度、またはJR総武本線「幕張本郷」駅・京成千葉線「京成幕張本郷」駅より京成バス利用)
スペース:未定
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告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11422949903.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/08/67/040030086743.html
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・同じく「コミックマーケット83」新刊の『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』がCOMIC ZIN専売にて委託販売中です。
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・「コミックマーケット80」(2011年夏コミ)で出した『青少年言説Commenatries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』を、ニセ科学関係、政策論関係を中心に再編集した普及版『青少年言説Commenatries Lite』や、電子書籍書き下ろしシリーズ「平成日本若者論史Plus」の『ロスジェネ・メディアの世代認識:『AERA』に見るロスジェネ世代の特別視と他世代への攻撃性に関する考察』『「ニート」肯定言説の甘い罠:若年労働問題の「本質」を語る危うさ』など、電子書籍がKindleにて配信中です。
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(2013年3月15日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第14回「【政策】若者雇用戦略を総括する/第3回:ワーキンググループ第1~3回議事録を読む」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年3月15日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
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