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記事 18件
  • モチベーションは楽しんで身につけられるのか

    2014-11-29 00:30  
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     bpcc14で、出張型学習塾「ブランチ」のビジネスプラン作成のお手伝いをしたので、未来の教育の形がマイブームなわけですが、今日も、ゲームで学ぶ英単語RPGスマートフォンアプリ 英語物語というアプリを教えてもらいました。まだちょっと試しただけですが、文法もあるし、発音も出るし、普通に楽しめる RPG だし、なかなかよさそうです。 dragonbox、えいぽんたんに続きこれもなかなか良さそうです。 これからもこの手のアプリはうじゃうじゃ出てくるでしょうから、単純な暗記とか、方程式解くみたいな単純な手順の習得などは、どれか熱中するアプリに当たれば、努力と思わないうちに習得できることになります。素晴らしい時代になったものです。 さて、学習者本人が意欲を完全に失ってしまっているような場合、そういったゲームならやってくれて、ちょっと単語を覚えられたりするかもしれません。それで学校のテストの点があがったりして、勉強への意欲を取り戻してくれると進めば満点ですが、いつもそんなわけにもいかないでしょう。 なにしろつまるところ「勉強してなんになるの?」というモチベーションの本質的なとこはなにもしてませんから、勉強がほとんど手に付かないときのきっかけとしてはいいと思いますが、その先どのように本格的な勉強につなげていくのかというのは、またもう一つの大きな課題です。 勉強へのモチベーションを高められるようなワークショップみたいものはできるのか。遊んでいるうちに勉強へのモチベーションが高まるようなアプリはできるのか。そういったことが今とても気になっています。 もちろん、もともとできる子系なら今でもそういうワークショップあると思うんですけど、そうじゃなくて、学校の勉強についていけなくて、自分は落ちこぼれとすっかり自信をなくして意欲を失っているような人にも効果が期待できるようなものができるかということです。 たとえば、この手の話を考えるときはいつもこれを思い出します。 子供の「どうして勉強しなきゃいけないの?」→ 勉強することの具体的で直接的で切実なメリットを説明  すごく参考にしています。 でも、これって、勉強で自分がどう得するかという視点ですから、自己肯定感が低い子にはこれを説明しても響かないんじゃないかと思うのです。 ちょっとすぐ手が出ないので、昔良く言ってたことを蒸し返してみます。 理系離れが問題になって、理科の楽しさを知ってもらおうみたいなイベントが良く行われるようになりましたが、それはあくまできっかけであって、それだけでは理系離れ対策としては不十分だと思うのです。 今社会にはうんざりするほど課題があって、特に自然環境やエネルギー関連はほっといたら地球が壊れるような問題目白押しです。ですから、社会としては、若い人にはどんどん理系科目を勉強してもらって一人でも多くがこの問題に取り組まなければなりません。 ですから楽しい実験で興味を持ってもらったら、次は正面切って言えばいいと思うのです。「私たち社会は、あなた達を必要としています。多くの環境エネルギー問題を解決するには、もっと多くの理系が必要です。地球のために理科を勉強して、その分野に進んでください」と。 エコツーリズムを企画する時、初心者向けには、単に森林浴しましょう、ガイドが案内します、みたいなのでいいと思います。でも、さらに、間伐をするようなツアーとか、森林整備に貢献するようなツアーも組んで、最初のツアーに来た人で協力してくれる人を巻き込んでいくような仕組みも作れます。 なので、子ども向けに講義は作れると思うのです。自分の住む街を良くするには、あなた達の力がいると。道の駅で地元の材料使って大福作るにしても、原価計算がちゃんとできないと、たとえ売れても作れば作るほどしんどくなってやめることになりますと。算数をきちんとまなんでおいてくださいと。国語理科社会も同じように、地域活性のためにどう役立つか説明できるでしょう。昔の国全体の均一なサービスでは解決できないことが残っていますので、国や県が解決するのは困難です。そこのことを良く知っているそこに住んでいる人が取り組む必要が出てきていますと。 地域活性だけに縛ってあげてはかわいそうなので、自分の行きたい所にいって、そこの問題を解決してくださいと加えると良いでしょう。ポイントは、どこかの優秀な人が解決してくれるわけではなく、自分たち一人一人が解決を担う人材なんだと知ってもらうことです。 と、講義はできたとしても、でも、それをただ聞くだけなんて、1年に1回で十分ではないかと思います。 

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  • [S]「市区町村別給与検索」を geofuse で地図にした

    2014-11-27 22:45  
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     いつもとちょっと違う水曜、今回は短い記事[S]です。 昨日、「市区町村別給与検索」というサイトが公開されました。
    なんか作った。 市町村別給与検索 http://t.co/L7c2PZiQK0
    ― 村上福之 Fukuyuki (@fukuyuki) 2014, 11月 26
     都道府県つきの市区町村名と平均給が一覧になっているので、前紹介した geofuse を使って可視化してみました。 
     都市部が高いのが一目瞭然です。北海道の東側がやけに高い気がしますが、総所得から平均給与を推定しているとかで正しいかはまだ不明とのこと。 グラフは直接見ることもできます。そのままだと色分けがつまらないので、「分類方法」を「等量」にして「作図」をクリックすると上と同じ絵が出ると思います。 さて、これ数分でできました!と言えればかっこいいのですが、geofuseは旧町名に対応しているため、そのままだとご覧の通りあちこち抜けてしまいます。それが悩みだったのですが、今回、提供されてるテンプレートに旧町名の一覧が出ていることを発見!   それで旧名と新名の対応表を作ればばっちり!なのですが、とりあえず今回は北海道と青森くらいで許してください。膨大な量なのです。 なので、北海道青森以外ははまだいっぱい穴あります。ぼちぼちゆっくりやります(その前に geofuse が対応してほしいのですが)。 

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  • 大人達、#どうして解散? にどんだけうろたえてるん

    2014-11-26 23:00  
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     6日前の20日夜に出現した小4が作ったとされる「#どうして解散するんですか」のサイトの件、あまりの大人達の狼狽ぶりに目を白黒させてます。 くだんのサイトは、開設まもなく、実際は小4ではなく20歳の青木大和さんが作ったと暴かれていくわけですが、そしたらなんか大人達がフルボッコ。もう瞬間沸騰。あっけにとられていたら、なんと安倍首相までこのフルボッコ運動に参戦。
      しかも、どんだけ慌ててたのか、当初はヘイトスピーチ満載サイトの記事を引用してしまい、場外も一気に盛り上がりました。 【悲報】 安倍首相がFBで保守速報を紹介 - NAVER まとめ  こちらはさすがに削除され、投稿され直しています。(11月27日追記。新たに「そのアイディアやエネルギーを強くて明るい将来に向けてほしい」と諭す内容が投稿され、上記の投稿は削除されたようです) 最近で言うと、といっても10年くらい前ですが、ほりえもんこと堀江貴文さんへの猛烈なバッシングがありました。その瞬間沸騰バージョンです。 さらには、自分も良く知りませんが世界中に愛されたビートルズも、当初は聞くと不良になるからと大人達が猛反対したと聞きます。 今回もなにか多くの大人達を危機感のどん底に落とす何かがあったのでしょう。単純に脅威だと思ったから必死で叩いているのです。これは何が起こったのか詳しく調べる必要があります。 今回の騒動は、もちろん諸手をあげて賞賛するようなやり口ではありませんが、とりあえず違法性はないのではないかと言われています(ま、違法性があるなら、この勢いならとっくに告発されてますよね)。 「どうして解散するんですか?」小学4年生になりすましてサイト制作、法的問題は?  「今回のサイトが、衆院解散について政治的な批判・論評をする目的で、非営利目的で開設されたものであるとすれば、表現の自由の保障(憲法21条)ともかかわる問題ですし、『小学4年生の中村』を名乗っていたことについて、社会的な批判はあろうかと思いますが、『違法』ということにはならないのではないか、と思います」 
     そもそも、実在の人物への「なりすまし」が問題で、現実と異なるキャラ設定は「なりすまし」と言わなかったのではという指摘もあります。
    「なりすまし」っていうのは、実在の人物、実在の組織の一員であると偽装することでその実在の人物・組織を貶めようとする点に問題があるわけで、現実と異なるキャラ設定をすること自体は「なりすまし」とは言ってこなかったはずですよ。
    ― 小倉秀夫 (@Hideo_Ogura) 2014, 11月 25
     確かに、たとえばツイッターのアカウントでは現実と異なるキャラ設定なんてあたりまえですし、その上でNHKの中の人は「ナカノヒトナドイナイ」と強弁を通し続けるのがまかり通るのですから(笑)、違法性についてはかなり問題なさそうです。 この手法をあえて使って世の中に訴える事例もつい最近海外で話題になりました。 【マジかよ】37歳男性と女子小学生(12)が結婚することになり世界中で物議をかもす / 激怒して通報する市民も!  そうはいっても、道義上の問題はあります。仮にこれを民主党など他の党が使ったのだとしたら卑怯極まりないですし、バレれば非難のあげく支持を落とすでしょう。 安倍首相も、 選挙目当ての組織的な印象操作ではないでしょうが 
    と釘を刺しています。 でも、今回、やったのはピカピカの成人1年生。なのに、無慈悲なフルボッコ。 大人達がこんなに一斉にうろたえるのを見るのは本当に久々です。それほど、今回の件は、大人にとって恐怖以外の何物でもないのです。 ところで、さっそく、同じ趣旨のサイトが立ち上がっています。作者は dragoner さん。 どうして解散するんですか?
      

     しっかり小学生4年の中村を騙っています。ただし、「90年代おじさんとして、90年代おじさんが想像する小学校4年生が作る正しいホームページ」として再現したとのこと。#どうして解散するんですか? 騒動が冷めやらぬ中、90年代おじさんとして、90年代おじさんが想像する小学校4年生が作る正しいホームページを再現してみた(製作時間30分) http://t.co/yQXidhtVIg pic.twitter.com/oXsUADd0MH ― dragoner (@dragoner_JP) 2014, 11月 25
     このサイトも安倍首相から卑怯呼ばわりされるのでしょうか。90年代テイストですが、元のプロ級サイトに比べればこちらの方がずっと「小学4年生」らしい気がします。 しかし、もちろん2番煎じなのもありますが、とても同じ騒ぎに発展するとは思えません。青木大和さんの作ったサイトがこれだったとしても、こんなに問題になったとは思えません。 オリジナルサイトが破壊的な威力を持ったのは、それがむしろ下手に小4レベルを装うとせず、あますことなくプロ級の技を使ったからです。極めて拡散力の強いサイトに政治メッセージを乗せられることを20歳数人で作れてしまうことを証明したことが最大の脅威と受け止められたのです。 今回は20歳と成人していましたから、危機感を持った大人は首相を筆頭に全力で叩きました。 では、もし誕生日前で19歳だったらどうなっていたでしょう。 今回のやり方は「卑怯」の烙印を押されましたが、ほんの少し工夫して回避していたらどうなっていたでしょう。 今回はネタがインパクト狙いでしたが、もしも、年金生涯純受益のグラフ(60代以上は4000万円とかで、将来世代はー8000万円とかいうグラフ)とか出されて、#どうしてぼくたちこんなに負担しないといけないんですか? というお題で出されていたらどうなっていたでしょう。 今回はぎりぎりアウトでしたが、この企画はほんの少しのところでまともに社会を揺るがすサイトになっていたのです。今回の企画を非難するのは簡単ですが、この企画が示した潜在的な政治へのインパクトは計り知れないものがあるのです。 若者は大人社会と利害関係が薄いので、正論を真っ正面からぶつけてきます。大人同士なら、互いに利害関係もありそれを使って交渉に持ちこめますが、若者相手ではそれができません。女子大生が始めて一気に広まった Teach for America でも見られるように、若者が本気になるとその力は計り知れません。 大人は本能的にそれを察知して反応したのです。 

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  • 誰に投票しても代わり映えしなさそうな理由

    2014-11-25 22:45  
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     解散総選挙がやってきます。 しかし、私たちが一番気にしている景気については、私たちにこれといって打つ手がありません。 「アベノミクスの終わり」解散で社会保障改革待ったなし   アベノミクスは、消費税10%への再引き上げを見送ったという点では財政再建の面からも、デフレ脱却で力強い経済成長の道筋を示すという面からも失敗に終わりつつあると考えてなんら問題ないでしょう。
     巷では、アベノミクスがどうのこうのというより、ごく単純にリセッション、景気循環における不況に陥っているのではないかという見方も出てくるようになりました。
     アベノミクスは失敗だと分かっていても代わりに投票すべき政策がありません。 今政治家にできることはあまりないのです。 官僚や大企業にもあまりありません。 不勉強にもトリクルダウンという言葉を最近知りました。「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウン)する」(wikipedia)という意味です。戦後の日本はずっとこの考え方で発展してきたと言えるでしょう。当たり前すぎて、わざわざ言葉にする必要もありませんでした。 でも、今この考え方は曲がり角に来ています。なので徐々にこの言葉を見る機会が増えてきています。 今まではなぜトリクルダウンで良かったか。 高度成長期はたくさん輸出しました。それは世界の私たちより豊かな国がそれらの品を買ってくれたからです。そして国内では、先進国に見習ってインフラを整備するという膨大なプロジェクトがありました。どちらも強いリーダーシップの元進めていくのが効率のいい事業です。ですからトリクルダウンがうまくいきました。 しかし、時代は変わりました。今では日本は世界指折りの経済国です。インフラ整備は一巡し、維持費を考えるとただ何でも作ればいいというものではないことがはっきりしています。 そしてモノ作りにおいても、いいモノを作れば世界の豊かな誰かが買ってくれる時代ではありません。日本人自身が買えないような豪華なモノは、海外でもなかなか買ってもらえないでしょう。 サービスに至っては生産と消費が同時に起こりますから、やはり日本人に消費してもらうのが基本です。 つまり、トリクルダウンが「貧しい者」と呼ぶ人たちが買ってくれないことには「富める者」も商売上がったりなわけです。 ということで、私たちの新たな景気のネタは私たち自身の中に見つけていかなければならないのですが、実はあります。 それを象徴する記事がこれです。 病院の壁に模様をつけるという意味は ある病院の壁の絵をてがけたデザイナーが、1、2階分のデザイン料しかない中、7階全部違うデザインにしたという話。 この病院にいる難病の方々は、おそらくはここから出る事無く、生涯を終えるそうです 
     そんな子達のために、普通の人でも見ることができない森の地面から空までの景色を7階に分けて描かれています。壁画の制作も学生ボランティアが活用されているそうです。 とても感動的なお話ですが、いまやクラウドファンディングのある世の中。プロデューサーが適切にクラウドファンディングを募れば、7階分のデザインも、制作作業者の賃金もきちっとまかなえたのではないかと思うのです。関係者達の善意は素晴らしいものですが、もしきちんと費用がまかなえたなら、彼らはこのような話があれば持続的に活動できるし、それで得たお金は、またかれらが素晴らしいと思うものに使われていきます。お金は連鎖する「いいね!」なのです。 この病院の壁画プロジェクトも、最初のうちはクラウドファンディングが必要かもしれませんが、いくつかこなされ、これが普通になれば、最初から予算に組まれるようになり、このような活動をしているデザイナーさんたちの仕事が増えることでしょう。 そうやって「いいね!」というお金が連鎖するから景気はよくなります。一方この話を単なるいい話に終わらせれば「いいね!」というお金は連鎖せず、景気は悪いままです。 お金に対するイメージが悪いのは、CMとかで無理矢理需要を喚起させられ買わされてるとか、金で金を産むせいでときにリーマンショックみたいに破綻して消えるみたいな不健全な使われ方をさんざんみさされているからですが、そんなのはお金の姿のほんの一部で、大部分は私たちの日々のクリエイティビティを支える潤滑油です。 ですから、こういう素晴らしいプロジェクトを見かけたら、みんなで工夫して、関係者が相当の対価を得られるようにすることが、巡り巡って日本の景気を良くする大切な手段なのです。もちろん世の中のは自ら新しいビジネスを生み出せる人もいますが、それだけでは今の日本の景気を良くするのに足りてません。それ以外にビジネス度外視の素晴らしい活動がたくさんあります。その関係者が相当の対価を受けられるよう、皆で工夫しないといけないのです。 またこれこそが大企業が手をこまねいている原因でもあります。こんな個人レベルのすばらしい活動はいくらでもありますが、それはあまりにも小さく一つ一つビジネスにしていくのが難しいのです(楽天市場などオンラインショップのプラットフォーム整備などは大企業も手がけられますが)。小さいプロジェクトは小さい単位でビジネスにしていかなければなりません。 そこに今の日本の本質的な弱点があるのです。つまり、そういう素晴らしい活動をビジネスにしていく力のある人が少ないのです。 そしてその遠因が、先日から取り上げている義務教育での落ちこぼれの問題です。日本のエリートを作る教育ばかりに目が行っていましたが(差別問題というより単に分かりやすいからだと思います)、小学生で3割、中学生で5割が、学校のカリキュラムについていけなくなっているという問題が、真っ正面から問題になっているのです。 

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  • 「大学」は「自由」を学ぶ所だったのではないか

    2014-11-21 23:45  
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     10年後に大学がどうなっているのか、小学生の子どもを二人持つ私にはとても重大な問題で、ミラフツでも何度も考えています。 そんな中、最近3年前に読んだメッセージが再び流れてきました。 卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ) 東日本大震災直後で卒業式が中止された高校で、立教新座高校の渡辺憲司校長から卒業生に贈られた言葉です。その中では、次の言葉がテーマになっています。 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
     大学にいるときは平日でもふと海に行きたければ行ける、高校や、就職した後ではそれはできない、そんな自由が大学のときにはあると話しています。  いわゆるモラトリアムという言葉にも関連する話ですが、この「自由」を得るという人生のステップはとてもとても重要な局面です。さらに校長は、 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向

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  • 改善案無しで「イヤ」を言える場を作る

    2014-11-20 23:45  
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     はあちゅうさんの記事が話題です。 ワガママか!改善案無しの「イヤ」を言うやつは、幼稚園からやり直せ!/仕事上手は恋愛上手 byはあちゅう  内容はタイトルそのまんまで、いわゆる「反対するなら対案示せ!」って奴で、「そうだそうだ」という声もたくさんあります。 若い方が自己研鑽のために自らそれを課すのは大変心強いことだと思いますが、しかし社会としてはこの考え方はもう古いものとして変わっていくと思っています。 これからの社会は「『イヤ』なのですね。どうして『イヤ』なのか、どうしたらいいかみんなで考えましょう」です。 「反対するなら対案示せ!」の蔓延は、現場でかなり弊害が出ていると思っています。 似た奴に「言い出しっぺの法則」もあります。言い出した人が責任を持って進めることです。これも蔓延すると、言ったらやらされるけど、大変だし自分がやり遂げられるかわかんないし、言わずにいようというのはよくあることです。  同様に「反対するなら対案示せ!」も蔓延すると、反対なんだけど対案ないし、言えないなーと言わなくなります。 世はコラボ時代。たとえば都会の人と田舎の人でコラボしようとするとき、都会の人がなんかアイデア出して、田舎の人が「イヤそれはちょっと……」と言いよどんだ時、「じゃあ、代わりになんかアイデア出してください」と詰め寄ってうまくいくわけがありません。「イヤそれはちょっと……」の「……」の部分は心では分かってるけど言い出しにくいことかもしれませんが、場合によってははっきりと言語化できないこともあります。「イヤそれはちょっと……」となったら、まずは「そうですか。」と同意して「ではどうしましょう。こんなんだったらどうですか?」と一緒に探っていくことになります。 もし、ここで「イヤそれは……」が言い出せない空気になっていたら、田舎の人は押し黙ってるけど、それでどんどん進めたあげく、一番最後の最後にやっぱできないとご破算になります。 こんな風にいろんな人同士でコラボする場合、その関係者全員に「反対するなら対案示せ!」を課すのは無理があります。 全員が粒ぞろいであれば、「反対するなら対案示せ!」、「言い出しっぺ」も効果的かもしれません。ディベートのように互いを切磋琢磨できることでしょう。でも、みんなで考える場が醸成できていれば、わざわざその制約を課する必要はありません。 ではそもそもなぜ「反対するなら対案示せ!」が叫ばれたのか。旧来からの組織では、終身雇用もあって、チームの中でチームが成果を出す目標に向き合わず、ただ批判するような人が幅を利かせがちだからです。  

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  • [S]地方 ingress から報告。ローソンは前から XM 基地だった

    2014-11-19 23:30  
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     いつもとちょっと違う水曜、今回は気楽に書き始める短い記事[S]です。ingress というゲームを知らないとピンと来ないネタですが、都会のゲームが地方でも楽しめるようになったという話です。  ローソンとIngressがコラボ、日本全国のローソン店舗がポータル化   グーグルのリアル陣取りゲーム ingress で、全ローソンがポータルになったと話題です。 それは出張中に知ったのですが、自宅に戻って開いてみたら、うちから歩いてすぐのとこに見えるローソンが確かにポータルになっていました。 このローソンポータル化、大都会の人にはまあちょっとポータルが増えただけかみたいな話だと思いますが、大都会以外では破壊的な変化です。 そう、 ingress なんて都会のゲームでした。今まではポータルは神社やパブリックアートなどで、都会なら、一つポータルハックしたら、じゃあ次はあれと、歩いて行きたくなるところにポータルがあります。 しかし、地方だととても密度が低い。ほぼ50万人都市全国1700自治体中35位の広島県福山市ですら、たくさんあるのは福山駅周辺だけ、私ん家みたいな住宅地になると、一番近いポータルでも自転車で5分くらいのとこ、次のは反対側に15分以上のとこ、その次は…みたいな世界です。次々とポータルを訪れるのは自転車でも萎える距離。 なので、 ingress は出張した時気が向いたら通り道にあるのを楽しむくらいのもんでした。Lv3になれる気がしません。 しかし、今回全ローソンがポータルに。家で開いて表示されるポータルはローソン3件に(笑 そう、ぶっちゃけ、どこにローソンがあるかアプリになったのです!!! これならダイエットに使おうという気になれます。 そして、その画面見てすぐ気付きました。 ああ、あれはローソンだったんだと。 まだ始めたばかりの頃、家の周りで ingress を開いた頃のこと、近所になんかやたら XM が湧いている場所があるのです。別になにか特別なものがある場所ではありません。なんか道祖神でもいるのかと一応その辺歩きましたが特になし、逆に他の道祖神とこに XM が湧いているわけではないし。 が、そこにはあるのです。ローソンが。今やポータルに昇格したローソンが!!! もちろんそのときもローソンの付近とはわかっていましたが、そこいろんな店並んでますし、なぜローソンからという理由なんてないのでそんな可能性考えもしませんでした。 いつからかわかりませんが、だから、前からコラボしていたのではないでしょうか。多分都会だと目立たなかった気がするので、地方の人で確認してた人とかいないのでしょうか。 それにしても、これで漸く地方都市でもぼちぼち楽しめる密度になりました。これなら自転車で次々ハックしたくなる距離です。ですから ingress の中の人にしてみれば、このゲームを地方にも広げたい!というのが一番大きなモチベーションだったんだと思います。 そして、これここらへんだとそれくらいの密度になりましたが、 

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  • 上手に寄付を売る時代

    2014-11-18 10:45  
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    (11月18日に公開する予定の記事でした。1週間遅れで配信です。申し訳ございません) 学園祭で、寄付を付けたら500円のボールペンが良く売れたという話が話題になっています。 女子大の学園祭で普通の2色ボールペンが1本500円で次々と売れたのはなぜか? |株ニュースの新解釈|ザイ・オンライン   500円だと子どもが買えなくて困っていたので、急遽募金箱を置いたら募金も集まったが、飴を付けるようにしたら、 キャンデー目当てで子供たちが募金のリピーターとなったりした。
    と好評だったようです。 元記事は、とても売れそうにない500円のボールペンをどうやったら売れるようになるかというテーマだったのですが、これを読んだ時思ったのは、逆に「もし、これを寄付だけを募ったら、同じくらい寄付が集まっただろうか」ということです。 たとえば、ふるさと納税では、寄付すると地元の特産品がもらえるお土産付きがとても流行っています。kickstarterなどのクラウドファンディングでは、なにかガジェットを開発するのに最初の製品がもらえるタイプの寄付が人気です。 寄付は仏教で喜捨とも言われるそうで、本来見返りを求めてはいけないわけですが、こんな風になにか見返りがある寄付が最近は普通にありますし、むしろ見返りを求めない寄付より広く行き渡りつつあります。そんなの寄付じゃないと言う議論はありますけど、本来の寄付は相手がどう使おうと勝手なのに、世の中の大半の寄付は目的を限定してますから、どっちもどっちです。 なぜそんな風に流行っているのか。人々が寄付をした時に、それが本当に役に立っているか知りたいからではないでしょうか。ふるさと納税であれば、自分が寄付をして、自分のところに特産品が届くことで、自分の寄付金がそのふるさとの経済に貢献したことを体験できます。 kickstarter では、物が届くことで、自分の出した出資金でそのプロジェクトが実行され結果を生み出したことを体験できます。もう少し待ってそれが商品化されればその方が安くなるかもしれませんが、開発を資金的に手伝ったという体験も得られるわけです。 ボールペンによる寄付にしても、本当にそれがだれかに届くところを見るわけではありませんが、そのボールペンを見ることで、「ああ今頃だれかボールペンを手にしてるかな」と想像できるというストーリーを一緒に買っていますし、こどもたちがキャンディー付き寄付をリピートするのも、キャンディーなんて自分で買った方が遥かに安いことが分かっていても、その物語付きキャンディーを買いたくなっているわけです。 以前のミラフツの記事 【「ニートの歩き方」に見る社会の最新技術3】寄附をすると楽しく暮らせる  では、ニート代表の pha さんが互いによく寄付しあっている話を紹介しました。純粋に寄付なんだけど、他人にお金をあげるってコンテンツとして面白いというのがある。千円でマンガを買うよりも、千円をニートにあげてそいつがどう使うのかを見たほうが面白かったりする。つまんないときもあるけど。
     という楽しみ方をしているそうです。見返りは期待してないけど、それがどう使われるかは楽しむ対象になり、つまり勝手に見返りを回収しているわけです。 たとえば、500円ボールペン記事でも例が出ている Table for Two。自分がそのランチを食べると途上国で誰かが1食食べられるという寄付付きのランチ。もし、これを食べた時、スマホで自分の顔を撮ると、次途上国で誰かが食事を受け取る時、その人の顔が見られ、しかも今度はその子の顔が撮られ、元の人が見ることができる、そんな仕組みができたとしたら、きっともっと Table for Two を食べる人が増えるに違いありません。食べる度に違う国、違う子の顔が届くのですから、繰り返し食べたくなること請け合いです。(もしかしたらもう実現されているかもしれません。だったら素晴らしい!) つまり、 

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  • 価値モデルは大正モデルの呪縛から解き放たれなくてはならない。

    2014-11-17 22:00  
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     シェアって単純なもんじゃなさそう だから、整理して考えてみるというプレゼンを拝見しました。何と何を交換しているかという点に着目して4×3のマトリクスに分類し、シェアという言葉がいくつかの異なる価値交換に使われているので分かりにくいから、ちゃんと分けて考えようという切り口です。 大変整理されていて参考になるのですが、そのマトリクスはこのまま生かせたとしても、項目の考え方は、ばりっばりに大正時代の価値モデルに縛られています。もう100年近くこのモデルだったので仕方ないのですが、今こそこの呪縛から逃れなければなりません。 大正時代の価値モデルとは何か。それは価値が分断されていることです。 たとえば、モノを提供する場合、「お金」を得るのが「売買」、「他者からの評価」を得るのが「プレゼント」、「自己の満足・喜び」を得るのが「寄付」と分類されています。 しかし、実際はモノを「売買」すれば、「お金」も「他者からの評価」も「自己の満足・喜び」も得ます。たとえば、熊野の化粧筆が売れたとします。売れるだけではありません。それを使った人は「やっぱり熊野の化粧筆は全然違う!」とか「思ったほどでもなかった」とか様々な評価を持ちますし、それは直接あるいは間接的に生産者に届きます。その評価によって、生産者は自己の満足・喜びを得られます。 現代、売買の中には、他者からの評価や自己の満足・喜びがほとんどやりとりされていないビジネスがあるかもしれません。結構目につくかもしれません。でもそれは今後衰退するビジネスです。野菜一つですら、ストーリーが求められる時代です。売買にモノとお金の交換だけではないことを明示的に求めているのです。 モノとお金の交換だけの売買は、未来においてなくならないかもしれないけど、マイナーなものになるのです。 ですから、価値と価値の交換を考える時、得るもの、与えるものはいろいろあります。「お金」、「他者からの評価」、「自己の満足・喜び」だけでなく、さらにどんなものを交換できるか多様化することでもっと付加価値がつくだろう、そんな風に考える必要があります。 なお、第三の価値には「自己の満足・喜び」とありますが、少なくとも私は、「自己の満足・喜び」を伴わない販売やプレゼントはしません。それは常に伴います。ですから、プロボノなどが分類されている「自己の満足・喜び」の項目はもう少し工夫しなければならないと思います。大正時代のアメリカで分断された価値
     本来これらの価値は一緒くたに交換されているのは自明だったはずなのに、なぜ分断されてしまったか。それは約90年前、1920年代、つまり大正時代のアメリカに遡ります。 その頃アメリカではフォード社のT型自動車が爆発的に普及していました。同じ型を大量生産することが価格がどんどん下がり、多くの人が車を買えるようになったのです。しかし、需要が一巡するとパタリと売れなく運命にあります。 その代わりに台頭したのがシボレーです。シボレーは毎年のようにモデルチェンジをしたのです。 

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  • 人間の悪意なんてたかがしれている

    2014-11-15 00:00  
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     これは、8月の中旬に書き溜めてそのまま公開してなかった記事を手直ししたものです。 海燕さんオススメのウェブ漫画『まりんこゆみ』、面白いです。 日本の女子校生、海兵隊へ! 野上武志『まりんこゆみ』がいろいろ凄すぎる。   海燕さんはとりあえず60話くらいまで読めと薦めていて、確かに、そして70話くらいでどっひゃーってなりました。11/14現在快調に 94話まで進んでいます。 ちなみに右の方に "English" というボタンがあって、そこクリックすると英語版になって二度楽しめます! 言葉変えるだけで、ばっちりアメコミになるんだなあと感動。懐かしい。日本語も付いてるわけで、ものすごく英語の勉強になるのでとってもオススメです。ごっそり文全体が違うとことかは、日米のノリの違いで、そういうのも分かりますよ。 さて、話は変わりますが、その次の記事 さらば、皮肉と冷笑のインターネット。 の中に、こんな一文がありました。ぼくもべつだん、悪意こそ人間の真実だとは思わない。しかし、「水は低きに流れる」。つまり、人間は放っておくと悪意に堕ちていく存在であるとは感じている。
     この記事はそこから会員向けで、内容は、それはそうなんだけど、インターネットで上から目線の冷笑ではなにも築けないから、一歩踏み出そう、というとても良い話でした。 でも「人間は放っておくと悪意に堕ちていく存在」ってことはないと思ってます。 というか、人間の悪意なんてたかが知れてるんです。 少し前大いに話題になったLINE詐欺。これは7月30日の記事ですけど、 【驚愕】LINE詐欺犯「中国のLINE社員からアカウント情報を買い取った」
     LINE詐欺に対して、中国人を装って仲良くなったら、中国人の15歳がLINEアカウント情報を買ってやっていると教えてくれたという内容です。 真偽はともかく、たとえばこの場合、この中国人の悪意はあるとしても騙す相手の日本人にだけです。それ以外、食べるご飯、着る服、住む家、通う学校、家族、友達、そういったものは人間社会の中の仕組みにかっちりはまって生きていることでしょう。実際相手が中国人と思うやいなや、極普通にやりとりしています。そこに悪意はありません。もし日本人を敵として育てられているとしたら、詐欺は正しいことだとすら思っているでしょう。 もし、誰かが悪意の塊だとして、「触るものみな傷つけ」ているとしたら(15歳だけに、って30年前の歌のネタです)、孤独に生きるしかありません。普通そんなことにはならなくて、どこかのコミュニティーに属していて、例えそれが「悪の組織」だとしても、その中ではその組織のルールに従い社会性を維持する必要があります。 その場合すでに「悪の組織」のメンバーは悪意の塊ではありません。しかもその「悪の組織」が「私たちは正義のために戦っている」と設定すれば、悪ですらなくなります。イスラエルとガザ地区、どちらも自分が悪だとは思っていないし、あれだけ殺しあってても、お互い正義を行っていて「悪意」はありません。だからこそやっかいなのです。 結局社会性の動物である人間一人一人の悪意なんて、あってもわずかなのです。大部分は自分の属する人間社会のルールに従順で、極限定した悪意を発揮するか、あるいは悪意に対応するものは組織の論理に預けてしまって、悪意を放棄するかなのです。 たとえば、さきほどの15歳の中国人は、日本人に悪意を持っていて、懲らしめるのと実利のために詐欺を仕掛けているとしましょう。このように悪意を持っているように見える人は、悪意を持つべき対象を限定し、悪意を発揮することになります。 しかし、この横につながった世界、ロミオとジュリエット的に社会を二分することなどできません。まさにこの例で、中国語を操る日本人が中国人とつながるように、中国人と日本人の間にいくらでも間の人がいます。その間のどこまでの人間が詐欺を働くべき相手でどこからが違うのか、きちんと線を引くことは極めて困難です。 また、LINE詐欺の別の例ですが、詐欺師の話に乗って、親の手術代だけどプリペイドカードを買うよと答えたら、それは親に使えと諭されたなんていう話を見たことがあります。相手が日本人であっても、状況によっては簡単に悪意の対象から外れるのです。 このように自分自身で悪意の対象を定め発揮する場合、簡単にやっかいな問題にでくわします。ですから悪意に堕ちていくのは割にあいません。もちろん、生きていれば日々のごたごたから悪意がもたげることはありますが、悪意を維持するのは面倒でエネルギーが必要なことで、ほっといたらすぐごろごろ堕ちていくものではありません。 また悪意があると協力して成果をあげることが難しくなります。協力しあう人同士の中には、悪意をぶつけるべき相手に近い人が必ず出てきます。ここに以前の記事で紹介した一枚の図があります。 「悪意は蓄積せず、ポジティブが世界を満たしていく」  
     

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