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記事 5件
  • 臆病者のための楽しい人生100年計画 第13回 橘玲「性愛編 人生の幸福度を左右するのは?」

    2019-07-18 05:00  
    「幸福」や「不幸」とは何だろう? これは哲学的・宗教的な問いだと考えられている。要は気の持ちようで、だからエラいひとは、自分の個人的な経験から好き勝手なことがいえるのだ。
     幸福(不幸)を定義することはできないとしても、そこには歴史や地域を超えた人類に普遍的な傾向がある。それは、「どんなことでも慣れてしまう」だ。
     暑い夏の日の喉がからからに渇いたときに飲むビールはものすごく美味しい。だが最初の感動は2杯目、3杯目と飲みつづけるうちに失われていって、やがて惰性になっていく。
     経済学ではこれを「限界効用逓減(ていげん)の法則」と呼ぶ。なんだか難しそうだが、まったくそんなことはない。 
  • 臆病者のための楽しい人生100年計画 第12回 橘玲「結婚と妊娠はなぜ悩ましい?」

    2019-07-11 05:00  
    「結婚したら、あるいは子どもができたらいまより幸福になれるだろうか?」自分にそう問いかけたことのないひとはいないのではないだろうか?
     これについての「公式」の答えはもちろんYESだ。独身のまま年老いていくよりも配偶者がいる方がいいに決まっているし、子どもや孫に囲まれた「あたたかな家庭」が幸福でないわけがない……。
     しかしそんなひとも、どこかに一抹の不安を感じているのではないか。これについては、じつはいくつか不穏な研究がある。 
  • 臆病者のための楽しい人生100年計画 第11回 橘玲「年金受給は“繰り下げ”が絶対に得?」

    2019-07-04 05:00  
     年金は原則65歳からの支給だが、60歳に繰り上げて受給することもできるし、70歳まで繰り下げることもできる。さらに厚労省は、繰り下げの年齢を75歳まで延ばすことを検討しているようだ。
     年金は先にもらった方がいいのか、それとも待った方がいいのか。
     結論からいうと、現在の金利では繰り下げた方が圧倒的に有利で、「年金がないと生きていけない」という切羽詰まった事情があるひと以外は、繰り上げ受給を選ぶ理由はない。
     それにもかかわらず、一般には「年金は繰り上げが有利」と思われており、受給開始年齢を65歳以降にする人は1%程度しかいない。
     この選択がなぜ間違っているかを説明するには、「受給する年齢がちがっても損も得もない年金」を考えてみなければならない。これはじつは、債券投資の基本的な問題だ。
     毎年10万円を10年間受け取れば総額100万円だ。これは、10年後にまとめて100万円受け取るのと同じだろうか? 
  • 臆病者のための楽しい人生100年計画 第10回 橘玲「老後の資金問題を消滅させる方法は?」

    2019-06-27 05:00  
    「老後資金2000万円必要」とした金融庁の報告書が「存在しなくなる」という前代未聞の珍事が起きた。今回はこの問題について考えてみよう。
     件(くだん)の報告書は「高齢社会における資産形成・管理」で、一読してわかるのは、ほとんどの報道が、間違っているとはいわないまでも不正確なことだ。
     たしかに報告書では、総務省の2017年の家計調査を根拠に「夫65歳、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯」の平均的な家計を示している。それによると、毎月の実収入(20万9198円)と実支出(26万3718円)の差=「赤字額」が約5万円で、「20年で約1300万円、30年で約2000万円の取崩しが必要になる」のだという。 
  • 臆病者のための楽しい人生100年計画 第9回 橘玲「性愛編 男女を惑わせる恋愛ホルモンの作用」

    2019-06-20 05:00  
    「世界最古」の長編恋愛小説『源氏物語』のむかしから、多くの芸術家によって恋は神聖化されてきた。しかしいまでは、魅力的な異性に(ときには同性に)夢中になるしくみを脳科学が解き明かしつつある。
     脳は複雑だが単純だ。これは、比喩が脳の活動とリンクしているという発見から明らかになった。
     脳を観察すると、「あたたかな気持ち」になったときは温度を感知する部位が、「態度をやわらげる」ときは脳の触感の部位が活性化している。これを逆にして、交渉のときにあたたかな飲み物を出したり、やわらかなソファに相手を座らせると、同じ部位を活性化させて話を有利に進めやすい。
     同様に、「蜜のように甘い言葉」を囁かれると脳の味覚の部位が活性化する。
    「脳はそんなにバカなのか?」と驚くかもしれないが、ある意味ではそうともいえる。