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記事 5件
  • 【夢と夕陽】番外編:『Xという物語』〜2015年 JAPAN TOURで見えたこと(2)

    2015-12-30 03:00  
    220pt
      僕が『文章を書かない作家』として、Xというバンドの物語を夢中で見つめ続けた最大の理由は、Xと作品とファンが織りなす時間が「生きている」からだった。  音楽業界を変えたい、という一念で20才から業界内で頑張ってきた僕には、それは奇跡のように美しい時間だった。
      そこに「嘘」がないからだった。  「嘘」ばかりの世の中で日々を送り「嘘」で固められた人間関係に嫌気がさして「嘘」に傷ついた人にとって「嘘」がなくて「全力」で闘って「輝き」に満ちた「感動」の世界は眩しく幸せに違いない。 ライブハウスで、小ホールで、大ホールで、武道館で、そして東京ドームで僕が見つめ続けたファンの顔は本当に素晴らしかった。  あの頃、会場中を歩き回って、輝くファンの顔を見るのが心から幸せだった。 そうやって「生きている」時間を見つめながら、メンバーひとり一人と会話をしながら、そして共に作品を創りながら、僕は『Xという物語』を心の中に書き続けた。 やがて「大人の都合」に決して従うことのないまま「嘘」がないことで自分たちをきちんと理解してくれるファンとつながったXというバンドは、他の人気アーティストと違い、流行という一過性の盛り上がりとは無縁のまま、日本一になった。 「大人の都合」に従わないアーティストゆえ、ファンは流行やマスメディアの仕掛けと関係のない1対1のつながりで密かに大切なバンドを応援し続けた。 それはちょうど、大人たちに理解される必要のない友情のように、密かだけれど確かで、人生にそのまま直結する素晴らしい関係だった。 全てが「生きている」からこそ自然に生まれるその関係は、いつしか国境という壁を越えて世界中に広がっていった。 そう。  「生きている」からこそ、Xとファンとの関係は国境を越えていったのだ。 その様子が特別なものであることに気づいた、アメリカ人クリエイターたちの手によって今年、映画「We Are X」が制作された。 こうして『Xという物語』は「生きた映画」として人の心を揺さぶり、とうとう映画「We Are X」になった。 そして今回、メンバー全員の夢だった『世界的なバンド』になったXは、約20年ぶりの日本ツアーを実現した。    『YOSHIKI自身がXになった』ことに僕が気づいてから1年。  日本ツアーでのステージで、YOSHIKIはまた新たな姿を見せてくれた。  「嘘」がないYOSHIKIだから、その姿から今のYOSHIKIの気持がそのまま伝わってくる。  その深い気持に、僕は1年前と同じように深く心を動かされ、泣いた。  今『Xという物語』に起きていることのスケールの大きさと、そこで生まれた愛の強さに、僕は激しく感動したのだ。 
  • 【夢と夕陽】番外編:『Xという物語』〜2015年 JAPAN TOURで見えたこと(1)

    2015-12-22 03:00  
    220pt

     約1年前の横浜アリーナとN.Y MSGの公演を観て、僕はYOSHIKIの新しい姿を見い出した。  それは、再結成の2008年当時とは違って圧倒的なパフォーマンスを誇るドラミング、世界中に広がり続けるファンの存在と世界に通用する作品を生んできたことへの自信から生まれる『輝く笑顔』だった。  それに加えて僕が何より注目したのは、YOSHIKI自身がXになっていた、という驚くべき進化の形だった。 そう。 YOSHIKIは長い時間をかけて、HIDEの死という悲しみを乗り越え、TOSHIと再び力を合わせ、TAIJIの悲運に直面しながらも、世界の厚い壁をぶち破り、X JAPANを世界的なバンドにするために常人では不可能なことを成し遂げていたのだ。 それがYOSHIKI自身がXになる、という進化の形だった。 けれど、そこまでの進化を可能にしてくれた背景に、自分たちメンバーと人生を共にして来た多くのファンの存在があることをYOSHIKIはわかっていた。 だから彼は号泣した。  YOSHIKIとXというバンド、そしてその姿を見守るファンが共に生きた歳月を想い、僕もまた号泣しながらそこに『生きた映画』を見たのだった。  Xというバンドは全てが生きている。 作品が生きていて 人生がそのまま伝わるメンバーの姿が生きていて バンドとファンの関係が生きている。  だからどこまでも行ける。  世界中の人に伝わる。  そして必ず歴史に残る。 それが1年前、僕が確信したことだった。 あの日、僕が『生きた映画』だ、と感じたことと『We Are X』というドキュメンタリー映画が来年から世界発信されることは、まるでデジャヴュのようにシンクロしているけれど、それは真実がひとつであり、Xというバンドが真実であることの証なのだと思う。  
     そして今年。 JAPAN TOURを観ていて、僕はまた新たな発見をした。 その発見から見えてくる、YOSHIKIとX JAPANの今と未来を、これからお伝えしていきたいと思う。
      
  • 【特別コラム】「HIDEの生きかた」

    2015-12-13 20:10  



     ヒデちゃん、お誕生日おめでとう。

      凄いね、嬉しいよ。  そう。 石巻での震災復興チャリティーコンサートからスタートした、怒濤の国内ツアー 映画「We are X」のサンダンス映画祭での上映と世界的な広がりの可能性 そしてニューアルバムのリリースとウェンブリーアリーナでのロンドン公演・・・  ニューアルバムがリリースされたら、世界中のXファンが喜ぶんだね。 ファンはね、みんな気づいてる。  YOSHIKIの隣にヒデちゃんがいるって。  僕はさ、去年の横浜アリーナとMSG公演を観ていて気づいたよ。  ああ、ヒデちゃんがいるな、って。  だからね、苦しみの中から時間をかけてヒデちゃんと一緒に、もう一度新しい活動を始めたYOSHIKIを観て、偉いな、凄く頑張ったな、って、あの時、僕は泣きながら深く感動したんだよ。  ありがとうね、ヒデちゃん。    僕ね、ついこの間、懐かしい映像を観
  • 【夢と夕陽】78. 夢の始まり(23)

    2015-12-08 11:11  
    220pt









      TOSHIが突然、進化し始めた。 このことを確認した僕は、すぐに新たな動きをした。  いよいよ新しいセクションのメンバーにXというバンドを見せる時が来たのだ。  鹿鳴館ワンマンライブの翌日、僕は新しいセクションのミーティングで全員に伝えた。  Xというバンドのプロデュースをこのセクションで手がけたいこと。  そのために、XとSony Musicとの間で契約を締結したいこと。 なるべく早めにXのライブを観て欲しいこと。  突然の提案だった。  でも、あっけない程すんなりと、その提案は全員に賛成された。 きっと最近の僕の動きでみんな気づいていたのだろう。  僕がXのメンバーと共闘を始めていることを。 そしてその志が高く、未来を見つめるエネルギーがとても強いことを。      3月に新しいセクションが発足してからもう3ヶ月経っていた。  発足直後、毎日のように繰り返していたディスカッションもブレーンストーミングも、最近はすっかり落ち着き、各自が新たなビジネスの可能性につながる情報収集を始めていた。  時折、エンターテインメント業界で優れた仕事をしている人を招いて話を聞いたりもした。  選抜メンバーによる海外視察の予定もあった。  そんな中、Xとの共闘を始めていた僕には、新しいセクションのメンバーとは全く別の考え方を構築し始めていた。  それは新しいセクションのあり方に大きな影響を及ぼすことだった。  僕はそれを誰にも話さず、自分の心の中だけで構築していった。   
  • 【夢と夕陽】77. 夢の始まり(22)

    2015-12-01 03:00  
    220pt









      YOSHIKIと作曲について語り合う時、僕は意図的にメジャーキー(長調)の名曲を取り上げたり、メジャーキーの魅力あるコード進行について触れたりしていた。  ちょうどリリースされたばかりのインディーズアルバム「Vanishing Vision」を聴けばわかる通り、Xの楽曲はマイナーキー(短調)だ。  けれど僕のイメージでは、進化したXの楽曲にはメジャーキーの楽曲も含まれていた。  たとえ全体がメジャーキーでなくとも、セクションの一部にメジャーキーの部分があったり・・・。  アップテンポの曲なのに、部分的にメジャーキーの魅力が炸裂していたり・・・。  そんなイメージを共有しつつ、実際のところ僕が一番待ち望んでいたのは、メジャーキーの美しいスローバラードだった。  僕にとって、YOSHIKIは曲を「作る」のではなく「生む」ことのできる天才作曲家だった。  そんなYOSHIKIの才能がとても美しいメロディーが生み、そのメロディーが美しいメジャーキーのコード進行に包まれていたら、どれだけ感動的な曲になるだろう・・・。  僕はそのイメージに深い期待を寄せていたのだ。