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2016年1月の記事 3件

【夢と夕陽】80. 最終章〜ライナーノーツに込めた想い(1)

 先週末、X JAPANのドキュメンタリー映画『We Are X』が、ワールドシネマドキュメンタリー部門受賞候補作品としてサンダンス映画祭で公開上映された。 この映画の内容はまさに『Xという物語』そのものだ。 実は『We Are X』には、僕のインタビューも登場する。 どこがどう使われたのかは、まだ観ていないから知らないのだけれど。  昨年の初夏、来日した監督スティーブン・キジャックとの会話という形で、僕はインタビュー撮影に臨んだ。 スティーブン・キジャックが僕に尋ねる内容も、それに対する僕の熱い答えも、みんな「すべての始まり」と「夢と夕陽」に書いたものだった。 インタビューを受けて僕が感動したのは、キジャックがXというバンドのことを、そしてXを支え続けた運命共同体のことを、深く理解していることだった。 Xはすべてが生きている。作品も表現も、メンバーの人生もそれを愛で支える運命共同体も、そしてその物語も・・・。 僕はキジャックに熱くそう伝えたけれど、僕が話さなくても彼は充分そのことを理解していた。 そう。 だからこそ、彼は『We Are X』という映画を創ったのだった。 それがわかって僕はインタビューの後、とても幸せな気持になった。 1988年から28年経った今、世界中に『Xという物語』が発信され始める。  何と素晴らしいことだろう・・・。    この連載「夢と夕陽」と「すべての始まり」で、僕は様々な角度から『Xという物語』を書いてきた。    それは1988年当時、Xを見ていてその姿と毎日生まれていく物語を、文字を書かない作家として心の中に刻み続けていきたい、という強烈な衝動にかられた結果をまとめたものだ。      「すべての始まり」で書ききれなかった部分を文章にするためにスタートした「夢と夕陽」は、YOSHIKIの突出した才能と孤独を描き、途中からリアルタイムで X JAPANの活動が素晴らしい展開を始めた結果、そこから見えてくる『Xの輝く未来』を、しばらく書き続けた。    そして「ART OF LIFE」の音楽的な解説と3年間にわたる制作の想い出を綴り、さらに今までどこにも発表したことのない『メンバーとの出会いから契約に至るまで、ソニーミュージック社員だった僕がしていこと』をリアルに、詳しく綴った。    ソニーミュージックとの契約後については「すべての始まり」に詳しく書いてあるので、これで僕が描きたかったことは、ほぼ書き終えた。    僕の心に刻み込まれた「Xの物語」は、過去で終わったわけではない。現在も生き続けているし、まだまだこれから続いていく。    それはXのメンバーと運命共同体が創っていく、永遠の物語だ。    これほど素晴らしい物語が続いていく源には、YOSHIKIという人間の生きかたとその人生がある。    だから僕はこれからもYOSHIKIを見つめ続けたいと思う。    誰よりも音楽を愛し、納得のいく名曲を生むためにあらゆる能力を使って全力で生き、たくさんの愛に守られながら、フロンティア(開拓者)として世界を変えていくYOSHIKIを。    さて、【夢と夕陽】はいよいよ最終章となるのだが、最後に、ある文章の解説をしてみたいと思う。   1988年から「文字を書かない作家」として『Xという物語』を心の中に刻み続けた僕だが、そんな中、唯一文章として書き残していたものが、アルバムなどのブックレットに記載されているライナーノーツだ。 それぞれのライナーノーツは「Co Producer」としてメンバーと共にアルバムを制作していた僕の立場からアルバムの解説をしたものだが、実は意図的に「今のX」と「未来のX」、そして僕のXへの深い想いを、その文章の中に忍ばせていたのだ。   今回は『夢と夕陽』の締めくくりとして、今まで僕の心の中だけにあった『ライナーノーツに込めた秘かな想い』を綴っていきたいと思う。 (解説するライナーノーツは「BLUE BLOOD」「Jealousy」「VISUAL SHOCK Vol.4 破滅に向かって 」「ART OF LIFE」の4作品に掲載されたもの)   1. 「BLUE BLOOD」のライナーノーツに込めた想い 

【夢と夕陽】80. 最終章〜ライナーノーツに込めた想い(1)

【夢と夕陽】79. 夢の始まり(24)

 新しいセクションでXのプロデュースを手がける、という方針が正式に決まると、僕は全国ライブハウスツアーに同行して全てのライブを観てまわった。  ライブの様子をすべて動画で記録し、ライブ後の打ち上げでメンバーと語り合い、「とにかく大きな存在になっていく」という大事なビジョンを共有しながら、メンバーの人間性を見つめ続けた。    そこにはまだ「音楽的な作業」はなかったけれど、僕にとってはとても大事な時間だった。    僕のプロデュースの基本が「愛」だったからだ。    何よりも大事なのは 夢    未来    可能性・・・。    それを実現する鍵はすべて、メンバーの人間性にあった。   そして僕は、5人を愛していた。 5人が生む作品とライブパフォーマンス、そしてその魅力とエネルギーをそのまま受けとめるファンに、深い愛情を感じていた。  ツアーの毎日でそのことを実感しながら、僕は自分が期待しているXというバンドの無限の可能性が揺るぎない確信となっていく幸せを、自分の大切なエネルギーにしていった。    1988年初夏。    僕はもう「Xという物語」を心の中で描き始めていた。    その物語はまだ始まったばかりだけど、いずれ数え切れないほど多くの人たちの人生を輝かせていていくだろう、という想いが、僕の心を奮い立たせた。     「大丈夫」     この言葉を、何度繰り返したことだろう。   本当は、もうだめだ、と思っていても、大丈夫。   前がまったく見えなくなっても、大丈夫。   この言葉に、魔法のような力があった理由。   それは、「たった一つ」だったからだと思う。   たった一つの夢を手にするために。   たった一つのやり方で。   たった一つのバンドが、   たった一つの闘いをしていた。   5人だけど、たった一つになって。  そんな気持ちで送る毎日は、青春そのものだった。    辛いことがあればあるだけ、未来が見えた。    流す涙が多ければ多いほど、自分達のエネルギーが自信に変わった。    気がつくと、僕はメンバーと共に大きな炎の中にいた。    熱い熱い炎は、ひたすら広がっていくばかりだった。 (「すべての始まり」より) 

【夢と夕陽】79. 夢の始まり(24)

【夢と夕陽】番外編:『Xという物語』〜優れたアーティストが教えてくれること

人間というのは、それほど器用な生きものではないのだろう。    33年間音楽業界にいると、多くのアーティストやクリエイターと知り合うけれど、久しぶりに会っても良い意味で「変わらないな・・・」と感じることはよくある。    特に作品の生みかたや表現のしかたがオリジナリティに溢れた人ほど、そういう傾向は強い。  長年同じ姿勢で表現をしているアーティストに「デビューからずっと変わらないねぇ…」と話しながら、二人で笑う、そういう時間は悪くない。    たとえそのオリジナルな姿勢を確立するのにデビュー前、何年かかかったとしても、一度確立したその姿勢で多くの人に伝わる作品を生み、多くの人の心を打つパフォーマンスができれば、その姿勢は変える必要がなくなるのだろう。    とはいえ、いわゆる音楽業界あるいは芸能界といった世界で見ると、Xが展開してきた世界はそんなオリジナリティの豊かなアーティスト・クリエイターの中でも際立ったところがある。     それは  「本人たちがその姿勢に飽きたりしない」  「どんなに同じ姿勢でいてもマンネリには陥らない」  この2つだ。     ライブのクライマックスで、イントロのあと「紅だーー!!」というTOSHIの叫びから始まる「紅」   ライブ本編のラストを飾り、「Xジャンプ」で広い会場がひとつになる「X」   そしてアンコール後、別れを惜しみながら会場全体が合唱する「ENDLESS RAIN」・・・。    音楽的なアレンジも、ライブの中でのありかたも、27年間まったく変わっていないけれど、毎回新たにファンの心を揺さぶり、歓喜と涙、興奮と感動が広い会場を包む。    その理由は大きくとらえて2つある。   

【夢と夕陽】番外編:『Xという物語』〜優れたアーティストが教えてくれること
音楽プロデューサー 津田直士の 「人生は映画 主人公はあなた」

音楽プロデューサー/作曲家の 津田直士が、その経験から得た、「主人公という生きかた」をもとに、① 人生の悩みや迷いへの答えを分りやすく答える『その答えは』 ② 世間の話題や素晴らしい作品、アーティストプロデュースや音楽制作などあらゆるテーマで自由に綴る『本能が吠えるまま』 ③ 伝説のバンド X JAPANと共に過ごした記憶が瑞々しくリアルに綴られた著書「すべての始まり」に記されなかった舞台裏とプロデュースの原点を新たな視点で描く『夢と夕陽』 ④ 自分らしい人生を積極的に生きている人にインタビューをして、生きかたのヒントを見つける『ある人生 』といったブログを定期的に展開します。

著者イメージ

津田直士

小4の時バッハの「ロンドBWV.1067」を聴き音楽の本質に目覚め、14歳の頃、ピアノを触っているうちに “音の謎” が解けて突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。早稲田大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、卒業と同時にSony Musicに入社。‘03年、フリーランスの作曲家/音楽プロデューサーとしての活動を開始、作曲家としてSony Music Publisherに所属。’11年からは、音楽業界の現状に危機感を覚え、出身母体のソニーミュージックをベースとして、新しい才能の育成とプロデュースを本格的にスタート。今後その才能が順次世の中に登場していく。

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