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2018年5月の記事 8件

復刻版【夢と夕陽】55. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI.22 【ART OF LIFE -最終回】

    2015年6月9日に配信されたブロマガ記事を復刻版としてお届けします オリジナルは http://ch.nicovideo.jp/tsudanaoshi/blomaga/ar807539 になります  【 ART OF LIFE 最終回 】 「輝く未来」と「ART OF LIFE」   2014年5月。    今から1年ほど前、僕はこの「夢と夕陽」の連載を始めた。    YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR 2014 と、全世界ベストアルバムの発売がきっかけだった。    世界的な活動がいよいよ本格的になり始めたYOSHIKI、そしてX JAPAN・・・という現実が嬉しかったのと、メンバーと共に僕が人生を傾けた大切な作品、「BLUE BLOOD」が25周年を迎えた直後という感慨もあって、僕は「夢と夕陽」の連載でX JAPANとYOSHIKIの「輝く未来」について熱い想いを綴り始めた。    そんなある日、ニコ生番組を共に進行しているあくあ君が僕に話しかけ、とても重要なことを教えてくれた。    「それにしても、今 ART OF LIFE っていうのが感慨深いですよね。」    「えっ?どういうこと?」    「まず、海外で評価が高いですよね」    「えっ、ほんと!? そうなの? 凄いね、それは。嬉しいなあ・・・」    「クラシカルのソロコンサートで演奏したのが印象的でしたよね。」    「なるほど…」    「それに最近は、 X JAPANのライブでもART OF LIFEの演奏が当たり前になりつつありますけど。・・・以前は違いましたから」    「そうなんだ・・・。」    「ART OF LIFE発表直後に一度ライブがあったんですけど、それから解散まで、まるで封印されたように演奏されませんでしたから」    「そういうことか・・・。で、最近はART OF LIFEの演奏が多い、と・・・」    「はい。復活後、X JAPANのライブでは定番曲なんですよね」    確かに僕の中でも、特別な意味はないけれど、「ART OF LIFE」の存在は、心の奥深い所にしまってあった。    もしかしたら「ART OF LIFE」がそのまま、YOSHIKIのある時期の人生・・・だからかも知れない。    その後の様々な出来事を想うと・・・。    そこは、あくあ君の想いも同じだろう。    だからこそ、最近になって積極的に「ART OF LIFE」を演奏するYOSHIKIの姿勢に、何か特別なものを感じ取ったのだろう。    さらに、僕の知っているYOSHIKIなら、あれだけ演奏が大変な曲を敢えて選ぶ背景に、ファンやオーディエンスの熱い反応、という要素がないはずはない。    こういった事実に加え、YouTubeでのあらゆる国の人々からの熱いコメントや、ニコニコ動画、NAVERまとめの取り上げられ方などを重ね合わせれば、「ART OF LIFE」という作品が、国内を始め、海外のユーザーにも、今というこのタイミングできちんと評価されつつある、という見方は、おそらく間違いないだろう。    「ART OF LIFE」という、YOSHIKIの人生がそのまま生きた芸術作品となっている曲が、世界的に評価されつつある・・・。    これが事実なら、僕が心から待ち望んできた「YOSHIKIの生む100年残る作品が世界中に伝わり、X JAPANが世界的なアーティストとして多くの人々に夢を与える」という『YOSHIKIとX JAPANの輝く未来』は、そう遠くないだろう、と思ったのだ。        やがて僕が想いを連載に綴っているうちに、横浜アリーナ公演が始まり、その直後には、とうとう待望のマジソンスクエアガーデン公演が実現した。    最高のパフォーマンスを見せてもらったマジソンスクエアガーデン公演の興奮と、そこで得た強い確信をもとに、僕はさらに強い想いを込めて『YOSHIKIとX JAPANの輝く未来』について文を綴った。    10月に入ってからこのチャンネルでのニコ生も、再び快進撃を始めた X JAPANの動きに合わせて賑わいが増し、未来が見え始めた喜びを分かち合う人達のエネルギーが番組を暖かく包んでいた。 そして僕は、とうとうはっきりと「YOSHIKIとX JAPANの輝く未来」が現実となり、きちんと始まっていることを、文章で、そして声で伝え始めた。 そう、僕にはそれが確信に変わったのだった。 だから僕は、この連載の一区切りとして、第30回目にこう締めくくった。 『 僕は、X JAPANとYOSHIKIの輝く未来は、奇跡だと思う    その奇跡が今、実現し始めたのは、長い長い時間と  その時間に負けなかったメンバー、そして運命共同体の、人生の力ゆえだと思う    思えば、この奇跡と出会えたのも、たった1曲を聴いた瞬間から始まったのだ    それが音楽の素晴らしさだ    音楽に人生を賭けてきたTOSHI、PATA、HIDE、TAIJI、HEATH、SUGIZO  そして YOSHIKI・・・    7人のバンドは、日本で初めて世界的なバンドとなった    そしてその「輝く未来」を    バンドを支える運命共同体も    同じように手にすることができたのだ』   HIDEを失い、TOSHIが去った結果、時計の針を止めてしまった悲しい時を経て、途方もない苦しみから、ファンの声援によって復活を目指したYOSHIKIが、再びX JAPANというバンドを始動させたのは、悲しみが始まってから、実に10年という月日の果てだった。    けれどその10年間という長い時間は、誰も知らない間に、X JAPANというバンドの存在と、YOSHIKIという才能が生む100年残る名曲を、世界中に伝えていくゆりかごの役目を果たしていた。    1990年から1991年にかけてファンが起こした、あの奇跡と同じだった。    ただ、今回その奇跡は、世界的な規模で起きている。    言葉の壁を、国境の壁を、そして民族性の壁を超えて、奇跡が起き続けている。        そんな奇跡を支えている作品の、大事なひとつが「ART OF LIFE」である、という事実は、僕の心を強く打った。    理由はきっとわかって頂けるだろう。 そう、「ART OF LIFE」がYOSHIKIの人生そのものだからだ。    人生がそのまま作品になっているからだ。    そんな作品が、世界中で正しく評価され始めている・・・?    あくあ君からそんな見方を聞いた時、僕が心底嬉しかったのは、そのことがYOSHIKI自身をどれだけ勇気づけてくれるだろう・・・と感じたからだ。    僕にはわかる。 

復刻版【夢と夕陽】55. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI.22  【ART OF LIFE -最終回】

復刻版【夢と夕陽】54. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI.21 【ART OF LIFE -18】

   2015年6月4日に配信されたブロマガ記事を復刻版としてお届けします オリジナルは http://ch.nicovideo.jp/tsudanaoshi/blomaga/ar803000 になります  【 ART OF LIFE ⑱】      49.(27:33〜)CHORUS(サビ)  いよいよラストのサビだ。    このサビで「ART OF LIFE」は終わる。 何度かサビについて書いてきたので、もうここで説明することはない。 けれど、最後のサビで、しかも曲の終わりだ。 やはりこのサビならでは、という要素はある。    日本人らしい情感が溢れる、哀しみを伴った美しいメロディーを、 X JAPANのバラードサウンドが支える。  曲のフィナーレを飾るように、オーケストラもフルスケールで演奏、豊かな音でバンドサウンドを包む。 YOSHIKIによるトータルプロデュースが見事に実を結んだ素晴らしい音だ。    他のサビより一回り多く、3回目のコーラスが繰り返されると、Drumsの6連フィルに合わせて「In My Life」という歌詞がTOSHIの振り絞るような声で切なく鳴り響き、約30分の「ART OF LIFE」は終わりを告げる。 ひとつの純粋芸術であり、X JAPANという伝説のバンドの代表曲であり、作者YOSHIKIの人生がそのまま刻み込まれた『生きている作品』ART OF LIFEが、聴く人の心に、深い感情を残して、終わる。      【回想】 ホテルの部屋からは、ロサンゼルスの街が見渡せる。 サンセットブールバードとラ・シエネガブールバードの交差する辺りにあるホテルは高台にあって、眺望はとても良い。  眩しい太陽に照らされた街並をしばらく眺めてから、デスクに座り、僕は原稿を書き進めることにした。  1993年5月。 もうオケのレコーディングはほぼ完了し、ボーカルの一部とハモのレコーディングを残すばかり、となった。その後は10日間にわたるミックス作業に突入する。  長かったレコーディングも、もうすぐ終わりだ。  レコーディングスケジュールはだいぶ楽になったけれど、発売に向けてライナーノーツの文章を書く、という僕のもう一つの大切な仕事をしなければいけない。  デスクに座った僕は文を綴り出す前に、「ART OF LIFE」に関わる色々な情景を想い浮かべた。 

復刻版【夢と夕陽】54. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI.21  【ART OF LIFE -18】

復刻版【夢と夕陽】53. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI.20 【ART OF LIFE -17】

   2015年5月26日に配信されたブロマガ記事を復刻版としてお届けします オリジナルは http://ch.nicovideo.jp/tsudanaoshi/blomaga/ar798758 になります  【 ART OF LIFE ⑰】  「ART OF LIFE」の音楽解説も、いよいよクライマックスに近づいてきた。 今回は2度目のSchubertセクションからだ。   43.Schubert(6/4)(26:27 〜)  キーは違うけれど、基本的には29.Schubert(12:07 〜)と音楽的にほぼ同じ状態からこのセクションは始まる。   けれど、やはりそこは『生きている作品』らしく、後半のクライマックスということで、ちゃんと29.との違いが存在している。  そしてさらにその違いが、30分という長さを感じさせない結果につながっている。まさに曲が生きている理由だ。  まず、ここのSchubertセクションでは、HIDEのギターメロディー、PATAの速いビートを刻むギター、オーケストラの3者がとても美しく絡むアレンジになっている。  つまり役割分担がはっきりしていて、しかも音的にとても良いバランスとなっているのだ。 最初の2小節(26:27 〜35)は、Amのキーから始まり、あっという間にEmへ転調する。   この2小節間は、右寄りに聴こえる艶のあるHIDEのツインギターをメインとして、それを支えるPATAのリズムギターが実にワイルドに音を刻む。    そして木管楽器を中心としたオーケストラが控えめに登場してくる。   次の2小節(26:35 〜42)はEmのキーから始まってやはりすぐにBmへ転調する。 ここではまずHIDEのギターに代わって、オーケストラのストリングがメインとなって力強くメロディーを奏で始め、後半になると再びHIDEのギターがメインになり、オーケストラは美しい和音を響かせる。PATAのリズムギターが更にスピード感のあるビートを刻み、メロディーの美しさを支える。  そして続く 44.Schubert(6/4)(26:43 〜)からは、29.Schubert(12:07 〜)にはなかった、新たな世界が展開していく。  そう、シューベルトの未完成第2楽章のメインとなっている部分をYOSHIKIなりにアレンジした、切なく美しい世界だ。   シューベルトの場合は当然、すべてがオーケストラの楽器によって成り立っているのだが、YOSHIKIはそのシューベルトの世界を発展させ、ギターとドラムスというオーケストラにはない、音的にもかなり異質な存在によって、新たな音楽を生み出している。  もし良かったら、ぜひシューベルトの未完成と、この「ART OF LIFE」を聴き比べてみて欲しい。「ART OF LIFE」という作品の凄さがわかりやすく見えてくるはずだ。  音楽的には、HIDEのギターがメインメロディーを、そしてオーケストラがカウンターメロディーを奏でていく。そのメロディーが美しく交わりながら展開していくのを、YOSHIKIのドラムス、HEATHのベース、PATAのリズムギターが支えている、というわけなのだが・・・。  僕の考えでは、「ART OF LIFE」という作品にとってどういう意味合いなのか、ということではなく、全く別の観点からとらえた場合、ここのセクションの存在が、『YOSHIKIの生み出す音楽の凄さ』を最も分かりやすく表していることになるのだ。  それを説明してみたい。 

復刻版【夢と夕陽】53. 『100年残る音楽』 を生み続けるYOSHIKI.20  【ART OF LIFE -17】
音楽プロデューサー 津田直士の 「人生は映画 主人公はあなた」

音楽プロデューサー/作曲家の 津田直士が、その経験から得た、「主人公という生きかた」をもとに、① 人生の悩みや迷いへの答えを分りやすく答える『その答えは』 ② 世間の話題や素晴らしい作品、アーティストプロデュースや音楽制作などあらゆるテーマで自由に綴る『本能が吠えるまま』 ③ 伝説のバンド X JAPANと共に過ごした記憶が瑞々しくリアルに綴られた著書「すべての始まり」に記されなかった舞台裏とプロデュースの原点を新たな視点で描く『夢と夕陽』 ④ 自分らしい人生を積極的に生きている人にインタビューをして、生きかたのヒントを見つける『ある人生 』といったブログを定期的に展開します。

著者イメージ

津田直士

小4の時バッハの「ロンドBWV.1067」を聴き音楽の本質に目覚め、14歳の頃、ピアノを触っているうちに “音の謎” が解けて突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。早稲田大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、卒業と同時にSony Musicに入社。‘03年、フリーランスの作曲家/音楽プロデューサーとしての活動を開始、作曲家としてSony Music Publisherに所属。’11年からは、音楽業界の現状に危機感を覚え、出身母体のソニーミュージックをベースとして、新しい才能の育成とプロデュースを本格的にスタート。今後その才能が順次世の中に登場していく。

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