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Vol.215 結城浩/母の話/老いに備える知的生活と《小さな音叉》/
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Vol.215 結城浩/母の話/老いに備える知的生活と《小さな音叉》/

2016-05-10 07:00
    Vol.215 結城浩/母の話/老いに備える知的生活と《小さな音叉》/

    結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月10日 Vol.215

    はじめに

    おはようございます。

    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

    世の中は、この月曜日(5月9日) でゴールデンウィーク明けという人が多いそうです。 先週も書きましたが、結城は先週も普通に仕事してました……

    あなたのゴールデンウィークはいかがでしたか。

     * * *

    確率の話。

    「1+1=2とは限らない」という話をしましょう。

    数学は絶対的なものという話題で、 「1+1は必ず2になる」といった表現が使われることがあります。 実際それはそうなのですが、非常に厳密に答えようとすると、 いささか自信がなくなってきます。

    たとえば、簡単なところから話を始めましょう。 本に「1+1=2」という記載があるとしますよね。 でも、本というのは紙の上にインクの分子が乗っていて成り立っています。 そしてどんな分子も、熱によってたえまなく振動しています。 振動しているといっても、どちらの方向に動くかは平均化されますので、 確率的に、遠くまで移動するなんてことはありません。

    でも、非常に小さい確率で、 特定のインクの分子が少しずつずれていくこともありえます。 さらにいうならば、非常に非常に小さい確率で、 特定のインクの分子が多数移動し、 たまたま「1+1=2」が「1+1=3」と書き換わることもありえます。 少なくとも厳密な「確率ゼロ」ではありません。

    もっというならば、世界中の書籍の「1+1=2」という記述が、 「1+1=3」と書き換わることも厳密には「確率ゼロ」ではありません。

    え? 電子書籍? コンピュータであれ、電子機器であれ、 何らかの素子が組み合わされて回路が作られているのですから、 物理的な法則に支配されているのは確かです。 機械はある確率でエラーを起こします。 そのエラーがたまたま電子書籍の中で、 「1+1=2」が「1+1=3」の書き換えを引き起こすのも、 「確率ゼロ」ではありません。

    本の記述はそうでも、人間は? 人間だって同じです。ある人の、いえ、世界中の人の脳が、 あるタイミングで勘違いして「1+1=2」を「1+1=3」と考えることだって、 厳密には「確率ゼロ」ではありません。

    「それが起きる確率はほとんどゼロかもしれないが、 厳密にはゼロではない」という主張をときどきみかけます。 しかし、その主張は実は何も主張していません。 なぜなら「確率が厳密にゼロ」である事象というのは存在しないからです。

    もしも本気の本気で「確率がゼロ」という概念を追求していくなら、 「存在とは」や「〜であるとは」といった哲学的な議論になるはずです。

    とはいうものの、私たちが現実の世界で「〇〇は起きない」というとき、 そんなところまで厳密には考えないのが普通です。 インク分子が熱力学的なゆらぎで全世界の印刷物が書き換わる…… なんてことは想定に入れないし、全世界の人の脳がいっぺんにおかしくなる…… という事態も考えません。 議論や主張には暗黙の前提が置かれているのです。

    議論の最中にインクのゆらぎが……と言い出す人には、 「そんなのはへりくつだろう」 と言いたくなります。でも、だとしたら、 「確率ゼロ」とは何を意味しているのでしょう。 「確率ゼロ」という人も、実は「厳密なゼロ」ではなく、 「ゼロといってかまわないほどの非常に小さな確率」 のことを主張しているのが普通です。

    議論には、定義や前提の共有が必要となります。 暗黙的であれ、明示的であれ。前提の共有がなければ、 議論が平行線になっても無理はありません。

    「確率ゼロ」を主張する人の話を聞いているとき、 結城は上で述べたようなことを考えたくなります。

     * * *

    購読者数の話。

    この結城メルマガの購読者さんの数、先日初めて400名を越えました。 多数のご購読を感謝します!

    これまでの購読者さんの数の推移は、 大ざっぱに以下のグラフのようになります (まぐまぐ!とニコニコチャンネルとの発行部数の合計です)。

     ◆「結城メルマガ」発行部数推移

    2016-05-09_mmcount.jpg

    結城メルマガの購読者さんの数は、 毎月10人前後の増減を繰り返していますので、 しばらくは400名前後を行き来することになると思います。 しかしながら、2012年に結城メルマガを開始して215号になり、 初めて400名を越えたことに深く感謝です。

    さきほどのグラフを見てもわかりますが、 細かい上下動を繰り返しつつ、時には大きな波を打ったりしつつ、 でも年単位では増加、という推移をしていますね。

    フリーで仕事をしている身として、 結城メルマガの購読者さんが増えるということは、 定期収入の安定に繋がりますので、たいへん助かります。 安心して「今日の仕事」に専念することができるからです。

    これからも応援をよろしくお願いいたします。

     * * *

    笑顔の話。

    私は、毎日のようにスーパーに買い物に行きます。 最近は、イチゴが少し高くなり、スイカが出回って来ました。 スーパーで季節を感じます。

    ところで、レジを通るときにはいつも、

     「笑顔の法則」

    を思い出します。

    レジでお金払って品物受け取るとき、 こちらから「にっこり」と笑顔を向ける。 すると、高い確率でレジの人もにっこり笑顔になる。 ……これが「笑顔の法則」です。

    とても気持ちよく買い物が終わるのでオススメです。

    別にスーパーに限りません。 カフェでもコンビニでも会社でもどこでも、 誰かとのやりとりがあるときに、 たとえそれが事務的なものであっても、 「にっこり」と笑顔を向けると、相手も自然と笑顔になります。

    笑顔を向けられると、 少なからぬ人は笑顔を返してしまうものなのですね。

    人は、うれしいと笑顔になります。 そして逆に、笑顔になると、 うれしいという感情がわいてきます (ほんとです)。 なので「笑顔の法則」をあちこちで使っていると、 「この人といると、何だかうれしくなるな」 と思われる可能性が高くなります。

    オススメ。

     * * *

    読者さんからの質問。

    質問: 高校生です。数学が得意になりたいです。 どうしたらいいですか。

    回答: ご質問ありがとうございます。簡単にお答えします。

    教科書や参考書の文章をよく読みましょう。 時間をかけてよく考えましょう。

    問題を解くときには問題文をよく読みましょう。 問題を解いて「まちがったとき」には「うわああまちがった!」 という反応だけで終わるのではなく「どこが、なぜ、まちがったのか」 を説明できるようにしましょう。 そして、自分はどう考えることができればまちがえなかったのか、 を考えてみましょう(たとえその問いへの答えがわからなくても)。

    数学でわからないところ、自分の理解が不十分なところは、 学校の先生に聞きにいきましょう(先生に聞きにいったことがありますか?)。

    時間を掛ければ解けるようになったら、 今度はスピーディに解けるような練習をしてみましょう。 毎日、必ず一定時間数学に取り組みましょう。

    ときには時間をたっぷり掛けてじっくりと解いてみる。 ときには時間をわざと制限して大急ぎで解いてみる。

    このようなことを続ければ、得意になる可能性は高いです。

     * * *

    仕事の値段の話。

    質問: 大学生です。 とある研究手伝いのバイトで報酬額を提案してほしいと言われました。 仕事の値段はどのようにして決めればいいか指針はありますか。

    回答: ご質問ありがとうございます。簡単にお答えします。

    結城が直面するのは、 お仕事のオファーをその料金で受けるかどうか、という状況が多いですね。 実際にはオファーは料金だけで決まるのではなく、 さまざまな条件の複合で決まりますが。

    結城が判断によく使うのは、

     その値段を提案して断られたとしても、後悔しない値段

    を提示する、というものです。 つまり、その仕事をやりたくてたまらないなら安い値段を、 嫌だけど、それなりにもらえるなら高めの値段を主張する。 そういう意味です。

    料金の基準は、 自分がその仕事をどれだけやりたいかにかかっている、 と考えています。

     * * *

    校正の話。

    毎日新聞・校閲グループさん(@mainichi_kotoba) のツイートを楽しんでいます。 先週の結城メルマガでは「オンラインゲームに課金する」という表現の話題を書きました。

    今回は「かける」という言葉の話。

    サッカーに関する記事の見出しで、

     「リオ切符賭け」
     を
     「リオ切符懸け」

    に直すという話題がありました。 校閲グループさんのツイートでは、 以下のように解説されていました。

     --------
     「賞金をかけて戦う」「人生をかける」など、
     勝者に与える場合や託す意味の「かける」は「懸ける」を使います。
     「賭ける」は「賭け事」「危険な賭け」などばくちの場合です。
     https://twitter.com/mainichi_kotoba/status/728033907589799937
     --------

    さすが校閲さん。これは結城には絶対直せないな……と思いつつ、 ほんとうにそうなのかな、とも思いました。

    うのみにせず、簡単に調べられるなら調べてみよう!

    デジタル大辞泉では、 「失敗したときは、大切なものを全部失う覚悟で事に当たる。賭(と)する。」 に対して「賭」の字の方を使っていますね。例文は「命を賭けた恋」。

    大辞林第三版では見出し語として「賭ける・懸ける」とあり、 「成功すればある物を得る, または失敗すればある物を失うということを承知して事に当たる」 意味では「「懸ける」とも書く」と説明があります。 その例文として「甲子園出場をかけた試合」があるため、 「賭ける」と「懸ける」のどちらも使えるように読めました。

    大辞林には使い分け解説がありました。

    「懸ける」は「運命をともにする。金品を提供する」の意。 「一生を懸けた仕事」「犯人に賞金を懸ける」

    「賭ける」は「かけごとをする。失う覚悟でする」の意。 「最後のレースに賭ける」「命を賭けた恋」

    新聞の見出し「リオ切符かけ」はどっちだろう。 上の使い分け解説からすると、

     既に持っている大切な○○を惜しまず行動するのが「懸ける」

    で、

     ○○が得られるか失うかはわからないけれど行動するのが「賭ける」

    なのではないかしら、と思えました。 それならば「リオ切符」が得られるか失うかわからないのだから、 「リオ切符賭け」がいいような気がしました。

    そもそも「懸ける」という言葉をあまり使ったことがないので、 熟語を探しました。「懸賞」「一所懸命」などですね。

    結局、決め手となる結論は(私の中では)出なかったのですが、 言葉はなかなか難しいものですね。

     * * *

    ゲーデル巻、重版の話。

    先日編集部から連絡があり、 『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』 の重版が決定しました。今回でとうとう第10刷になります。 二桁に届くというのは驚きです。

    数式がいっぱい出てくる本がこれだけ多くの方に読まれていることに、 感激しています。本書を通して「数学ってすごいなあ!」 と感じてくれる人がますます増えたらうれしいです。

    『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』が刊行されたのは2009年。 ということは、刊行はいまから7年も前のこと。 「長い時間を掛けたんだから第10刷になってもおかしくないのでは?」 と思うかもしれませんが、そんなことはありません。 世の中は無数の本が新しく登場してきます。ですから、 古い本はやがて忘れられ、重版できなくなることが多いのです。 書店さんの棚には限りがあります。 すべての本が置かれ続けるとは限りません。 ですから、何年も長い時間を掛けて重版を繰り返す、 つまりロングセラーになるというのは、 読者さんの継続的な応援あってこそなのです。

    折あるごとに読者さんが「図書館にいれてもらおう」や、 「後輩にちらっとすすめてみようかな」と考えてくださること。 何かの機会に「数学ガールって読んだことある?」と話題にしてくださること。 それがとても大きな支えとなっているのです。

    現在の「数学ガール」シリーズの刷数を調べてみました。 無印数学ガールは27刷。フェルマー巻は15刷。 ゲーデル巻は今回10刷。乱択アルゴリズム6刷。ガロア巻3刷。 刊行時点と刷部数が異なるので比較はできませんが、 ひとついえるのは、全部がロングセラーになっているということ。 これはひとえに読者さんの応援ゆえなのです。

    結城が願っていたことの一つは、 大学の先輩が・塾の先生が・会社の上司が「この本、読んだことある?」 と推薦するのにふさわしい本を書きたいということ。 押しつけがましくなく、でもいいかげんでもない。 魅力的だけれど堅苦しくない。そんな本。 まさにそんな本として受け入れられていることに感謝です。

    「数学ガール」が、そして「数学ガールの秘密ノート」が、 いきいきした《学び》を伝えたいと思う人のツールとして使われていることを、 いつも感謝しています。若い人に数学や学ぶ喜びを知ってもらいたい。 そのときに安心して渡せる一冊の本をそれを書いていきたい。

    結城は、自分の本を最高品質で継続的にお届けいたします。 ですから、どうか、あなたも「結城浩の本を楽しんでくれそうな読者」 へ届けてください。特に結城のツイートなど見ない方へ。 「こんな本があるよ」と。これからもよろしくお願いいたします。

     * * *

    桜の話。

     人間「おお、桜よ。また来年会おう!」

     桜「私はずっとここにいるのですが」

    「桜」というとき、 つい「桜の花」のことを考えてしまいます。 花が咲いているときだけ桜に注目し、 花が咲いているときだけ桜の存在を意識する。

    でも、毎年春に桜が花を咲かせるのは、 桜の木がちゃんと一年を過ごすことができているから。

    夏に向けてすっかり装いを変えた桜の木の前で、 そんなことを考える。

    そして、桜の木にそっと触れてみる。

     * * *

    では、今週の結城メルマガを始めましょう。

    どうぞ、ごゆっくりお読みください!

    目次

    • はじめに
    • 母の話(2)
    • 『老いに備える知的生活』と《小さな音叉》
    • おわりに
     
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