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記事 48件
  • ツチヤの口車 第1204回 土屋賢二「奇跡の能力」

    2021-07-29 05:00  
     自分の価値を認めてもらうのは難しい。とくに自分に価値がない場合には。
     まわりに価値を認めてもらおうとして自慢すると、たいてい失敗する。自慢話をするたびに嫌われ、軽蔑されてしまう。価値を上げるはずの行為によって価値を下げているのだ。
     わたしは違う。卑屈と言えるほど謙虚だ。それなのに評価が上がる気配がない。業を煮やして「おれは謙虚だ」と叫べば叫ぶほど評価は下がる一方だ。
     心配なのは、自慢のタネが尽きることだ。だが最近、タネは無尽蔵だと気づいた。
     たとえば、日本に来た外国人が日本の電車の発着の正確さに驚くと、「ずさんな外国とは違うんだ。日本人は万事にキチンとしているんだ」と、万事にだらしない遅刻の常習者が自慢する。 
  • ツチヤの口車 第1203回 土屋賢二「老後の読書」

    2021-07-21 05:00  
     こんなはずじゃなかった。人生設計は簡単に狂う。結婚して幸福な家庭生活を送る予定が、苦難と忍従の日々、出家も考えるとは夢にも思わなかった。
     愕然とした。読書ができなくなっているのだ。
     これまで本を読むことは、三度の納税よりも、五年の服役よりも好きだった。鞄の中にも寝床のわきにも本がないと不安だった。手元に本がないことより不安なことといえば、本の代わりに妻がいて「そこへ座れ」と言われたときぐらいだ。 
  • ツチヤの口車 第1202回 土屋賢二「不要不急の男」

    2021-07-15 05:00  
     待望の一冊が出た。待ちくたびれて他の著者の本を買って後悔する人が続出する中、わたしの新刊『不要不急の男』(文春文庫)が緊急出版の運びとなった。
     二十七冊目の文春文庫になる。この数字からも分かるように、わたしは出版社に多大な貢献をしている。倉庫のスペース占有率では他を圧している。
     そう言うと、「出版社はバカなのか? 在庫を増やすために出版するか? ふつー」と言われるだろう。バカの可能性も否定できないが、最初に言っておきたい。わたしの本には何の罪もない。ただ刷られて世に出ただけだ。世に出た以上、どこかに存在しなくてはならない。読者の本棚の片隅か、鍋の下に存在しないなら、倉庫の中に存在するしかない。中高年の男なら共感できるはずだ。職場でも家でも邪魔だ迷惑だと嫌われながらも、どこかに存在しなくてはならない悲哀を味わっているのだから。 
  • ツチヤの口車 第1201回 土屋賢二「ワクチンよりコワい」

    2021-07-08 05:00  
     二回目のワクチン接種が終わった。わたしのいる老人ホームで百人ほどがいっせいに接種を受けた。
     一回目の接種も迅速だったが、今回はさらに効率的だった。入居者は動作が落ち着いているが、みんなが座っているところを医師が移動する方式だから停滞しない(じっと座っているのは得意だ)。そのうちこの老人ホームは接種センターに商売替えするのかと思うほど効率的だった。
     ワクチン接種をためらう人は、この老人ホームには一人もいない。逆に、接種数日後、接種したのを忘れてもう一度受けようとする人もいるほどだ。 
  • ツチヤの口車 第1200回 土屋賢二「論理的な議論」

    2021-07-01 05:00  
     最近、コロナをめぐる論調の中に、論理性を求める声が目立つようになった。
     感情的になるよりも論理的に議論する方がはるかにいい。だが実際にはそれほど簡単な話ではない。
     たとえば「緊急事態宣言を出す基準、解除の基準を示せ」と言われるが、「基準」といっても、感染者数、医療体制の逼迫度、ワクチン接種数、ワクチンが効かない変異株の有無、変異株の感染力と毒性の状況、失業や倒産などの経済状況、宣言による人々の行動変容度、過去の宣言の効果、国民の意識、専門家の判断、内閣支持率など、考慮すべき要素は多数あり、すべてを正確に示すことは難しい。
     しかも、基準としてあげられる事実をどう解釈するかが問題になる。 
  • ツチヤの口車 第1199回 土屋賢二「自分への褒美」

    2021-06-24 05:00  
     歳を取ると楽しみが激減する。楽しみの数は現在、百二十しかない。若いころの一割だ。だが中には五十年以上続く楽しみもある。コーヒーだ。
     先日、疑念が芽生えた。もっとおいしいコーヒーの淹れ方があるのではないか。いまは主としてコーヒー豆を挽いてドリップで淹れている。豆を挽くのに使っているのは、キャンプ用のコーヒーミルだ。挽くのはかなりの力仕事だ。運動不足の毎日なのにこれでは整合性を欠く。通販のサイトを見ると、電動のミルが目に入った。家庭用では最高級の機械だ。これだ。これで劇的に味が変わる。人生も変わる。こう確信したわたしは買おうと決めた(確信というものは何の根拠もなく生まれるものだ)。 
  • ツチヤの口車 第1198回 土屋賢二「ワクチン接種を受けた」

    2021-06-17 05:00  
     ワクチンの一回目接種を受けた。わたしが入居している老人ホームで集団接種が行われたのだ。十年以上練習したのではないかと思うほど、接種は迅速かつ整然と実施された。
     夕食時、入居者の九十過ぎの女性が「注射の箇所が痛い」と言うと、「免疫力が高いのね。若い証拠よ。うらやましい」との声が上がった。ここでは副反応が出る方がうらやましがられるのだ。アナフィラキシーショックでも起こそうものならヒーローだ。
     わたしは入居者の中では若い方だ。そのため「若いからきっと副反応が出ますよ」と言われていたから、何時間も身体中を点検し、副反応を探し続けた。腕の痛みや頭痛や発熱を調べても異常はない。たぶん異常に気づく神経がイカれているのだろう。
     副反応が皆無ということはありえないように思える。 
  • ツチヤの口車 第1197回 土屋賢二「従順のすすめ」

    2021-06-10 05:00  
     世界的に人権意識が高まっている。それをよそに、わたしは自分の人権を縮小することに成功し、従順一筋の道を歩んでいる。なぜそんな人生に満足できるのか疑問に思う人もいるだろう。その疑問に答え、従順になる秘訣を伝授しよう。
     重要なのは子どものころの教育だ。さいわい、日本人の子どもはほとんど、寝ろと言われれば寝、食べろと言われれば食べ、授業中座っていろと言われれば座るなど、大した理由もないのに命令に従わされてきた。
     途中、「個性を伸ばせ」と言われ、従順の道を捨てかけても、浴衣で登校し、授業中編み物をしたりすると、「協調性がない」と注意されるから、個性を目指すのは断念する仕組みだ。 
  • ツチヤの口車 第1196回 土屋賢二「モテる男」

    2021-06-03 05:00  
     どんな男がモテるのか。女は男に何を求めるのか。以下は事実と妄想と曲解に基づく研究結果である。
    ★やさしさを要求する。草花からミミズに至る全生物にやさしければよさそうだが、女が求めるのは生物や万人にやさしい男ではなく、まして他の女にやさしい男ではない。自分にだけやさしい男だ。それで納得した。
    「ははん、何でも言われる通りに奉仕する家来を求めているんだな」
     だが女は自分をリードしてくれる男がいい、とも言うから混乱する。
    「ははん。男にやらせて失敗したら責めるハラだ。自分は責任を問われないし」
     と納得しかけたが、そもそも責任を問う勇気のある者が家にいないから、責任問題を気にするはずがない。
     さらに男のリードといっても、ゴキブリを殺すときスリッパを渡すよう命じ、電球交換のとき電球を渡すよう命じ、食事や旅行のガイドを務めるなど、ココナッツを取らされるサルと同じなのだ。 
  • ツチヤの口車 第1195回 土屋賢二「いい気味だ」

    2021-05-27 05:00  
     何事にもタイミングというものがある。
     結婚相手と一番良好な関係を保てるのは、二人が知り合う前だ。楽器の習得に一番熱意が高まるのは、楽器を買うときだ。禁煙の意欲が最も高まるのは健康診断を受けた直後だ。
     学習意欲が一番高まるのは、入学前と卒業直後だ。次のピークは、子どもができたときだ。われわれはこどものころは教育されるのを嫌うが、大人になると教育熱心になる。自分の人生がうまくいかないのは勉強不足のせいだと思うからだ。何と言っても、勉強するよりは子どもを叱って勉強させる方がラクなのだ。
     叱って学ばせるにはタイミングがある。