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記事 12件
  • M-1王者錦鯉はなぜ最年長で「笑い神」を掴めたのか(ノンフィクションライター・中村 計)

    2023-01-19 05:00  
     一昨年の暮れ、若手の登竜門のはずのM-1で歓喜に咽び泣いたのは、五十歳のボケと四十三歳のツッコミが織りなす最高にバカバカしい漫才だった。二人はいかにして敗者の物語を書き換え、「笑いの神」に愛されるに至ったのか。 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第22回(最終回)「笑い飯が目指す道」――笑かすことに純情を捧げ狂気を注いできた漫才師たちの物語、完結。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-04-14 05:00  
     もう一度、花を咲かせようプロジェクト――。
     関西テレビの東野和全(かずひろ)は、そう呼んだ。
     笑い飯は二〇二〇年に結成二十周年を迎えた。そのタイミングで、哲夫の奈良高校時代の同級生でもある東野や、担当マネージャーの大谷智郎ら一部の人間は、笑い飯を文字通り改めて大々的に売り出そうと熱心に動いていた。東野が言う。
    「彼らは、しゃべりが中心。漫才をやってるときがいちばんキラキラしている。その軸をぶれさせない範囲で、世の中に少しだけ合わせていく。そうすれば売れるチャンスはまだいくらでもあると思うんですよね」
     昨年開催した四年振りの全国ツアー『笑い飯の漫才天国~結成20+1周年記念ツアー』も、その一環だった。本来は二〇二〇年に行う予定だったが、新型コロナ感染拡大の状況を鑑みて一年後ろ倒しとなった。
     笑い飯の現状に対し、関係者の間には、こんなジレンマがある。哲夫を師と仰ぐとろサーモンの久保田かずのぶが話す。
    「昔ね、哲夫さんとか、よう言ってたんです。芸人がグルメロケに行ったり、情報番組でアイドルとからんだりするのを見て『おもんないよな』って。でも、それができてたら笑い飯は変わっていたかも。おもろいことなんて言わなくてもいい。普通に求められることだけを返せてたら。そんな二人を見たくないという思いもある。でも、それを見せないと、おもろくても売れないわけでしょ? だったら、見せないといけないわけじゃないですか。漫才師の世界だけは、おもろいやつが売れることこそが正義だって笑い飯に教わったんですから。俺はそれだけを信じて、ここまで来たんですから」 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第21回「スターへのタイミング」――全国区を夢見る芸人にとって、いつ東京進出するかは難しい問題だ。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-04-07 05:00  
     解約するか否か。引くに引けない理由を、笑い飯の哲夫はこう語る。
    「僕が言い出したんですよ。『東京にも家借りよ』って。だから、僕から『もう引き払うわ』とは言いにくい……。そんなんしたら、僕、めっちゃわがままじゃないですか」
     笑い飯の二人は現在、大阪に住みながら、東京にもワンルームマンションを借りている。東京の住まいを利用するのは「月一、二回」(哲夫)程度。ならば、ホテルに宿泊した方が、はるかに経済的だ。
     大阪吉本に所属しながら、いつかは全国区のスターとなる日を夢見る若手芸人にとって、どのタイミングで東京へ移籍するかは、じつに切実で、じつに難しい問題である。
     もっともスムーズなのは、M-1で脚光を浴びるなど全国的な知名度が急上昇したときに、その勢いを駆って拠点を移す方法だろう。
     笑い飯にも、そのタイミングはあった。もっとも弾みがついたのは、二〇〇三年のM-1決勝後だった。 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第20回「『シンデレラ』になれなかった王者」――10年という戦いの果てに、笑い飯は一体何を手にしたのだろうか。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-03-31 05:00  
     プロデューサーの辻史彦は、泣きながらD卓に走った。D卓とはディレクター陣が控えている副調整室、いわば番組の指令室だ。
     朝日放送(ABC)の社員として、辻は、第一回大会からM-1に携わってきた。
    「笑い飯が勝ったんだっていう気持ちと、M-1が終わるんだという思いと、二つのことが重なって……」
     二〇一〇年十二月二十六日。第十回にして、最後の大会となるはずだったM-1決勝が開催された。
     最終決戦における各審査員の投票は、その頃、こんなからくりがあった。辻が説明する。
    「MCの今田(耕司)さんが審査員に『ボタンを押してください』って言う前に、じつは事前に誰に入れるかを紙に書いてもらっていたんです。発表のとき、(大型ビジョンの)審査員の名前が裏返って、そこにコンビ名が書かれているという仕組みになっているのですが、早めに知っておかないと、そのCGの調整が間に合わない。その紙を集めて、D卓に運ぶ役を担当していたので、僕は世界でいちばん早くにチャンピオンを知ることができる立場にいた。D卓に入ったときは、思わず、『優勝、笑い飯!』って叫んでましたね」 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第19回「“間”を味わった二人」――笑いの世界観が違うコンビが生み出した漫才は、常識を外れていた。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-03-24 05:00  
    「何でだよ!」
     スリムクラブのツッコミを担う内間(うちま)政成は、やや切れ気味にツッコんだ。ステージ上、コントの最中のことだ。内間のツッコミで、せっかくボケで起きた笑いがすっと引く。そんなことが何度か繰り返された。
     負のループに業を煮やしたボケ役の真栄田(まえだ)賢は、左側にいた内間の肩を右手で強くつかんだ。身長一八三センチでいかにも屈強そうな真栄田の声は喉を潰したミュージシャンのように嗄れている。
    「もういい! ツッコまなくていい! 何もしなくていいから」
     内間も身長一八〇センチと長身だが、真栄田とは対照的にいかにも頼りなげで、ひょろりとしている。
     ただし、そこでコントが終わるわけではない。ツッコミを禁じられた内間は、意味不明な言葉を発し執拗に絡んでくるキャラクターを演じる真栄田に対し、オロオロするばかりだった。客席から失笑が漏れる。
     何もするなと言われても舞台に立っている以上、そうはいかない。用意してきた言葉はすべて「ツッコミ」に相当する。突然のツッコミ禁止令に、何も言葉が浮かんでこない。追い込まれた内間は、真栄田のボケに対し、反射的に返した。 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第18回「〈とにかくおもしろい漫才〉とは」――どうしたらM-1決勝に進めるのか。実力派コンビは途方に暮れた。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-03-17 05:00  
    「百点はつけるなよ」
     出番をあとに控えた芸人の本音だった。パンクブーブーの佐藤哲夫が回想する。
    「それ以上のネタをやっても、その上(の点数)はもうないじゃん、って思っちゃったんで。せめて九十九点にしといて欲しいという気持ちはありましたね」
     二〇〇九年十二月二十日。第九回のM-1決勝は、笑い飯のための大会といってよかった。前人未到の八年連続出場中。準決勝では『鳥人(とりじん)』という、見たことも聞いたこともないような斬新なネタで大爆笑をさらっていた。大会委員長の島田紳助は当時、笑い飯が毎大会のように優勝候補に挙げられながらも優勝を逃し続けてきた理由を「二人のすごさに周りが慣れてしまった」と語っていたものだが、その「慣れ」をぬぐうのに十分なネタだった。
     佐藤の相方、黒瀬純は「二〇〇九(年)は、二番手争いの大会だった」と振り返る。
    「M-1グランプリという大会自体が笑い飯の優勝を欲しているような、すごい空気感があったんです。だから、僕らも、今年は二位か三位に入れたらいいな、って。この年は、大本命・笑い飯に食い込めるコンビはどこかみたいな雰囲気でしたね」
     
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第17回「芸人を引き寄せる光」――“出ざるを得ない”。M-1は芸人にとってそのような大会になった。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-03-10 05:00  
     黒いニット帽を目深にかぶり、黒のダウンジャケットも着たまま。麒麟の川島明は、手狭なホテルのシングルベッドに腰をかけ、ただ、黙っている――。
    「M-1史上に残る名シーンのうちの一つですよね」
     そう話すのは、この前年、二〇〇七年から総合演出を務めていた朝日放送(ABC)の田中和也だ。
     田中が挙げたシーンはDVD『M-1グランプリ2008』のDISC.2に収録された密着ドキュメントの中にあった。田中が解説する。
    「担当ディレクターがホテルまでついて行って、川島君は、ホテルで準決勝敗退の知らせを受けたのかな。二、三十分、無言だったらしいですよ。ラストイヤーやったんでね。ディレクターも、何もしゃべりかけられんかったって」
     相方の田村裕の映像も残っている。 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第16回「NON STYLEのくせに――」――職人的芸人から嘲笑を受ける二人。だが〇八年、彼らは変わった。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-03-03 05:00  
     赤ら顔の石田明が、哲夫の胸ぐらをつかんだ。
    「おまえがおらんかったら、おれらはもっと上におったんじゃ!」
     すぐ横にいた芸人仲間の中尾健秀が慌てて間に入った。
    「石田を止めようと思ったんですけど、逆に僕が哲夫さんに止められましたね。『ええから、ええから』って。『全部、吐き出させてやれ』って。石田は酒が弱いんで、もうべろんべろんになってて……」
     二〇〇五年春のこと。大阪・弁天町の公園で、若手主体の劇場「baseよしもと」のメンバーである笑い飯の哲夫、千鳥の大悟、NON STYLEの石田ら五、六人が花見をしていた。その席で、相容れない関係だった石田と哲夫が衝突した。
     細身で、白い衣装がトレードマークの石田が振り返る。 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第15回「出来レースか、ガチか」――非関西弁コンビや弱小事務所コンビ。皆、M-1審査を疑っていた。(ノンフィクションライター・中村 計

    2022-02-24 05:00  
     完璧なはず、だった。
    「相手の出方みたいなのも、だいたいわかっていた。笑い飯とか千鳥も、そんなにいいネタができてる感じじゃなかったんですよ。で、これは狙えるな、みたいになっていて」
     二〇〇七年のM-1戦線――。ラストイヤー組のトータルテンボスの大村朋宏は、そう手ごたえを感じていた。大村は同コンビのボケであり、船頭役でもあった。
     M-1は出場回数を重ねれば重ねるほど周囲の期待は高まり、同時に越えなければならないハードルは高さを増す。この年、〇三年から四年連続決勝進出中だった麒麟は準決勝で敗退。六年連続で決勝に残った笑い飯、二大会ぶり四度目の決勝進出を決めた千鳥も、予選で強烈なインパクトを残しているわけではなかった。
     あとは、出番順だった。
     過去六年のデータを取ると、適度に会場があたたまってくる四~六番手あたりの組が、もっとも上位三組に食い込む確率が高い。大村の相方で、アフロヘアがトレードマークの藤田憲右が思い出す。
    「順番は五、六番をねらっていた。そうしたら抽選で大村が五番を引いたんですよ。よし、来た、と」 
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気 第14回「漫才のスタイル」――「M-1優勝で重要なのは熱」。各コンビはそこに様々なネタで挑む。(ノンフィクションライター・中村 計)

    2022-02-17 05:00  
     またしても、決勝の舞台でネタを変更した。POISON GIRL BANDのネタ作りを担当している吉田大吾の回想だ。吉田は一八二cmという高身長ながらも、威圧感のようなものは微塵も感じさせない人物だった。
    「準決勝でやったネタは、めちゃくちゃウケたんですけど、ちょっとやりにくいネタだった。相方も楽しそうじゃなくて。それが怖くて、だったら、いつもルミネ(東京・新宿「ルミネtheよしもと」)でやってるネタの方がやりやすいかなって」
     二〇〇六年十二月二十四日。クリスマスイブに開催された六回目のM-1決勝で先陣を切ったのは「ポイズン」こと、POISON GIRL BANDだった。東京出身の吉田と、宮城出身の阿部智則の漫才は、声を張らない。どこか醒めていた。漫才の世界で言うところの「ローテンション漫才」であり、「引きの漫才」だった。