プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は「小川良成…孤高のテクニシャンの歴史」です。
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――NOAHの小川良成選手のレスリングマスターとしての注目度が上がってますね。
小佐野 彼の場合は周期的にこうやって注目されるんだよね。プロレスが荒れてくると脚光を浴びるというか。プロレスのスタイルが変化していくときに普遍的な小川良成のプロレスが注目される。
――小佐野さんが小川選手と初めて会ったのはだいぶ昔のことですよね?
小佐野 初めて会った日のことは覚えてないんだけど、『ゴング』が週刊化されたのが1984年なんですよ。その年の5月から私は『ゴング』の担当記者となった。小川が入門したのはその年の夏前ぐらいなんです。入門の頃から知っててデビューした初めての選手が小川良成。
――小川選手は53歳ですから長い付き合いですね(笑)。
小佐野 17歳の頃から知ってるから53歳になったと聞いてビックリしちゃってますよ(笑)。小川は高校をやめて全日本プロレスに入門したんだけど、その頃の全日本の合宿所には寮長の冬木弘道、ターザン後藤、川田利明の4人しかいなかった。
――どういうことですか?
小佐野 結局小川がいないと後藤と川田が雑用をやることになるから困るわけですよ。百田光雄さんなんかも小川を説得したみたいですよ。小川のお父さんが厳しい人だったみたいで「家にいるより、こっちのほうがいいだろう?」と(笑)。
――ハハハハハハハハ! 合宿所より怖い実家って!
小佐野 戻ってきても、なかなかデビューできなかった。翌年の85年にはジャパンプロレスが全日本にやってきて選手が溢れ過ぎちゃったしね。小川は身体が細くて体重は70キロ程度だったから、デビューするまで1年以上かかったんですよ。85年の9月。
――当時で1年といったら、かなり時間がかかったほうですね。
小佐野 アメリカから帰国したカブキさんが「オマエは何ヵ月練習生やってるんだ?」って呆れるぐらいだから。彼がまだ幸いだったのは、天龍(源一郎)さんの付き人をやっていた冬木さんがメキシコに行っちゃったことで、練習生の頃から天龍さんの付き人になったこと。天龍さんがねじ込んでデビューさせてもらったんですよ。「1年も練習生やってるんだからデビューさせてやってくれ」と。
――天龍さんの配慮がなかったら、もっとデビューは先延ばしにされていたかもしれないんですね。
小佐野 天龍さんが「オマエは身体が小さいから目立たないといけない」ということで、黒と黄色の縦縞のロングタイツを履けと。もうそのタイツが派手すぎて 客席から笑いが起きるぐらいだったんですよ(笑)。
――冬木さんと川田さんのタッグ「フットルース」の派手なバンダナとタイツも天龍さんのアイデアだったそうですね。ロックンロールエクスプレスの影響で(笑)。
小佐野 天龍さんが「ジャパンにも挨拶してこい」ということで、小川はその派手なタイツのままジャパンの控室に向かったんですよ。そして「全日本プロレスでデビューすることになりました小川です!」と挨拶したら、長州さんたちに大笑いされて(笑)。
小佐野 全日本の先輩たちからも「かわいそうになぁ」と言われてね。デビュー戦は天龍さんが控室から出てきて試合を見てくれたらしいんですよ。 小川いわく「ちゃんとタイツを履いてるかどうか確認したんじゃないか」と(笑)。
――チェックが厳しい(笑)。
小佐野 デビューした当初の小川は、相手をロープに飛ばして自分もロープに飛んだ反動でエルボーパッドみたいな技をやっていて。それも天龍さんのアドバイス。「オマエは身体が軽いからこういう技をやってみろ」と。天龍さんにはかわいがられたみたいだね。小川は付き人として巡業中に天龍さんのコスチュームを毎日洗濯するでしょ。シリーズ中に洗濯代ということで、新人の試合のギャラをはるかに超えるお小遣いをもらってたらしいから。「気付いたら20~30万円もらってましたよ」と。
――さすが天龍源一郎!
小佐野 ただ、環境的には小川の下には誰もいないでしょ。孤独は孤独でジャパンプロレスの佐々木健介だけは仲が良かった。お互いに下っ端同士だからね。ジャパンプロレスには新人の馳浩がいたけど、彼はエリートだから。
――そのうち小橋建太、北原光騎、菊地毅の3人が全日本に入ってくるんですね。
小佐野 この3人の後輩との人間関係は微妙で。菊池や北原は小川よりも年上なんですよ。それに菊池はレスリングの大学チャンピオンで、北原はシューティング(修斗)をやっていた。
――バックボーンがあったんですね。
小佐野 小橋も早生まれだから小川とは学年が一緒。そういう後輩たちが87年に入ってくる。それまでにも新弟子は何人か入ってきたはずなんだけど、長続きしなかった。ジョン・テンタや高木(功)とか経歴がある人は入ってるんだけど、彼らは普通の新弟子とは違うから。小橋、北原、菊池の3人は同期だから仲がいい。 小川はこの3人とは絶対につるまないし、若手の頃は小川のことは大嫌いだったはず。だってイヤな先輩だもん(笑)。
――ずっと孤独だったんですねぇ。
小佐野 そのあいだ小川はずっとドンジリなんですよ。ようやく新弟子が入ってきたと思ったら年上や同い年だったり。しかもその頃の小川はスランプで。87年の正月シリーズで花巻で試合があったんです。笹崎(伸司)との第1試合でダイビングボディアタックをやったら、着地の位置が悪くて左から手をついてしまって、左肘を脱臼。そのまま救急車で運ばれて4月ぐらいまで復帰できなかった。その1年後の88年にもマイティ井上さんと試合でまた左肘を脱臼しちゃって、夏ぐらいまで休むことになった。翌年の89年の夏か秋ごろには三頭筋を断裂しちゃって移植手術を受けてる。
――毎年何かしらケガをしてるんですねぇ。
小佐野 90年に師匠の天龍さんはSWSに移籍するけど、小川はその手術もあって長期欠場中。仮にSWSに移ろうにも無理だった。小川本人はSWSに移籍するつもりはなかったと言ってるけど、その気があっても天龍さんにはついていくことはできなかった。
――小川選手は天龍同盟の一員でしたけど、そこまで天龍同盟のイメージは強くないですね。
小佐野 小川いわく「俺は天龍同盟でも何でもなかった。ただの天龍さんの付き人だ」と。 天龍さんが離脱以降、後輩の小橋と菊池は超世代軍として存在感を出していた。小川は鶴田軍のメンバーだったけど、そのイメージもあまりない。ずっと前座のファイトに徹していたね。
――海外修行にも出てないですよね。
――もう10年選手になってから!
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