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記事 48件
  • ツチヤの口車 第1310回 土屋賢二「ヒーローの闘い方」

    2023-09-28 05:00  
    「法の支配」は民主主義の基本だ。実際、独裁者の気まぐれですべてが決まったらたまったものではない。だがわたしは子どものころ、法の支配を軽蔑していた。
     あこがれのヒーローは、規則や法律に訴えたりせず、力ずくで正義を実現する。どこのヒーローが弱い者いじめをしている悪人に向かって、六法全書を開いて見せるだろうか。
     敵は規則など鼻で笑う連中だ。ヒーローは月光仮面や戦国武将のように、あるいはヤクザ映画やマカロニウェスタンの主人公のように、力で闘うべきだ。 
  • ツチヤの口車 第1309回 土屋賢二「わたしはこうしてダマされなくなった」

    2023-09-21 05:00  
     歳をとるにつれてダマされなくなる。わたしも生まれつきダマされなかったわけではない。サンタクロースも鬼も人さらいも閻魔様も実在すると信じて疑わなかった。子どものころから詐欺師にダマされた回数は、自覚しているものだけでも両手に両足を加えても足りない(五件以上という意味ではない)。
     小学生のころ、校門の前で売っているインチキ商品にダマされていた。だが、簡単にはダマされない素質の萌芽はあった。
     たとえば中年のおっさんが売っていた透視鏡だ。 
  • ツチヤの口車 第1308回 土屋賢二「騙されやすさの研究」

    2023-09-14 05:00  
     友人がメールで送ってきた自撮り写真は衝撃だった。
     誤解を恐れずに言うと、友人の外見は弥勒菩薩像に似ている。写真に写っているのも、恐れ多くも弥勒菩薩を檻に入れて運動を禁止し、高カロリー食を与え続けて体重を三倍に増やし、神々しさと気品と毛髪を除去し、代わりに無精ひげを生やし、暴飲暴食と不摂生の毎日を過ごしている自堕落な中年男だ。
     驚くのは男が着ているTシャツだ。トリックアートがプリントしてあり、螺旋模様の効果で、大砲の砲弾が男の胴体を通過してできた大きい穴が開いているようにしか見えない。
     世の中にこんなTシャツを着る男がいるとは思わなかった。そんなTシャツを売っていることすら賢明な人は知らないはずだ。そう思って、数日前、この男に「こんなTシャツがあるよ」と教えたのはたしかだが、まさか買うとは思わなかった。 
  • ツチヤの口車 第1307回 土屋賢二「ねじが時限爆弾になるまで」

    2023-09-07 05:00  
     新しいパソコンは驚くほど速い。記憶媒体にハードディスクではなくSSDが入っているからだ。ハードディスクとの差は圧倒的だ。ちょうど東京から大阪に車で行くのにかかる時間と、自転車で行ったと嘘をつくのにかかる時間ぐらい違う。
     これで納得できた。何十年も前から長編ミステリを二十冊は書こうと思いながら一冊も書けなかったのは、実際には遅いハードディスクを速いと思い込んでいたためだ。SSDなら驚くほどの速度で書ける。これからでも大長編を五冊は書ける(全部未完になるだろうが)。「幻の名作」なら何冊でも書ける。 
  • ツチヤの口車 第1306回 土屋賢二「想像すれば失敗しない」

    2023-08-31 05:00  
     古いパソコンのハードディスクを取り出して新しいパソコンに取り付けなくてはならない。簡単だ。だれもがそう思う。だがいざ取りかかるとまず失敗する。
     わたしはこの種の簡単に見える作業に何度も失敗してきた。その失敗を活かさないと何のために失敗してきたのか分からない。
     今回は画期的な方法を考案した。失敗の一番大きい原因は、想定外の事態が発生することだ。
     たとえばパソコンの中を開けるにはドライバーが必要だが、まず見つからず、三十分は探す。パソコンの中は暗いから電気スタンドをもってくる。だがコンセントには空きがない。二股コンセントが必要だ。それを探し出すには数時間かかる。買いに行くにしても外は猛暑だ。熱中症になるか唐揚げになるのがオチだ。 
  • ツチヤの口車 第1305回 土屋賢二「パソコンが壊れた」

    2023-08-23 05:00  
     物が壊れるときは音がする。ガチャン、バリバリ、ドカン、グチャ、など、壊れた合図だ。
     先日パソコンが壊れたときは何の合図もなかった。壊れた後も無音だった。パソコンのスイッチを入れてもうんともすんとも言わない。もし「うん」か「すん」と言ったら、パソコンが新しい能力を習得したと喜び、高値で売るところだ。
     何かしら音が出れば、原因を特定しやすい(とくに「にゃー」とか「ツクツクボーシ」とか)。だが無音なので電源ケーブルが外れていないか、停電かどうかを確認し、サポートに電話する。指示通りにしたが、疲れた以外何の変化もない。
     都合の悪いことに、ちょうど原稿の締め切り日だ。 
  • ツチヤの口車 第1304回 土屋賢二「教育は難しい」

    2023-08-10 05:00  
     先日、教え子に教えたいことがあって電話した。
     退職して十年以上たつが、教育意欲は旺盛だ。在職中は逃げ腰だが、退職すると俄然やる気が出るタイプなのだ。卒業して学習機会が失われると学習意欲がわき、病気になった後に摂生し、ライブでアイデアが枯渇してロクな演奏ができず、失意に沈みながら帰る電車の中でアイデアがあふれるように湧いてくるタイプだ。
     電話すると、教え子がいきなり言った。
    「お祝いの催促なら、申し上げますが、喜寿には遅すぎ、傘寿には早すぎます」
    「早すぎることはないだろう。盛大に祝うにはそれなりの準備が必要だ。何ならわたしの葬式の香典を前払いしてくれてもいい」 
  • ツチヤの口車 第1303回 土屋賢二「残り五時間になったら」

    2023-08-03 05:00  
     確実なことは少ないが、一つだけ確実なことがある。確実なことがないという事実である。次に確実なのは時間ほど貴重なものはないということだ。若いころそれに気づいたにもかかわらず、時間を浪費してきた。それどころか、無駄なこと以外した覚えがない。
     昔、ギターのアンプがほしくなったとき、市販の製品が高価だったため、自作しようと決心した。何度も電車で電気街に通って電子部品を買い揃え、それを組み立ててアンプを作ったが、雑音が大きくて使い物にならない。さらに研究を重ね、部品を買い換えて完成させると、雑音はさらに悪化していた。このとき費やした時間、金、労力がすべて無駄だった。 
  • ツチヤの口車 第1302回 土屋賢二「食レポのいろいろ」

    2023-07-27 05:00  
     いつからだろうか。テレビのグルメ番組がこんなに増えたのは。最高級ステーキをタレントが食べるのを見ながら、カップラーメンを食べる日はいつになったら終わるのだろうか。
     視聴者のためにタレントが味を説明する「食レポ」も、見ない日がない。
     ただ、食レポで味が伝わることはまずない。それも当然だ。ことばは万能ではない。クラリネットの音をことばで伝えることはできない。味もそうだ。
     実際、食レポの常套句「ジューシーです!」という表現は色々な料理に使われるが、情報量は少ない。この表現で伝わるのは、その料理がジュースではないということだけだ。もしかしたら「そんなにジューシーな物がほしいのなら、ジュースを飲め」と視聴者がツッコミを入れることを期待しているのだろうか。 
  • ツチヤの口車 第1301回 土屋賢二「二人は太陽」

    2023-07-20 05:00  
     気分がすぐれない。世の中、暗いニュースばかりだ。体調も悪い。死が目前まで、五十年先あたりまで迫っている実感がある。猛暑のせいか公園に幼児の姿はなく、電気をつけてないためか家の中は暗い。世界から生気も活気も失われ、何をしてもうまくいかない気がして投げやりになり、諸行無常、世捨て人の心境だ。
     老人性うつだと思うかもしれないが、これは、大谷翔平選手と藤井聡太七冠が二人ともふるわなかったときの典型的症状だ。