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記事 49件
  • ツチヤの口車 第1255回 土屋賢二「わたしはこうして太っ腹になった」

    2022-08-10 05:00  
     昔から「みみっちい」とさげすまれ、「ケチくさい」と軽蔑されてきた。
     だが、叩かれなければ人間は成長しない。非難に耐え続けてはじめて人間性が陶冶されるのだ。
     ただ時間はかかる。わたしがみみっちさを克服し、太っ腹な人間になったのは最近になってからだ。
     過去、最も太っ腹だったのは幼児期だった。どんな幼児でも、靴の左右を逆に履こうが、シャツを前後ろに着ようが、気にしない。どんな親のもとに生まれるか分からないから、何でも受け入れる度量がないと生きていけないのだ。 
  • ツチヤの口車 第1254回 土屋賢二「エビデンスの問題」

    2022-08-04 05:00  
     最近よく「エビデンスを出せ」と言われる。だがエビデンス(証拠、根拠、理由)とは何だろうか。
     たとえば十円玉を手から離すと下に落ちると主張する場合、根拠は何だろうか。
     重力の存在を根拠に挙げるだろうが、重力が存在すると言える根拠は何か。天体など、すべての物体がそのように観測されることが根拠になるだろう。
     だが、それはいままでの話だ。明日も重力が働くと考える根拠は何かと言われたら、もう答えはない。
     これまでに見たカラスが黒かったからといって、次に見るカラスが黒いとはかぎらない。それと同じく、物理法則が明日も成り立つ根拠はない。これは自然科学を支える帰納法の根本問題だ(詳細は紙面の都合で割愛する。「ツチヤの都合だろう」と言うならエビデンスを出してもらいたい)。 
  • ツチヤの口車 第1253回 土屋賢二「わけが分からない」

    2022-07-28 05:00  
     わたしはいままで何をしてきたのだろうか。
     祇園祭の山鉾巡行が三年ぶりに開催されたが、心の中は複雑だ。
     片田舎の小学生だったとき、お祭りでハッピを着せられ、墨汁で顔にヒゲを描かれた。「やっこさん」だと言われたが、やっこさんが何者なのか、まったく分からなかった(やっこさんだと教えた大人は知っていたのだろうか)。そしてなぜ、やっこさんの格好をさせられるのか、なぜ大八車のようなものを引かされるのか、だれに向かって見せているのか、畑を耕すためでも道をならすためでもないのに、何のために朝から何時間も引っ張るのか、まるで理解できなかった。 
  • ツチヤの口車 第1252回 土屋賢二「ツチヤ師の怒り」

    2022-07-21 05:00  
     ツチヤ師がスーパーにお姿をお見せになった。
     ツチヤ師は一部の崇拝者から最大限の尊敬を集めている聖人である。とくに能力があるわけでもなく、人格高潔でも信仰深いわけでもないのに尊敬されるのだから、並の聖人ではない。
     コロナのせいで外出できなかったのであろうか、久しぶりである。お姿に狂喜した崇拝者が仲間を集めた。
     だがツチヤ師はいつになく気色ばんでおられる。
    「妻が……妻が……」
     とうなされるようにおっしゃって続けられた。
    「妻の財布から金を抜いたと責められたのである。まったく身に覚えがない。『盗ってない』と言うと、『嘘をつくな』と言う。『なぜわたしを信じられないのか』と聞くと、『嘘つきだから。この悪党!』と怒鳴られ、追い出されたのである」 
  • ツチヤの口車 第1251回 土屋賢二「老人がいたわられるとき」

    2022-07-14 05:00  
     老人をいたわる時代が到来した。「老人をいたぶる時代」の間違いではないかと思うかもしれないが、本当に「いたわる時代」が到来したのだ。と思った。
     過去、いたわられた経験は一度もない。いたわる気持ちが芽生えるのは、無力なものを見たときだ。子ネコなら引き取って面倒を見ようと思う。だが例外的に、無力な高齢者が倒れていても引き取って面倒をみようとする人は皆無だ。せいぜい迷惑がかからないようにどこかに通報するぐらいだ。
     ただ、どんな高齢者に対しても無関心なわけではない。 
  • ツチヤの口車 第1250回 土屋賢二「苦み走った男」

    2022-07-07 05:00  
     若いころから苦み走った男になることを目指してきた。だが現実は厳しい。
     成熟した中高年になっても「言動が子どもじみている」と評された。「子どもじみている」は、「苦み走った」の反対語だ。
     せめて見た目だけでもと思い、雑誌に載せる写真を撮られるときは、眉間にしわを寄せ、臥薪嘗胆、幾多の苦難を乗り越えてきた男の顔つきを作る。するとカメラマンが「どこか痛いんですか?」と聞く。
     やむなく笑顔を浮かべると「表情が硬いなぁ」と言う。表情をゆるめてもゆるめても「笑顔になっていない」と言われ、これ以上は無理だと思うほどしまりのない顔になったときシャッターが押され、雑誌に載るのは、苦味も渋味も知性もしまりもないヘラヘラした軽薄男の写真だ。
     わたしが苦み走った男になるには障害が二つある。
     一つは体重だ。定年後、体重が着実に増え続け、最近になって、この地上に立ちたくない場所が二箇所増えた。鏡の前と体重計の上だ。そんな丸々と太った男が苦み走った男になることは定義的に不可能だ。 
  • ツチヤの口車 第1249回 土屋賢二「カードの悲劇」

    2022-06-30 05:00  
     現金を使う機会が減った。
     大富豪は現金を使わない。大富豪に近づいたのかもしれないが、たぶん(1)カードで払うことが増えた(2)買い物の回数が減った、の二つが原因だろう。
     先日、カードの問題点をつきつけられた。
     以前、毎日のように通っていた喫茶店で久しぶりに食事した。わたしが行かないことに失望したのか、顔見知りの女性店員はすべてやめている。
     会計のとき、この店のプリペイドカードを出した。
     プリペイドカードを作ったのは、店に手間をかけさせたくないからだ(わたしは他人のことを第一に考える男だ)。さらに会計に時間をとられたくない(わたしは時間を惜しむ男だ)。
     カードを出したとき言われたことに耳を疑った。 
  • ツチヤの口車 第1248回 土屋賢二「幻滅の旅行体験」

    2022-06-23 05:00  
     人生は幻滅の連続だ。
     大人になったら当然二枚目俳優の容姿になると思っていたが大違いだ。トラの家族の中で育ち、自分はてっきりトラだと思っていたら、成長するとネコだったような、あるいはカモの子に混じって育ち、春、北に向かって華麗に飛翔しようと思ったら、自分はニワトリだったような気分だ。
     自分の文章力も幻滅だ。よく書けたと思う文章を数年後に読むと、がっかりすることが、五十回のうち一回もある。
     人間の思いやりも期待外れだ。大富豪が年収の一パーセントも分けてくれない。
     どんな強打者でも七割は打ち損じ、どんな豪球投手も毎試合完全試合を達成するわけではない。大部分の試合は期待外れだ。
     映画を見ても小説を読んでもたいていは期待外れだ。小説の映画化に至っては確実に幻滅する。 
  • ツチヤの口車 第1247回 土屋賢二「願望の変遷」

    2022-06-16 05:00  
     何を願うかは年齢によって変化する。
     わたしのいる高齢者施設で、一回り年上の女性たちに最大の願望を聞くと、圧倒的に多いのは「身体の痛みや不調が和らぐこと」だった(一方、最大の不幸は「認知症になったり他人の世話になること」だった)。
     何と謙虚だろうか。長生きしたいという願望すらもっていない。「ラーメン店のチャーシューが人より大きい」ことを願っていたわたしは自分を恥じた。
     歳を取ると身体に何らかの異状を感じるようになる。「朝起きて、痛みも異状も感じなかったら自分は死んでいると判断できる」と言われるほどだ。
     それに比べ、若いころの強欲さには驚くばかりだ。 
  • ツチヤの口車 第1246回 土屋賢二「外見いじりがなぜ悪いか」

    2022-06-09 05:00  
     外見をいじると日本中から叩かれるようになった。教え子に電話した。
    「外見をからかってはいけないと言われてる。それで謝りたくなってね」
    「ケナされてばかりで、どれを反省してらっしゃるのか分からないんですが」
    「たとえば『体重は何キロ? 下二桁だけでも教えてくれないか?』とか」
    「覚えてません」
    「では『食欲の半分でも学習意欲をもて』は?」
    「そう言われたとしても、『食欲の半分でいいのか』と思うだけです」
    「よかった。実は聞きたいんだ。なぜ『ブタ』と呼ぶのが侮蔑になるんだ?」
    「侮蔑を込めているからじゃないんですか?」
    「なぜ侮蔑を込めていることになるんだ? ブタと同じ仲間に分類するのがいけないんだろう? でもわれわれはふだんブタを侮蔑しているか? あんなにカワイイ動物なのに」
    「それにおいしいです。とくにバラ肉が好きです」
    「しかも太ったブタじゃなくて標準体型のブタなんだ。かわいそうじゃないか。ひっそりと標準体型を保っているのに侮蔑されるんだ」