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名子役から名優へ…中嶋勝彦■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
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名子役から名優へ…中嶋勝彦■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

2020-07-06 16:51
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    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は
    名子役から名優へ…中嶋勝彦」です。




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    ――
    NOAHの中嶋勝彦選手は、デビュー当初からすると「こんな選手だったけ?」と驚いて見てしまいます。

    小佐野 勝彦がデビューしたのが2004年1月、彼が15歳9ヵ月のときで、いまは32歳だからね。そりゃあもう見た目から何から変わって見えるよね(笑)。

    ――
    もう32歳なのか、まだ32歳なのか。

    小佐野
     彼がデビューしたのはWJだけど、その頃は喋ったことがないんですよ。 まずひとつには長州力が若手がマスコミと喋ることを禁じていたんですよ。

    ――
    プロとしてのハードルがあるということですね。

    小佐野
     KAIENTAI-DOJOを主宰していたTAKAみちのくも、新人は喋るなという方針だったね。WJで途中から喋ることが許されたのは石井智宏だけで、宇和野貴史とかあのへんは「一切コメントするな」と。勝彦が初めてコメントを出したのは、X-1に出たときかな。

    ――
    WJ主催の伝説の総合格闘技イベント! 中嶋選手はプロレスよりも先にMMAでプロデビューを飾っていて。

    小佐野
     私はX-1は会場取材してないから、何を喋ったかはわからないんだけど。 翌年1月のプロレスデビュー戦は取材してるんだけど、もともとは空手出身で、蹴りだけじゃなくてドロップキックもよかったから「プロレスに向いてるのかな」と。

    ――期待の新人としてデビューしたのに、WJが崩壊しかけたので退団して。中嶋選手は母子家庭で食べるためにプロレス入りしたところがあったから、どうなっちゃうんだろう?と。

    小佐野
     親を食わすためにプロレス業界に入ってきたわけだからね。結局、勝彦本人が(佐々木)健介に電話をして「一緒にやらせてください」とお願いしてね。健介は勝彦より先にWJを退団していたんだけど。

    ――
    WJ時代から2人の結びつきは強かったということなんですね。

    小佐野
      健介は2004年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会で古巣に復帰して。観客にブーイングを浴びながら永田裕志相手に大流血戦をやった翌日、後楽園ホールに来場してデビューを飾る勝彦に花束を渡していた。

    ――
    ケンカ別れしたWJ の会場に訪れたんですね。

    小佐野
     健介が背広で会場に来たから「どうしたの?」って聞いたら「勝彦のデビュー戦ですから」と。勝彦はその後もしばらくWJで試合はするけど、健介との繋がりはあったと思う。健介の奥さんだった北斗晶からも「髪の毛は染めるな」と言われていたみたい。「髪を染めちゃうとママさんファンがつかないよ」と。

    ――
    さすが北斗晶ですね(笑)。

    小佐野
     そこは女性ウケというか、お母さん層を意識してるよね。 さすが黒のタイツに拘っていた健介に「なんで黒なの?」と変えさせた北斗だよ(笑)。

    ――
    健介さんもフリーになった直後なのによく中嶋選手を引き取りましたね。

    小佐野
     そこも健介もかなり悩んだらしいんだよね。自分だってフリーになったばかりなのに、はたして勝彦のことも食わせていけるのかな?と。健介には子供が2人いたから。最終的には「子供が1人増えたと思えば、 育てられるか。2人も3人も一緒だ!」と。

    ――割り切り方が凄い!

    小佐野
     それで勝彦は健介の家に2年半近く住んでいたからね。
    凄い話だよね、あの時代にいち個人の家に住み込みするって。

    ――
    他の団体に入団するのは厳しかったでしょうね。

    小佐野
     まだ子供だったからね。新弟子から受け入れることは難しいだろうし、まず勝彦本人はWJから始まってるから健介のもとに行くことは自然だったのかもしれない。健介も中嶋勝彦を受け入れることでベビーフェイスになったわけだから。復帰した新日本ではブーイングを浴びてヒールだったけど、それが5月の東京ドームのライガーvs勝彦戦の試合途中、勝彦の頑張りに思わずセコンドに駆けつけた健介と北斗が声援を送ってから、周囲の健介と北斗の見方が一気に変わったわけだから。

    ――
    「健介ファミリー」という概念があの試合から一気にハマりましたね。

    小佐野
      みんな佐々木家の懐事情も知ってるわけだしね。 そこまで稼いでるわけじゃないのによくぞ16歳の少年を引き受けて必死に育てているなと。

    ――
    そこはリアルなストーリですから感情移入しますよねぇ。

    小佐野
     勝彦と喋るようになったのは、あの東京ドームが終わったあと。健介オフィスが全日本にレギュラー参戦するようになってからですね。おぼえてるのは全日本デビュー戦の健介・勝彦vs川田利明・土方隆司で最後は勝彦が土方の腕十字でやられるんだけど。試合途中に勝彦のハイキックが川田の顔面にいい感じで入って、イラッときた川田が勝彦の顔面にスピンキックを入れるんだよね。そうしたら「川田、大人げないぞ!」と野次が飛んで(笑)。

    ――
    川田さんがムッとする光景は目に浮かびますね(笑)。

    小佐野
      あの試合後、勝彦は悔し泣きをしていたんだよ。その1ヵ月後に名古屋で天龍(源一郎)さんと渕(正信)さんのアジアタッグに健介・勝彦が挑戦して。名古屋は勝彦の地元だからお母さんや勝彦の友達が応援に繰り出す中、天龍さんが16歳の少年の顔面に蹴りをボコボコ入れまくるという(笑)。

    ――
    天龍さんらしい(笑)。 

    小佐野
     天龍さんからすれば「16歳だろうがなんだろうがタイトルマッチのリングに上がってくるなら手加減するわけないだろう」っていう。 あの当時の天龍さんって父親よりも上の年齢でしょ。身体の大きさも全然違うわけだし、 岩みたいな人にぶつかっていかなきゃならないんだから。天龍さんが褒めていたのは「アイツはビビってなかった。新人で子供のくせに全然ビビッてなかった」と。

    ――
    デビュー当初から凄い選手たちとやってるんですよね。「笑った」というと失礼なんですけど、シングル初白星がデビュー半年後で相手が……。

    小佐野
     サスケでしょ(笑)。

    ――
    さすがサスケだなあと(笑)。

    小佐野
     あの頃はみちのくプロレスにも上がっていたよね。翌年の1月には川田利明とシングルマッチをやってるんだけど、 その頃の勝彦には飛び癖がついていてね。
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