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記事 13件
  • 欽ちゃん81歳の人生どこまでやるの!? 第37回「ぼくが80歳からやり始めた3つのこと」

    2022-08-04 05:00  
     コロナの流行が少し収まっていた去年のある時期、ぼくは新宿・歌舞伎町の劇場で定期的に舞台をやっていた。
     そのとき、お客さんのウケがいまいち悪いと、だんだんと身体が前の方に出ていく。これはコメディアンの本能のようなものなんだけれど、そのぼくの様子を見ていたプロデューサーの土屋敏男さんが言うんだ。
    「欽ちゃん、舞台の突端まで出てきて、たまに落ちそうになってるの分かってる?」
     聞けば、舞台の途中、ぼくはかなり前の方まで身を乗り出して、今にも舞台の寸前で足を踏み外しそうになっていた、というんだ。
    「見ていて落ちるんじゃないか、ってはらはらしたよ」 
  • 欽ちゃん81歳の人生どこまでやるの!? 第36回「ぼくにとっての『最高の結婚式』」

    2022-07-21 05:00  
     今年五月、ぼくはあるカップルの「結婚式」をちょっとだけプロデュースしたんだ。
     きっかけはYouTubeでやっている「帯欽」。視聴者の人たちに、
    「新しい結婚式の形を一緒に考えてみない」
     と、提案してみたことだった。
     ぼくは昔から形式的過ぎる冠婚葬祭のあり方に違和感を持っていてさ。
     結婚式でも来賓の人がスピーチの本を読んで、「結婚には三つの袋がありまして……」なんてやっているのを見ると、もっと自由に新郎新婦の幸せを盛り上げるような雰囲気が作れないかなァ、と常々思っていたの。
     それで、YouTubeで「ちょっとだけ新しい結婚式の挑戦をしませんか」と募集をしてみたら、それを見た名古屋の式場からなんと連絡があってさ。
     何でも新婦のご両親が「コント55号」のファンで、ぼくにちょっとした演出をしてほしいという。それが親孝行になるから、って。
     そう言われてぼくが考えた演出は、こういうものだった。 
  • 欽ちゃん81歳の人生どこまでやるの!? 第35回「ぼくはお葬式で『さよなら』をしない」

    2022-06-16 05:00  
     先月、東貴博のお母さんが亡くなり、その葬儀に参列したときのことだ。
     貴博の父親はぼくの「師匠」の東八郎さんだから、彼のことは子供の頃から知っている。浅草の頃のとても懐かしい顔も、ちらほらと見かけるお葬式だった。
     だけど、あとで貴博はそのときの様子を、ラジオでこんなふうに語っていたようでさ。
    「喪主の挨拶の時に欽ちゃんがツッコミを入れるから、困っちゃいましたよ」 
  • 欽ちゃん81歳の人生どこまでやるの!? 第34回「SMAPがスターの卵だった頃」

    2022-05-11 05:00  
     テレビや劇場での仕事をする中で、ぼくはこれまで数えきれないほどの「オーディション」というものをしてきた。
     その経験を振り返ると、三年前に亡くなったジャニー喜多川さんのことをよく思い出すの。
     というのも、彼と知り合いだったお陰で、後にSMAPになるキムタク(木村拓哉)や(香取)慎吾、中居(正広)くんといったスターの誕生を間近に見ることができた、という思いがあるから。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第33回「“欠点”が味になった柳葉敏郎君」

    2022-04-21 05:00  
     先日、ぼくの知り合いから、「こんな記事がありますよ」と連絡があった。
     それは「スポーツニッポン」のウェブサイトに載っていたものでさ。くりぃむしちゅーの有田哲平君が若かった頃の思い出として、ぼくのことを話してくれている、というものだったの。
     なんでも、当時の彼はとにかくとがっていて、今とはぜんぜん芸風が違ったらしい。そんななか、その「とがったキャラ」を大きく変えるきっかけに、ぼくの「言葉」があったそうなんだ。
     彼が言うには、ぼくの師匠の東八郎さんの追悼記念ライブで、八郎さんの息子の貴博(東MAX)が書いた台本の舞台に出たときのこと。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第32回「勝俣が思い出させてくれた『捕鯨船』」

    2022-03-17 05:00  
     先日、ぼくがYouTubeでやっている番組「帯欽」に、勝俣(州和)がゲストで来てくれたんだ。
     嬉しいことに、彼はこの番組を始めてすぐ、何故だか配信の現場に姿を見せてさ。カメラの向こうの椅子に座っているから、
    「お、なんだ勝俣じゃないか。いるならこっちにおいでよ」
     ということになって、しばらくトークをしたの。
     嬉しかったのは、配信が終わった後のこと。ぼくからお願いしたわけではないのに、
    「また来てもいいっすか!?」
     と、言ってくれた。それで、また一緒に配信をしたってわけ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第31回「最後の夢物語“欽ちゃん寺”を作ろう」

    2022-02-10 05:00  
     新東名高速道路の伊勢原大山ICを降り、車で五分ほど。町から歩けば、少し苔むした階段を上った山門の先に、能満寺という臨済宗のお寺がある。このお寺のまだ真新しいお堂の近くに、こんな言葉が刻まれた石碑が建っている。
    〈過ぎ去る平成
     新たな門出の
     能満寺
     苦労も工労と書けば
     工夫も楽し
     これ書くは苦労した〉
     実はこの言葉、ぼくが書いたものでさ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第30回「結婚で感じた香取慎吾のセンス」

    2022-01-20 05:00  
     今年のお正月はテレビの仕事で、久しぶりに香取慎吾ちゃんに会ったよ。
     彼と草彅(剛)くん、(稲垣)吾郎ちゃんの三人のトーク番組で、NHK・Eテレの「ワルイコあつまれ」というもの。そこで、ぼくはいろんな質問に答えたの。
     収録したのは去年の十二月初めだったのだけれど、一年ぶりくらいに会う慎吾ちゃんはいつも通りだったなァ。
     ぼくが楽屋に来たのを知ると、ひょいっと飛んできてさ。
    「あ、欽ちゃん。よろしくお願いします」
     と、さわやかに挨拶をしてくれた。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第29回「転んで始まる『物語』もある」

    2021-12-16 05:00  
     七十歳を過ぎた頃から、家の中で躓(つまず)いたり、転んだりすることが増えてきた。
     ときにはバーンと転んで柵に顔をぶつけて首を痛めたり、しりもちをついて尾てい骨を怪我したり……。年を取るというのは、何ともやっかいなものだねェ。
     まァ、ちょっと躓くくらいならいいのだけれど、先月の始めはちょっと大変だった。階段から転げ落ちて頭を打ち、病院に行ったり、検査で入院したりと大事になったのには参ったよ。今はもう元気だけれど、いろんな人を心配させちゃったしさ。
     退院してから、なぜ転んだのかをぼくは分析してみた。
     問題なのはスリッパだ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第28回「相方はAIアナウンサー」

    2021-11-18 05:00  
     最近はコロナもぐっと減って、「ステイ・ホーム」を続けていたぼくも、外に出る機会が少しずつ増えてきた。そんななか、生活の中心になりつつあるのが、「八十歳の挑戦」というテーマでやっている小劇場での舞台だ。
     舞台ではちょっとしたコントをしたり、この試みを支えてくれているプロデューサーの土屋敏男さんたちとトークをしたり――。二十人くらいのお客さんの前でいろんなことをして、それをYouTubeでも配信している。
     なかでもチョット変わっているものの一つが、AIアナウンサー「アオイエリカ」とぼくの掛け合いのコーナーだろうね。