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「花を落とし大地の下で実を生らす。」
コメ4 草の根広告社 100ヶ月前
花を落とし大地の下で実を生らすから落花生と呼ばれていることを知ってからまだ10年にも満たない。それまで落花生といえば煎ったものしか知らなかった。そもそも畑で育つという認識さえなかった。だから最初に薄茶色の殻を土の中から掘り出した時は目を疑った。それを塩茹でしたものを食べた時のことも今でもはっきり...
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「うたこさんと秋の夕暮れ」
コメ8 草の根広告社 100ヶ月前
秋谷という地名だけあってか、ここは1年の中でも秋の夕暮れがもっとも美しい。秋風というのは古来より西風を指すものだったそうだけれど、なるほど海から吹いて来る西風にもしみじみとした趣がある。その風が吹き抜ける134号線はこの辺りでは「西海岸通り」とも呼ばれている。
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「夏の果(げのはて)」
コメ6 草の根広告社 100ヶ月前
万葉の世において去りゆく季節を惜しむのは春と秋だけだったという。しかし、現代詩の世界では夏もまた消えゆく影を惜しむものとなっている。海へ山へと人々が行動するようになったことで夏が深い記憶を刻む季節になったからだそうだ。 8月最後の海でビールでも呑もうと、週末の午後、葉山の一色海岸まで散歩した...
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「葉山Classic」
コメ4 草の根広告社 100ヶ月前
134号線から一本奥まったところにあるその歴史的建築物のことを、僕は少しも知らなかった。葉山にある旧東伏見別邸。1914年に皇族の別荘として建てられた大正時代の洋風建築だ。普段は非公開となっているというこのクラッシックな建物に招待して下さったのは、公私ともにお世話になっている逗子のワインショップ「a da...
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「浜辺でビール片手に盆踊りを眺めながら僕らの命がどこから来てどこに逝くのかに思いを馳せる。」
コメ2 草の根広告社 100ヶ月前
1年前と同じ宵闇の浜辺に、1年前とは違う僕らがいた。先祖の御霊を見送った送り盆に浜で開かれる盆踊りの夜だった。まるで現世の人々を見守る御霊のような提灯のやさしい明かり。地元の少年少女によるお囃子。小さな櫓を囲んで浴衣の袖が涼しげに揺れていた。「柔らかい砂浜の上で踊るには下駄よりもビーサンなんだね...
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「海で自由を獲得する子供たち」
コメ2 草の根広告社 101ヶ月前
僕らが暮らしている町のビーチは数ある湘南の浜でも何年も前に海水浴場としては閉鎖されている。駐車場もなければ交通の便も悪い。クラブやエステとか、パンケーキやスムージなど東京の最先端をそのまま持ち込んだような不粋な海の家もない。だから、日本の夏の海に六本木や渋谷と同様の刺激を求める人々の姿もない。...
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「いつか波を待ちながら悩んだことを懐かしく思う日が来るのだろうか」
コメ9 草の根広告社 101ヶ月前
波を待ちながらぼんやりと考えた。あたらしい生命を授かった人たちはどんな風に子供の名前を決めて来たのだろう。生まれる場所と同様決して自分で選ぶことのできない、けれど死ぬまで背負うことになる名前を。
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「この異常な日々はいつの間に日常になってしまったのだろう」
コメ2 草の根広告社 101ヶ月前
どんな異常も毎日続けばやがてそれが日常になる。爆弾の雨が降り続く中でも人は眠るし、腹も減るし食べるし、排泄もすれば、セックスもして出産もする。なぜならそれが生命としての、すなわち生きることの本質だからだ。だから異常が日常になってしまうと「この日常は異常だよ」と声高に叫ぶひと握りの人間の方が気が...
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「八月の太陽がくれた花」
コメ6 草の根広告社 101ヶ月前
入道雲。蝉時雨。海水浴。ビーチサンダル。夏になると夕立のあとのアスファルトの匂いまでもが記憶の深いところを刺激する。海と太陽の眩しさに目を細めるたびに、瞼の裏に遠い日の夏休みを感じずにいられないのはなぜだろう。あの頃はいいことなんか何ひとつなかったのに。
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「海辺の読書感想文」
コメ2 草の根広告社 101ヶ月前
波打ち際までたった10メートルなのに、灼けた砂で足の裏が火傷しそうだ。梅雨明けとともに始まった連日の30℃越え。青い夏空には生命力溢れる白い雲。まるで宇宙空間から眺めた地球のような、絵に描いたような夏休みが窓のすぐ向こうに広がっているのに海で泳がずにいられるはずがない。
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「君に伝えたい『せいめいのれきし』」
コメ6 草の根広告社 101ヶ月前
逗子の商店街にある「ととら堂」という古本屋に絵本を探しに出掛けた。まだ産まれてもいないのに我ながら気の早い話だと思う。さらに言えばチャイルドシートとかベビー用の布団とか乳母車など現実的に用意しなければならないものは他にたくさんあるのに真っ先に探し始めたものが絵本だなんてどこまで浮き世離れなんだ...
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「ビールに合うのは日本の枝豆かスペインのピミエント・パドロンか」
コメ4 草の根広告社 102ヶ月前
夏野菜が豊作だ。 雨が少ないせいで相模半白胡瓜だけがやや収量が落ちているのを除いては、ステラミニトマト、レインボーコーン、ピーマン、みょうが、バジル、モロヘイヤ、スイスチャードと毎日のように収穫しなければ追いつかない時期に入ってきた。まさに夏の太陽の恵みだ。おかげで我が家の夏の食卓は自給率が70%...
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「顔の見えない得票数なんかより」
コメ2 草の根広告社 102ヶ月前
週末は朝から喜雨だった。日照り続きの畑にとっては恵みの雨だったけれど、町内の人たちにとっては試練の雨になるのかもしれないと空を見上げ思った。今日は年に一度の夏祭りなのだ。五穀豊穣などを祈願する神輿が一日掛けて町内を練り歩く。担ぎ手たちの中にはこの日を楽しみに1年間頑張っているという人も少なくな...
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「はやく大人になりたい」
コメ7 草の根広告社 102ヶ月前
他力本願になれない子供だった。親の力に頼らねば生きられない自分の無力さがもどかしかった。子供ってなんて不自由なんだろう。大人になればこの不自由さから抜け出せして自由になれるんじゃないだろうか。ずっとそんな風に思っていた。 だから、七夕の短冊にはいつもこう書いていた。 「はやく大人になりたい」...
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「人は夢や理想だけじゃ食べていけないのだろうか。」
コメ6 草の根広告社 102ヶ月前
自分自身も気づかぬうちに荷担してしまってはいないだろうか。マスメディアで働くひとりとして我が身を振り返ったのは、とある週刊誌のスクープ記事だ。案の定常軌を逸した取材だと批判されている。男性である僕ですら目にした瞬間にそう思ったのだから、主な読者層である女性の嫌悪感はなおさらだろう。誰も止めな...
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「海辺のレモンサワー教室」
コメ2 草の根広告社 102ヶ月前
天気予報は雨だったけれど、見上げた空は明るくなり始めていた。激しい海風が早送りの映像みたいに灰色の雲を沖へ押し流してゆく。たくさんのサーファーが休日の高波と戯れている。午後の空模様を聴こうとカーラジオを湘南ビーチFMに切り替える。曇天の朝に似合うけだるいジャズが聞こえて来た。
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「だから僕は満員電車に乗ることができなかったのかもしれない。」
コメ4 草の根広告社 102ヶ月前
それが常識だと思って生きて来た人には不快に思われるかもしれない。「こいつ何を書いてるんだ?」と叩かれるかもしれない。でも、書こうと思う。批判されるのを覚悟で僕自身が感じている有りのままを包み隠さず表現しようと思う。なぜなら僕自身は今から書くことをそれこそが常識なんじゃないかと思って生きて来たか...
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「あじさいの葉のような女の子が好きだ」
コメ4 草の根広告社 103ヶ月前
あじさいは淡い色の花よりも、それを引き立たせる濃い緑の葉の方が好きだ。淡い美しさを持った女性らしい女性の隣りで、元気に笑っている日に焼けた女の子みたいな。生命力が強そうに見えるからだろうか。思い起こせば昔から好きになるのはいつもそういう女の子だった。子供の頃、母が病弱で(おかげ様で今は病気ひ...
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「僕は米軍基地のある町で生まれ育った」
コメ4 草の根広告社 103ヶ月前
初夏の海岸線と並行するように、黒いチョッパーが飛んでゆく。米軍のヘリを彼ら自身はそう呼んでいる。あまり知られていないけれど民間機や自衛隊機と違って、どこをどんな高度で飛んでもいいことになっている。1960年に締結された日米地位協定という不平等な取り決めに基づいて。
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「隠れ家で味わう音のない打ち上げ花火もそれはそれで悪くない。」
コメ10 草の根広告社 103ヶ月前
仕事帰りに妻と待ち合わせした逗子駅は人で溢れ返っていた。陽炎がうっすらと揺らめき始めた金曜の夕暮れ。浴衣姿の若い男女も大勢いた。あと30分もすれば逗子海岸でこの辺りではもっとも早い花火大会が始まるのだ。
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「ビールを飲みながらウクレレをポロリとやるのが最高に気持ち良いのはどうしてなんだろう。」
コメ4 草の根広告社 103ヶ月前
ビールを飲みながらウクレレをポロリとやるのが最高に気持ち良いのはどうしてなんだろう。休日の晴れた夕方なんかは特に気持ち良い。程良いアルコールと力の抜けた音色が凝り固まった心を解放させてくれる。
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「何度でも花が咲くように私を生きよう」
コメ14 草の根広告社 103ヶ月前
21年に渡って携わって来たラジオ番組の終了をきっかけに場所を移して走り始めたここでの草の根広告社も早いもので丸1年になる。週三回の更新なんてきっと息が上がって休み休み走ることになるのだろうと思っていたけれど、一度も休むことなく1年を終えることができた。
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「世の中捨てたモンじゃないなと思わせてくれるものを探しながら日々を生きているのかもしれない。」
コメ8 草の根広告社 103ヶ月前
スペインで暮らしている日本人の友人と久し振りに食事をした。元闘牛士のオーナー以下全員スペイン人で切り盛りしている渋谷のスペイン料理店で本場さながらのパエージャを食べた。店内には陽気なスペイン語が飛び交い、フラメンコギターの生演奏が響いていた。言っておくが店を選んだのは僕ではなく彼だ。何年か前...
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「海辺の町ではいつもと同じ夏の準備が始まっている。」
コメ10 草の根広告社 103ヶ月前
初夏の太陽に誘われるように、ビーサンで家を出た。週末の午後だった。実は仕事の途中だったのだけれど「原稿は夜でも書けるけど、太陽とは昼間しか会えないよ」と頭の中でもうひとりの僕が囁いた。こっちに移住してからいつも夏休み気分でいる自由な怠け者だ。
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「やさしくて、あったかくて、小さいけれど大きな手だった。」
コメ20 草の根広告社 103ヶ月前
やさしくて、あったかくて、しわくちゃで小さいけれど、大きな手だった。「いつか、いつかって、ずっと思ってたよ」 僕が大好きな女性の中で最年長のあの人は、皺だらけの小さな顔をさらにくしゃくしゃにして笑いかけてくれた。