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2015年1月の記事 4件

【夢と夕陽】35. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI ②

 『世界の音楽の中心で』   レコーディングスタジオというのは不思議な空間だ。  『良い演奏を良い音で録る』という目的のためにあらゆる工夫がなされ、優れた機材が集められ、常にスペシャリストによる試行錯誤が続けられる。  スタジオの使用料が高いのは、そのためだ。  そしてスタジオ使用料が高いことも含め、そこが特別な空間で神聖な場所であるがために、演奏する際には独特の緊張感が生まれる。  レコーディング本番の時、録られた音を確認している時、何らかのジャッジをする時・・・演奏者、エンジニア、そしてプロデューサーの集中力は限りなく高くなる。  そして良い作品を創り上げるために、重要な会話が交わされる。  また、ある時はその研ぎすまされた緊張感を、その場にいる人間全員の大爆笑が一気に消し去る。  この「笑い」も実は大切だ。どんなに真剣に創られていても、一方で音楽はエンターテインメントだからだ。  さらに、スピーカーから音が鳴っている時も、音が止まり静かになっている時も、重要な会話がなされている時も、爆笑の渦で部屋が満たされている間も、そのスタジオにいる誰かが、イマジネーションを膨らませている可能性が高い。  最大の目的は作品を創ることにあるのだから、決してそのイマジネーションの邪魔をしてはいけない。  そして誰かの心に生まれたイマジネーションを、ちょっとしたやり取りで最大限膨らませていくことも、大事なことだ。 僕がレコーディングスタジオの空間が好きなのは、こういった特別な雰囲気や暗黙のルール、そして作業の結果生じるさまざまな出来事がすべて『良い演奏と良い音』を生み、それがそのまま『素晴らしい作品』につながるからだ。  こういったレコーディングスタジオの意味と特性を考えれば、YOSHIKIが巨額を投じてそれを購入し、時間をかけて自らのイメージ通りのスタジオに創り上げていったのは、当然のことだと思う。 『すべては音楽のために』だ。******************  1992年 8月。  「ART OF LIFE」のレコーディングに再び参加することとなった僕は、YOSHIKIから現況の説明と今後のレコーディングの方針を聞かされた後、早速、現在大まかに組まれているスケジュールを、僕の経験に基づいてさらに緻密なレコーディングスケジュールに整えていく作業にとりかかることにした。  スタジオのコントロールルームで打ち合わせが終わり、僕はこれから再開する「ART OF LIFE」のレコーディングへ向けて、急速に気持ちが高まって行くのを感じていた。   

【夢と夕陽】35. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI ②

【夢と夕陽】34. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI

 自分は、 100年残る音楽に、なぜこだわるのか。  100年残る音楽を、なぜ追い求めるのか。  YOSHIKIが100年残る音楽を生むことを、なぜ喜び、誇りに思うのか。     年の初めに、自分が大切にしている想いを、改めて見つめてみた。 やがて、心に柔らかい光が射した。 そして、音楽を仕事にしていることの幸せを深く感じた。 今回からしばらく「大切なこと」と「大切にしまってある記憶」を交互に織り交ぜながら、綴っていきたいと思う。  ********************     僕にとって昨年、最大の出来事は、横浜アリーナとMSG公演で『X JAPANとYOSHIKIの輝く未来』が確実に見えたことだ。    メンバーの生き様と運命共同体が「生きた映画」となっていたことや、YOSHIKIのパフォーマンスが「過去最高」であったこと、そして「YOSHIKI自身がXになっていた」という発見など、あのライブは圧倒的な魅力と新たな輝きで溢れていた。 しかし改めて考えると、それらを生んだ源はすべて、時代も国境も超える力を持った『オリジナル作品の音楽性』とそれを生んだ『YOSHIKIの音楽への想い』にあったことに気づく。    そんな意味からも、世界の音楽の中心で堂々と披露されたオリジナル作品が、25年前と全く変わらないアレンジとパフォーマンスだったという事実はとても重要だ。     X JAPANの音楽が25年以上変わらないのは、変わる必要がないからだ。    変わる必要がない位、研ぎ澄まされて送り出された作品だからだ。 なにより、その作品が誰の真似でもなく、オリジナリティの塊だったからだ。 きっと真のオリジナル作品というのは、古くならないものなのだろう。    そして、その古くならない、研ぎすまされた作品が、25年の間に世界中へ広がり続けたということは、すでにX JAPANの作品が100年残る音楽になりつつある、ということの証明でもある。    僕がこのことを誇りに思うのは、このようなことを実現できるアーティストが、ごく限られた存在だからだ。 本当は僕は、X JAPAN、ひいてはYOSHIKIのようなアーティストが、日本にもっと多くいるべきだと思っている。 そもそも20才の僕が音楽業界に入ったのは、そういったアーティストが増えて欲しい、という想いからだったのだ。  でもYOSHIKIのように、強い音楽への想いから高い志を貫けるアーティストは、なかなかいなかった。 その理由を考えるより、YOSHIKIが他のアーティストよりも突出しているところを考えた方が早い。 

【夢と夕陽】34. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI
音楽プロデューサー 津田直士の 「人生は映画 主人公はあなた」

音楽プロデューサー/作曲家の 津田直士が、その経験から得た、「主人公という生きかた」をもとに、① 人生の悩みや迷いへの答えを分りやすく答える『その答えは』 ② 世間の話題や素晴らしい作品、アーティストプロデュースや音楽制作などあらゆるテーマで自由に綴る『本能が吠えるまま』 ③ 伝説のバンド X JAPANと共に過ごした記憶が瑞々しくリアルに綴られた著書「すべての始まり」に記されなかった舞台裏とプロデュースの原点を新たな視点で描く『夢と夕陽』 ④ 自分らしい人生を積極的に生きている人にインタビューをして、生きかたのヒントを見つける『ある人生 』といったブログを定期的に展開します。

著者イメージ

津田直士

小4の時バッハの「ロンドBWV.1067」を聴き音楽の本質に目覚め、14歳の頃、ピアノを触っているうちに “音の謎” が解けて突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。早稲田大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、卒業と同時にSony Musicに入社。‘03年、フリーランスの作曲家/音楽プロデューサーとしての活動を開始、作曲家としてSony Music Publisherに所属。’11年からは、音楽業界の現状に危機感を覚え、出身母体のソニーミュージックをベースとして、新しい才能の育成とプロデュースを本格的にスタート。今後その才能が順次世の中に登場していく。

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